僕のブレスレットの中が最強だったのですが
よんじゅうななかいめ 別れない挨拶かな?
―――一か月。―――二カ月。
―――二カ月と三週間。―――まだ、神界に動きはない。いや、正確に言うと動きはあるのだが、攻めてくる兆候そのものがない。
次元を行ったり来たりする大英雄、しょっちゅうタイムリープする大魔導士、ダンジョンに籠る元勇者、山奥に引きこもる中二病大剣聖、いつも姿を隠してる黒魔導士、雲と同化しようとする白魔導士などなどの強者たちは、既に集めてある。
ちなみに、断ろうとする者は誰一人としていなかった。
他にも、ツンデレ神級鍛冶師、高飛車お嬢様の禁書庫管理者がいる。
その者達は改めてテーラによって訓練をしてから、前衛に入るか護衛か後衛か中衛か暗殺か……と分けている最中だ。
その間に、ルネックスたちはお世話になった者達に挨拶をすることにした。
勿論、元敵だった者だったとしても会いに行くし、少しだけの付き合いだったとしても会いに行くつもりだ。何故なら、別れのあいさつではないから。
「えーっとね、ここが僕のふるさとだよ……」
「へぇー、ルネックスなら確かにここっぽいかもしれないねぇ~」
「ちょっとリンネ! 何言ってるの? 素敵な村でしょ」
リンネとフレアルが騒いでいる間、ルネックスは村を歩く。新鮮な緑、村長のものだけがやけに大きくて豪華な屋敷。
奥には壊れかけているはずのルネックスの家があるはずだが―――。
つま先立ちで奥を見ようとすると、隣から村長がすごい勢いで走ってきた。
「ルネックス! 帰って来たのか……帰ってこないかと思った」
「いえいえ、帰ってきますよ。僕はこの村で育ててもらった恩も分からない者だとは思っていないので。ただいまです」
「どうしたのーファル爺ー?」
「リディア、この方はルネックスだ、あいさつをしてくれ」
村長もといファルスを追いかけてきたのは赤紫色の髪をした、眠たそうな目をしたいかにもゆるふわな少女だった。
恐らく村長の孫か何かだろうが、ずいぶん可愛い娘である。
村長の声を聞いて、リディアは目を輝かせながらペコリとあいさつをする。ルネックスはあわてて彼女にやめるよう言う。
「僕は英雄なんかではないので……」
「ん? 英雄なことくらい認めても構わんと思うが……この世界の神は他界より自由奔放なのは皆知っていることだぞ?」
「いやでも僕、他界とか行ったことないですし―――」
第一、ルネックスが目指しているのはラグナロク―――つまり、この世界を一度巡回させる、更新させるためにやっていることだ。
恨みも私怨もなくはないのだが、英雄とは言えないだろうと思っている。
カレンが目を丸くし、フレアルとリンネが言い合いをやめて呆然とルネックスを見つめ、シェリアは固まり、フェンラリアとリーシャはやれやれと苦笑いをしている。
「るねっくす……いまるねっくすをえいゆうじゃないって思ってるひとなんていないよ……この世界じゃるねっくすはもうれきしにのこるくらいのことをしているんだからね?」
「えぇ!? 僕はただ愚かなことをしてるだけなのに……どうして」
「ルネックスさん! 愚かなことでも、それが正しいって思える人はいるはずなんです。思い込みは良くないですよ」
「ルネックス様。私、ルネックス様が大好きなのー」
「ありがとう。リディアちゃんって呼んでいいかな? 僕は必ず戻ってくる。その時のために、僕の居場所を取っておいて欲しい」
少しというほどではないくらい成長したルネックスをみて、村長には後悔がよぎった。ルネックスの成長を見てみたかったのだ。
村長も成長している。もうあの頃の愚かな村長ではない。
すでにこの村は村でなく、街を名乗れる許可を取り、英雄ルネックスの故郷として人気のスポットとなっていた。
「貴方が此処に来たおかげで、観光してくれる者がまた増えそうだ……はっはっは!」
「役に立てて良かったです。それではさようなら、僕は死ぬ気などありません」
「死んだら私、ゆるさないわよー、まだあまり話していないものー」
にこりと笑いながらそう言うリディアは、将来凄い人になるかもしれない。そうルネックスは直感的にそう思えたのだった。
