職業魔王にジョブチェンジ~それでも俺は天使です~

黒水晶

閑話~バレンタイン~クレアシオンが征く~甘党への覇道~

少し長くなりました。


「……ここはなんだ!?」
「……すごいですね」
「自慢の製菓工場だ」

 そう嬉しそうに言うクレアシオンを他所にアリアとイザベラは開いた口がふさがらなかった。目の前に広がる大きな農場。そこには巨大なゴーレムや地龍、植物型の魔物などの魔物たちが農作業に従事していたからだ。それもただの魔物ではない。神にすら届き得る魔物、【神域の魔物】たちが和気あいあいと畑を耕し、家畜の世話をし、蜜蜂からは蜜を採取していた。

 彼らはクレアシオンを主と慕う【鬼狐】の魔物たちだ。神ですら化け物と恐れる彼らがなんともいい汗を流しながら、「今年の収穫量は」とか、「今年は蜜蜂にこの花の花粉を集めさせるか」とか、「そろそろ、他の品種も増やしてみるか?」などと話していた。

「「クレア?」」
「ん?」
「「正座」」
「なんで!?」

 訳もわからず正座させられるクレアシオン。だが、この異常とも呼べる空間はどういうことか、説明されなければ納得できない。……説明されても納得は出来ないかもしれないが。

「これはどういうことですか?」
「この空間はどうした?」
「えーと、まず空間は創造神様に鬼狐のみんなが過ごせる場所が必要だろうってくれて、折角だからみんなで何かやろうって……」

 この空間は神界の近くに作られた全く別の世界だ。クレアシオンや鬼狐の魔物たちが邪神や魔族たちを倒して神界に貢献している、と言う建前を元に【神殺し】をもつ魔物たちが神界に集まり過ぎて、神々から怖いと訴えられた創造神がクレアシオンたちに褒美として与えていた。創造神としては【鬼狐】は危険性はなく、神界が危機に陥った際に、神界の戦力以上の戦力をもつ【鬼狐】に救援を求められるように、神界の近くに拠点を作って欲しかったからだ。

「そうですか、けど、何故農作業ですか?」
「いや、あいつらにも作る喜びをしって貰いたくて……」

 【鬼狐】の魔物は元々は、強大な力を持つが故にあらゆる者達から恐れられていた。どんなに自分が友好的に接しても、利用されるだけされたり、脅え殺そうとしてきたりしてきた。殺さなければ殺される。そんな環境にクレアシオンと出会うまでずっといた。物を壊すしか、生き物を殺すしか知らない、そんな魔物たちに、クレアシオンは協力して何かを作り、育て、共に学んで行こうと――

「――本音はどうですか?」
「甘いもの食べたい」
「貴様ーー!!」

 イザベラはクレアシオンの建前を聞いて少し感動していた。自分と少し似ている境遇があったかだ。だが、本音は違っていた。

 彼女がクレアシオンの胸元を掴み、ぐいぐいと揺らす。そのたびに、正座して痺れている足に激痛が走っていた。

「おや、クレアじゃないかのう、アリアにイザベラも」

 クレアシオンの脚が悲鳴をあげていると、後ろから創造神が巨大なゴーレムを引き連れてやってきた。手に持っている籠には野菜や果物、蜂蜜のビンが入っていた。

「創造神様、どうしてここにいるのですか?」
「ああ、ここの食べ物は美味しいからのう、たまにこうして収穫させて貰っておる」

 そう言いながら籠の中の野菜を見せる。創造神はたまにここに来て収穫体験をしている。忙しい仕事の息抜きに野菜を収穫したり、蜂蜜を絞ったり、楽しんでいた。創造神と鬼狐の魔物との交流は結構あったりする。

