ラトキア騎士団悲恋譚

とびらの

バンドラゴラとトロワ①

 実をいうと、テオには仕事がなかった。
  戦闘力を見込まれて騎士入りした彼は、もとより調査の仕事は回らない。しかも今回のテロ事件には終始不参加だったため、尋問すらできない。テオ本人の知識が無いのだ。

  左手の包帯は一応取れた。しかしまだ完治とはいかず。実戦的な訓練に使うことは禁じられていた。そのリハビリが現在の彼の業務である。

 (……まあ、探してみるか。ヒマだし……)

  名前がわからない『アイツ』の、人相はなんとなく浮かんでいた。
  いつもドリンクサーバーのそばを陣取る、十人弱の集団である。なかでもアレイニと親しげに、いつも隣で話していた男――カンだがおそらく、アイツが『アイツ』だ。

  テオがソイツを見つけたのは、やはり、中庭の木陰であった。
  騎士団詰め所を出て、一般兵棟へ向かう道中の広場である。ただの芝生に、二人の男女が座り込み、サンドイッチをつまんでいた。

  テオは無遠慮に近づくと、ヒョイと手を上げて、
 「こんちは。おたく名前は?」
 「へ?」
  唐突な呼びかけに、振り向く男女。

  緑の髪の騎士と、桃色の髪をした小柄な女だった。
  男のほうを指さしたテオに、彼は面食らいながらも応じてくれる。

 「名前……おれの? バンドラゴラだけど」
 「それだ! 悪役みたいな名前。間違いねえや」
  男の額がピクリと痙攣した。しかし言われ慣れてはいるのだろう、特に反論することもなくランチを再開する。
  一方テオは上機嫌で、彼らの正面に座り込んだ。あぐらをかいて覗き込む、と――ふと、眉を寄せた。

 「あれっ、教官? トロワ教官じゃないか!」
  女は一瞬、びくりと跳ねた。

  動揺らしいものは、それだけだった。小さな口をかすかに開き、ぼそりと応じる。

 「……うん。久しぶり」
  それだけ言って、サンドイッチを咥えた。

 「ういっす教官、まともに顔合わせるのは一年ぶりですか。どもども、ご無沙汰してます」
 「……相変わらず、テオ。騎士の軍服……お前、ほんとうに騎士になったのか」
 「推薦状書いてくれたの、トロワ教官でしょーよ」
 「ボク、ダメだと思ってた」
 「なんでだ!」
  テオの絶叫に、トロワはほんの少しだけ、唇を持ち上げた。
  堅いつぼみがほころぶような、拙い笑顔だ。

  彼女の隣、バンドラゴラが視線を巡らせる。
 「知り合いだったのかい、トロワ兵士長殿」
  少なからず、不機嫌な声音。顔つきは笑顔の形をしているが、胸中はそのままではないだろう。

  いや、もしかしたらこの男は、ただ生まれつき笑顔に似た造作をしているだけかもしれない。
 教官――トロワ兵士長は頷いた。

 「うん。ティオドールはボクの教え子。なかなか言うこと聞かなかったけど、戦闘じゃ一番優秀だった」
 「ああ、兵士長、少年兵の教官もやってるんだっけ」
  頷くトロワ。テオは明るい笑い声を上げた。
 「へへっ、教官にはいっぱいぶん殴られたな。なつかしいね。――ところで教官、この男と恋人なのか?」

  ぶほっ。

  鉄面皮の表情はそのままに、パンと具材を吹き出すトロワ。対して男の方は、もともと笑ったような顔をさらに輝かせた。トロワとバンドラゴラが同時に叫ぶ。

 「違う!」
 「そうだよっ」
 「なに言ってるんだバン!」

  電光石火、トロワは肩から振りぬく拳で、バンドラゴラを殴り倒した。

 「おおっ?」

 「テオも、くだらないことを言うな。叩っきるぞ」
  かつての教官に犬歯を剥かれ、テオは首を振って謝った。

  平常、極めてクールで淡白。しかしいったん怒り出すと狂犬さながら、手が付けられないほど暴力的になる。
  訓練中の激怒はそれなりに理由があったものだが、今日のこれは、なぜ怒ったのかがわからなかった。とにかく逆鱗に触れたらしい。ウンウン高速でうなずいて、テオは両手を上げ身を引いた。
  コホン、と、トロワの咳払い。
 「……わかればいい。……ボクはただ、このバンドラゴラ騎士と、作戦の話をしてただけ」
 「はーい。……それ、サンドイッチ美味そうっすね。一個ください」

  ランチバスケットに手を伸ばそうとしたのを、バンドラゴラが手でふたをする。

 「だめ。せっかくトロワが作ってくれて、珍しく上手くできたんだから」

  トロワはカッと紅潮した。バンドラゴラからサンドイッチを強奪すると、ひとつテオの手に握らせる。

 「テオ。料理は、生きるために必要なスキル。軍人たるもの、男女関係なく出来るように日々練習をしておくべき」
  賄賂のつもりだろうか。とりあえずテオは口に入れた。美味い。美味いが、特筆して美味ということはない。ふつうのパンに野菜とロースト肉を挟んで切っただけ、それこそテオにも出来るスナック料理だ。
  彼女の指の絆創膏は見なかったことにして、テオはモグモグかみしめる。

