時計屋 ~あなたの人生をやり直してみませんか?~

とびらの

魂の双子 前編

 3月1日。ぼくは死んだ。 

 校舎の四階屋上からアスファルトへ叩きつけられ、全身を強くうって死亡。 
 きっと、ニュースにはこのように書かれるのだろう。 なんとなく綺麗な語感である。
 実際の遺体はもちろん血みどろなわけだが、そういった詳細はニュースに必要なものではない。マスコミは物語が好きなのだ。
 例えば、男子高校生、卒業式に校舎で飛び降り自死――受験苦かイジメか。だとか。そういった見出しを愛している。 

 そんなことはどうでもいい。ぼくはただ、一刻も早く今の苦しみから逃れたかっただけであり、ぼくがいなくなった後の世界に興味はないのだ。 

 辛く苦しい青春の終わりの日、ぼくは死んだ。
 そして、天使と出会ったのだ。 



 4月10日 

 さわやかな春の風が鼻をくすぐり、胸まで届く。ぼくは学生服に身を包み、二年間持ち歩き時には尻に敷いてくたびれた鞄を手に、校門をくぐった。

「おはよう義孝よしたか! 掲示板見たか? 今年も同じクラスだって!」

 ジンに背中を叩かれる。続いて、マサヤ、リツオがぼくの頭を乱暴に撫でていった。すぐそばにはハシモト教頭が立っていて、それより小柄なタニグチ校長もいた。少し進むと、これから担任となるタナカ先生に出会う。

 みんな、にこやかにぼくを迎えてくれる。

 ジン達に連れられて、掲示板を確認しに行った。大きなボードに張り出されたクラス分け案内から、僕の名前を探す。見えないインクの厚みに、桜の花びらが一枚乗り上げていた。つまんで剥がす。

『三年C組 安居義孝』

 同時に、「あった!」と、はしゃぐ女の声が、すぐそばで聞こえた。

 美しい横顔だった。細い鼻梁から睫毛がはみ出し、虚空に伸びている。
 平均的男子のぼくよりも、頭半分ちいさい。見下ろすと、セーラー服の襟元から白い鎖骨が覗けてしまう。すこし引いてみればその容姿は美貌よりも愛らしさが際立っている。痩せているのに顔は丸く、桃のよう。申し訳程度に尖った顎ですら引っ張れば伸びそうに見えた。

 神の寵愛を受けて生まれてきた者の眩しさに、ぼくは一瞬にして飲まれてしまった。そして、

「中村さん、同じクラスだね」

  ぼくが声をかけると、中村奏音なかむらかのんは驚いた顔で隣を見上げた。話をしたことも、過去にクラスが一緒になったこともない男子から声を掛けられ、警戒している。とはいえ彼女はとても可愛い顔をしていたから、こういう男には慣れっこではあるらしかった。
 攻撃的な硬い笑顔を形作って、人を拒絶するための一礼をしてみせた。

「いこっ、マドカ」

 友人に声をかけ、さっさと下駄箱へ行ってしまう。体重が心配になるほどに厚みのない彼女の靴跡を見下ろして、ぼくはガッカリし、肩を落とす。
 それを見ていたジン達が「ザンネーン」などと囃し立ててくる。

 彼らを適当にあしらって、ぼくは、くたびれた鞄から一冊の手帳を取り出した。

 何の変哲もない、文房具屋さんで買ったダイアリーである。念のために確認してみる。そこには、今日の日付と、ここまでに起きた出来事が詳細に記されていた。ぼくがこの一年間を書き綴り、死んだ未来からたったひとつ、持ち込んだものである。

 思わず笑みがこぼれる。

 ここまで、まったく同じだった。

 僕は、とっくに見えなくなった中村奏音の背中に告げた。

「第二ラウンド、開始」



 4月26日

 この日、学校では新一年生を歓迎するための小さな式典が行われていた。コーラス部の有志が壇上に上がり、さわやかな合唱が贈られる。コーラス部ではない二、三年生はみな体育館にただ詰め込まれ、退屈以外に形容のできない時間を過ごしていた。

