浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。公園に集められたら何をすればいいですか?

 市街地の中央に位置する、のどかな公園の噴水前まで俺と姫候補五人達は集められた。
 勤務開始の鐘が打ち鳴らされてから間もないのに、公園内には人がきびきびと歩き回っていた。
 俺と姫候補達を集めたクリナさんが前に立ち、邪念の無さそうな微笑みを見せて言う。

「突然ですが、今日もイベントがあります」

 姫候補達がざわめき出す。
 俺はわけがわからず、クリナさんに尋ねる。

「あの、イベントって?」
「デートイベントよ。シュンくんには悪いけど、一日姫候補達に付き合ってもらうわ」

 デートイベント? ギャルゲーみたいだな。
 俺が明後日の方向に想像を膨らませていると、クリナさんが唐突に注目を集めるためか、パンパン手を叩いた。
 姫候補達も視線をクリナさんに向けた。
 クリナさんは視線が集まったのを確認するように全員の顔を見回してから、話を始める。

「では今からデートイベントの順番を決めます」

 そう言ってズボンの後ろポケットに手を突っ込み、何かを抜き出して笑顔で掲げた。

「じゃじゃん! 順番決めではお馴染みのくじ引きでーす!」

 やたらにクリナさんが楽しそうなのは、なぜだろうか?
 姫候補達の中の最低身長が、けだるそうに挙手して言う。

「わらわはデートイベントなんぞ、面倒でやりたかないのじゃ。城に帰っていいかのう?」

 ミクミの参加拒否を耳にしたクリナさんは、人差し指を立たせ怖くない程度に目を吊り上げた、いつものお姉さんポーズでミクミに忠言を与える。

「次期王との、またとないデートチャンスを前に逃げるなんて、めっ! ですよ」
「何がめっ! じゃ。わらわは不毛なことはしない主義なのじゃ、クリナにつべこべ言われて従う理由もないしのう」

 どこかで似たような光景を見た気がする。
 とてつもなく些細なことで主張し合う二人の間に、マリが落ち着かない様子で割って入り仲立ちし始めた。
 少し話し合って、二人は納得したようでマリに頷いた。

「マリが言うなら、そうするわ」
「マリの言う通りじゃの、わらわも意固地じゃった」

 マリが二人に何を言ったのか聞こえなかったが、大事には至らなかったようだ。良かった良かった。
 クリナさんはくじの棒の先っぽを隠すように片手にも持つ。

「シュンくん! 早くくじを引いて!」

 急かさせる声で促してくる。
 仕組みがよくわからないけど、とりあえず引いてみよう、とお気楽的なことを思って俺は真ん中を一本引き抜いた。
 先っぽに赤で数字が書かれていた。数字は3だ。

「では、ルイネさん。シュンくんと市街地にゴー、ですね」
「ええ、ええ、ええー! ななな何で私の名前を?」

 唐突に名前が出てルイネは、錯乱する。どうやら話を聞いていなかったらしい。鬼ごっこの時の俺と一緒だ。

「でも、ゴーする前に付けてもらいたいものがあります」

 そう告げてクリナさんは、手のひらを見せるように左腕をルイネに突き出した。
 その手首には腕時計らしきものが、クリナさんの細い手首に巻かれていた。
 それを見つめてルイネが質問する。

「その機械は何ですか?」

 試作質問されるのを待っていたのか、嬉しそうにんふふ、と笑ってからクリナさんは答える。

「これはねぇ、開閉式照準器っていうの。前についてる赤いボタンを押すと、パカッてカバーが起き上がって照準器になるの。実用化されてない試作品らしいけどね」

 クリナさんの説明に沿って、ルイネがボタンを押した。
 すると、透明なカバーが直角に起き上がる。似たものを名探偵コ〇ンで、江戸川コ〇ンが使ってたような……?
 開閉式照準器のカバーが起き上がったのを見て、ルイネは不可解そうに眉根を寄せた。

「これで、何を照準するんですかね?」
「ああー、私も聞かされてないわよ。無線機能だけ試してくれって言われただけだから」

 無線機能? ってことはトランシーバーみたいなものなのか?

