ラトキア騎士団悲恋譚
アレイニ、頑張る
テロ集団の出奔先は、全自動検索機能を使って設定されたと思われる。
ラトキア所有の宇宙船シャトルは、宇宙空間を自身で操縦することはできない。近場を巡るものではなく、ワープ機能を使いはるか遠方、別の恒星系にまで一気に移動するためのシャトルだ。ワープ空間を抜けるには、乗り組み員はみな冷蔵睡眠コールドスリープを行う必要がある。そのためには、あらかじめ目的地を入力しておくことになるのだ。
もちろん、事前に座標がわかっていればそれを入力すればいい。
技術者がいれば宇宙船内の装置を使い、検索も可能だ。しかし宇宙船強奪から出航までの時間があまりにも短く、それほどの余裕があるとは思えなかった。
「――ということから、彼らの行き先はかの機に登録された候補、すなわち航海履歴から選ばれたと考えられます」
騎士団詰め所内、大ホールにて。
新人騎士、アレイニが書類を読み上げていた。
「候補は五つつ、三つの星。オーリオウル星の郊外、オーリオウル首都、バルゴ首都、地球のメキシコ、地球のニホンです。それぞれちがう恒星につく惑星であり、このラトキア星と同じだけの大きな星です。一度着陸してしまうと、都市を移動するにも苦労するでしょう。五分の一に賭けるのは得策とはいえません」
「五機、同時に出動するのは?」
手を挙げたのは、大柄な騎士である。アレイニは首を振った。
「追跡隊は一機、人数も十人しか許可が降りませんでした」
「……凶悪犯だが」
「彼らはもう武器を持ちません。テロ集団、自称『光の騎士団』はすでに壊滅し今回遁走したのはその残党、非武装集団です。燃料のことを考えても、彼らがラトキアに帰還することはないでしょう」
「ラトキアに害がなけりゃ、ほかの惑星がどうなってもしらねえってのか、枢機院は」
どこからか、ヤジが飛ぶ。アレイニは適当なところへ視線を向けて、
「違います。たしかに彼らは残虐な殺人犯でもありますが、それはこのラトキアへの示威運動。騎士ミルドを含む四人の殺害もあくまで逃走のため。快楽殺人ではないしもはや武器もない、ゆえに、遁走先では無害であると判断しただけのこと」
「十人だと、相手は二百がらいるんだぜ。やってられるか!」
また声が飛ぶ。
今朝の朝礼報告会はいつになく荒れていた。自分が発表するときになって、どうして――いつも騎士団長が話すときはみな神妙に聞き入るくせに。アレイニは唇をかみしめた。
制したのは、やはり騎士団長だった。彼は、平常は自らがたつ壇上をアレイニに任せ、一般騎士と同じように整列している。その場で彼が手を挙げた瞬間、騎士たちのざわめきがぴたりとやむ。よく通る声で進言した。
「アレイニに怒鳴ってなにになる。制限ができてしまったのは、仕方がない。我々はその範囲のなかで成果を上げられるよう、努力しよう」
それだけ言って手を下げる。
アレイニは小さく咳払い。
そして、大きく声を張った。
「ええと、なにをおいても、まず彼らの軌跡をたどること。軌道を特定できたら、さらに町レベル、半径10キロ以内を目指して追跡します。それを、私を含め科学班、宇宙船技工士、諜報、天体士らで鋭意分析中です。……数ヶ月単位で、日がかかると思います。それまでに各々(おのおの)、できることをやってください。
以上、私の、仕事の現状報告、です。……ありがとうございました」
深く、一礼。早足で壇から降りると、今度はクーガが上がっていった。背を伸ばし、挨拶もせずに淡々と。
「今回は、銃火器すら持ち込めない可能性が高い。そのため精鋭を選出する」
ざわめきが広がった。
「相手はたしかに、丸腰の一般人だ。武力制圧ではなく、情報収集による追い込みになる。だがいざ逮捕となると、当然あちらも抵抗する。しかしこちらには武器もなく、過剰な怪我を追わせるわけにはいかない……端的に言えば、拳の殴り合いで、彼らより圧倒的に強い人間が必要だ」
騎士たちが顔を見合わせる。
「具体的な作戦も人選も、やつらの潜伏先が確定してからになる。まだ先の話だが、実力に自信のある者は立候補を。そうでない者もよく鍛えておくといいだろう」
ほとんどの人間が、困惑し眉をひそめていた。
クーガはとらわれず、儀礼的な報告だけをいくつか告げると、解散の号令を出した。
騎士団の、朝礼はいつも短い。そして散会もすみやかであった。それぞれの仕事、持ち場に向けて散らばっていく騎士たち。
アレイニはしばらく、その場を動かなかった。胸に手を当て、嘆息。せいいっぱい深く吐いたつもりの溜息は、浅い呼気にしかならなかった。
(……ああ、やっぱり苦しい)
