浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。オドワさんって精神年齢何歳?
「なんですの、わたくしが庶民的ファストフードを食べているのがそんなに嫌らしいと?」
キッと眼光鋭くメラは睨んでくる。
さほど怖くはないその睨みに、俺は呆れ気味に感心の一言を述べる。
「よくもまぁ、一人でそんなに平らげたな」
厨房のテーブルの上には、赤い液体がところどころ付着した包み紙が散乱していた。
たぶん、メラが今左手に持っているハンバーガーみたいなものを包んでいた包み紙だろう。
ふふんこれくらい朝食前ですわ、と得意気に口角をあげたがよくよく考えてみれば、朝食前なら得てして胃袋がスカスカだろうから入れられる容量も多いはず。ということはこの場合においてその自慢台詞は使えないんじゃないかな……?
「そんなに食べては太るのではないか?」
俺の隣でラナイトさんが、もっともな問いを投げ掛けた。
ラナイトさんが問うている間に、メラは手に持っていた分を食べ終えていた。
「ラナイトってずいぶん乙女な騎士なんですのね」
「私が乙女だとおかしいのか?」
ラナイトさんは癪だったのか、眉を寄せ語気を強めて尋ねた。
しかし当のメラは耳を傾ける素振りもなく、木箱から包装された状態のハンバーガーまがいを取り出して、無表情で板についた包装めくりをこなしながらぱくついた。表情が一変し、満悦なものになる。
「たまりませんのぉ、ヒラドは庶民の宝石箱やぁ~、ですの」
庶民の宝石箱ってそれ、庶民が宝石箱の中に入ってるていう意味じゃん。こわっ! 監禁じゃん。
「おいメラ、私の話を聞いているのか?」
「何ですの? そうですの、ラナイトもヒラドを食べたいんですのね。美味しいですものねヒラドは」
「そんなものどこが美味しいんだ……」
言葉では否定的なラナイトさんだが、メラの食べているヒラドを物欲しそうに見つめ始めた。
「私、食べてもいいですか!」
俺の斜め後ろにいたルイネが先生が相手の小学校低学年生みたいに挙手し、食す許可をメラに求めた。
メラはその許可を笑顔で認めた。
「ヒラドは美味しいですものね」
「私、ヒラドを食べるの初めてなんです」
ヒラドを食べるだけなのに、何故かルイネは緊張の面持ちだ。
「大丈夫ですの、食べ方はわたくしが指導いたしますの」
そう真面目な顔して言ったメラは、木箱からもうひとつヒラドを取り出し、俺の横を半ば通り過ぎてルイネの傍で立ち止まり指導を始めた。
「まずは左手にヒラドを持ちますの、次に角の三つを指にかけるようにしてめくりますの、そして顔を近づけて食べますの、理解できたですの?」
ひとつひとつの手順の説明が的確かつ誰でもわかりやすい。メラって指導者のセンスあるのかも。
「ありがとうございます、メラ先生。早速頂きます」
ルイネはヒラドにかじりついた。表情がぱぁっと輝く。
「美味しいです! 病み付きになりそうなくらいです!」
「そうでございましょう? 虜になること間違いなしですの」
傍観してたら俺も食べたくなってきたぞ。
別に食べても問題ないよな?
問題ないよ、メラとルイネは普通に食ってるんだし。
そう勝手に結論づけて、俺は食べてもいいか聞くために、メラの肩をトントンつついた。
これでメラもタッチしたことになったな。
「なんですの?」
振り向いたメラの目は、怪訝そうに細められていた。
明らかに嫌そうな目をしなくてもいいだろ、傷つくよ! と心中では思うものの、実際言うには度胸が足りなかった。
「一個でいいから、俺も食べていいかな?」
結局、俺が口にしたのはごくごく普通の許可を求める台詞だった。
それが吉と出たか、俺の台詞を聞いた途端にメラは瞳を爛々とさせて、ニッコリ頬を上げた。
「食べたいですの? 食べたいですの?」
先程とは対照的な顔をぐんぐん近づけてくるほどの高揚ぶりに、俺は圧倒されながらもこくと頷いた。
それにしても、タッチされたことに気づいていないのは鈍感にも程がある。
ここは一つ、その事を伝えた方がいいのでは?