村長はルネックスの肩に手を乗せて、よくやれよ、と小さくつぶやいた。
♢ ♢ ♢
「はっはっは!」
神聖なはずの国王コレムの部屋に、豪快な笑い声が響いた。相変わらずその威厳でリーシャとリンネが眉をひそめているが、テーラの威圧に耐えきれたルネックスにとっては脅威にすらならない。
コレムは笑いすぎて目尻から涙が浮き出ている。
どうやらこの話が本当に面白い、と、そう思っているらしい。
「我が国の恩人がそこまで行くとは……我が国が歴史に残る事を考えると、素晴らしくいい話だな。完成させてくれよ!」
「本人の前で利益の話だなんて、コレムさんも変わってませんね」
「まあ、そう簡単には変わらんよ……ルネックスこそ変わったじゃないか。ちょっと驚愕しそうな方向に……」
「ははっ。自分でも驚愕しているので、そうでしょう」
「それにしても助かったぞ、街の聖神の襲撃……神への恨みは着実に上がっているようだが―――協力できなくてすまんな」
本当に申し訳なさそうな顔で、コレムは言う。さすがに国王のそのような威厳の無い姿を受け入れるわけにもいかないので、ルネックスはあわてて「いいんです」と返す。
後ろではフェンラリアがルネックスを哀れむような目で見つめていた。
コレムはフェンラリアに気付くと、「これはこれは」と彼女に声をかける。
「大精霊様、か。ルネックスよ……貴様は真にとんでもないな」
「るねっくすはとんでもないからねー、もうすでにあたしなんて超えちゃってるから。これむもがんばったら超えれる!」
「くっはっはっはっは! さすがに無理ですよ大精霊様。ルネックスのような才能ある者ならともかく、私はもう歳ですから」
そう言えばルネックスも最初同じような会話をしたな、とふり返って苦笑い。コレムのような受け入れ方ができていれば、もう少し大人だったのだが。
それにしても、さりげなく褒められてしまったのが少しむずがゆい。
ふうん、と言ってフェンラリアはルネックスのポケットに戻っていった。
「それで、お前は戻ってくる気があるのか? 行って帰ってこない場合なのか?」
「いえいえ、ちゃんと戻ってきますよ。神界にずっといるとさすがの僕でもつかれてしまいます。器は人間ですからね」
テーラは自分が人間だろうと何だろうと興味はないし、ルネックスよりずっと魔力量がとんでもないので問題はない。
だがルネックスは神のようにすんなりと天界の圧力を受け入れられるように生まれてはいないのだ。テーラは何処ででも適合出来るらしいのだが、そこは才能の違いだ。
あはは、と苦笑いをしながら頭をかく。コレムが懐から懐中時計を出すと、「む」と声を上げながらそれをルネックスに見せた。
「ずいぶん時間がたっているぞ、良いのか?」
「わあ、もうこんな時間なんですか? すみません、今日はこれでお別れさせていただきます。ああ、戻ってきますので安心してください」
消える気はないし、亡くなる気はない。戻ってこない気はないし、捉えられる気も展開に封じられる気だってない。
なぜならこれは―――別れないための挨拶なのだから。
ルネックスは綺麗にお辞儀をし、コレムの返事を聞くと、ぱたん、と扉を閉めてその向こうに姿を消した。
コレムはそれを見て、微かに寂しそうに口元に笑みを形作った。
♦ ♦ ♦
「なんだ、私がそこまで考えつかないとでも思ったのか?」
お世辞でも綺麗とは言えない家の中で、かつて奴隷大商人と呼ばれた女性、ハイレフェアだ。腹を抱えて大笑いをしている。
ルネックスは今までのことを話したが、想定が付いていると返されたのだ。
そこまでいけるだろう、と思っていたところでもあり、街を聖神が襲撃した時の活躍もしっかりと見ていたからだ。
実際その時のハイレフェアはしがみついて飛ばされないようにするのが必死で、手を貸そうとしても無茶だとしか言えない状態だった。
「ハイレフェアさんに出会った時の僕は、とても愚かだったですよね。それでも考えつくなんて、すごいですよ?」
「ああ、愚かだった。何も知らない無知の少年―――強いのは思いばかり。でも、可能性があるってのが思いだからな、否定はしないぜ?」
「はは―――はっきりと言ってくれるハイレフェアさんが僕は好きですよ」
