職業魔王にジョブチェンジ~それでも俺は天使です~

黒水晶

キャディ・ポリス〜道化の魔王~

あれ?閑話が閑話の域を超えてきたぞ?


 銀行強盗達を食い殺し、異形の悪魔の首を一瞬の内にはねたクレアシオンに人質だった者たちは恐怖に染まった目を向けていた。

「はぁ……」

 一挙一動にビクビクされ、恐れられ、クレアシオンはどうしたものかと、ため息をついた。だが、ため息を吐いた事にも恐れられてはどうしようもない。思わずでかかった息をどうにか抑え、振り返った。

「ひっ!」
「助けてえくれ!!」

 振り返ったクレアシオンに人質だった者は腰が抜けているのか、必死に這いつくばって逃げていく。 

 その様子を、冷めた視線を向けていたクレアシオンは、仮面に手を当て、

「では、次の演目に移ります」
 
 その声を聞き、元人質たちの顔は絶望に染まる。次は自分たちなのだと、誰もが逃げることを忘れ、クレアシオンの手元に注目していた。本能から諦めていたのだ。何もできないと。

 クレアシオンが、手を勢いよく振り上げる。誰かが息を呑む音が、自分の心臓の音が、服の擦れる音が、異常な程大きく聞こえた。死ぬ間際とはこれほどまでに煩く、長いものなのか、と誰もが思った時、

 ポンっと間抜けな音と共に仮面が白いハンカチへと姿を変えた。ポカンと間抜けな顔を晒す元人質達をよそにクレアシオンは悪戯な笑みを浮かべ、

「さあ、見逃すと一生後悔するぞ?」

 左手にハンカチを手に被せ、指を鳴らした。すると、ハンカチがシーツ程の大きさになり、クレアシオンは頭からすっぽりとかぶってしまい、ジタバタともがき、尻餅をついてしまった。      

「あはは」
「だ、だいじょうぶ?」
「カッコ悪い!」

 緊張が切れたからか、かっこつけたくせに失敗した彼が滑稽に映ったからか、子供たちから笑い声が上がる。

「こ、こら!やめなさい!!」
「殺されるかもしれないんだぞ!!」

 あまりのことに呆然としていた大人たちは、血の気の引いた顔で、指差して笑う子供達を諌める。怒らせると銀行強盗たちと同じ末路を辿ることになると考えたからだ。

「ハハハハ、失敗、失敗。次は上手くやるからな」
「絶対だぞ!」
「がんばって」
『頑張って』

 そんな大人たちの心配とは裏腹にクレアシオンは同一人物とは思えない程、柔らかな笑みを浮かべ、子供達と笑い合っている。子供たちの頑張れコールを受けながら、クレアシオンは立ち上がり、

「皆様、では気を取り直して……ハイッ」
 
 クレアシオンが地面に落ちていたシーツを捲ると、武装解除された銀行強盗たちが山積みにされていた。小さくうめき声を上げていることから、生きているのだろう。うなされているので、夢見は悪いようだ。どんな夢を見ているのかは、想像に難くない。

 その様子を見て、食べてなかったのか、と大人たちは胸を撫で下ろし、この一連の出来事はよくできたドッキリではないか?と一瞬考え、即座に首を横に振った。いくら、ドッキリでも限度があると、実弾を撃つはずがないと、ならば、目の前の男は説明はできないが、不思議な力で助けてくれただけで、話が通じない化物ではないのだと、少し警戒を緩めた。

「ハイッ」

 再び、銀行強盗たちに布をかけて、捲り上げると、全裸になった銀行強盗がいた。先程までとは違う悲鳴が上がる。

「ハイッ」

 布をかけ、捲ると

『……oh』

 全員が全員、クレアシオンの認識を改めることになった。こいつは危ない奴だと――――

 そこには【angel】とデコに書かれた全裸のゴツイ男たちがいた。背中には純白の翼と頭には天使の輪っか――頭に針金で付けられた――が揺れている。天使の輪は電灯で出来ており、よりシュールになっている。

「…鬼畜」
「……あ、悪魔だ」
「鬼だ」

 先程まで、恐ろしかった銀行強盗たちに同情を禁じ得なかった。短時間でここまで人としての尊厳を傷つけることができるものはなかなか存在しないだろう。元人質たちが銀行強盗たちに同情していると、クレアシオンは銀行強盗たちに布を被せた。

 元人質の一人が、クレアシオンと目が合っていることに気がついた。クレアシオンは視線を布に向けた。人質は首をフルフルと横に振った。クレアシオンはいい笑顔を浮かべ、布に手をかけた。人質は必死に首を横に振った。『やめて、やめてあげて!!もう、銀行強盗たちの尊厳はゼロよ!!』と首を必死に横に振った。