よし、切り出してみよう。
「なあ、メラ?」
「食べ方がわからないですの?」
「いや、食べ方とかじゃなくてだな、楽しんでるところ言いづらいんだけど……」
首を傾げたメラに、俺は言葉を探して最適だと思われる台詞を言った。
「タッチしたけど痛くなかった?」
メラは特に大きな反応をせず、嬉々とした顔のまま口を動かした。
「タッチとかどうとか、美食家のわたくしには関係ありませんわ。美味しい物さえ食べられることができれば、他には望みませんわ」
「それじゃあ、ルールに従って俺についてこい」
メラの表情がいつものものに戻り、さらっと要求した。
「あの木箱を担いでくださるのでしたら、同行しますわ」
「条件なしでついてこいよ……」
「美食家ですもの」
「仕方ないな、三つまでだぞ」
メラの表情がさっきよりも眩しく嬉しそうに輝いた。
「木箱三つ分を担いでくださるなんて、あなたは太っ腹ですの!」
「木箱三つ担ぐってどんな仕打ちだよ! ヒラド三つに決まってるだろ!」
目の前で輝いていた表情に陰が射し込み、つまらなそうな表情に変容した。
「役に立たない男ですの」
「悪かったな、役に立たない男で」
ちょっとムキになり、怒気を含んだ声でそう返した。
喧嘩になりそうだったからか、突如ラナイトさんがメラの背後に回り、がっしと首もとを爪を立てて握り始めた。
「メラ、そなたは素直に言うことを聞けぬのか!」
「いたいですわいたいですわ、爪が食い込んで……アアーーー!」
「ラ、ラナイトさん。さすがにそれは可哀想ですよ」
「君が言うなら…………」
そう言ってラナイトさんは、恥じ入るように顔を俯けてメラの首から手を離した。
言うこと聞きますわ、だから痛いのはやめてほしいですわ、と泣きそうな顔でメラは誰にかは知らないが訴えていた。
「おお、やっと見つけた」
四人でフラフラ城内を歩き回っていると、南回廊か角でばったりマリと遭遇した。
目の前のマリは、逃げる様子もなく順々に俺達を見ていく。
不意に微笑んだ。
「頑張ったんだね」
「俺って頑張ったのか?」
「頑張ったよ。だってあとは私をタッチすれば、あなたの勝ちでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、早く私をタッチして、鬼ごっこを終わらせましょう」
そう言うマリは、ただただ微笑むばかりだ。
俺はマリの肩に優しく手を置いた。
「これで全員タッチされちゃったね。さあ、クリナのところに戻りま……」
唐突なノイズがマリの言葉を遮った。
俺の首もとから聞こえたような気がするノイズは鮮明な女性の声に変わる。
『聞こえてますか聞こえてますか?』
「この声はクリナさんですよね? 一体どこから流れてきてるんですか?」
俺は辺りを見渡す。しかしあるのはドアや窓くらいで、通信機械らしいものは見当たらない。
『シュンくんの襟の内側です。そこに赤くて小さいのがくっついてますよ』
襟の内側?
襟の内側を確認する。すると、鎖骨の辺の襟の内側に、丸くい小型のマイクらしきものがついていた。
「ありましたよ、赤くて小さいやつ」
『そうでしょう? 実はそれでシュンくんの台詞とその周囲の台詞を、すべて聞き取ってたんです』
「おい、クリナ。何故こんなことをした?」
咎める口調でラナイトさんが言う。
機械からフフ、と穏やかな笑い声が聞こえて話し始める。
『実験、だそうですよ』
「実験って、この機械のですか?」
『はい、最先端の技術らしいですよ』
最先端技術ねぇ、異世界なのに日本と大差ないのな。
『とにかく最初の場所に戻ってきてください』
クリナさんのその台詞のあと、ジジジ……というノイズが機械から聞こえ、通信が途絶えた。
俺はミクミを起こしてから行くよ、と伝えて姫候補四人には先に最初の場所に向かってもらった。
俺の部屋の前で別れ、ミクミを驚かさないようにゆっくりドアを開ける。
部屋に入ってベッドを見てみると、依然としてミクミはすやすや泥のように眠っていた。
耳元で潜めた声を掛ける。
「おーいミクミ。鬼ごっこ終わって、門の前に戻るから起きろー」
__返事もなけりゃ、身動ぎもしねぇ。
俺は横ばいに寝ているミクミの肩を大きく揺らして、起床を促す。
