時計屋 ~あなたの人生をやり直してみませんか?~
罅割れた美女
マリアベルは苛立っていた。
――今日はもう結構です。お疲れ様でした。
マネージャーはそういって、いそいそとメナースのほうへ駆け寄っていく。そしてあの小娘にお待たせいたしましたと頭を下げ、今日も綺麗だ、本当に君は可愛いと、歯の浮くような賛辞を喚きたてる。
20年前、マリアベルに対してそうしたように。
忌まわしい。
そっと、指を目元に当てる。尖った爪の裏に隠した柔らかい指の腹で、かすかに細い凹凸を感じ取る。
忌まわしい――この罅が。
何より忌まわしいのが、それを己が知ってしまっていること。マリアベルは罅割れ、メナースの滑らかな陶器の肌には傷一つない。それは、薄暗い撮影所の片隅ですら明確に見て取れた。同じ暗がりで、同じだけのかすかな照明でも、メナースは輝き、マリアベルはくすんでいる。
メナースだって判っている。かつてマリアベルが、自分以外のモデル達を見て嘲笑っていたのと同じように。
忌まわしい――この20年を、取り戻すことが出来たらいいのに。
「ご注文ありがとうございます」
女の声は唐突に、マリアベルの耳を刺した。ぎょっとして顔を上げる。
一瞬、自分は寝ぼけていて、デパートにでもふらふら入り込んでしまったのかと思った。だが間違いなく、なじみの撮影所である。短い出番を終えたばかりのマリアベルはまだ控室にすら向かっていない。セットにメナースを誘導するマネージャーと、カメラマンたちがなにやら相談している。
そこに、若い女がいた。いや、年の頃はよくわからない。
残念なほど老けた十五歳か、病的に若作りをした三十路か。いずれにせよ褒め言葉で形容しがたいのは、美のスペシャリストとして前線に立ち続けたマリアベルの美意識のせいかもしれない。似合わないツインテールに、貧相な体をますます強調する黒ずくめは、スタイリストが見たら指さして笑うことだろう。ぜひ教えてあげなければ。
 
「ちょっと、撮影所におかしな子がいるわよー!」
マリアベルは声を張り上げた。しかし、誰も振り返らない。
いくらマリアベルが落ち目だからと言って、アシスタントにまで無視をされるような立場にはなかった。聞こえない――マリアベルも、黒ずくめの女も、彼らの世界から切り取られてしまったように。
マリアベルは言った。
「ちくしょう。この私が、こんなちんちくりんと一緒にされるだなんて」
女は言った。
「わたしは時計屋です」
女は、アサトと名乗った。美術小道具スタッフというわけでもないらしい。時計職人兼セールスで、自ら作った特殊な時計を売り歩いているという。こんなところまでどうやって入ったのか、マリアベルには想像もつかなかった。
手のひらほどの銀盤懐中時計は、数々の高級時計ブランドのイメージモデルをつとめたマリアベルをしても全く見覚えのない、奇妙なデザインをしていた。ファッションウォッチというよりも特殊な仕事でつかう専門器具のようである。どこかに機能美をかんじる。
 銀盤には四つの歯車のようなものがついていた。通常、時計なら盤のほうに数字が刻んである。ところがこれは、歯車の凸部分に何やら象形文字のような記号が刻まれていた。それが、四つバラバラに回っている。真ん中の針が何を指しているのかもわからない。
「……素敵ね……」
マリアベルは、ブリキ細工職人の家に生まれた。母が縫ったぬいぐるみひとつしか玩具のない貧しい家で、父の作業用具だけがあふれかえっていた。子供の目にはそれらは輝いてみえたが、触ることは決して許されなかった。
半年後に流行するものを身に着け写真を撮られ、発売から二か月後には時代遅れとして捨てられるものに囲まれた暮らしを続けた二十年――マリアベルはふと、それを懐かしく思った。
「いいわ、買いましょう。おいくら? 言い値で構わなくてよ。私は見ての通り落ち目だけども、それでもこれまでに築いた財産はあるの。それよりこの時計、オブジェとして気に入ったのだけども、使うこともできるのよね?」