「おっと、いきなり告白か? 大胆なものだな、最近の少年は」
「えぇ!? そんなつもりはありませんよ! 本当ですよ! からかわないでください! というか、僕はヘタレですので」
ハイレフェアはルネックスを認めない。英雄だと言わない。まだまだだと言って切って捨てる。ルネックスもハイレフェアのそれを受けとめる。
それは事実だからだ。今も愚かな事だって問えばそうだときっと返ってくる。
何もなかった、無い無い尽くしの少年が、ここまで登って来た、ただそれだけの話。ふっ、とルネックスは笑う。
愚かで無知で世間知らずな少年、だが思いはきっと誰よりも強かった。
この世界の方が愚かだとこの世界の者は皆そう言うだろう。だが、世界を巡回させた者は世界を自由に再編できる。
ルネックスの思いは確実にどの強者にも劣ることは無かったのだ。
ちなみに、へたれだと言った際女性陣から殺気が飛んだが、そういうものになれているルネックスは気づくことさえできなかった。
「というか、最近彼氏が私にもできたのだ。まわりの者は皆驚いていたよ、ルネックスよお前は私に先を越されていいものだったのか……」
「おめでとうございます。僕は目的を達成するまで、そういうことは考えないつもりですので。あのハイレフェアさんの彼氏ですか……」
「なんだ、気になるか? お前によく似て愚かな奴だぞ」
「……はっ、ははっ」
自分の彼氏を愚かだと切り捨てるハイレフェアは実に彼女らしい。
彼女は、ルネックスが別れるのかそうでないのか聞くこともなく「さぁ、行った行った、私はお前らの邪魔はしない」と彼らを追い払った。
紛れもなく、それはルネックスに対する信頼からの出来事だろう。
☆ ☆ ☆
「ん? ルネックスじゃないか、こんなところで何をしてるんだ?」
「ハーライトさんたちこそ! お久しぶりです、僕はこれから計画を実行するので……あいさつに回っていたんです」
暗い路地裏を通り過ぎる時、その中から懐かしい声が聞こえた。コレムに会うきっかけを作ってくれた、ハーライト。
その後ろには騎士団長ウリーム、兵士長ぺチレイラスト、宮廷魔術師長ミェールが居た。どの者もお世話になった者達だ。
「なぁーにボクたちのこと忘れてんッスかぁ? 英雄のルネックスさん……ボクは忘れたこと無いっスけどね」
「こらぺチレイラスト。あまり無礼なことを言うな……」
「ミェールよ、貴殿も少し悲しんでいるのではないか?」
ぺチレイラスト、ミェール、ウリームが順番に発言をする。「すみません……」とルネックスが苦笑いをしながら頭をかく。
それよりも気になるのは、各長である三人が何故此処に居るのかだ。
「お三方は何故此処に?」
「ああ、それじゃが―――」
「リィア、ただいま戻りました」
「アルゼス、戻りやしたぜ!」
「ウェラ、無事帰還ッス!」
「エェーラ、生還でございます!」
魔物の毛皮やらなんやらを引きずって来た二人の女性と二人の男性。ルネックスは彼らに見覚えがある。あのドラゴン騒動の時の者達だ。
彼らはルネックスを見ると、「うわぁ!?」と驚きの声を上げた。
「まさか本当にあっちゃうなんて思わねえかったぞ!」
「エェーラの言う通りですね!」
ドラゴン騒動の時に助けた者達だが、ミェールによると、リィアとエェーラの女性二人は宮廷魔術師の才能があり、アルゼスは兵士、ウェラは騎士の才能があったそうなのだ。
もともとそういう配分で冒険を行っていたのだが、あの騒動で冒険をやめようと思っていたところ彼らからスカウトを受けたらしい。
ぺチレイラスト曰く自分が居なくなったらアルゼスに任せようということなのだ。ウリームもミェールも同じ考えなのだそう。
元々このスカウトを受けたのは、有名になってルネックスにいつか会うためだ。
「「「「ルネックス様、頑張ってください!」」」」
「……うん。勿論、頑張るよ!」
ルネックスは彼らの叫びに力強く答えた。
昔の愚かな自分と同じように、彼らも愚かだ。でもルネックスと同じように、思いは強い。だから、ルネックスは笑おうと思わない。
彼らの思いを力に変えるために、彼らの思いに応えるために。
―――揺れ始めた世界で、ルネックスたちは一歩踏み出したのだった。