「んっ……」
ミクミの眉が不快そうに寄せられる。
畳み掛けるようにして、揺らしを小刻みなものに変えてみる。
くっつかんばかりに寄せられていた眉毛の下にある閉じられていた目が、カッと開かれた。
「邪魔すんにゃーーーーーー!」
突如俺の目の前に、薄い生地の白単色の靴下に包さんと、それを取り囲むまれた足の裏が出現して、視認した次の瞬間には鼻の頭に鈍痛が走っていた。
まぁ、要するに顔面を蹴られたということだ。柔らかい割に痛い。
俺は蹴ったままズリズリしてくるミクミの足を、足首を掴んでどかし物申す。
「起こしてあげたのに、蹴るなよ。結構痛かったぞ」
いまだ横ばいのままのミクミは、納得いかなさそうな顔をする。
「何を言うとる、わらわの心地いい睡眠を邪魔しといて。何様のつもりじゃ?」
「何様って、倒れそうなほど寝不足なお前に快適な睡眠スペースを提供してあげた人ですけど?」
「あげた」の部分を強調して言ってやる。
「戯言はいいから、いい加減わらわの足を離さぬか!」
「それなら離してあげるけど、すぐに起きてくれ。早く戻らないと他の人達に迷惑かけちまう」
俺は足を離してやる。
ミクミは仕方ないのう、と億劫そうな顔をしつつ上体を起こした。
そして布団から抜け出し、足を床につけ立ち上がろうとするが、
「あぶね!」
ふらっと立ちくらんだミクミを、反射的に両肩を掴んで留まらせていた。
あまりに反射的で、自分でも何故こうしたか理由がわからない。
何を言えばよいか見当がつかず、瞬間で見つけたゆういつの言葉を口にする。
「大丈夫……か?」
見てみるとミクミは鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔を上向けて、こちらを凝視していた。
しかし、その顔はすぐに不快感丸出しになる。
、と
「お主も変態よのう、断りなくわらわの体に触れるんじゃからのう」
どうやらお冠にさせてしまったようだ。
さすがにあ謝った方がいいかな?
そう思い俺が口を開こうとすると、ミクミが急に微笑みを浮かべて口を動かした。
「今回のことは暖かいベッドで寝かしてくれたことで、免じてやろう。加えて感謝するのじゃ。また寝不足になったら寝かしてもらうからのう。それより他の人達に迷惑がかかるんじゃろ? 早く戻らないのかえ?」
「…………あっ、そ、そうだな戻ろう」
思いもよらない台詞に不意を突かれて、返すのに数秒を要してしまった。感謝されるのも悪くないな。
感慨に浸っていると駆け足で急ぐのじゃ、と部屋を出てすぐに微笑んで言われた。
急ぐぞ、と俺は簡潔に合図し、ミクミと駆け足で門の前まで急行した。
俺とミクミは息を切らしながら、なんとか門の前にまで辿り着く。俺がミクミの走るペースに合わせたことは内緒だ。
門の前では沈んだ顔のオドワさんが、三人の姫候補に加えてクリナさんの四人の前で、正座させられていた。
見た限り、オドワさんは四人に説教されているようだ。
クリナさんが叱る目をして口を開いた。
「オドワさん、盗聴器を私の襟にまでつけてるんて、ほんとにめっ! ですよ?」
「わ、悪気はなかったんです……ただ」
言いにくそうにオドワさんは、顔を俯ける。
しかしすぐに意を決したように、ばっと顔を上げて言う。
「優しさ溢れるお姉さんボイスを聞きたかったんだぁ!」
俺は自分の耳を疑った。お、お姉さんボイス?
「なんじゃい、その私欲にまみれた訳は!」
真っ先に驚愕の声をあげたのは、俺の隣で走った息切れで膝に手をついていた、なんら関係ないミクミだった。
走った後でも、ミクミは精力に溢れているようだ。
そんなミクミには見向きもせず、オドワさんはぎこちなさすぎる作り笑いを浮かべて、あっけらかんと口を利く。
「もう終わったことじゃ。君達はシュン君も入れて打ち上げ会でもするといい」
ラナイトさんは熊も震撼するほどの睨みを利かし、クリナさんは誤魔化すのはめっ! と人差し指を立たせてオドワさんに叱り、マリはなんでやったんですか、なんでやったんですか、と理由を求めまくり、ルイネはこの人怪人白髭スケベーです、と脱線しかけた名付けをしていた。
あれ……? 一人、赤髪カールのやつがいないぞ?