「右横にあるつまむくらいのサイズのボタンを押すと、同じものを持ってる人と声での通信が繋がるらしいのよ。画期的ねぇ」
「じゃあクリナさん、非常時や緊急時に仲間に知らせができるってことですよね?」
「さすがシュンくん。察しがいいのねぇ、賢いシュンくんには頭なでなでしてあげる」

 保母さんみたいに柔らかく微笑んで、俺の頭上に右手を翳した。
 十七にもなって頭をなでなでされるのは、無性に気恥ずかしいし世間体も悪いので、手が届かない距離まで後ずさった。
 手が届かない距離まで後ずさった俺を、真っ直ぐ見つめてくるクリナさんの瞳がうるうるし始める。失礼なことしちゃったかな、俺。

「シュンくんは私のこと……嫌いなんだ。ぐすん」
「別に……そういうわけじゃ」

 照準器に夢中のルイネ以外の姫候補四人からの視線が痛い。ものすごく気まずい。
 いたたまれない気持ちを解消しようと、俺なりに慰めになる言葉を探す。
 ゆういつ見つかった言葉を掛けてみる。

「ああー、そのー……俺がクリナさんのことが嫌いじゃないっていう証明になるかわかりませんけど、もし良かったら日頃のお礼に、してほしいこととかなんでも聞きますよ? こんなんじゃダメだと思うけど……」

 あー、自分の台詞と態度が弱々しくて情けない。

「ごめん本気にしちゃったかしらぁ、シュンくんって冗談が通じないのねぇ」

 目の前のクリナさんは、涙をし流した痕もなくけろっとニコニコしていた。
 俺の心配を返してぇ!
 次は俺が涙目なりそうだ。
 だが、こんなことで涙を見せるのはみっともないと、俺は毅然として態度で本題に戻る質問をする。

「俺はルイネと街をぶらぶらすればいいんですよね?」
「そーいうことっ! それじゃあ、二人ともゴー!」

 底抜けに楽しげな笑顔で、俺とルイネの背中を押してクリナさんは促してくる。
 楽しげな笑顔に俺とルイネは抗議もせず、押されるまま市街地に出された。


「なぁ、ルイネ?」

 俺は隣を歩くルイネに話しかけた。

「ななななんですかっ!?」

 人の多い市街地でも憚らぬ甲高い声を出して、明らかな狼狽えを見せた。

「緊張しなくていいんだぜ、俺はルイネの行きたいところに着いてくだけだから」
「で、でも私……でででデートなんて初めてで、そその要領がわからないと言いますか……ごめんなさい」

 たどたどしい口調でルイネは、恥ずかしそうに謝ってきた。
 俺だってデートした経験ないんだけどなぁ。
 訪れた沈黙。うう、気まずい。
 とにかくなんかトークを繋げねぇと、立ち尽くしたままで衆目監視の対象になっちゃうよ。

「じゃ、じゃあ手伝えることでもあるか? なんでも手伝うぜ?」
「…………はい?」

 キョトンとした顔で、俺を見上げてくる。
 服装が貧相なせいか、ルイネの顔が儚み見える。働いて新品の服、プレゼントしてあげよ。

「ごめんな無一文で」
「えええ! いいい一体なんのことですか!?」
「いや、気にするな。それより手伝って欲しいこととかあるか?」

 手伝って欲しいことですかぁ? と思案に耽り、そうです! と何かしら思い付いたようだ。

「高い所の物が取れません」
「抽象的すぎて、何をしてほしいのか伝わってないよ……」
「でしゃばってすいません…………」

 すまなさそうに顔を伏せた。

「高い所の物が取れまないってことは、高い所の物を俺に取ってほしいと?」
「そ、そうです……」
「そんなに陰気になるなよ、俺も陰気になるだろう。まぁ、いいやとにかく、高い所の物取ってやるよ? 届く範囲の話でだけど」
「シュンさんなら、届くと思います。お手数とらせますが、お願いします」

 ルイネはペコリとお辞儀して、上げた顔を綻ばせた。
 ルイネの綻んだ顔を見るのは、初めてかもしれない。

「それでは、シュンさん着いてきてください。お願いします」
「おう、任せとけ」

 またペコリとお辞儀してきたルイネに、俺は自信たっぷりで請け負った。
 そうしてルイネに着いていくと。
 簡素な木造の小屋でルイネは足を止めて、弱々しい声で俺に告げた。

「小さくて廃れててすいません、ここが私の家であり、働き場です。ううう、ごめんなさい」

 確かに小さくて所々に裂け目かは入ってるけど、汚いということはなくむしろ清潔感さえある。周囲に雑草も見当たらない。
 ルイネが顔を土で汚しながら、雑草を一本残らず抜いている姿が、目に浮かんでくる。