「お買い上げありがとうございます」
時計屋の女はにっこりと笑った。広告に使ったら会社にクレームが来るに違いない笑顔だった。
そして、淡々と話し始めた。
「この時計は、オブジェにはできません。消耗品なのです。一度きり、あなたのために使用したら砕けて散ってしまいます。そして、あなたの望む過去の日まで時間をとばして、移動することができます。商品にはそれぞれ特徴がございます。使用方法と時間をさかのぼるという本質は同じですが、オプション部分にさまざまな違いがあるのです。
本日わたしがお持ちしたのは、三つ。5年コース、10年コース、20年コースと、それぞれ遡れる年月が違った時計です。
料金に違いはございません。そもそも、代金に当たるものはわたしどもはなにも奪いません。契約にイエスと言っていただけたら、それだけでわたしの報償となるのです」
「それは……たとえば、広告として無料でお菓子を配ることで時給をもらってるバイトのような仕事?」
「んー。そんなもんかしら」
女はいきなり言葉を崩し、にやりと笑った。
どうやら先ほどの口上はマニュアル丸暗記で、それを読む以外に敬語は使えないらしい。恐ろしく可愛げがないが、先ほどの営業スマイルよりはずっとマシだ。
「時間を……遡れる?」
「はい」
「過去をやり直せる……私は戻れるの? 16歳のあのころに」
「はい。その時代へあなたを移動させることが出来ます」
「何もかも昔の通りに」
「はい。ただしあなたの記憶は失われません。『あなた』がこれまでの人生を遡り、過去の世界に引っ越しをする。あのころの世界へそのまま移動をするのです」
「16歳の――美しかったあのころに」
マリアベルは微笑んだ。目元の罅が一層深く刻まれる。生まれたての妖精と銘打たれてのデビューから、年を感じさせない、年の割に美しい、年寄りだけども魅力的な、同年代の一般人よりだいぶマシと、ずっと評価を受けてきた美女は、罅割れてなお美しい。
「お買い上げありがとうございます」
時計屋の女が頭を下げる。パリン、と、硬いものが割れる音がした。
マリアベルは意識を失った。
そして――目を開ける。ゆっくりと体を持ち上げて、あたりを見渡してみた。
そこは、撮影所のようだった。薄暗がりの中、モデルの簡易休憩用に置かれた冷たいベンチで転寝をしていたらしい。
視線を自分の膝元へやると、ピンクとオレンジのチェック柄の、バーバリアンドレスのスカートが見えた。
そうだ、16歳。安っぽい通販雑誌のファッションモデルから、はじめて企業広告のイメージガールにオファーがあった年。
青田刈りであるこの仕事そのものは大した報酬ではなかった。しかしここからメディアに出たマリアベルは「妖精」とあだ名され、のし上がっていったのだ。年齢とともに美貌は磨きがかり、スポンサーの取扱商品の価格とともに、マリアベル自身の報酬も上昇した。
このときはまだ、何も持っていなかった。貧しいブリキ細工職人の父からもらったほんの少しの餞別だけで、なんとか口に糊していた時期である。むしろ一番苦しかった頃かもしれない。
そう、すべてはここから。
私の輝く人生を、もう一度だけ楽しみたい。マリアベルは立ち上がり、ずいぶんと懐かしい顔ぶれのスタッフたちに声をかけて――
彼らの悲鳴を聞いた。
星屑の海のほとりで、男は佇んでいた。
「釣れる?高砂」
「あ?」
背中にかかった声に、彼――高砂は、胡乱な目つきで振り返る。
いつの間に背後にいたのか、艶のない黒髪を似合わない形に結い上げた同僚に、
「いや……釣れるわけねえし」
「そうね」
「そもそも俺、釣りしてねえし」
「そうね」
「釣竿も持ってねえし座ってすらねえし。釣りをしてるのかなーと見て取れるような要素がなにひとつないと思うんだが」