俺は周辺を一通り見回す。すると開け放たれた門の縁に背中を預けて膝を曲げ、自分の方へ引き寄せた座り方で地面に尻をつけていた。
横顔しか見えないが、やけに遠い目をして、オドワさんと美女と美少女の四人を見つめているように見えた。
ちょっと心配になり、俺はその場からメラに声を掛ける。
「メラ、 大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「極度の空腹…………です……わ」
虫の息で答えてくれる。今にも息絶えそうである。
顔色も悪いのじゃ、と呼吸が整ってきたミクミも心配そうにメラを見ている。
良心が放っておくわけにもいかぬ、と語りかけたきた気がしたので、俺は立ち上がれるようにメラに片手を伸ばした。
俺から見たメラの印象からして、嫌そうに仕方なく手を取るかと思ったが、案外しおらしく手を取って立ち上がった。
図的に俺が、メラを誘ったみたいなプレイボーイに見えかねないので、適当な口実を言うことにする。
「ここに居ても姫候補達による説教映像が見られるだげだな。だから俺、城に戻るけど歩けるか?」
メラは貧弱に首を横に振った。
随分可憐に見えて、思わず口にしてしまう。
「おぶってやろうか?」
言ってしまってから今の無し今の無し、と慌てて発言を撤回しようとしたがメラは、いたいけでか弱く首を縦に動かした。
つまりおぶっていいよ、ということだろう。
まぁでも歩けないなら仕方ないな。
「ほら、おぶってやる」
俺は背中を向け、しゃがむ。
背中にメラの体がひしと接する。
ドレスなのに重くないぞ。しかも、支えるために後ろに回している腕に、メラの太もも裏が直に乗っている。正直な感想、柔らかい。
「城に戻るのかえ?」
隣でミクミが尋ねてきた。
俺はああ、と短く答えた。
「それならわらわも戻るのじゃ、ここにおっても暇じゃからのう」
「ほんと共感」
俺達が城に戻る間も、姫候補三人のお説教は続いていた。
なんで三人はあんなにも、言いとがめているんだろう? そんなにガミガミ言うことの事でもないと思うけど。
俺には乙女心は知るよしもない。
キッと眼光鋭くメラは睨んでくる。
さほど怖くはないその睨みに、俺は呆れ気味に感心の一言を述べる。
「よくもまぁ、一人でそんなに平らげたな」
厨房のテーブルの上には、赤い液体がところどころ付着した包み紙が散乱していた。
たぶん、メラが今左手に持っているハンバーガーみたいなものを包んでいた包み紙だろう。
ふふんこれくらい朝食前ですわ、と得意気に口角をあげたがよくよく考えてみれば、朝食前なら得てして胃袋がスカスカだろうから入れられる容量も多いはず。ということはこの場合においてその自慢台詞は使えないんじゃないかな……?
「そんなに食べては太るのではないか?」
俺の隣でラナイトさんが、もっともな問いを投げ掛けた。
ラナイトさんが問うている間に、メラは手に持っていた分を食べ終えていた。
「ラナイトってずいぶん乙女な騎士なんですのね」
「私が乙女だとおかしいのか?」
ラナイトさんは癪だったのか、眉を寄せ語気を強めて尋ねた。
しかし当のメラは耳を傾ける素振りもなく、木箱から包装された状態のハンバーガーまがいを取り出して、無表情で板についた包装めくりをこなしながらぱくついた。表情が一変し、満悦なものになる。
「たまりませんのぉ、ヒラドは庶民の宝石箱やぁ~、ですの」
庶民の宝石箱ってそれ、庶民が宝石箱の中に入ってるていう意味じゃん。こわっ! 監禁じゃん。
「おいメラ、私の話を聞いているのか?」
「何ですの? そうですの、ラナイトもヒラドを食べたいんですのね。美味しいですものねヒラドは」
「そんなものどこが美味しいんだ……」
言葉では否定的なラナイトさんだが、メラの食べているヒラドを物欲しそうに見つめ始めた。
「私、食べてもいいですか!」
俺の斜め後ろにいたルイネが先生が相手の小学校低学年生みたいに挙手し、食す許可をメラに求めた。
メラはその許可を笑顔で認めた。
「ヒラドは美味しいですものね」
「私、ヒラドを食べるの初めてなんです」
ヒラドを食べるだけなのに、何故かルイネは緊張の面持ちだ。
「大丈夫ですの、食べ方はわたくしが指導いたしますの」
そう真面目な顔して言ったメラは、木箱からもうひとつヒラドを取り出し、俺の横を半ば通り過ぎてルイネの傍で立ち止まり指導を始めた。
「まずは左手にヒラドを持ちますの、次に角の三つを指にかけるようにしてめくりますの、そして顔を近づけて食べますの、理解できたですの?」
ひとつひとつの手順の説明が的確かつ誰でもわかりやすい。メラって指導者のセンスあるのかも。
「ありがとうございます、メラ先生。早速頂きます」
ルイネはヒラドにかじりついた。表情がぱぁっと輝く。
「美味しいです! 病み付きになりそうなくらいです!」
「そうでございましょう? 虜になること間違いなしですの」
傍観してたら俺も食べたくなってきたぞ。
別に食べても問題ないよな?