「ルイネって働き者なんだな」
「いいいいえ、決してそんなことは……」

 両手をワタワタ振って、全力否定してくる。
 俺は言葉を遮って、続ける。

「だってさ、お客のために極力外観だけでも、綺麗にしようとしてるんだろ?  それが良い結果に結び付かなくても、悪い結果には絶対にならないからな」
「そ……そうですか。あ、ありがとうございます……嬉しいです」

 言葉を連ねるにつれ、口調が段々弱くなっていった。
 嬉しいです、と言われて少し照れ臭かった俺は、話題を戻す。

「そ、それより高い所の物が取れないんだろ? その高い所の物とやらは?」
「あああ! そうでした! 忘れてました!」

 忘れてたの!? と気を落としかねない台詞を口に出すのを留めて、俺は代わりとして当たり障りのないような話題を持ち出す。

「ルイネは好きな食べ物とかあるか?」
「えええ! ななななんで、急に話が変わるんですかっ! はわわわ、好きな食べ物好きな食べ物……」

 おどおど当惑し、精一杯質問に答えてくれようとしている。……ごめん。

「その話は置いといていいから早く……」
「食パンの耳です!」
「無欲すぎるだろ!」
「とと……」
 意を決したようにカミングアウトしたルイネだったが、続きを言うのにはなぜかまごついている。
 無理にせつくことなく、俺はルイネが自分から言うのを待った。

「とと特に……す隅が好きです」
「角のところ?」
「は、はい。て、低俗ですみません」
「俺、低俗って言ったか?」
「たぶんですけど……心のなかでは」
「見当はずれの読心だ……」

 ルイネから見て俺はどんな人間に見えているのか、知るのが恐い。
 萎縮したように身を縮めて顔を俯けていたルイネが、おずおず上目遣いに俺を見てきた。

「シュンさん?」
「何?」
「高い所の物取ってください、お願いします」
「やっと本題に戻ってきたな……」

 ルイネが細くて折れそうな人差し指で、
 店の後ろ手を指し示した。
 指し示した先には店よりも遥かに年季があるであろう一回りこぶりな物置小屋が、半分そのすたびれた姿を露出していた。
 どうやら高い所の物は、あの小屋の中にあるようである。
 俺は先に小屋に入ったルイネに続き、小屋の敷居を跨いでそっと足を着けた。
 ギシィ! と板張りの床が物騒に軋んだ。抜け落ちないか心配だ……。

「シュンさん、この棚の上にあります」

 かかとを上げたり下ろしたりしながら、傷は目立つがまだまだ使えそうな棚の天辺をルイネは指差している。
 その指先から棚の最上段までは、かなり距離があるけど、俺なら台があれば届く。

「台とかあるのか?」
「シュンさんの足元にあります」

 俺は足元を見てみる。あっほんとだ。左足の横に膝くらいまでの高さの踏み台がある。
 踏み台を棚の前まで運び、その踏み台に乗って最上段に手を伸ばす。
 難なく届いた。
 取ってとなっている窪みに手をかけ、引き出して中を手探る。
 何か紙らしき物がある。俺はそれを掴んで取り出してみた。
 そ底の一部が膨らんでいる茶封筒だった。

「シュンさん、それちょっと見せてください」

 そう踏み台の傍で、俺が引き出しから物を取り出すのを見ていたルイネに茶封筒を手渡した。
 受け取るなりルイネは封を開け、中身を覗き確認する。

「手紙と四角い箱が入ってます」
「誰のやつなんだ?」
「おじいちゃんのです。私に遺してくれた物です……」

 ルイネの横顔が寂しげに暗くなり、思い出を見つめ返しているような目になる。
 温かいがそれゆえに、その温かさが失せた時はその温かさを超えた寂しさになってしまう。
 期せずして、封筒を握るルイネの両手から皺が広がる。
 封筒に黒い線が通り、その数は一つとまた一つとペースを上げて増えていく。
 その黒い線を生み出しているのが、ルイネの瞳から滴った涙だと、認識するのにそう時間はかからなかった。

「ルイネ…………」
「うっ、うっ、すみません……おじいちゃんのこと思い出して……うっ、しまって……」

 どんな言葉を掛けてやればいいのか、ルイネハの身の上を知らない俺には答えが導き出せなかった。
 でも、それでも。
 温かな記憶で悲しみの涙を流すのは、どうも違う気がした。
 意識的か否かわからないが、俺はルイネの頭に手を置いていた。
 涙に濡れた瞳が俺を見上げる。

