職業魔王にジョブチェンジ~それでも俺は天使です~

黒水晶

閑話~バレンタイン~

転生前の話しです。


 アリアとイザベラはバレンタインに向けてチョコレートを作ろうとしていた。

 イザベラがバレンタインの情報を仕入れ、普段の料理やお菓子はクレアシオンが作っていたので、たまには私たちが作ってクレアシオンに上げようとチョコレートを溶かしていた。クレアシオンが保存していたチョコレートを――

「チョコレートを溶かすってこれでいいのですか?」

 そう言いながら、チョコレートを直接鍋に投入していく。チョコレートを刻んだり、鍋に水を張ってボールにチョコレートを入れて湯銭などしない。そのまま、ストレートに鍋に入れていく。

「これでいいと思います。……たぶん」

 そう言い、火にかけていく。二人はあまり料理をしたことがなかった。アリアはマリーズやフローラなど他の先輩女神たちに可愛がられていたので食事はお世話になっており、クレアシオンと出会ってからは彼が料理をしていたので作る必要がなかったからだ。

 イザベラは家族、友、故郷を奪った魔王を倒すため、日々一心不乱に剣を振るっていた。料理をする暇はなかったし、料理は騎士団の料理人が作っていたのでする必要がなかった。それに神界に来てからはアリアと一緒でクレアシオンが作った料理を食べていたからだ。

「溶けるのが遅いな……強火でいくか」

 溶けるのが遅いことに焦らされたイザベラが、そう呟き鍋の火を最大にした。鍋の下の方を炎が包みこんでいく。

「い、イザベラ、強すぎないですか?」 

「たぶん、これぐらいです」

 鍋から黒い煙が出てきて、焦げた臭いがキッチンに充満する。クレアシオンこだわりの鍋にチョコレートがこびりついていく。
クレアシオンが知り合いの鍛冶の神に作って貰った鍋だ。

 鍛冶の神は普段、武器を作っており、鍋なんか作れるか!!と、言っていたが、彼の料理を食べ、これを自分の作り上げた作品で作るのなら、とやっと作ってくれた。鍛冶の神の力作たちだったりする。

「……焦げてしまいましたね」
「……まだ、チョコレートはありますから、頑張りましょう」

 そう、まだまだ、チョコレートはある。……クレアシオンのチョコレートが……。クレアシオンはお菓子作りが趣味で、お菓子の材料がトン単位で蓄えられていた。

 生物以外の時間を止める創庫に材料を蓄え、【鬼狐】や知り合いの神に配ったりしていた。特に【鬼狐】が体の大きさ的に一杯食べるので食材は何処から仕入れているのか怖くなるぐらいにあった。

 彼のチョコレートを溶かして形作って、それを渡す。意味があるのか?とは聞いてはいけない。

 気持ちが籠っているから、例え減っていても、元のチョコレートの量と手作りチョコレートと生き残ったチョコレートを計りに乗せて減っていたとしても、減っていたチョコレートの重さは気持ちに置き換わって帰って来ているのだから。

 減っていた分が彼女たちのクレアシオンへの思いだから……。たぶん。

 こうして、鍋のチョコレートコーティングが量産されていった。……料理を普段しない二人は気が付かなかった。そもそも作り方が違うと言うことを、チョコレートは直接火にかけるのでわなく、湯煎するのだということを。

 そして、ついに気がついた。

「……これ、作り方違うんじゃないですか?」
「……そうかも知れませんね」

――クレアシオンの全てのチョコレート――創庫一つ分――を使いきり、大量のチョコレートの鍋包みに囲まれながら、死んだ目で虚空を見つめながら、キッチンの端で膝を抱えながら、ついに気がついた。そもそも作り方が違う、と。

「何が、いけなかったんでしょうね?」

「……そうですね、チョコレートは溶かすだけで簡単だと聞いたのですが……」

 最初っから間違ってます。イザベラは溶かして型に入れるだけでいいと聞いて、これなら出来るかも知れない。これを機会に料理を始めよう、たまには手作りの料理をクレアシオンに食べさせるのも悪くない、とアリアと話し合い、作ろうとしたのが始まりだった。

「私たちでは料理は難しかったのでしょうか?」

「……好きな人に想いを伝えることも出来ないのですか?」

 ただ、好きな人に日頃の感謝や想いを手作りのお菓子で伝えよう、と考えて作ろうとしたのにそれすらも出来ない、想いも伝えることも出来ないのか?考えが悪い方向に傾き始めていた。そんなとき、

「ただいま~。って、焦げ臭っ!!」

 クレアシオンが帰ってきた。彼は焦げ臭さに火事でも起きているのか?と急いでキッチンに向かってきた。バンっと勢いよく扉が開かれた。

「アリア!!イザベラ!!大丈夫か!?」

 彼はキッチンに入ってきてぎょっとした。焦げた臭いが漂うなか、チョコレートIN鍋の間で生気のない目で三角座りをしている二人を見て驚いた。これは誰でも驚くと思う。二人とも顔が整っているだけに死んだ目をされたら怖い。

「だ、大丈夫か……?」

 おそるおそる安否確認する。生きてはいるが心が死んでいそうだったから……。彼が話しかけると、ピクッと反応する。扉の音にすら気がついていなかった。それだけ落ち込んでいたのだろう。ゆっくりと顔が持ち上がり、二人はクレアシオンの顔をとらえ、