問題ないよ、メラとルイネは普通に食ってるんだし。
そう勝手に結論づけて、俺は食べてもいいか聞くために、メラの肩をトントンつついた。
これでメラもタッチしたことになったな。
「なんですの?」
振り向いたメラの目は、怪訝そうに細められていた。
明らかに嫌そうな目をしなくてもいいだろ、傷つくよ! と心中では思うものの、実際言うには度胸が足りなかった。
「一個でいいから、俺も食べていいかな?」
結局、俺が口にしたのはごくごく普通の許可を求める台詞だった。
それが吉と出たか、俺の台詞を聞いた途端にメラは瞳を爛々とさせて、ニッコリ頬を上げた。
「食べたいですの? 食べたいですの?」
先程とは対照的な顔をぐんぐん近づけてくるほどの高揚ぶりに、俺は圧倒されながらもこくと頷いた。
それにしても、タッチされたことに気づいていないのは鈍感にも程がある。
ここは一つ、その事を伝えた方がいいのでは?
よし、切り出してみよう。
「なあ、メラ?」
「食べ方がわからないですの?」
「いや、食べ方とかじゃなくてだな、楽しんでるところ言いづらいんだけど……」
首を傾げたメラに、俺は言葉を探して最適だと思われる台詞を言った。
「タッチしたけど痛くなかった?」
メラは特に大きな反応をせず、嬉々とした顔のまま口を動かした。
「タッチとかどうとか、美食家のわたくしには関係ありませんわ。美味しい物さえ食べられることができれば、他には望みませんわ」
「それじゃあ、ルールに従って俺についてこい」
メラの表情がいつものものに戻り、さらっと要求した。
「あの木箱を担いでくださるのでしたら、同行しますわ」
「条件なしでついてこいよ……」
「美食家ですもの」
「仕方ないな、三つまでだぞ」
メラの表情がさっきよりも眩しく嬉しそうに輝いた。
「木箱三つ分を担いでくださるなんて、あなたは太っ腹ですの!」
「木箱三つ担ぐってどんな仕打ちだよ! ヒラド三つに決まってるだろ!」
目の前で輝いていた表情に陰が射し込み、つまらなそうな表情に変容した。
「役に立たない男ですの」
「悪かったな、役に立たない男で」
ちょっとムキになり、怒気を含んだ声でそう返した。
喧嘩になりそうだったからか、突如ラナイトさんがメラの背後に回り、がっしと首もとを爪を立てて握り始めた。
「メラ、そなたは素直に言うことを聞けぬのか!」
「いたいですわいたいですわ、爪が食い込んで……アアーーー!」
「ラ、ラナイトさん。さすがにそれは可哀想ですよ」
「君が言うなら…………」
そう言ってラナイトさんは、恥じ入るように顔を俯けてメラの首から手を離した。
言うこと聞きますわ、だから痛いのはやめてほしいですわ、と泣きそうな顔でメラは誰にかは知らないが訴えていた。
「おお、やっと見つけた」
四人でフラフラ城内を歩き回っていると、南回廊か角でばったりマリと遭遇した。
目の前のマリは、逃げる様子もなく順々に俺達を見ていく。
不意に微笑んだ。
「頑張ったんだね」
「俺って頑張ったのか?」
「頑張ったよ。だってあとは私をタッチすれば、あなたの勝ちでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、早く私をタッチして、鬼ごっこを終わらせましょう」
そう言うマリは、ただただ微笑むばかりだ。
俺はマリの肩に優しく手を置いた。
「これで全員タッチされちゃったね。さあ、クリナのところに戻りま……」
唐突なノイズがマリの言葉を遮った。
俺の首もとから聞こえたような気がするノイズは鮮明な女性の声に変わる。
『聞こえてますか聞こえてますか?』
「この声はクリナさんですよね? 一体どこから流れてきてるんですか?」
俺は辺りを見渡す。しかしあるのはドアや窓くらいで、通信機械らしいものは見当たらない。
『シュンくんの襟の内側です。そこに赤くて小さいのがくっついてますよ』
襟の内側?