―――二カ月と三週間。―――まだ、神界に動きはない。いや、正確に言うと動きはあるのだが、攻めてくる兆候そのものがない。
次元を行ったり来たりする大英雄、しょっちゅうタイムリープする大魔導士、ダンジョンに籠る元勇者、山奥に引きこもる中二病大剣聖、いつも姿を隠してる黒魔導士、雲と同化しようとする白魔導士などなどの強者たちは、既に集めてある。
ちなみに、断ろうとする者は誰一人としていなかった。
他にも、ツンデレ神級鍛冶師、高飛車お嬢様の禁書庫管理者がいる。
その者達は改めてテーラによって訓練をしてから、前衛に入るか護衛か後衛か中衛か暗殺か……と分けている最中だ。
その間に、ルネックスたちはお世話になった者達に挨拶をすることにした。
勿論、元敵だった者だったとしても会いに行くし、少しだけの付き合いだったとしても会いに行くつもりだ。何故なら、別れのあいさつではないから。
「えーっとね、ここが僕のふるさとだよ……」
「へぇー、ルネックスなら確かにここっぽいかもしれないねぇ~」
「ちょっとリンネ! 何言ってるの? 素敵な村でしょ」
リンネとフレアルが騒いでいる間、ルネックスは村を歩く。新鮮な緑、村長のものだけがやけに大きくて豪華な屋敷。
奥には壊れかけているはずのルネックスの家があるはずだが―――。
つま先立ちで奥を見ようとすると、隣から村長がすごい勢いで走ってきた。
「ルネックス! 帰って来たのか……帰ってこないかと思った」
「いえいえ、帰ってきますよ。僕はこの村で育ててもらった恩も分からない者だとは思っていないので。ただいまです」
「どうしたのーファル爺ー?」
「リディア、この方はルネックスだ、あいさつをしてくれ」
村長もといファルスを追いかけてきたのは赤紫色の髪をした、眠たそうな目をしたいかにもゆるふわな少女だった。
恐らく村長の孫か何かだろうが、ずいぶん可愛い娘である。
村長の声を聞いて、リディアは目を輝かせながらペコリとあいさつをする。ルネックスはあわてて彼女にやめるよう言う。
「僕は英雄なんかではないので……」
「ん? 英雄なことくらい認めても構わんと思うが……この世界の神は他界より自由奔放なのは皆知っていることだぞ?」
「いやでも僕、他界とか行ったことないですし―――」
第一、ルネックスが目指しているのはラグナロク―――つまり、この世界を一度巡回させる、更新させるためにやっていることだ。
恨みも私怨もなくはないのだが、英雄とは言えないだろうと思っている。
カレンが目を丸くし、フレアルとリンネが言い合いをやめて呆然とルネックスを見つめ、シェリアは固まり、フェンラリアとリーシャはやれやれと苦笑いをしている。
「るねっくす……いまるねっくすをえいゆうじゃないって思ってるひとなんていないよ……この世界じゃるねっくすはもうれきしにのこるくらいのことをしているんだからね?」
「えぇ!? 僕はただ愚かなことをしてるだけなのに……どうして」
「ルネックスさん! 愚かなことでも、それが正しいって思える人はいるはずなんです。思い込みは良くないですよ」
「ルネックス様。私、ルネックス様が大好きなのー」
「ありがとう。リディアちゃんって呼んでいいかな? 僕は必ず戻ってくる。その時のために、僕の居場所を取っておいて欲しい」
少しというほどではないくらい成長したルネックスをみて、村長には後悔がよぎった。ルネックスの成長を見てみたかったのだ。
村長も成長している。もうあの頃の愚かな村長ではない。
すでにこの村は村でなく、街を名乗れる許可を取り、英雄ルネックスの故郷として人気のスポットとなっていた。
「貴方が此処に来たおかげで、観光してくれる者がまた増えそうだ……はっはっは!」
「役に立てて良かったです。それではさようなら、僕は死ぬ気などありません」
「死んだら私、ゆるさないわよー、まだあまり話していないものー」
にこりと笑いながらそう言うリディアは、将来凄い人になるかもしれない。そうルネックスは直感的にそう思えたのだった。
村長はルネックスの肩に手を乗せて、よくやれよ、と小さくつぶやいた。
♢ ♢ ♢
「はっはっは!」
