職業魔王にジョブチェンジ~それでも俺は天使です~

黒水晶

閑話 trick & treat 後編


「次元を歪めながら、【世界の狭間】を疾走しています」

 無眼がそう言うと、目の前に映像が投影された。

 そこには、クレアシオンの後ろ姿が映っており、クレアシオンが虚空を殴ったかと思うと、空間が割れた。

 この映像は無眼の能力であり、彼が【無眼】と名付けられた理由でもある。

 彼は無数の【眼】を飛ばして、全てを見通す事が出来るのだ。今映っているのは、クレアシオンを追跡させていた【眼】の映像だろう。

 割れた先には何も無い白い空間が映っており、クレアシオンは空間を殴り割りながら進んでいく。

 たまに白い空間以外の景色が映っているため、それが世界に入る瞬間だと思われる。

「……あのバグ天使が」

 転移の仕方をみたルイスはそう言い終わると天を仰いだ。

 捕らえるには、待ち伏せするか、追いつくしかない。だが、この映像を見てどちらも不可能だと悟る。

 待ち伏せをするには行き先を把握しておく必要がある。しかし、【道】を使わないクレアシオンを探し当てることなど運命の神にしか不可能だろう。

 運命の神が予言した場所もたどり着く前に通過されている可能性も考えられる。

追いつくなんて以ての外だ。それは【転移】について話さなければならない。

【転移】と言うスキルは【空間】魔法、魔術分類される、と言われている比較的新しい分野であり、四千年程前までは【転移】と言えば創造神が創り出した世界をまたぐための魔道具だけだった。

 今でも世界をまたぐ転移には魔道具である巨大な建造物が使われている。それは転移の有効範囲が世界をまたぐほどに広くないことに起因していた。

 【空間】の研究も魔神達が必死に行っているが、ほとんど進んでいない。【空間】を司る神が見つかっていないからだ。

 属性が存在するからには神は存在する。魔法、魔術の属性には【火】【水】【風】【土】【光】【闇】【聖】を司る神が存在しているが、【空間】を司る神は見つかっていないのだ。

 よって、今現在の段階でクレアシオンを転移で追いかけたりすると、広い【世界の狭間】で永遠に彷徨う事になってしまう。

 事実上クレアシオンの暴走を止める事が出来ない事にアリアとイザベラ、神々たちは深い溜息をはいた。

「……貴方たちはどうして、私達に協力してくれるのかしら?」

 流れ落ちた髪を耳に掻き上げながら、風の神ヴェーチェルがセバスと無眼に尋ねた。

 美を司ると言われているだけあり、服の上からでも分かる双丘が動く度に形を変え、物を尋ねるだけで、妙な色気すら感じさせる。

 アリアが親の仇を見るような目でヴェーチェルの一部を睨んでいるが、それは置いておこう。

 ヴェーチェルが疑問に思ったのは、クレアシオンの配下の中で特に忠誠心が強いセバスと無眼が、クレアシオンを捕まえる作戦に参加していることだ。

 余りに自然に混じっていたため、気にしなかったが、言われてみれば違和感がある。

 神々の視線が二人に集まった。

 神々に注目された二人――二体の魔物は特に臆することなく、苦笑いを浮かべ、答えた。

「頷くだけが、忠誠ではありませんから」

「そうです。道を間違えれば正す。それが仕える者の役目。肯定するだけでは、猿で十分に御座います。鬼狐やその眷属達にも被害がでていますから」

 それを聞いて、創造神は満足そうに頷き、クレアシオンの師匠であるルイス達は頼もしく感じていた。

 が、同時にクレアシオンには勿体ない、と感じたのも否定出来なかった。

 そして、クレアシオンが鬼狐やその眷属達も標的にしていることから、この騒動は神界への敵対行為ではなく、純粋にハロウィンと言うイベントを勘違いしている、と言う可能性が出てきたのだ。

