浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。俺への天罰ですか?

 メラを食堂まで連れていったあと、疲れて自室のベッドで寝転がっていた俺は、いつの間にやら寝落ちしていた。
 のそのそベッドから這い出て、生温かくなった体を冷ましに一度廊下に出ることにした。

「うにゃう……」

 聞こえるはずもない女の子の声……寝ぼけてるのかな俺?
 気にすることもないと足を踏み出す。

「うにゅう……」

 どうやら声は俺の背後から聞こえるようだ。怪談みたいだな。
 奇妙とは思いつつも、気にすることなくドアノブに手をかける。

「うにょう……」

 三度目の声。さすがに怖い。
 俺はおずおず振り返る。
 すると不思議なことにベッドの真ん中がなだらかに膨らんでいる。
 誰かが俺の布団に潜り込んでいる。どうしよう?
 これといった策を思い付かず、誰か確認しようと音を立てないように忍び足で、ベッドに引き返し布団を剥ぎ取る。
 剥ぎ取った布団の下には、薄生地で黄緑のパジャマを着たミクミが、両手足を胸の前に寄せるような格好で横這いに安眠していた。
 とりあえず声を掛けながら、肩を揺すってあげることにした。

「おーいミクミ、起きろ」
「うにゃにゃ」

 お前は猫か! の飼い猫か!
 内心突っ込みながら口には出さず、もう一度肩を揺らしながら声を掛ける。

「起きてくれ、頼むから」
「うにゃう…………?」

 おもむろに目を開けたミクミは、寝ぼけ眼で俺を見る。
 しばし見つめたあと、突然目を吊り上がらせた。

「わらわの純潔を汚す気か、お主は!」

 不条理な叱責を飛ばしながらミクミは、俺に目掛けて足の裏を突き出してきた。
 デジャブを覚えながら、まともに喰らってしまった。
 前回と同様で対して痛くない。
 顔に密着する足を片手で退かして、俺は平静として尋ねる。

「何で、ミクミは俺の布団の中に入ってるんだ? 俺に用でもあるのか?」

 きょとんとした顔をされた。どうやら見当違いらしい。

「用があるのはお主ではなく、お主の布団とベッドじゃ。わらわの布団は薄くて寒いし、ベッドも低反発で寝心地が悪くてのう、さっぱり寝れんのじゃ」
「だからって断りもなしに、俺の布団に入ってくるなよ」

 ほうほう、と何か思い当たる節でもあるように頷きミクミは言う。

「ちゃんとお主に話し掛けたからのう、起きなかったお主が悪いと思うのじゃが」
「言い訳はよしといて、ひとつ聞かせてくれ」
 眠いから早くするのじゃ、と俺をせっつくミクミに聞いてみた。