「クレア、クレア~」

「なんでもない」

 アリアが泣きついてきた。イザベラはプイッと顔をそらす。

「どうした?」

「明日、バレンタインっていう日だとイザベラに聞いたので、クレアにあげようとイザベラと作ろうとして……」

「アリア様!?」

 アリアにイザベラから作ろうと言い出したことをクレアシオンに言われて、つい大きな声を出してしまった。ハッとなり、彼女はクレアシオンのいる方向を油の切れた機械のようにぎぃぎぃぎぃっと振り向くと、そこには顔をそらしながら頬をかき、嬉しそうにしているクレアシオンがいた。

「……たまたまだ。たまたま作りたくなっただけだ」

 そう言いながらイザベラは顔を隠した。耳まで赤くしている。分かりやすい。

「それで、こうなったと?」

 クレアシオンは、イザベラに追及するような事はしない。あれ以上追い詰めてしまうと、後が怖いから。イザベラは少女趣味を持っているのだが、聖騎士だったときは勿論、今でも隠そうとしている。本人は隠しているつもりだが、周りにはばれていたりする。部屋にはクレアシオンのお土産のぬいぐるみが並んでいる。

「……はい。チョコレートを溶かそうとして……」

「そら……チョコレートは直接火にかけちゃだめだろ」

 クレアシオンはそう言いながら、鍋~チョコレートを添えて~をヒラヒラとする。鍋はチョコレートが焦げてこびりつき、酷いものは鍋全体が歪んでいる物まである。

 チョコレートではなく、鍋が溶けかけている。どこまで熱すればこうなるのだろうか。恋の炎は~と言われても、これでは消し炭にされる勢いだ。

「ボールにチョコレートを入れてお湯で間接的に暖めるんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、俺の創庫の中にチョコレートが一杯あるから、一緒に作ろうか?今年は一緒に作って、来年はアリアとイザベラの手作りを楽しみにしてる」

 一緒に作ろうか、という一言で二人の目は輝き、創庫のチョコレート、と言われた瞬間、スーっと目をそらした。クレアシオンはこめかみをピクピクとさせながら、

「……これ、俺のチョコレート?」

 若干、紅い魔力が迸っている。バチバチと空を切り裂きながら、紅い雷がキッチンを駆ける。

「そ、そうです」

「そ、そうだ」

 あ、これは数少ないクレアシオン甘党の逆鱗に触れちゃったかな?と冷や汗をかく。

「こんなにチョコレートどっから用意したのか不思議だったけど、そうか、俺の創庫のチョコレートか、それってプレゼントっていうのか……?」

 それは、微妙なところだろう。おいしくなって帰ってきたら、それはプレゼントだ。だが、二人は創庫一つ分のチョコレートをダメにしていた。二人が俯いていると、

「まあ、いただきます」

 そう言い、ボリボリという音が聞こえてきた。

「クレア?」

「何をしているのだ?」

「?ああ、鉄が入ってて直接は食ってやれないのが残念だけど、【暴食のアギト】なら、食ってやれるからな」

 先程までキッチンを駆け巡っていたクレアシオンの魔力が集まって、口だけの龍の形を作り、ナベレートを食べていた。

 【暴食のアギト】なら、食べたものをエネルギーに変えてクレアシオンが食べれる。一生懸命作ってくれた物を捨てるなんて出来ない。一生懸命作られた物は心が籠っている。

 【暴食のアギト】の味覚は少し変わっていて、ステータス、魔力が高ければ高いほど、込められた気持ちが強いほどおいしく感じるから。

「美味いよ。……ちゃんと気持ちを込めて作ろうって思いは伝わっているからな」

 中途半端な気持ちで創庫一つ分が無くなるほど、チョコレートを溶かし続ける事は出来ない。それがわかっているなら、怒る事は出来ないだろう。何より、『好きな相手に作って貰えた』それが大きいから、

「……聖属性の爽やかな清涼感と火属性のピリッとしたアクセントが……。……なんで、チョコレートに最上級魔術の魔力が混ざってるんだ?」

「……聖火炎で溶かしたほうが美味しいかと思いまして……」

「……煉獄の焔で溶かしたほうがいいかと思ったのだ」

 料理以前の問題だった。チョコレートが上手く溶けずに迷走しだして、最終的に持てる最大の魔術で料理をしだしていた。結果的に【暴食のアギト】的には美味しく仕上がっていたが……。

「よし、じゃあ、作ろうか?」

「チョコレートはもうないぞ?どうするつもりだ?」

「カカオ豆の在庫があるからな」

 チョコレート創庫一つでもアリアたちは驚いていたが、その原料までも蓄えていた。財産は色々な形で持っていたほうがいい。クレア式リスク管理だ。まあ、お菓子作りに凝っているだけで、カカオ豆はチョコレートになり次第、お菓子創庫に運ばれていくのだが。

「……なんで、カカオ豆なんてあるんですか?」

「甘党の嗜みだ。他にもサトウキビ、小麦、鶏、乳牛、餅米、蜜蜂とか色々育ててるから、大体は揃ってるぞ」

 なんでもないように言ってのける。自分達の知らない間に、なにやら大規模な何かをやらかしていそうなクレアシオンに若干引きつつ、それらを『甘党』でかたずけられてしまう。二人は、

――甘党ってなんだろう。

 そう思わずにはいられなかった。


遅れてすみません。今の状況を簡単にいうと。

 心電図の音が静かに響いてた。

「先生!!こいつは、こいつは大丈夫なんですか!?」
「出来るだけ力をつくしたのですが……。あとは本人次第でしょう」



ピーっという音が無情にも響いた。響いてしまった。
「プロット、プロットーー!!お前がいなくなったら、俺は、俺はどうしたらいいんだよ!!」

プロットが息してません。

明日もバレンタインの話しです。

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