 クレアシオンはいい笑顔を浮かべて、

「ハイッ」

 布を取り払った。もう見てられない、と目を背けるが、チラっと横目で見ると……そこには何もなかった。キョロキョロと銀行強盗たちを探していると、

『ギャーーー!?』

 ビルの外から悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴は徐々に大きくなってくる。ぎょっとして、窓から外を見ると、天使の格好で落ちていく銀行強盗たちが……、

 徐々に遠くなる悲鳴はドップラー効果のように戻ってきた。流石の本場アメリカでも寝起きバンジーという神をも恐れぬ凶行ドッキリは無かったのだろう。

 物理的な命綱は確りとされているが、社会的な命綱はされていなかったようだ。彼らの尊厳はバンジージャンプのようには戻って来ることはなく、ダイブするかのように現在進行形で急降下している。

 どうやら、まだ尊厳の底には達していなかったようだ。彼にかかれば、奈落の底を更に掘り進めるという暴挙すら躊躇なく行えるようだ。

 窓に張り付き、ビルの下に集まっていた各メディアにパシャパシャと写真を撮られるエンジェルな銀行強盗たちの冥福を祈りながら見ていると、

「温かい飲み物でも飲むか?腹へっただろ?」

 そんな声が聞こえてきた。今度は何を言い出すんだ、と後ろを振り返ると、

「コーンスープ作ったから、食べろ」

 バカデカイ大鍋でコトコトとコーンスープを煮込んでいた。黒い手が大量に現れ、クレアシオンと一緒に七個もあるバカデカイ大鍋を混ぜている様子はシュールだ。

 もう、銀行強盗たちの事は眼中に無いようだ。あれだけのことをしておいて、何事もなかったかのように振舞う姿はまさに、

「……サタン魔王だ」
「……サタン」
「サタン……」
 
 彼が【魔王】と呼ばれるのは、普段からの言動に裏打ちされた実績があるからだろう。

「わ〜」
「いい匂い、食べていいの?」

 子供たちは無邪気にクレアシオンに近づき、よそわれたコーンスープ器を受け取っている。

「熱いから気をつけろよ。クルトンいるか?」
「あ、あの、ありがとう」

 少し離れた場所から見ていたジンがおずおずと母親と共に近づき、礼を言った。

「助けていただき、ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいのか……」

 母親も涙ながらに頭を下げながら礼を言うと、クレアシオンは居心地悪そうにガシガシと頭を掻き、

「礼ならこいつにしてくれ、俺はこいつと契約しただけだからな」

 そう言いながら、ジンの頭を乱雑に撫でながら、俺と契約しようなんて、将来大物だな、と笑いながら小さく呟いた。

 だが、『契約』と聞いた母親は顔を青を通り越して、白くさせ、

「こ、この子を連れて行かないでください!!」

 ジンを庇う様に抱きしめ、クレアシオンを嘆願するように、睨むように、涙ながらに見上げた。周りの恐る恐る黒い手からコーンスープを受け取っていた人々は何があったのか、と遠目に様子を見守っている。

 当のクレアシオンはどうしてそうなるのか、と目を白黒させ、ジンを見るが、ジンもポカーンっとしていた。

 そして、クレアシオンは何かに思い当たったのか、一つ頷いてから、悪戯な笑みを浮かべ、

「契約の対価は貴様の作るチェリーパイだ。こいつが一番旨いと言うからな、興味を持った」

 そう尊大に言い放った。母親は何を言っているのか飲み込めない、といった様子でクレアシオンと我が子の顔を見比べている。ジンの得意げな顔を見て、その場にへたり込んだ。

「まさか、約束を反古にするまいな」
「ふふ、わ、わかったわ。チェリーパイぐらいいっぱい作るわ」

 チェリーパイで動いたクレアシオンが面白かったのか、チェリーパイで銀行強盗の計画がむちゃくちゃになったのがおかしかったのか、緊張が溶けたからか、ジンの母親は思はず吹き出してしまったようだ。

「俺はバカみたいに食うぞ。あと、土産に2、3個包んでくれ」
「ええ、お安い御用うよ」

 クレアシオンは黒い手から受け取ったコーンスープにクルトンを入れてから二人に渡した。

「美味しい!!」
「ほんとだわ。美味しい」

 二人はあまりの美味しさに瞬く間に飲み干してしまった。味も然ることながら、温度が完璧だった。熱すぎず、温すぎず、コーンの粒の硬さもちょうどいい。

 周りの人々もホッとした表情でコーンスープを飲んでいた。不安だった心に染みるように温かさが広がり、落ち着いてくる。

「温かい飲み物は魔法の様・・・・に不安を取り除くだろ?」

 クレアシオンは自分も一杯のコーンスープを飲み干した。

◆◇◆◇◆ 

「ケティ!!ジン!!」
「アディ!!」
「パパ!!」

 解放された人質たちは皆、銀行の外で見守っていた家族の元に帰っていた。もちろん、ジンとその母親も例外ではなかった。

 迎えに来ていた父親に飛びつき、家族三人抱き合って無事を祝ってる。

「……ところで、後ろの方は?」

 しばらくしてから、アディは後ろに立っているクレアシオンに気がついた。

「この人はね、助けてくれたの!!」

 ジンの言葉にアディは驚いた表情でケティを見た。ケティは頷いた。それを見て、信じられないといった様にクレアシオンを見たが、

「ありがとうございました」

 そう言い、クレアシオンの手を握った。

「たまたま、通りかかっただけだ」
「え……?」

 それは無理があるだろう、とクレアシオンを見るが、恩人にはかわりないと思い直した。

「何かお礼がしたいのですが……」
「それなら、もう決まっている。明日にでもチェリーパイを食べに伺う。俺は仕事があるから、もう行く。土産に酒でも持って伺わせてもらおう」