 故意より、無自覚の方が余程たちが悪い。クレアシオンが本気を出せば、神界を壊滅させることが出来てしまうだけに、余計にたちが悪い。

「さて、どうやって、捕まえに行くかの……」

「あ、あの捕まえに行かなくても良いのでは……」

 何度目かの溜息と一緒に吐き出された創造神の言葉に、アリアが戸惑いながら言った言葉に周りの眼が集まる。

「アリアさん。自分の天使を庇いたいのは分かりますが、それは……」

 知恵の神であるヴァイスバルトはアリアを咎めるように口を開いた。他の神々も頷き、ヴァイスバルトに同意の意思を示している。

「……これ程までの損害を出したクレアシオンは死罪――――」

 静かに口を開いたフォティアの言葉に、アリアとイザベラは顔を青くさせ、セバスと無眼は眼を細め、フォティアを見た。

 重く深みのある声から彼の本気が伺える。

「――と、言いたいが、鬱陶しい事に余りある功績もある」

 しかし、次の言葉は力無く、本当に悩んでいる、と言うより、殺した方が後々の面倒も無くなる。けど、簡単に殺せるならとっくにやっている、と言う葛藤が伺えた。

 クレアシオンによる損害は決して小さくは無い。だが、今この瞬間も邪神討伐という功績が増え続けている。

「だが!!罰は受けさせなければならん!!」

 そして、迷いを振り払う様に声を上げた。

「……はい。勿論そのつもりです。そこで、私に考えがあります」

 アリアは静かに、そして、どう説教をしてやろうか、と笑顔を浮かべ、周りの神々はこれ、結構怒ってるな、と思うのだった。

◆◇◆◇◆

 神界の創造神の大神殿。その前にある広場に大量のお菓子が山を成していた。

 そこかしこを意思無きゴーレム達が蠢き、お菓子を運搬し、甘ったるい匂いが辺りを支配している。

 甘い物が苦手な者は気分が悪くなったのか、お菓子の山を遠目に見ているだけだ。

「これで本当に来るのか?」

 ヤクトは次から次にお菓子を持ってくるゴーレムの群れを眺めながら、そんなことを考えていた。

 こんな単純な方法で捕まえる事が出来たとしたら、クレアシオンはよっぽどのバカだと言うことだ。

「それにしても、【無機】の王か……。囲まれたらと思うと恐ろしい」

 ヤクトは横目に地面に手を付いている巨大なゴーレムを見た。ゴーレムは様々な素材から出来ており、統一感はまるで無い。

 そのゴーレムが手を付いた地面からゴーレムが際限なく現れているのだ。

 遠距離攻撃を得意とし、正面からの戦闘が苦手なヤクトからすれば、これ程相性の悪い相手は居ない。

 高い防御力を持ち、大量に湧いてくるゴーレム達。遠距離から弓で攻撃をしてもあの数で迫って来られたら、すぐに囲まれてしまうだろう。

 それに、【十二神鬼】である【無機】のレキは制作されたゴーレム達に目が行きがちだが、レキ自身の防御力も攻撃力も【十二神鬼】トップレベルであり脅威的だ。

「アリア様。準備出来タ」

 レキは高く積み上がったお菓子の山を満足そうに眺めてから、アリアへと報告した。

「ありがとうございます。では、皆さん!!クレアがここに来たら捕らえて下さい!!」

 アリアの声に反応して神々や天使達がお菓子の山を包囲しだした。

 男神や男の天使達が多く思えるのはアリアに良いところを見せようと思っている者達が多いからだ。

「……凄い殺気ですね」

 この異常な雰囲気をみてイザベラは額に汗を滲ませながら、クレアシオンの事を心配している。

 あわよくば、事故に見せかけて殺してしまおうと考えている者達が少なからず――――少な――――大半がそうだった。

「イザベラ様。ご心配にはおよびません」

「せ、セバス殿!?どう言う事ですか?」

 背後から急に話しかけられた事に幾何か心拍数を上げたが、心配要らない、と言う根拠を聞くことにした。

「クレアシオン様が力尽きずに、今なお、邪神との戦闘をしておられる、と言うことです」

「それは、どう言う?――――っ!?」

 いつ来るか、そもそも来るのか、そんな空気が広場を占めようとしていたとき、それは起きた。

 あり得ない程の魔力が辺りを支配した。他人の魔力に包まれる。そんな体験した事の無い未知の感覚に鳥肌が立ち、背筋が凍える様に寒い。

 紅い雷が辺りを走り、蜘蛛の巣のように張り巡り、巣に触れた空気中の魔素を絡め取る様に吸着し、魔力に変換していく。

「な、何が起こっているんだ!?」