「シュン……さん?」
「……無関係な俺が言うのは、差し出がましいかもしれないけど」
「ありがとうございます、慰めてくださって……もう大丈夫です」

 言葉は正反対に、ルイネの瞳は濡れたままでとても大丈夫とは言えなかった。
 自然と俺の口は動いていた。

「ルイネ、泣くのはおかしい」
「えっ……」

 目の前の瞳が大きく開かれる。

「だって、おじいちゃんと過ごした思い出は楽しくて温かいものだっだんだろ? その思い出で泣いたら、それが辛い記憶になっちまう。だから泣かずに笑うんだ…………って余計なお世話、だったかな?」

 ルイネはしばらく目を見開いたままキョトンとしていたが、段々頬が緩んでいき、口元が綻んだ。
 綻んだ口がゆっくり動き出す。

「ありがとう……ございます」
「あ、ああ」
「手紙、読みますね」

 いまだに瞳は濡れていたが、ルイネは微笑んでいた。
 涙と皺でクチャクチャになった封筒から手紙を取り出すと、瞳を右に左に往復させて読んでいった。
 読み終えたのか視線を手紙から外し、笑顔で俺を見つめてくる。

「おじいちゃんの字は、とても読みやすかったです」
「そ、そうか」

 なぜ、ルイネは内容ではなく字の読みやすさを俺に伝えてきたんだ?
 俺がルイネの言葉の意図を推し量ろうと頭を働かす。
 ルイネは自分の言葉に特に感じることもなさそうに、平然と封筒四ら角い箱を抜き出す。
 四角い箱は指輪とかのアクセサリー類を保護するのによく使う、黒い箱だった。名前なんていうんだろうな?
 その箱が開けられると、中からそこそこ値段のいきそうな銀に輝くペンダントがルイネの手から垂れ下がった。それも二本。
 その二本を嬉しいような懐かしいような目で見て、微笑みながらルイネは喋りだす。

「このペンダントは生前おじいちゃんが、一時も離さず首に掛けていたおじいちゃんの宝物なんです」
「でも何で二本あるんだ? スペアか?」
「違います。一方は、おばあちゃんがつけてたものなんです」
「ペアルックか、仲良かったんだろうな」

 そうなんです、とちょっと控えめにルイネははにかんだ。

「要するにそのペンダントは、形見ってことだよな。二本ともに二人のルイネに対する思いが、たくさん入ってるんだろうな」
「そうですね、持ってるだけで温かさを感じます……」

 ルイネの顔が懐かしむような顔に変わった。なにかこう安心しているようにも見える。

「シュンさん……」
「なんだ?」

 懐かしむような顔から、恥ずかしそうな顔に変化した。

「その……片方を受け取って……欲しいです」
「何故に?」
「りり理由をきききかないでください! とにかく受け取ってください!」

 そこまで必死に頼みこんでまで俺に渡したいのか、理由を知りたいのは山々だが無理に聞き出すのは悪く思えて、わかったとペンダントを受け取った。
 俺がペンダントを首に掛けると、唐突に出口に頬を仄かに染めて歩き出した。

「ちょっ、まっ」

 俺が呼び止めようするより早く、ルイネは出口の段差に足を引っ掛かてしまい前に倒れた。
 すぐに俺はうつ伏せのルイネに駆け寄り、手を差し伸べる。
 差し伸べた手を掴んで、ルイネはのっそり立ち上がる。

「大丈夫かよ、低いとはいえ段差は気を付けろよ」
「は、はい。早く皆さんの元へ戻りましょうシュンさん」

 視線をこちらに向けてくれない。転んだのがかなり恥ずかしかったのかな?

「しゅ、シュンさん……あの……」
「どうしたルイネ? 怪我でもしたのか?」
「こここのまま……手を繋いでいても、いいいいです……か?」
「それくらいいいけど……」

 何でだ? とは聞けない。

「そそそそろそろ、ももも戻りましょう……皆さんに迷惑をかけてしまいます」
「そうだな、待たせるのも悪いよな」

 俺は他の姫候補とクリナさんの待つ、公園ルイネと手を繋いだまま向かった。
 俺が話しかけても受け答えは相変わらず口足らずだったが、一度も手が離れることはなかった。

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