「ここは、いいのう。みんなが生き生きと楽しみながら作業をしておる。クレア、お主の理想通りじゃのう」

 創造神がそう言うとイザベラはクレアシオンの顔をみる。そうすると、彼は顔をそらしながら、

「全員が甘党になれば、無駄な争いは無くなる」

 そう、ぼそり、と呟いた。彼の場合は本音と建前がごちゃごちゃになっていることが多い、いや、本音のための建前ではなく、建前のための本音のようなものだ。本音には変わりないが、本音を叶える過程に建前をどうにかしてしまう。今回は『甘いもの食べたい』本音を叶えるために『作る喜びをしってもらいたい』建前を実行していた。

 まあ、――己が力を己が信念のために――彼は本音の伴った行動しかしない。やりたくない事は意地でもやらない。力に溺れて堕ちた勇者を見て学んだこと、彼らは自分の欲のために、時の権力者に騙されて、様々な理由で堕ちていた。だが、共通している事は一つ『正義のために』『出来る力があるからやる』――自分の力の責任を自分以外に預けている――ということだ。

 自分のやることを、力を振るう理由を他者に譲るような事はしない。これはクレアシオンが堕天しても変わらない誓いだ。

 イザベラはその事を察して、クレアシオンの手を取り立たせた。

「すまない。勘違いしていた」
「いや、いいよ、本心だったし」

 イザベラは素直に謝ったが、クレアシオンはまだ何かを隠しているようだ。少し目が泳いでいた。

「ああ、あと、視察じゃな」
「し、視察ですか?」
「うむ、レキに案内してもらいながらの」

 そう創造神が指差すのは、巨大なゴーレム【無機の王者】だ。無機物を眷属のゴーレムに作り替える力を持つゴーレム。ただ、眷属のゴーレムには感情がなく、与えられた仕事をただ淡々とこなすだけの操り人形だった。クレアシオンと出会うまでは、ひとり寂しく、眷属のゴーレムたちと過ごしていた。会話をすることも、笑いあうことも出来ないものたちと“裸の王様”として過ごしていた。今はクレアシオンの元で農場の支配人として、地龍たちと農作業に勤しんでいる。眷属のゴーレムは体の構造的に地龍や魔物たちが出来ない仕事をしていることが多い。

「レキ、発酵させたカカオ豆の在庫はあるか?」
「主、アルヨ。ナニニツカウ?」 
「チョコレートを作ろうと思ってな」

 そう言うと、レキは少し首をかしげた。

「主、チョコレート、一杯モッテタ」

 レキはついこの間、クレアシオンに大量の食材と一緒にチョコレートを渡していたはずだった。それはもう、大量の食材を。

「いや、ちょっとな……。アリアとイザベラとチョコレートを使ったお菓子でも作ろうと思ってな」

 クレアシオンの言い回しに納得したのか、チラッとアリアとイザベラを見て、

「チョコレートナラ、工場デ、ツクッタ。ソレ、ツカエバイイ」
「おう、ありがとな、そっちのほうが楽だな」

 それから、クレアシオンとレキは農場と工場の話をしていく。結構、企業的農業のように計画的に農業をしていた。大食いな魔物たちの台所だからだ。肉は他の世界に狩に行ったりしているので、野菜や畜産はここで賄っていた。

「く、クレア?……工場って何ですか?」

 アリアが農場だけで驚いていたが、工場まで有ることに驚いていると、

「最初に言っただろ?自慢の製菓工場だって。クレア製菓工場だ」

 あっけらんと言ってのけた。

「わしがここに来たのは、その工場の視察じゃ」
「どういうことですか?」
「うむ、ここには必要な物資が異常なほど蓄えられておる」

 時間を止めて食材が大量に保存されていた。いつでも、宴会を開けるように、多い分には困らないと蓄えられていた。あと、鬼狐の魔物たちは言わないが、【暴食】をもつクレアシオンのために、好きなだけ食べてほしいと蓄えている。

「それにの、魔物がこれからどれだけ増えるかわからないから、この世界は異常なほど大きくつくっておる」
「いや、創造神様、創造神様が創ってくれたんだろ?」

 神域の魔物は総じて大きいことが多い。創造神はこの世界を創る時、今は百近い魔物が【鬼狐】に所属しているし、いつ、クレアシオンが新しく拾って来るかわからない、と大きく創った。鬼狐が全員集まっても余裕があるようにと。その結果、普通の世界より十倍以上大きく出来たので創造神ですら、この世界のどこに何があるか把握してなかった。