神聖なはずの国王コレムの部屋に、豪快な笑い声が響いた。相変わらずその威厳でリーシャとリンネが眉をひそめているが、テーラの威圧に耐えきれたルネックスにとっては脅威にすらならない。
コレムは笑いすぎて目尻から涙が浮き出ている。
どうやらこの話が本当に面白い、と、そう思っているらしい。
「我が国の恩人がそこまで行くとは……我が国が歴史に残る事を考えると、素晴らしくいい話だな。完成させてくれよ!」
「本人の前で利益の話だなんて、コレムさんも変わってませんね」
「まあ、そう簡単には変わらんよ……ルネックスこそ変わったじゃないか。ちょっと驚愕しそうな方向に……」
「ははっ。自分でも驚愕しているので、そうでしょう」
「それにしても助かったぞ、街の聖神の襲撃……神への恨みは着実に上がっているようだが―――協力できなくてすまんな」
本当に申し訳なさそうな顔で、コレムは言う。さすがに国王のそのような威厳の無い姿を受け入れるわけにもいかないので、ルネックスはあわてて「いいんです」と返す。
後ろではフェンラリアがルネックスを哀れむような目で見つめていた。
コレムはフェンラリアに気付くと、「これはこれは」と彼女に声をかける。
「大精霊様、か。ルネックスよ……貴様は真にとんでもないな」
「るねっくすはとんでもないからねー、もうすでにあたしなんて超えちゃってるから。これむもがんばったら超えれる!」
「くっはっはっはっは! さすがに無理ですよ大精霊様。ルネックスのような才能ある者ならともかく、私はもう歳ですから」
そう言えばルネックスも最初同じような会話をしたな、とふり返って苦笑い。コレムのような受け入れ方ができていれば、もう少し大人だったのだが。
それにしても、さりげなく褒められてしまったのが少しむずがゆい。
ふうん、と言ってフェンラリアはルネックスのポケットに戻っていった。
「それで、お前は戻ってくる気があるのか? 行って帰ってこない場合なのか?」
「いえいえ、ちゃんと戻ってきますよ。神界にずっといるとさすがの僕でもつかれてしまいます。器は人間ですからね」
テーラは自分が人間だろうと何だろうと興味はないし、ルネックスよりずっと魔力量がとんでもないので問題はない。
だがルネックスは神のようにすんなりと天界の圧力を受け入れられるように生まれてはいないのだ。テーラは何処ででも適合出来るらしいのだが、そこは才能の違いだ。
あはは、と苦笑いをしながら頭をかく。コレムが懐から懐中時計を出すと、「む」と声を上げながらそれをルネックスに見せた。
「ずいぶん時間がたっているぞ、良いのか?」
「わあ、もうこんな時間なんですか? すみません、今日はこれでお別れさせていただきます。ああ、戻ってきますので安心してください」
消える気はないし、亡くなる気はない。戻ってこない気はないし、捉えられる気も展開に封じられる気だってない。
なぜならこれは―――別れないための挨拶なのだから。
ルネックスは綺麗にお辞儀をし、コレムの返事を聞くと、ぱたん、と扉を閉めてその向こうに姿を消した。
コレムはそれを見て、微かに寂しそうに口元に笑みを形作った。
♦ ♦ ♦
「なんだ、私がそこまで考えつかないとでも思ったのか?」
お世辞でも綺麗とは言えない家の中で、かつて奴隷大商人と呼ばれた女性、ハイレフェアだ。腹を抱えて大笑いをしている。
ルネックスは今までのことを話したが、想定が付いていると返されたのだ。
そこまでいけるだろう、と思っていたところでもあり、街を聖神が襲撃した時の活躍もしっかりと見ていたからだ。
実際その時のハイレフェアはしがみついて飛ばされないようにするのが必死で、手を貸そうとしても無茶だとしか言えない状態だった。
「ハイレフェアさんに出会った時の僕は、とても愚かだったですよね。それでも考えつくなんて、すごいですよ?」
「ああ、愚かだった。何も知らない無知の少年―――強いのは思いばかり。でも、可能性があるってのが思いだからな、否定はしないぜ?」
「はは―――はっきりと言ってくれるハイレフェアさんが僕は好きですよ」
「おっと、いきなり告白か? 大胆なものだな、最近の少年は」