「そうね」
亜郷は淡白な声でそう言って、さっさとログハウスに入ってしまう。高砂はしばし怪訝にしかめていた面差しを緩ませ、後を追う。
「おう。観てたぜ。ひとりの客で二十年か。いいシゴトするねえ」
「あなただってそういう時計を作ればいいじゃないの」
亜郷の返事はいつだって冷たい。しかし高砂は、彼女が比較的上機嫌であることを感じ取っていた。本当に不機嫌ならば、そもそも自分と会話すらしない。
「しかしエグいね」
工房のほうで伝票処理を始めた亜郷に投げかける。
「おまえさん、ちゃんと伝えなかっただろう。あの美女、自分の肉体が20年前の姿に戻れると思い込んでいたぜ?」
「ちゃんと伝えたわ。『過去へ移動する』と」
「せめて四十前の姿そのままだったらねえ。そこにプラス20歳。いくらなんでもきっぱりとオバサン、ほとんど老人だ。あー、ひとの世界の老人ってのは何歳からだったか?」
「知らない。わたしは嘘をついていないわ。伝えたことはすべて真実。だけど、すべての真実を伝える義理はない。彼女の誤解も、ただ訂正しなかっただけだもの」
パチン。伝票をファイルに挟む高い音。それにかき消されるような小さな呟きで、亜郷は続けた。
「来た道を戻るのだから、来た時と同じだけ、時間と経費がかかる。至極当たり前のことなのに、わからないほうがどうかしてるわ」
高砂は顔面をゆがめ、皮肉げに笑った。
「20年かけて築いたものも失って、40年後の姿になって、ゼロの位置から、どうやって歩くんだろうな」
まあどうでもいいけど。と口の中で呟いて、高砂は扉から退出した。
星屑の海辺は、こぼれた煌めきで鈍く光を放ち、地面もが蒼く瞬いているようだった。水面を覗き込むと、たゆたう波が彼に歌う。
「こんなはずじゃなかった」「あのとき、ああしていれば」「人生をやり直したい」「もしも時間が戻れば」「あの時に帰れたら」
高砂の漆黒の瞳に、星屑が映っていた。
 
――今日はもう結構です。お疲れ様でした。
マネージャーはそういって、いそいそとメナースのほうへ駆け寄っていく。そしてあの小娘にお待たせいたしましたと頭を下げ、今日も綺麗だ、本当に君は可愛いと、歯の浮くような賛辞を喚きたてる。
20年前、マリアベルに対してそうしたように。
忌まわしい。
そっと、指を目元に当てる。尖った爪の裏に隠した柔らかい指の腹で、かすかに細い凹凸を感じ取る。
忌まわしい――この罅が。
何より忌まわしいのが、それを己が知ってしまっていること。マリアベルは罅割れ、メナースの滑らかな陶器の肌には傷一つない。それは、薄暗い撮影所の片隅ですら明確に見て取れた。同じ暗がりで、同じだけのかすかな照明でも、メナースは輝き、マリアベルはくすんでいる。
メナースだって判っている。かつてマリアベルが、自分以外のモデル達を見て嘲笑っていたのと同じように。
忌まわしい――この20年を、取り戻すことが出来たらいいのに。
「ご注文ありがとうございます」
女の声は唐突に、マリアベルの耳を刺した。ぎょっとして顔を上げる。
一瞬、自分は寝ぼけていて、デパートにでもふらふら入り込んでしまったのかと思った。だが間違いなく、なじみの撮影所である。短い出番を終えたばかりのマリアベルはまだ控室にすら向かっていない。セットにメナースを誘導するマネージャーと、カメラマンたちがなにやら相談している。
そこに、若い女がいた。いや、年の頃はよくわからない。
残念なほど老けた十五歳か、病的に若作りをした三十路か。いずれにせよ褒め言葉で形容しがたいのは、美のスペシャリストとして前線に立ち続けたマリアベルの美意識のせいかもしれない。似合わないツインテールに、貧相な体をますます強調する黒ずくめは、スタイリストが見たら指さして笑うことだろう。ぜひ教えてあげなければ。
 
「ちょっと、撮影所におかしな子がいるわよー!」
マリアベルは声を張り上げた。しかし、誰も振り返らない。