「最後に、神界の戦力より強い魔物たちが異常なほど力を入れて守っておる」
「主ガクレタ、居場所、主ノ好キナ、オ菓子ノ材料守ル。全力デ守ル」

 異常なほど強い魔物たちが、異常なほど力を入れて守っていた。鬼狐の約半分程が常駐し、他の者たちはパーティーを組んで魔族退治や、食糧調達、などを行っている。半分しかいないが、どの魔物も【神殺し】をもち、クレアシオンに鍛えられ、連携を組んで戦うことを覚えた化け物たちだ。つまり、ここに攻め込むということは、裸で血の滴る肉をつけて鮫の群れにダイビングするようなものだった。

「じゃからの、ここを有事の際の避難所にしようかと思っての。下手をすれば、神界が滅んでも此処だけは残るからの」

 アリアとイザベラは若干引いてしまった。神界が滅んでも生き残るクレアシオンの製菓工場に。力の入れ処が間違っていた。

「クレア、貴様どれだけ、甘いものが好きなんだ!?」
「これが俺の生きる道!!俺は遣糖使として!!甘党の道を駆け登る!!」
「「「主ーー!!俺たちは何処までもついてくぞー!!」」」


 農作業をしていた魔物たちが声援をあげる。甘いものを食べ、作り、分け与えてきた。【遣糖使】の称号に恥じないよう、日々、お菓子の素晴らしさを伝えてきた。鬼狐たちも、クレアシオンに救われ、彼を慕ってきた。彼が【甘党】を極めるというのなら、その手伝いを惜しむつもりはない。彼が目指すところこそ鬼狐の目指す場所!!という感じだった。

 クレアシオンは人や魔物を惹き付ける魅力や統率力があるが、本人が暴走しているので、努力の方向を間違えて、他の凄い何かが完成してしまう。今回は『製菓工場』を作ろうとして、神界より丈夫な『要塞化された世界』ができあがっていた。

 そんな、クレアシオンと魔物たちを見て、

――甘党ってなんだろう。

 と、創造神とアリアとイザベラは思うのであった。

 とりあえず、

「「クレア、正座」」
「なんで!?」
「やりすぎです!!」
「やりすぎだ!!これだから、駄天使と呼ばれるのだ!!」   

◆◇◆◇◆

「いててて、ああ、レキ、玉子と生クリームとバター、あとブランデーを頼む。砂糖とココアと薄力粉はまだあったはずだから」
「ワカッタ、ブランデーハ、バッカスカラ、買ッタ物ガアル」

 クレアシオンが痺れた足を伸ばしながら、追加で必要な材料を頼んでいく。正座に慣れていたつもりでいたが、地面の小石などがいたかった。

「主、後カラ眷属ガモッテイク。オレ、創造神様ノ案内」
「おう、ありがとな。創造神様も楽しんで見てください」
「……工場の中を見るのが少し怖いのじゃが……」

 農場ですら、驚き過ぎて疲れているのに、その中枢の工場は想像したくなかった。

「大丈夫です。科学技術が進んだ世界の魔王が使っていた設流用しているので、安全かつ快適です。……ただ、魔導式人型殺戮兵器の魔術回路が再現できず、レキの眷属頼みですけど」
「タシカニ、アレガ再現デキタラ、デキル事ガ増エル。ゴーレム細カイ事、ニガテ」
「それが、怖いのじゃが……」
 心底悔しそうに言うクレアシオンとレキ、ただ、他の三人はこれ以上の戦力を増やしてどうするんだよ、と突っ込みたかった。それに、魔族の設備をちゃっかり流用している、どんな手を使ったのかは想像に固くないだろう。クレアシオンは魔族と邪神に容赦ないから。