 クレアシオンは後ろを向き、歩き出したが、ジンに服を掴まれ、立ち止まった。

「どうした?」
「ありがとう!!」
「おう、だがな、男が簡単に泣くなよ、舐められるからな。どうせ舐めるなら、飴でも舐めてろ」

 クレアシオンはそう不敵な笑みを浮かべ、ジンの口に棒つきキャンディを突っ込み、ジンの頭を雑に撫でた。すると、

「なんで、ずっと笑わないの?」

 その問にクレアシオンの笑が固まった。

「な、何言ってるの?」
「そ、そうだぞ。さっきから笑っているだろ?すみません」

 クレアシオンが固まったのを見て、両親は慌てて彼に謝ったが、クレアシオンは柔らかい複雑な笑みを浮かべ、固まっていた彼の手は今度は優しく、そして、力なくジンの頭を撫でた。

「演技は得意だと思っていたんだがな……。笑い方なんて、忘れたよ――――」

 そこで、ハッとしたようにクレアシオンは沈んだ顔を上げ、

「なんでもない」

 そうごまかした。だが、その浮かべた笑顔はとても痛々しく、とてもなんでも無いようには見えない。

「じゃあ、行くから」

 逃げ出すように、クレアシオンは背を向けた。

「クレアシオン!!僕が!!今度は僕が助ける番だから!!」

 幼いながらに、自分は聞いてはいけない事を聞いてしまった、と感じたジンが一生懸命考えて出た言葉だった。助けてもらったから、なんで苦しいか分からないけど、どうすればいいかわからないけど、頑張るから!!助けるから!!と。

「ああ、頼んだ」
 
 背を向けたまま、クレアシオンの姿は掻き消えた。はじめからそこには何もなかったかの様に。

「き、消えた!?何者なんだ、彼は!?」
「て、天使だそうよ……」

 突然消えたクレアシオンにアディとケティは目を白黒とさせ、
 
「約束だよ!!」

 幼い叫び声は、サイレンの音にかき消された。


◆◇◆◇◆

 テレビでは、特殊部隊が突入して、人質はすべて解放された。――――ということにされている。

 何が起きたか誰ひとりとして、説明できなかったからだ。特殊部隊が突入してみた光景は、大鍋を囲み、涙ながらに、旨い、生きていて良かった、と言う人質たちの姿だからだ。

 これまで、銀行強盗にいいようにされてきた警察や国の上層部はこれ幸いと大々的に人質を無傷で救出し、これより捕らえた犯人から、拠点を聞き出し、制圧すると報道した。

 この地に落ちたメンツを取り戻そうとした報道をすぐに後悔するとも知らずに。

 原因の解らない手柄に手を出すものじゃないと後に語ったと言う。

◆◇◆◇◆

 その日の夜。

『只今、連続銀行強盗事件の主犯格であるカルト集団の潜伏地だった森だった・・・場所の上空に来ています。これは酷い。これは酷いです。拠点だった建物以外すべて、ひっくり返っているかのようです!!ここが嘗て森だったと誰が分かるでしょうか!?建物も出火の跡があちこちで起こっています』
『以上、現場からでした。これは想像を絶しましたね』
『はい。これにはいくらなんでもやりすぎ、との声が上がっています』
『自首した主犯の教祖と名乗る男は今も錯乱していて、『魔王が、魔王がくる!!逃げても逃げても……。ここは大丈夫なのか!?』などと意味の分からない事を繰り返し、事情徴収は困難を極めるそうです』

「これは……、クレアシオンさんか?」
「多分……」

 アディとケティはニュースを見てそう呟いたと言う。







ありがとうございました。

「ここが奈落の底か?」

「浅いな。スコップ持って来い!」

「なんだって?これ以上、下はない?上か下かはっきりしろよ」

「やってみないとわからないだろ?」

「【ヴェーグ】!!……せーのっ!!」

「ほら?行けただろ?」

「思ったより、行けそうだな」

「え?行けちゃだめ?元の2、3倍は行けそうだぞ?」

「よし……!」

「よしじゃない?」

「うるさいな。限界は俺が決めるんだよ!!」

「ん?限界は切り開く為にあるんだろ?」

この日から、【奈落の底】は【奈落の底なし】と呼ばれる様になったという。空いちゃったんだって、穴。……次元に。

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