軍服の下、圧布でつぶした乳房で、呼吸が苦しい。下手に動くとそれだけでうっかり失神しそうだった。こんな状態じゃ働けない。意味のない、馬鹿なことをするじゃなかったと後悔する。
あの夜から二週間。雌体化周期のピークを迎えたアレイニは、すっかり女の身体になっていた。乳房をつぶし、軍服で覆い隠しても、他のすべてが男に見えない。
雄体化してもなお、女性と見まがわれがちなアレイニである。雌体化すればもう、どう繕ったところで女以外の何でもなかった。
全体的に小柄になり、それでいて肉付きが増し丸みを帯びる。水蜜桃のような丸い頬、誰よりも鮮やかな青い髪、瑠璃玉色の瞳――それらを隠すよう俯き伏せても、アレイニの姿が、二百の騎士にまぎれることは決してない。
「……なあ、あれ。やっぱり、不自然だろ」
道中すれ違いざま、ひそひそ聞こえてくる騎士の声。
「きっとなにかで縛ってつぶしてるんだよ。だって朝食のとき私服で――こんな、だったのに」
振り返ることもせず、走り抜ける。怒ったところで仕方がない。
ここは戦士の仕事場。こんな体でまぎれこんだアレイニが悪いのだ。
(……科学班として、やっと仕事がまわってきたというのに。雌体化したらまた完全に部外者だわ……)
今日は宇宙船技工士と待ち合わせがある。だがアレイニはまず先に、自室へと駆け戻った。飛び込んですぐ、軍服を脱ぎ、巻き付けていた圧布を剥ぐ。抱えるほど豊かで、弾力のある乳房が解放されて、アレイニはようやく、肺いっぱいに酸素を取り込む。
二度、深呼吸。
そして軍服を閉ざそうとした、が、前ボタンが閉まらない。
「うそっ。昨日はギリギリ留まったのに……やだもう、また肥ったかしら」
諦めて、アレイニは軍服を脱いだ。騎士の勤務中は基本、軍服着用が義務である。上のサイズを注文するにせよ、今日だけはなんとしてでも羽織る必要がある。
先ほどの圧迫感はもうごめんだが、多少は抑えなくてはなるまい。ためしに、スポーツ用の下着を取り出した。天に掲げて眺める。これならいかがなものだろう――
と、ガチャリと後ろの扉が開き、同室である、テオが入り込んできた。アレイニを見つけて凍り付く。
「うわ!」
悲鳴は、彼のほうが上げた。反射的に扉を閉め、一度うっかり自分を部屋に取り残してから、再度開き、今度こそしっかり退室する。
「……なんかむかつく。そんな、悲鳴まであげなくったっていいじゃない」
呟くアレイニ。
とりあえず下着をつけ、軍服を羽織る。なんとかボタンが留められた。廊下に続く扉を開くと、すぐそばにいたらしい、テオの背中につかえて止まる。
「あ、ごめ――」
「すまん、覗こうとしたわけじゃなかった!」
謝罪も、テオのほうが早かった。その卑屈な態度がなんとなくアレイニの癪に障った。不機嫌を隠すこともなく、早足で廊下を歩きだす。
「わかってます。謝らないで結構」
「で、でも――」
慌てて、転びそうになりながらついてくるテオ。彼のほうが背丈も股下もあるために、こちらの早足で引き離せない。それがまた、腹が立つ。
トゲだらけの口調でアレイニは言う。
「何、私のあとを付いてきてるんですか。用事があって部屋へ行ったんでしょうに」
「いや、俺は……あんたがこっちに来たから。なんかその、騎士からイヤなこと言われたんじゃねえかと思ってよ」
「はい? なにそれ、私がまた一人で泣いてるとでも思った? 馬鹿にしないで」
「……だってよォ」
「これ、前も言ったけど、雌体化しているだけだから。私はもう雄体優位、あと一週間でまたちゃんと、男の体にもどりますからね。お気になさらず」
冷たく言い放つ。テオは機嫌を損ねることもなく、ただ困ったように眉を寄せる。本気で、純粋にアレイニを心配しているらしい。
優しいティオドール。だがその気遣いは、誰にでも向けられるものではない。アレイニが女だから。そう、彼が認識しているからの気遣いであった。
だからこそ、アレイニは拒絶する。
「気持ち悪い。ついてこないでくださいね」
後方でテオが悲しげに眉を寄せたであろう、その顔が頭に浮かんでも、振り返りもせずその場を去った。
――激しい動悸は、物陰に身を潜めてからやってきた。息苦しい。軍服のボタンを開き、アレイニは激しく酸素を求める。いくら呼吸を繰り返しても、息苦しさが治まらない。
(女になってる場合じゃないの。仕事しなくちゃ。私は――ミルドを殺したあいつらを、必ず捕まえなくちゃいけないんだから)
そう自分に言い聞かせ、アレイニは強く、胸を抑えた。
握力で乳房を握りつぶし、地面にかがみ込んで、ほんの少しだけ泣いた。
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