ラトキア騎士団悲恋譚

とびらの

テオの出立

 その日、少年は意気揚々としていた。

 齢十四、背丈は平均並に達していたが、骨格が見えるほどに痩せている。
 それでも、幼さの残る頬は血色がよく、薄い筋肉は艶を保って張りがあった。

 尖った肩をいからせて、少年は精一杯胸を張った。

「じゃあ、テオ兄ちゃんは行ってくるからな! お前らみんな元気で、母ちゃんを大事にするんだぞ!」
「うん!」
「兄ちゃん、がんばってね!」

 長兄を見上げて、三人の弟が赤い瞳をきらきらさせる。尊敬のまなざし。

 父を早くに亡くした彼らにとって、少年は兄であり父であり、親友であり、そして教師であった。主に喧嘩とイタズラと、叱られたときの反省の言葉を、自ら示して見せてくれたものである。

「テオ……しっかりね。がんばるんだよ」

 母が手を組み、目を伏せる。
 不燃ゴミから鉄くずを精製するという内職で、子供達を育て上げた母の指はボロボロだった。爪は割れ、何度も剥けては張り直した皮は分厚く、裂けた傷跡がそのまま凹凸となって刻まれている。
 その清く美しい指に額を押しつけ、母は何かに祈りを捧げた。

「母ちゃん、何に祈っているんだ? 俺はまだ騎士になってない。女神の加護は期待できねえぜ」

 テオが言うと、彼女は首を振った。

「おまえの守護神に祈ったのだよ。テオ……ティオドール。密林の王。
 おまえはお産所さんじょで、ほかの誰よりも小さく生まれてね。どうか長生きしてほしい、強く育ってほしいと、お父ちゃんはお前に、誰より強い獣の名を贈ったんだ。
 ティオドール……強くおなり。おまえならできる。この小さな家を出て、ラトキアの騎士に、きっとなるんだよ」

 母の言葉に、テオは深く頷いた。

「待ってろ、母ちゃん、がきんちょども! 俺は絶対騎士になる。そしたらすぐお屋敷をもらって、みんなを迎えにくるからなっ!」

 骨ばった拳を天にあげ、少年は高らかに宣言する。家族一同の見送りを受け、あばら屋を飛び出していった。

 ラトキア王都の外周部、下町と呼ばれる貧民層――なかでももっとも治安と経済力の劣悪な、スラム街。ゴミ溜めの真横に建てられた、一番大きなゴミのような生家に背を向けて、テオはまっすぐに歩いていった。

 十二の年に少年兵となり、最前線で命を張って、戦功を立て続けてきた。そうでなければ、この街を出ることはかなわなかっただろう。今日この日のチャンスすら、得ることができなかっただろう。
 ヤニ染みだらけのジャケットから、まったく不似合いに美しい、封書を取り出す。

 なんど見ても、見飽きない。

 このスラム街では見たこともない、真っ白な紙にかかれた一文に、テオはニヤリと笑った。薄い唇の隙間から、尖った犬歯がかすかにのぞく。

 ――ラトキア騎士団 入団試験案内――

「よっし。やるぞぉ!」

 周回バスの時刻にはまだ余裕がある。しかしテオは意味もなく全力疾走し、下町の道路を抜けていった。

 長男坊の姿が見えなくなっても、母はずっと、祈り続けた。亡き夫の霊に、息子の守護神に、古いにしえから続くラトキアの現人神に、幸運に。

「がんばるのよ、テオ。……お前は強くて優しくて、誰よりがんばり屋だったもの。きっとラトキアの騎士になれる」

 だけども、と、母は続けた。

「……肝心なところでポカミスするっていう、変なクセがあるから……とにかくしっかりやんなさいよ。母ちゃんは応援しているからね」

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