  バンドラゴラが眉をあげた。

 「ちょっと、なにくつろいでるんだよ。何か用? おれたちはデート――もとい、お仕事の話してるんだから、邪魔をしないでほしいんだけど」
 「……バン」
 「聞き込みだの見回りだのって上手いことサボってる騎士おれとちがって、トロワ兵士長はまじめでお忙しい方だから。おれに話なら今夜でも、三階の七号室で聞かせてくれよ。もらい物の酒に相手がほしかったところだ。ツマミ仕入れて待ってるからさ」

  笑顔で、冗談めかした口調だが、有無を言わさぬ自己主張。正直な男だとテオは思った。先に聞いた噂から、卑屈で腰の低い男かと考えていたがそうではない。言いたいことは言う、しかしそれを伝えるのが上手いのだ。

  隣に座る、トロワ兵士長のほうをチラと見る。

  年齢はテオのひと周り上、バンドラゴラよりいくつか下といった頃か。
  女だてらに兵士長、素っ気ない表情に冷たい物言い。だが、その顔立ちは端正であった。
  くせの強い、桃色の髪がふわふわと縁取る山吹色の双眸。丸みのある造形。全体的に小柄であるが、豊かな胸や細い腰は、目を奪われるほど女性的だ。

  テオの視線を感じて、見つめ返してくるトロワ。いつもなんとなく眠そうな目の瞬きに、テオはウームと唸った。

 「改めてみると、教官ってめっちゃ可愛いな」

  本日二回目、トロワが吹き出してむせかえる。
  あわてて背中をさするバンドラゴラ、テオは今度はそちらへ向けて、

 「なああんた、教官のことどうやって口説いたんだ。そんなツラが良いってわけじゃないし、ドコに惚れさせたんだか俺にはさっぱり」
 「げほげほげほっ! ごほんっ!」
  悶絶するトロワ。バンドラゴラは目を白黒させ、二人を交互に見やって汗をかく。

 「え、え、ええっと」
 「なあ、どうすればあんたみたいにモテられる。いや、俺は別に、周りを囲まれるほどじゃなくたっていいんだけど」

 「囲まれる?」
  トロワは跳ね起き、即座にバンドラゴラの襟首をつかんだ。

 「バン、どういうこと。前に、騎士団なんて男だらけで、華もなんにもないって」
 「へっ? い、いやそれはそうだよトロワ、だから」
 「ああ、二ヶ月前にアレイニってのが入ったんだ。もともと雌体優位で、雌体化した今はホントに女そのもので」
 「雌体優位?」
 「うんそれで、いつもバンドラゴラと飯くってるって聞いたから、俺――」
 「女とゴハン……っ」
 「ちょっ、黙れティオドール。トロワ、誤解だ。おれはただ、新人がさみしそうに一人でいたから声をかけて」
 「さみしい独り身の女に声をかけたと――」
 「ちがーうっ」
  わめくバンドラゴラ。

  テオは勝手に、水筒からお茶をもらった。サンドイッチでのどが渇いたからである。それで一息ついてから、首を絞められているバンドラゴラに向き直り、

 「騎士たちの噂で聞いたんだ。バンドラゴラ、あんたは男女無差別に人をタラシこむ名人で、オンナのことはアイツに聞けって。教官とアレイニじゃキャラが違うけど、なんとなく似たようなトコあるし――」

  バキリ。
  なにか破壊的な音が聞こえ、テオは言葉を切った。サンドイッチを入れていた、籐のカゴが割れている。握力だけで粉砕したのは、笑みを浮かべたトロワ兵士長。
  震えあがるバンドラゴラに、小柄な全身を向けて。

 「……バン」
 「はい?」
 「しね」

  握りこんだ拳が騎士の顔面にまっすぐ刺さる。
  ひっくり返るバンドラゴラに、トロワはもう一瞥すらしなかった。さっさと立ち上がり、軍靴を鳴らして、足早に去ってしまった。

 「おおう……怖ぇ」
  冷や汗をかいて見送るテオ。 

  少年兵であった四年間、彼女の指導を受けてきたテオ。訓練は厳しかったが、鉄拳制裁が下ったのはいつも、少年が気を抜いた場合である。彼女は特別、戦場でのメンタルコントロールに重きを置いていた。
  怒りで人を打ってはならぬ、恐怖で戦場を逃げてもならぬ。緊張と緩和をわがものとし、感情に左右されることなかれ。
  そう声を張る兵士長、トロワ教官は、いつでも冷静な女傑であった。

 「びっくりした……なんであんなんなるんだ。教官、なんか体調悪いのか?」
 「なんでじゃないだろう、お前のせいだぞ。あいててて……」
  鼻先を抑えながら、バンドラゴラは起き上がった。

 「彼氏が、自分の目の届かないとこでハーレム築いてるなんて聞かされて、冷静でいられる女があるか。くっそぉ、今日いい雰囲気だったのに」
 「彼氏? 女?」
  テオは首をかしげた。

 「なんだ、やっぱりあんたら付き合ってんのか。教官、なんで否定したんだろ」
 「……そりゃ、お付き合いしましょうそうしましょうとは言ってないけどさ」

  バンドラゴラは嘆息すると、ひっくり返った籐カゴを直し、サンドイッチを拾った。
  砂や草切れがついたのを軽くはたき、口に放り込む。テオも手を伸ばすのをペチンと撃退。そうして、恋人の料理を堪能していた。

 「……はあ。おれの好きな具材ばっかりだ。前に言ったの覚えてるんだよ、たまらんね。可愛い」

  細い目をさらに細めてニヤつく男。

  少年には理解しがたい人間関係に、テオは首をかしげてしまった。

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