襟の内側を確認する。すると、鎖骨の辺の襟の内側に、丸くい小型のマイクらしきものがついていた。
「ありましたよ、赤くて小さいやつ」
『そうでしょう? 実はそれでシュンくんの台詞とその周囲の台詞を、すべて聞き取ってたんです』
「おい、クリナ。何故こんなことをした?」
咎める口調でラナイトさんが言う。
機械からフフ、と穏やかな笑い声が聞こえて話し始める。
『実験、だそうですよ』
「実験って、この機械のですか?」
『はい、最先端の技術らしいですよ』
最先端技術ねぇ、異世界なのに日本と大差ないのな。
『とにかく最初の場所に戻ってきてください』
クリナさんのその台詞のあと、ジジジ……というノイズが機械から聞こえ、通信が途絶えた。
俺はミクミを起こしてから行くよ、と伝えて姫候補四人には先に最初の場所に向かってもらった。
俺の部屋の前で別れ、ミクミを驚かさないようにゆっくりドアを開ける。
部屋に入ってベッドを見てみると、依然としてミクミはすやすや泥のように眠っていた。
耳元で潜めた声を掛ける。
「おーいミクミ。鬼ごっこ終わって、門の前に戻るから起きろー」
__返事もなけりゃ、身動ぎもしねぇ。
俺は横ばいに寝ているミクミの肩を大きく揺らして、起床を促す。
「んっ……」
ミクミの眉が不快そうに寄せられる。
畳み掛けるようにして、揺らしを小刻みなものに変えてみる。
くっつかんばかりに寄せられていた眉毛の下にある閉じられていた目が、カッと開かれた。
「邪魔すんにゃーーーーーー!」
突如俺の目の前に、薄い生地の白単色の靴下に包さんと、それを取り囲むまれた足の裏が出現して、視認した次の瞬間には鼻の頭に鈍痛が走っていた。
まぁ、要するに顔面を蹴られたということだ。柔らかい割に痛い。
俺は蹴ったままズリズリしてくるミクミの足を、足首を掴んでどかし物申す。
「起こしてあげたのに、蹴るなよ。結構痛かったぞ」
いまだ横ばいのままのミクミは、納得いかなさそうな顔をする。
「何を言うとる、わらわの心地いい睡眠を邪魔しといて。何様のつもりじゃ?」
「何様って、倒れそうなほど寝不足なお前に快適な睡眠スペースを提供してあげた人ですけど?」
「あげた」の部分を強調して言ってやる。
「戯言はいいから、いい加減わらわの足を離さぬか!」
「それなら離してあげるけど、すぐに起きてくれ。早く戻らないと他の人達に迷惑かけちまう」
俺は足を離してやる。
ミクミは仕方ないのう、と億劫そうな顔をしつつ上体を起こした。
そして布団から抜け出し、足を床につけ立ち上がろうとするが、
「あぶね!」
ふらっと立ちくらんだミクミを、反射的に両肩を掴んで留まらせていた。
あまりに反射的で、自分でも何故こうしたか理由がわからない。
何を言えばよいか見当がつかず、瞬間で見つけたゆういつの言葉を口にする。
「大丈夫……か?」
見てみるとミクミは鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔を上向けて、こちらを凝視していた。
しかし、その顔はすぐに不快感丸出しになる。
、と
「お主も変態よのう、断りなくわらわの体に触れるんじゃからのう」
どうやらお冠にさせてしまったようだ。
さすがにあ謝った方がいいかな?