いくらマリアベルが落ち目だからと言って、アシスタントにまで無視をされるような立場にはなかった。聞こえない――マリアベルも、黒ずくめの女も、彼らの世界から切り取られてしまったように。
マリアベルは言った。
「ちくしょう。この私が、こんなちんちくりんと一緒にされるだなんて」
女は言った。
「わたしは時計屋です」
女は、アサトと名乗った。美術小道具スタッフというわけでもないらしい。時計職人兼セールスで、自ら作った特殊な時計を売り歩いているという。こんなところまでどうやって入ったのか、マリアベルには想像もつかなかった。
手のひらほどの銀盤懐中時計は、数々の高級時計ブランドのイメージモデルをつとめたマリアベルをしても全く見覚えのない、奇妙なデザインをしていた。ファッションウォッチというよりも特殊な仕事でつかう専門器具のようである。どこかに機能美をかんじる。
 銀盤には四つの歯車のようなものがついていた。通常、時計なら盤のほうに数字が刻んである。ところがこれは、歯車の凸部分に何やら象形文字のような記号が刻まれていた。それが、四つバラバラに回っている。真ん中の針が何を指しているのかもわからない。
「……素敵ね……」
マリアベルは、ブリキ細工職人の家に生まれた。母が縫ったぬいぐるみひとつしか玩具のない貧しい家で、父の作業用具だけがあふれかえっていた。子供の目にはそれらは輝いてみえたが、触ることは決して許されなかった。
半年後に流行するものを身に着け写真を撮られ、発売から二か月後には時代遅れとして捨てられるものに囲まれた暮らしを続けた二十年――マリアベルはふと、それを懐かしく思った。
「いいわ、買いましょう。おいくら? 言い値で構わなくてよ。私は見ての通り落ち目だけども、それでもこれまでに築いた財産はあるの。それよりこの時計、オブジェとして気に入ったのだけども、使うこともできるのよね?」
「お買い上げありがとうございます」
時計屋の女はにっこりと笑った。広告に使ったら会社にクレームが来るに違いない笑顔だった。
そして、淡々と話し始めた。
「この時計は、オブジェにはできません。消耗品なのです。一度きり、あなたのために使用したら砕けて散ってしまいます。そして、あなたの望む過去の日まで時間をとばして、移動することができます。商品にはそれぞれ特徴がございます。使用方法と時間をさかのぼるという本質は同じですが、オプション部分にさまざまな違いがあるのです。
本日わたしがお持ちしたのは、三つ。5年コース、10年コース、20年コースと、それぞれ遡れる年月が違った時計です。
料金に違いはございません。そもそも、代金に当たるものはわたしどもはなにも奪いません。契約にイエスと言っていただけたら、それだけでわたしの報償となるのです」
「それは……たとえば、広告として無料でお菓子を配ることで時給をもらってるバイトのような仕事?」
「んー。そんなもんかしら」
女はいきなり言葉を崩し、にやりと笑った。
どうやら先ほどの口上はマニュアル丸暗記で、それを読む以外に敬語は使えないらしい。恐ろしく可愛げがないが、先ほどの営業スマイルよりはずっとマシだ。
「時間を……遡れる?」
「はい」
「過去をやり直せる……私は戻れるの? 16歳のあのころに」
「はい。その時代へあなたを移動させることが出来ます」
「何もかも昔の通りに」
「はい。ただしあなたの記憶は失われません。『あなた』がこれまでの人生を遡り、過去の世界に引っ越しをする。あのころの世界へそのまま移動をするのです」
「16歳の――美しかったあのころに」
マリアベルは微笑んだ。目元の罅が一層深く刻まれる。生まれたての妖精と銘打たれてのデビューから、年を感じさせない、年の割に美しい、年寄りだけども魅力的な、同年代の一般人よりだいぶマシと、ずっと評価を受けてきた美女は、罅割れてなお美しい。