「俺の布団で寝たいのか?」
「それがどうかしたのかえ?」

 首を傾げ尋ね返してくる。
 俺は優しさでミクミの要望に答えてあげよう、そう思った。

「その布団で寝たいなら、寝ていいぞ。俺は床で寝るから」

 しばしの沈黙を経て、ミクミが理解できない様子でをひそめて、俺に言う。

「それではお主がさむかろう。幸いこのベッドは広いからのう、二人でも寝れるじゃろうからお主も一緒に寝るのじゃ」

 俺は泡を食って、返す言葉に困る。
 ミクミは何故か溜め息を吐いた。俺が吐きたいよ!
「一人で寝ても寒いからのう…………まぁ、要するに…………」

 言うのを躊躇うように言い淀み、恥ずかしそうに少し顔を横に逸らした。
 ミクミのこんな姿、初めて見たぞ。

「風邪をうつされると困るから……ふ、布団に入れてや
 るのじゃ。感謝せい!」
「一緒に寝るってこと?」
「な、情けじゃ、勘違いするでないぞ!」

 キッと目尻を吊り上げて釘を刺してきた。しかし、口調がいつもに比べて優しかった。
 口元が緩み、思い知れず笑みが零れる。

「何で笑うんじゃい!」
「いやぁ、ミクミって優しいんだなって思ってさ」

 俺が心のうちを告げると、ミクミは仄かに頬を染めた。
 それでも、頑として強気に言ってくる。

「お主はあれじゃろ…………そう変態じゃ! 変なところで笑う変態じゃ!」
「はは、そうかも。合点がいくところがあるから、否定しないよ」

 むしゃくしゃしたようにミクミは、髪の毛を片手で掻き乱す。

「お主と喋っとっても埒があかんわ。わらわは寝かせてもらうぞ」

 そう言ってすっくと立ち上がり、俺の布団に潜った。
 突然訪れた沈黙。
 何か行動を起こそうと、照明のスイッチに手をやりミクミに尋ねる。

「電気消すぞ、いいか?」

 返事はなく、沈黙のなかに安らかな寝息だけが聞こえた。眠りに就くの早!
 許可を取っていなかったが、俺は照明を消して部屋を暗転させた。

「まだ少し疲労が残ってるな、寝よ」

 否応なしにあくびが出た。
 床に仰向けになり、目を閉じると眠気はすぐに俺を眠りへといざなった。


 意識が眠りから戻ってくる。
 間近に生温かくいい匂いがする。
 俺はまだ重い瞼を開けて、目の前に何があるのか確認し………………た。

「うだぁっ!」

 思わず驚きの声を上げてしまった。
 目の前の腕が透けて見えるワンピースに身を包んだラナイトさんが、横這いで不快そうな顔をする。

「うるさいじゃないか、君を独り占めしようと思ってたのに人が来ちゃうだろう」
「ノロケみたいなこと言ってる場合じゃないでしょ。そもそも、何でラナイトさんは俺の部屋に……」

 口に出してから俺は気づいた。
 確か俺はミクミが俺の布団で眠ってしまったから、気遣って床で寝たんだよな?    
 では、なぜ俺は布団に入っている? 夢遊病かなにかか?

「そんな険しい顔しないでくれ、私は単純に君と寝たかっただけなんだからな。拉致して自室に連れ込んだことは謝るよ」

 申し訳なさそうにラナイトさんは、眦を緩くたるませた。
 拉致して自室に連れ込んだ? ってことは俺が今居るのって、まさか……
 ラナイトさんの部屋!
 部屋の中を見回そうと、視線が勝手にぐるっと回る。
 いろいろ視界に入ったものが可愛らしいというかオトメティックというか、とにかくラブリィだ!
 机の上には大きい熊のぬいぐるみ、床の絨毯は楕円形のピンク、タンスの上には俺が見回りに同行していた時に買っていた手のひらサイズの子犬の人形に加え、それと大差無いサイズの小動物を模した人形がずらりと立て掛けられていた。
 以前は簡素な感じだったのに、数日でここまで変装するのか部屋って。
 異常なまでの変わりように俺が唖然として言葉を失っていると、くいくい服の裾を弱い力で引っ張ってきた。

「また目を合わせてくれないのか、君は。そんなに私のことが嫌いなのか?」

 上体を起こして真っ直ぐ向き直り、前屈みになって両手を前につき上目遣いに見つめてくる。
 図らずも垂れたワンピースの首もとから、胸の上の辺が覗き見えてしまった。
 目のやり場に困り、俺は視線を逸らして質問に答える。

「嫌いなわけないじゃないですか、ラナイトさんだって俺が見たとき、一度も目が合いませんでしたよ」

 そんなことはない! とさらに前に重心を傾けて顔を近づけてくる。
 覗き見えてしまう胸も、無論近づく。ほんと目のやり場に困るんだけど!

「ん? どうした?」

 俺の様子が変なことに気づいたのか、ラナイトさんが何気なさそうに尋ねてくる。
 隠しきれないのか? 正直に言ったらどんな仕打ちに逢うのかな?

「ホントにどうしたのだ、額に汗がすごい出てるぞ」
「む、む、胸が見えてますっ!」

 ああ、言ってしまった。
 何をされるのか、心の準備が!
 しかし身構えた俺の予想とは裏腹に、顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
 あれ? 恥じらい? 照れ? 怒り? 
 体勢を反りぎみにして、片手で胸元を押さえている。

「不埒な目で見るなぁーーー!」

 恥ずかしさでいたたまれなくなり、俺はドアを壊さんばかりに激しく開閉して部屋から逃げ出した。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品