 それでも、一瞬だけぼくのクラス全員が顔をあげた十秒間があった。クラスメイトであり、カリスマ的美少女の中村奏音のソロパートだったのだ。

 だが、ぼくはその瞬間、椅子にのけぞり口を開けて、ぐっすり眠っていた。春の気候と、昨晩ゲームをやりこんだせいである。だから、彼女の歌を聴くのは『今回』が初めてだった。日記に書いてある通り、ぐっすりと眠っている格好で、彼女の歌声を聞いた。意外と上手だった。

「お前、せっかくの奏音ちゃんのソロ、熟睡してただろ! 椅子にのけぞって大口開けてたぞ。アレ、奏音ちゃんからも見えただろうな。残念、嫌われたな!」

 あとからジンが教えてくれた。


 4月28日

 ついにこの日が来た。

 ぼくは初めて、日記に書かれたことと違う行動をすることになる。

 朝起きて、学生服のポケットにスマートフォンを忍ばせる。鞄から出して持ち歩くことは、もしも生活指導に見つかったらコトだが、今日に抜き打ちチェックなどがないのは知っている。

 いつもはチャイムギリギリに駆け込むような僕だけど、今朝はずいぶん早く登校した。一番早く登校した生徒が職員室に鍵をもらいに行き、教室を開錠することになっている。ぼくは鍵をもらって教室へ向かい、鍵を開けると、そのまま職員室へ戻り鍵を返却した。「忘れ物をしたのでいったん帰ります。締め直してきましたので鍵を返します」と伝えると、対応した教員はすこし不思議な顔をしつつも黙って受け取った。

 そして、鍵が開いたままの教室へ戻り、中から施錠をする。荷物をロッカーに隠し、ぼくはスマートフォンだけを手に持って、身をかがめて、教壇のしたの空間へ忍び込んだ。教壇は鉄の背板に穴が開いて並んでおり、遠目にその中は見えないが、中から目を当てれば教室が一望できる。これは、小学校のころから同じものを見つけるたびそうやって遊んで知っていたことだ。ちょっと不自然に手が込みすぎているかもしれない、とチラリと考えたが、やはり確実に遂行したかった。

 それから、二十分ほど待っただろうか。

 開錠の音とともに、扉を開けて、中村奏音が現れた。彼女はすこし緊張した面持ちであたりを見回し、まずは鞄を、自分の机に置いた。
 そこからちいさなポーチを取り出す。可愛いドット柄で、手のひらに乗るほど。
 細やかなレースに沿ってビーズが刺繍されていて、ハートのレリーフを描いている。もちろん今この教壇からそこまで見えるわけではないが、ぼくは知っている。全くわからない世界だけども、ああいうものって意外と高価なのかもしれない。
 それを、想像していたよりも躊躇ない足取りで、彼女はぼくの机まで歩み寄り――その中へ押し込んだ。

 笑う彼女。

 そしてそのまま何食わぬ顔で教室を出ようと、身をひるがえした。ぼくはこれを見るのは初めてのことだ。わかっていたことだけどさすがにショックを受け、計画よりも一瞬、出るのが遅れてしまった。

「中村さんっ」

 ぼくの声に、彼女の身体は垂直に跳ね上がった。

「ひ!」

 無人のはずの教室に突然現れたクラスメイトに驚いた――というには、彼女の顔色はあまりにすぐれなかった。
 声も出せずに立ち尽くす彼女に、ぼくは何気ない様子で間を詰めていく。

「そんなに驚くかな。ごめんね、ぼくの友達を驚かせようと思ってたんだ。あいつら朝早いから。中村さんはどうしたの。いつもはぼくと同じくらい、遅めに来ていたように思うのだけど?」

「あ……の、わたし、部活……」

 消え入るような声だった。ぼくが初めて聞く声色である。こんな可愛い声をだすのかと妙な感動を覚える。

「ふうん? それはそうとして、さっきぼくの机になに入れたの?」

 言いながら、素早くそれを取り出してしまう。アッと彼女は大きな声をあげた。

「可愛いポーチ。なにこれ、中村さんの? ぼくにプレゼント……」

「やめて! 返して!!」

 彼女は飛びついてそれを奪った。ぼくはとりわけ不思議そうな表情で、彼女を見つめる。それはまるきり演技だった。ぼくはその中身を知っている。

「ちがうの、それはわたしの。なの……」

 彼女は今、必死で言い訳を考えている。

「自分の机と間違えたのよ」

 そうきたか。想定内だ。ぼくはポケットからスマートフォンを取り出し、動画再生ボタンをおしてから彼女に突き付けた。今度こそ、中村奏音の美しい顔が歪んだ。ぼくのよく知る彼女の顔だ。