「お買い上げありがとうございます」
時計屋の女が頭を下げる。パリン、と、硬いものが割れる音がした。
マリアベルは意識を失った。
そして――目を開ける。ゆっくりと体を持ち上げて、あたりを見渡してみた。
そこは、撮影所のようだった。薄暗がりの中、モデルの簡易休憩用に置かれた冷たいベンチで転寝をしていたらしい。
視線を自分の膝元へやると、ピンクとオレンジのチェック柄の、バーバリアンドレスのスカートが見えた。
そうだ、16歳。安っぽい通販雑誌のファッションモデルから、はじめて企業広告のイメージガールにオファーがあった年。
青田刈りであるこの仕事そのものは大した報酬ではなかった。しかしここからメディアに出たマリアベルは「妖精」とあだ名され、のし上がっていったのだ。年齢とともに美貌は磨きがかり、スポンサーの取扱商品の価格とともに、マリアベル自身の報酬も上昇した。
このときはまだ、何も持っていなかった。貧しいブリキ細工職人の父からもらったほんの少しの餞別だけで、なんとか口に糊していた時期である。むしろ一番苦しかった頃かもしれない。
そう、すべてはここから。
私の輝く人生を、もう一度だけ楽しみたい。マリアベルは立ち上がり、ずいぶんと懐かしい顔ぶれのスタッフたちに声をかけて――
彼らの悲鳴を聞いた。
星屑の海のほとりで、男は佇んでいた。
「釣れる?高砂」
「あ?」
背中にかかった声に、彼――高砂は、胡乱な目つきで振り返る。
いつの間に背後にいたのか、艶のない黒髪を似合わない形に結い上げた同僚に、
「いや……釣れるわけねえし」
「そうね」
「そもそも俺、釣りしてねえし」
「そうね」
「釣竿も持ってねえし座ってすらねえし。釣りをしてるのかなーと見て取れるような要素がなにひとつないと思うんだが」
「そうね」
亜郷は淡白な声でそう言って、さっさとログハウスに入ってしまう。高砂はしばし怪訝にしかめていた面差しを緩ませ、後を追う。
「おう。観てたぜ。ひとりの客で二十年か。いいシゴトするねえ」
「あなただってそういう時計を作ればいいじゃないの」
亜郷の返事はいつだって冷たい。しかし高砂は、彼女が比較的上機嫌であることを感じ取っていた。本当に不機嫌ならば、そもそも自分と会話すらしない。
「しかしエグいね」
工房のほうで伝票処理を始めた亜郷に投げかける。
「おまえさん、ちゃんと伝えなかっただろう。あの美女、自分の肉体が20年前の姿に戻れると思い込んでいたぜ?」
「ちゃんと伝えたわ。『過去へ移動する』と」
「せめて四十前の姿そのままだったらねえ。そこにプラス20歳。いくらなんでもきっぱりとオバサン、ほとんど老人だ。あー、ひとの世界の老人ってのは何歳からだったか?」
「知らない。わたしは嘘をついていないわ。伝えたことはすべて真実。だけど、すべての真実を伝える義理はない。彼女の誤解も、ただ訂正しなかっただけだもの」
パチン。伝票をファイルに挟む高い音。それにかき消されるような小さな呟きで、亜郷は続けた。
「来た道を戻るのだから、来た時と同じだけ、時間と経費がかかる。至極当たり前のことなのに、わからないほうがどうかしてるわ」
高砂は顔面をゆがめ、皮肉げに笑った。
「20年かけて築いたものも失って、40年後の姿になって、ゼロの位置から、どうやって歩くんだろうな」
まあどうでもいいけど。と口の中で呟いて、高砂は扉から退出した。
星屑の海辺は、こぼれた煌めきで鈍く光を放ち、地面もが蒼く瞬いているようだった。水面を覗き込むと、たゆたう波が彼に歌う。
「こんなはずじゃなかった」「あのとき、ああしていれば」「人生をやり直したい」「もしも時間が戻れば」「あの時に帰れたら」
高砂の漆黒の瞳に、星屑が映っていた。
 
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