浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。不具者をもっと労ってくれる人はいないんですか?

 気を失っていた間の事をオドワさんに聞かされた。

 部屋に侵入していた偽物の自分の正体は、俺を作業場みたいな建物に招待したマリン・ハリックだったそうだ。今は時期王を手にかけようとしたとして、裁判の余地もなく重罪人として牢獄へ送られたらしい。

 ここまでの話でも驚きだが、その次に聞かされた玉手箱については信じるのも容易でなかった。

 俺の左半身が不自由になった理由は、玉手箱使用の際の代償だと思われるそうだ。オドワさんですらそこまでしか見当のつけようがないそうだ。もはや空想世界の効用である。

 そこで真相を突き止めたく左半身の不自由から一週間、以前企画された鬼ごっこの時にラナイトさんを発見した部屋で、玉手箱に関する城の蔵書や文献を読み漁っているのだが……

「シュンくん、ちょっとこれ見てぇ」

 左半身が不自由なため睡眠の時以外常に付き添いが必要になっているのだが、この付き添いがなんとも過剰なスキンシップをとってくるのだ。

「この二人の小指どうしを赤い糸で結ぶおまじない、やらない?」

 体温を感じる隣で俺の左半身を支えてくれているクリナさんが、より体を寄せてきて甘えた声で希望してくる。いい香りが鼻に入ってくるが嗅ぎなれてしまった。

「やりません。というか手伝う気あるんですか?」

「あるけど、こんなに近くにシュンくんが居ると我慢できないの」

 えへへ、と見た目に似ず幼い笑顔で俺にしなだれ掛かってくる。左半身不自由だから体重を右半身だけで受け止めるのはなかなかに堪える。失礼ながら……

「お主ら、昼間から何をイチャイチャしとるんじゃい」

 突然に横から声に起伏のない冷ややかな叱責が飛んできて、そちらをすぐさま窺うと、クリナさんが姫候補になり代役でまとめ役に転換したミクミが俺を変な物を見る細目で見ていた。

「峻、変わらずデレデレされとるのう。わらわと入れ替わりで姫候補になった子との親交に忙しくて食事などできないじゃろな、というわけじゃからお主の昼食は無しじゃ」

「そんな理不尽な!」

「昼食が食べたいならば、今すぐクリナと別れてメラのいる食堂に急ぐのじゃい!」

「いてっ」

 ミクミは命令を下しながら俺の尻に蹴りを打ち込んだ。ミクミは体が小さく力がまだ弱く痛みはそれほどでもないが、スケジュールと規則には厳しく規則を違えると平気で、俺に殴打や蹴打などの暴挙を働く。できるならやめてほしい。

 俺は幾つも年下のミクミに睨まれつつ、文書の所蔵部屋を出ていく。

 クリナさんがこのおまじないだけシュンくんとやらせて、と怒りの面相のミクミに頼み込んでいた。小学生の妹に買って買ってとせがむ高校生の姉みたいな構図に見えたことは、わざわざ口に出しはしなかった。


 とぼとぼメラが自前で竜宮城に併設した専用食堂に来た俺は、連日の胃袋破裂へ一抹の不安を覚えた。

「遅刻ですわ。あまりに遅くて作り過ぎたではありませんの」

 食堂の三卓ある四人が座れる簡素な木製テーブルのすべてに、陶磁器の皿が所狭しと置かれていた。目にしただけで空腹は満たされる。

「今日も手作りですのよ、ご賞味あれですわ」

 上品に手振りして俺に大食を促し椅子に座らせる一方、片手で出入り口の鍵を閉めるのも忘れない。今日も退路を絶たれた。

 俺は目の前のずらりと並んだ料理をしばし無言で眺める俺の口に、メラはこれまた木製のスプーンで豆のサラダをすくって視線を合わせず突き出してきた。

「どういうこと?」

「わざわざ聞くんじゃありませんわ」

「自分で食べられるって……」

「……食べてほしいですの」

 望まれては俺も拒絶はできない。突き出されたスプーンに乗った豆のサラダを口に入れた。

「旨いな」

「ほんとですの、作ったかいがありますわ」

 本心で言うと、俺が食べる様子を眺めていた真剣にメラは手のひらを打ち合わせて嬉しがった。

 この笑顔を見るのは俺自身いい気分になる。でもなぁ、ここから地獄が始まるんだよな。

「もっと食べることですわ」

 またスプーンにすくって俺の口にねじ込んでくる。まださっき口に入れたの飲み込んでないよ!

 ごろごろと口の中で転がる多量の豆にやめろの言葉は塞がれ、メラのスプーンの勢いは止まることを知らず俺の口へと何度も豆をねじ込み続けた。

 口に収まる量の限界に達したところで、メラは急に豆のサラダの皿をテーブルに置いて他の皿を手に取る。

 その隙に俺は少しずつ口の中の豆を飲み込んだ。

「次はこれを食べてもらいますわ」

 そう言ってメラが深皿からつまみ上げたのは、スティック状の細長い焼き菓子だった。メラの作った料理では見たことがない。

「それは?」

「棒のお菓子ですの。作ったの初めてですわ」

 メラはその棒のお菓子の端の断面をまじまじ見ながら、簡単には説明してくれた。

 初めて作ったのだから見たことがないのか。

「食べますでしょう?」

「ああ、今まで野菜ばっかだったからな。口直しに一本くれるか?」

 頼むと手に持っていた一本を顔の前に出してくれる。

 俺はそれをつまんで受け取り、かじりついた。サクサクと焼きがしらしい砕ける音がする。

「うん、メラってやっぱり料理上手だな。これスゲー旨いわ」

「そう……ですの」

 俺がお世辞でなく褒めると、メラは照れたように口に右の人指し指を当てて視線を外した。

「私もそれをいただきますわ」

 と、メラは俺を向いて少し屈んで……っておい!

 俺がくわえていた棒のお菓子の逆側の端を、サクッと噛み砕く音を立て同様にくわえた。

 俺が豆鉄砲を食らっていると、メラがどんどん棒のお菓子を食い進めて彼女の綺麗な顔が近づいてくる。無性にメラの唇を意識してしまう。

「わらわにも料理分けて欲しいのじゃ…………」

 弾んだ声と共に食堂のドアが開かれ、途端に出入り口でアポ無しの来訪者のミクミが唖然と言葉の続きを失う。

 何を思ったのか、ミクミは苦笑いを浮かべて踵を返そう反転する。

「お邪魔じゃったの。見なかったことにしてわらわは帰るぞえ」

「そういうのじゃないから!」


























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