◆◇◆◇◆

 三人は家に帰ってきた。アリアとイザベラは少し疲れていたが。

「じゃあ、ガトーショコラとパヴェ・ド・ショコラを作ろうか」
「クレアがたまに作ってくれるあれですね」
「難しくないか?」

 クレアシオンが紅茶と一緒に出してくれるお菓子の中にガトーショコラやパヴェ・ド・ショコラがあり、二人とも好きだった。ガトーショコラは外はサクッとしていて、中はしっとりしていて、ブランデーの香りがチョコレートの香りに混ざっていい匂いがする。パヴェ・ド・ショコラは柔らかく口のなかで溶けてブランデーの香りが微かに香るチョコレートだ。……つまり、チョコレートとブランデーは合う、ということだが。

「ガトーショコラは難しいかも知れないけどパヴェ・ド・ショコラは材料混ぜて固めて、一口サイズに切ってココアまぶすだけだぞ」
「それならいけそうですね」

 こうして、クレアシオンの指導の元、アリアとイザベラのチョコレート作りが始まった。チョコレートを刻み、バターと共にとかし、玉子の卵黄と卵白を分けるのを失敗して、クレアシオンがその度に玉子料理を作り食べていたり、ココアと小麦粉がうまく混ざらず、玉になってしまったり、混ぜている間に固い生地が泡立器の間に入って溶かしたチョコレートと上手く混ざらなかったり、メレンゲが上手く泡立たなかったり、メレンゲと生地を混ぜる時、泡がつぶれてしまったり、試行錯誤しながら進んでいった。クレアシオンが手本を見せ、アリアとイザベラが一生懸命作っていく。顔にチョコレートやメレンゲをつけながらも頑張っているは二人を彼は微笑ましげに見ていた。

「これを焼いている間にパヴェ・ド・ショコラを作るか」
「難しいですね」
「……クレアが作っていた時より、生地の膨らみが悪いな……」

 二人は、レンジで焼けていく様子をレンジの窓から覗いていた。メレンゲの泡が潰れてしまっていたのか、生地の膨らみが悪い。クレアシオンが作っていた時のことを思い出してか、イザベラは少し残念そうに呟いた。

「最初はそんなもんだ。けど、楽しいだろ?」
「はい」
「ああ、やりがいがあるな」

 クレアシオンは二人が喜んでいるのを見て、喜んだ――甘党が増える、と。食べるだけじゃなく、自分たちで作って食べる。これが料理の醍醐味だと彼は考えていた。彼も二人との料理を楽しんでいた。

 次のパヴェ・ド・ショコラは、刻んだチョコレートに暖めた生クリームを入れて混ぜて、バターとブランデーを入れ、型に流し込むだけだった。

「これは簡単ですね」
「そうですね。アリア様」

 二人とも、楽しそうにゴムベラでチョコレートをかき混ぜていく。直接火にかけないし、小麦粉を混ぜたりしないので、簡単に混ざってくれる。二人は鼻歌交じりにかき混ぜていった。

「これは簡単だが、メチャクチャ美味いからな。よく作っているぞ」

 そして、焼き上がったガトーショコラを冷まし、粉砂糖をかけ、固まったパヴェ・ド・ショコラを一口サイズに切り分けて、ココアをまぶして完成。

「紅茶を淹れたから、早速食べよう」

 クレアシオンはいつのまにか、三人分のティーセットを用意していた。ミルクと砂糖も用意してあり、ポットからは湯気といい香りがただよってくる。

「クレア気が早いですよ」
「せっかちだな」

 二人は笑いながら言い、出来上がったチョコレートをもって、

「「いつも、ありがとう。ハッピーバレンタイン」」

 日頃の感謝と想いをチョコレートにのせて伝える。クレアシオンはその言葉に少し戸惑いながら、

「ありがとう」

 チョコレートを受け取った。このバレンタイン以来、アリアとイザベラはクレアシオンと料理をする機会が増えていった。



ありがとうございました。

これで告白すらしてないんだぜ、信じられるか?
クレアの知り合いの神たちが早くくっつけよ、といつも思っていた気持ちがわかる……。

グダグダしている間に、クレアは告白の機会を無くしています。……これだから、駄天使は……。

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