そう思い俺が口を開こうとすると、ミクミが急に微笑みを浮かべて口を動かした。
「今回のことは暖かいベッドで寝かしてくれたことで、免じてやろう。加えて感謝するのじゃ。また寝不足になったら寝かしてもらうからのう。それより他の人達に迷惑がかかるんじゃろ? 早く戻らないのかえ?」
「…………あっ、そ、そうだな戻ろう」
思いもよらない台詞に不意を突かれて、返すのに数秒を要してしまった。感謝されるのも悪くないな。
感慨に浸っていると駆け足で急ぐのじゃ、と部屋を出てすぐに微笑んで言われた。
急ぐぞ、と俺は簡潔に合図し、ミクミと駆け足で門の前まで急行した。
俺とミクミは息を切らしながら、なんとか門の前にまで辿り着く。俺がミクミの走るペースに合わせたことは内緒だ。
門の前では沈んだ顔のオドワさんが、三人の姫候補に加えてクリナさんの四人の前で、正座させられていた。
見た限り、オドワさんは四人に説教されているようだ。
クリナさんが叱る目をして口を開いた。
「オドワさん、盗聴器を私の襟にまでつけてるんて、ほんとにめっ! ですよ?」
「わ、悪気はなかったんです……ただ」
言いにくそうにオドワさんは、顔を俯ける。
しかしすぐに意を決したように、ばっと顔を上げて言う。
「優しさ溢れるお姉さんボイスを聞きたかったんだぁ!」
俺は自分の耳を疑った。お、お姉さんボイス?
「なんじゃい、その私欲にまみれた訳は!」
真っ先に驚愕の声をあげたのは、俺の隣で走った息切れで膝に手をついていた、なんら関係ないミクミだった。
走った後でも、ミクミは精力に溢れているようだ。
そんなミクミには見向きもせず、オドワさんはぎこちなさすぎる作り笑いを浮かべて、あっけらかんと口を利く。
「もう終わったことじゃ。君達はシュン君も入れて打ち上げ会でもするといい」
ラナイトさんは熊も震撼するほどの睨みを利かし、クリナさんは誤魔化すのはめっ! と人差し指を立たせてオドワさんに叱り、マリはなんでやったんですか、なんでやったんですか、と理由を求めまくり、ルイネはこの人怪人白髭スケベーです、と脱線しかけた名付けをしていた。
あれ……? 一人、赤髪カールのやつがいないぞ?
俺は周辺を一通り見回す。すると開け放たれた門の縁に背中を預けて膝を曲げ、自分の方へ引き寄せた座り方で地面に尻をつけていた。
横顔しか見えないが、やけに遠い目をして、オドワさんと美女と美少女の四人を見つめているように見えた。
ちょっと心配になり、俺はその場からメラに声を掛ける。
「メラ、 大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「極度の空腹…………です……わ」
虫の息で答えてくれる。今にも息絶えそうである。
顔色も悪いのじゃ、と呼吸が整ってきたミクミも心配そうにメラを見ている。
良心が放っておくわけにもいかぬ、と語りかけたきた気がしたので、俺は立ち上がれるようにメラに片手を伸ばした。
俺から見たメラの印象からして、嫌そうに仕方なく手を取るかと思ったが、案外しおらしく手を取って立ち上がった。
図的に俺が、メラを誘ったみたいなプレイボーイに見えかねないので、適当な口実を言うことにする。
「ここに居ても姫候補達による説教映像が見られるだげだな。だから俺、城に戻るけど歩けるか?」
メラは貧弱に首を横に振った。
随分可憐に見えて、思わず口にしてしまう。
「おぶってやろうか?」
言ってしまってから今の無し今の無し、と慌てて発言を撤回しようとしたがメラは、いたいけでか弱く首を縦に動かした。
つまりおぶっていいよ、ということだろう。
まぁでも歩けないなら仕方ないな。
「ほら、おぶってやる」
俺は背中を向け、しゃがむ。
背中にメラの体がひしと接する。
ドレスなのに重くないぞ。しかも、支えるために後ろに回している腕に、メラの太もも裏が直に乗っている。正直な感想、柔らかい。
「城に戻るのかえ?」
隣でミクミが尋ねてきた。
俺はああ、と短く答えた。
「それならわらわも戻るのじゃ、ここにおっても暇じゃからのう」
「ほんと共感」
俺達が城に戻る間も、姫候補三人のお説教は続いていた。
なんで三人はあんなにも、言いとがめているんだろう? そんなにガミガミ言うことの事でもないと思うけど。
俺には乙女心は知るよしもない。
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