「な、なんだ!?」

 何人かが頭上の異変に気づき、腰を抜かし、ただ呆然と天を仰いでいる。

「なっ!?」

 イザベラも驚愕の声を上げる。神界に浮かぶ三つの衛星がゆっくりと、しかし、不自然に広場上空に集まって来たからだ。

「イザベラ様。クレアシオン様が休憩も無く世界を移動し続けられた理由はこれで御座います」

 この天変地異の中、セバスは淡々と説明を始めた。

「……菓子?」

 訳が分からず、セバスの手に収まるショートケーキを見た。

「ま、まさか!?」

 セバスの言いたいことが分かったのか、アリアは頭を抱え始めた。

 空に浮かぶ三つの衛星が三角を描くように並び、ガシャンっと大きな音が響いたかと思うと昼間だと言うのに辺りから光が消えた。

 周囲はパニック寸前だ。否、パニックを起こしている者も既にいる。

 暗闇の中、フッと灯りが差した。

 その灯りは不安に怯えた者達の救いに――――成らなかった。

 三つの衛星を取り込む様に巨大な魔法陣がお菓子の山の真上に描かれて行く。

「アリア様!!何か分かったのですか?」

「【糖気闘乱】……」

「正解で御座います」

 パニックになった神々に動揺しながら、イザベラが尋ねた問いに、アリアは重く答えた。

 アリアの答えに、セバスが拍手を送るが、アリアの表情は優れない。間違えであって欲しいと言う気持ちが有ったのだろう。

 【糖気闘乱】 血液中の糖分を使いステータスを大幅に上昇させる。ただ、血液中の糖分を使いきると動けなくなる。

 そう言うリスクの大きいスキルだが、クレアシオンが使えば、化ける。

 スキルの特徴上、糖分を消費するほど比例してステータスは上昇し、反比例して効果時間は減っていく。

 そして、糖分を使い果たしたら動けなくなってしまうのだ。実戦ではこれ以上ないリスクであり、実際にクレアシオンは悪魔の前で動けなくなり、死にかけた事があった。

 そうでなくても、糖分切れでクレアシオンが倒れることは少なくなかった。

 しかし、逆を言えば、糖分がある限り、動けると言うことだ。

 【暴食】と言う大罪スキルを手に入れて、完全に【糖気闘乱】の欠点は無くなったのだ。

「そんな……」

 アリアの辿り着いた答えへと辿り着いたのか、畏怖の混じった目で空に浮かぶ巨大な魔法陣をみた。

 甘い物が無くならない限り戦い続けることが可能なクレアシオン。そして、その彼はあらゆる世界でお菓子を集めていた。

 時間の流れが違うとは言え、世界を移動し続けられたのは【糖気闘乱】と【暴食】の相乗効果が有っての物だったと言うことだ。

 魔法陣が収縮し始め、しかし、魔力が弱くなることはなく、少しずつ下へと下りてきた。

 それはさながら、生け贄による悪魔召喚のよう。だが、召喚する者は神々であり、生け贄はお菓子で、召喚しているのは駄天使であるという訳の分からない状況。

 第三者が見たら、失笑するだろう。

 だが、当事者達の間には緊張感が溢れていた。

 こんな単純な方法で現れる者はバカだと考えていたが、余程のバカが予想以上のバカをしでかして来るとは誰も思ってい無かった。

 魔法陣はお菓子の山の頂で停止した。

「ふふ、フハハハハハッ!!ハッピーハロウィン!!」

 魔法陣へと虚空から天が割れたと錯覚するほどの雷が落ちたかと思うと、そこには高笑いをする者がいた。

 異常な威圧が発生し、それは物理的な重圧を持って作用する。

 建物は軋み、ガラスは割れ、神々や天使は地面に膝を付いた。

 立ってられるのは、最上級神や鬼狐、セバスに守られたアリアとイザベラのみだ。

 その場にある視線全て引きつけ、なおも高笑いをするクレアシオンの姿に誰もが息を飲み、神界の終焉を幻視した者もいる。

 それ程までに幻想的であり、破滅的だった。

 黒い革靴に、黒い革の手袋をはめ、白いシャツの上から黒い外套を着込む真っ黒な彼の姿。だが、目を引くのはそこではない。

 側頭部から後ろに流れるように上下に広がる角は紅い雷を放ち、彼の顔や手は龍の革や骨が覆っている。

 誰もが思い描く様な魔王の姿をしていたのだ。

 黒い外套を右手で払い、

「これ程までの菓子を献上するとは、殊勝な――――」

 辺りを見下ろしていたクレアシオンとアリアの目が合った。

 クレアシオンの時が止まる。

 彼は大量のお菓子にテンションが上がり、ここがどこか確認せずに、やって来たのだ。