「てめえ、なに撮ってるんだよ!」

 先ほどの鈴のような声とは大違い。壊される前にスマホを回収し、ぼくは彼女から距離を取った。そして努めて穏やかに、

「ごめんよ、友達の驚くとこ撮って笑うネタにするつもりだったんだよ。んで、むさくるしい連中を待ってたら、予想外に中村さんが来たからさ、驚いてつい、そのままに。ねえ、自分の机にいったん鞄をいてるし、ぼくの机だって明らかにわかってるよな。ねえどうしたの。さっきのアレはなんだったの? もしかして……!」

 ぼくの顔が、助平な男子の無垢な妄想で緩んだのを、美少女は見逃さなかった。彼女は自分の美貌を知っている。その切り替えは早かった。

「そう、わたし、あなたのことが好きなの」

「えっ!」

 思わず大きな声が出た。正直な話、ここまでストレートに来るとは思っていなかったのだ。たじろいだぼくに、彼女はあえて自分も一歩身を引いた。

「あっ、ちがうのよ。付き合ってほしいとか、そこまでじゃなくて。気になって、それで……こういうことしたらどんな反応するかなってみてみたかっただけ。だから、イタズラをしたの。ごめんなさい」

「そ、そうなんだ。そっか、そうだったんだね」

 この時のぼくはほとんど素。それでもまだ、彼女の本性をしっているだけにずいぶん冷静になれていたはずだ。もしもこれが『一回目』なら、支離滅裂な女の言い分をなんら違和感をもつことすらなく、「恋する乙女萌え」と「俺の春が来た」で、脳内は埋め尽くされていただろう。

 事実、このときの彼女は名人芸と言えた。水桃のような頬をほんのり赤く染め、心なしか瞳や髪までもが艶を増し、華奢な体全体から、「どうぞ、つついてみてください」とその柔らかさを主張する。

 彼女はさらに、さきほどのポーチは中身がカラであると告げ、さっさと自分の鞄にしまいなおした。イタズラだったというならば、その中身はカラであるほうが確かに自然だ。ぼくはそこにも追及しなかった。

 だけど、ぼくはそれがすべて虚構であることを知っている。

 この日のことは、ページが黒く染まるほどに詳しく日記に書かれている。そうでなくても忘れない。


 ポーチの中身は生理用品だ。さらには彼女の携帯電話もはいっている。
 いつも朝礼直前に駆け込むぼくは、机の中をみることはなく着席する。朝礼の後、一時間目が始まる直前に、ぼくの机でメロディが鳴る。
 そのすぐ隣で、目を剥いてぼくをみる女子たち。
 中村奏音が、友人間でひそかに話した、昨日から見つからない生理用品のポーチと同梱の携帯電話を探して、友人に着信を鳴らしてもらったのである。
 教室は大騒ぎになり、ジンもマサヤもリツオもぼくから離れる。ハシモト校長によばれ、タニグチ教頭の前で泣いた。担任のタナカは一年間、ぼくのほうを見ることは無かった。

 ぼくは虫になった。

 それが、ぼくの高校三年生だ。

 そしてぼくは死に、もう一度、その一年間を歩き始めている。


 ぼくと中村奏音はしばらく立ったままで、話題をいったりきたり、煮え切らない会話を続けた。やがて校舎にひとの気配が増え始め、クラスメイトが入ってくる。ぼくたちはどうにも居心地のわるい空気のまま席につき、黙って授業を受けはじめた。

 彼女に、どの程度の覚悟があるのか――出方を窺っていたぼくのもとへ、ちいさなメッセージが届いた。

 俗にクラス手紙と呼ばれているもので、女子が頻繁に、男子からもたまに回ってくるものである。
 複雑に折りたたまれた手紙に、宛先はなかったが、前席の者からぼく宛てだと言われた。

 開けてみると、中にカノンの署名があった。

「友達以上恋人未満的なアレでおねがいします」

 ぼくはすぐに返事を書いた。

「土曜の放課後、ハンバーガー屋で。いかがですか?」

 彼女の返事は授業の後、休み時間に、すれ違いがてらにさっと渡された。

「OK。一時半、西口のドムバで」



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