「えぇ!? そんなつもりはありませんよ! 本当ですよ! からかわないでください! というか、僕はヘタレですので」
ハイレフェアはルネックスを認めない。英雄だと言わない。まだまだだと言って切って捨てる。ルネックスもハイレフェアのそれを受けとめる。
それは事実だからだ。今も愚かな事だって問えばそうだときっと返ってくる。
何もなかった、無い無い尽くしの少年が、ここまで登って来た、ただそれだけの話。ふっ、とルネックスは笑う。
愚かで無知で世間知らずな少年、だが思いはきっと誰よりも強かった。
この世界の方が愚かだとこの世界の者は皆そう言うだろう。だが、世界を巡回させた者は世界を自由に再編できる。
ルネックスの思いは確実にどの強者にも劣ることは無かったのだ。
ちなみに、へたれだと言った際女性陣から殺気が飛んだが、そういうものになれているルネックスは気づくことさえできなかった。
「というか、最近彼氏が私にもできたのだ。まわりの者は皆驚いていたよ、ルネックスよお前は私に先を越されていいものだったのか……」
「おめでとうございます。僕は目的を達成するまで、そういうことは考えないつもりですので。あのハイレフェアさんの彼氏ですか……」
「なんだ、気になるか? お前によく似て愚かな奴だぞ」
「……はっ、ははっ」
自分の彼氏を愚かだと切り捨てるハイレフェアは実に彼女らしい。
彼女は、ルネックスが別れるのかそうでないのか聞くこともなく「さぁ、行った行った、私はお前らの邪魔はしない」と彼らを追い払った。
紛れもなく、それはルネックスに対する信頼からの出来事だろう。
☆ ☆ ☆
「ん? ルネックスじゃないか、こんなところで何をしてるんだ?」
「ハーライトさんたちこそ! お久しぶりです、僕はこれから計画を実行するので……あいさつに回っていたんです」
暗い路地裏を通り過ぎる時、その中から懐かしい声が聞こえた。コレムに会うきっかけを作ってくれた、ハーライト。
その後ろには騎士団長ウリーム、兵士長ぺチレイラスト、宮廷魔術師長ミェールが居た。どの者もお世話になった者達だ。
「なぁーにボクたちのこと忘れてんッスかぁ? 英雄のルネックスさん……ボクは忘れたこと無いっスけどね」
「こらぺチレイラスト。あまり無礼なことを言うな……」
「ミェールよ、貴殿も少し悲しんでいるのではないか?」
ぺチレイラスト、ミェール、ウリームが順番に発言をする。「すみません……」とルネックスが苦笑いをしながら頭をかく。
それよりも気になるのは、各長である三人が何故此処に居るのかだ。
「お三方は何故此処に?」
「ああ、それじゃが―――」
「リィア、ただいま戻りました」
「アルゼス、戻りやしたぜ!」
「ウェラ、無事帰還ッス!」
「エェーラ、生還でございます!」
魔物の毛皮やらなんやらを引きずって来た二人の女性と二人の男性。ルネックスは彼らに見覚えがある。あのドラゴン騒動の時の者達だ。
彼らはルネックスを見ると、「うわぁ!?」と驚きの声を上げた。
「まさか本当にあっちゃうなんて思わねえかったぞ!」
「エェーラの言う通りですね!」
ドラゴン騒動の時に助けた者達だが、ミェールによると、リィアとエェーラの女性二人は宮廷魔術師の才能があり、アルゼスは兵士、ウェラは騎士の才能があったそうなのだ。
もともとそういう配分で冒険を行っていたのだが、あの騒動で冒険をやめようと思っていたところ彼らからスカウトを受けたらしい。
ぺチレイラスト曰く自分が居なくなったらアルゼスに任せようということなのだ。ウリームもミェールも同じ考えなのだそう。
元々このスカウトを受けたのは、有名になってルネックスにいつか会うためだ。
「「「「ルネックス様、頑張ってください!」」」」
「……うん。勿論、頑張るよ!」
ルネックスは彼らの叫びに力強く答えた。
昔の愚かな自分と同じように、彼らも愚かだ。でもルネックスと同じように、思いは強い。だから、ルネックスは笑おうと思わない。
彼らの思いを力に変えるために、彼らの思いに応えるために。
―――揺れ始めた世界で、ルネックスたちは一歩踏み出したのだった。
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