 彼は自分の頭が急激に冷えていくのを感じていた。

 冷静に思い返せば、沢山の見下ろした中に、良い笑顔の師匠ズが居たような気がした、と言うより、ほぼ全員が居たことに血の気が引いていく。

 そして、見つめ合う二人。

 だが、男女二人が見つめ合う独特な甘い雰囲気は一部も感じられない。

 固まったクレアシオンは、スーッと静止した姿勢のまま、底なし沼に沈むように魔法陣の中に消えて行こうとした。

「か、確保ーー!!!」

『お、おーー!!』

 余りの事に見過ごしそうになるが、逃してたまるか、と絞り出されたアリアの声に反応した神々は突然消えた威圧感に戸惑いながらもクレアシオンの元へと殺到するのであった。

◆◇◆◇◆

「て、手が足りねぇー!!」

「特性パフェ三つ!!」

「こっちは季節のフルーツケーキを五つ!!」

「七色クレープまぁ~だ~?」

 現在、師匠ズに鍛え直す、と言われ、ボコボコにされたクレアシオンは全力でスイーツを作っていた。

 彼の一張羅である黒いコートとズボンは焦げた後や切り裂かれた後があり、所々水や土で汚れており、彼の右目は腫れている。

 彼の師匠全員に一対一で指導を受けたのだ。

 彼の周りには地面から黒い腕が無数に生え、それぞれが違うスイーツを同時に作っている。

 【強欲の腕】をフル活用しているが、作っても作っても追いつかない。

 それどころか、注文スピードが上がっている様にも思える。

「クレアシオン様、コーヒーと何かチョコレート菓子をお願いいたします」

「あ、では、私は紅茶とこの焦がし飴のミルフィーユを一つ」

 【強欲の腕】だけでなく、自身も全力でスイーツを作っているクレアシオンにセバスと無限は鈍器かと思えるほど分厚いメニュー表を読みながら注文をした。

「少しは手伝ってくれよ」

「駄目ですよ。それじゃあ、罰にならないですよ。あ、ショートケーキとミルクティーを下さい」

「おい、このベリーストロベリータルトとはなんだ?これとコーヒーを頼む」

 クレアシオンは恨みがましく、セバスと無眼を見るが、彼の手元には完成された甘さ控えめのブラウニーとコーヒー、焦げた砂糖が薄くコーティングされたミルフィーユと紅茶があった。

 アリアは、クレアシオンに釘を刺しながら食べたい物を注文し、イザベラも便乗した。

 彼女の言うとおり、これはクレアシオンへの罰だ。神界に住む全ての者が満足するまで作り続けるという罰だった。

 神界は、世界を管理する神と天使、それ以外にも神界を運営する神、神や天使の生活も人と余り変わらないため、生活を支える仕事に従事する者など、他の世界の百倍以上の者がいて、その者達が交互に注文をしてくるのだ。

 流石にこの一帯に集まることが不可能なため、クレアシオンの造ったゴーレムが注文を受け、配達している。

 しかし、クレアシオンのゴーレム達が自我を持つ疑いがあるほど、自立しているとは言え、魔力はクレアシオンに依存しているのだ。

 ゴーレムと強欲の腕、彼の負担は計り知れない。

「【強欲の腕】が有れば、大丈夫そうじゃと思ったのにのう。お茶と団子をくれんかの?」

 初め、この罰は不可能ではないか、と言う意見が出たが、【強欲の腕】とゴーレムが有れば行けるのでは?と言う意見により、この罰が実行されることとなったのだ。

「いや、【強欲の腕】は、腕が増えるだけで、そんな万能じゃ無いですよ」

 クレアシオンはそう言いながら、素早く団子とお茶を出す。

 【強欲の腕】は自律しているか、命令で動くと思われているが、実際は手足を動かすのと変わらない。

 手足を動かすようにひとつずつ、彼が動かしているのだ。

 腕が一つ増える度に脳の負担が増え、繊細な動きが出来なくなっていく。

 そうならない限界で彼は今、スイーツを作り続けていた。

 鳴り止まない注文、減り行く魔力と集中力。

 周りが思っているほど、簡単な物ではないのだ。

「手が足りねぇー!!!!」

「口ではなく、手を動かして下さい」

 無数の手が蠢く中心で、手が足りないと嘆くクレアシオンにパクッとショートケーキのイチゴを頬張ったアリアがジト目を送った。

 この後、不眠不休で神界の全ての者達が甘い物に飽きるまで一週間以上、スイーツを作り続けたと言う。

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