浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。時計台に登っていいですか?
メラとの半ば地獄行きデートを、存分に味わった。
多少具合が悪いまま、俺はマリ達が待っている公園まで、少しだけばつが悪そうなメラと戻ってきた。
やけに心配している顔で戻ってきた俺とメラに、姫候補達加えクリナさんが囲む勢いで寄ってくる。
「君、体調が悪いのなら睡眠を取るといい。今なら私の膝が空いているぞ」
「病院に行ったほうがいいよ、シュン君。私が連れてってあげるから、ね?」
「睡眠ならば、布団でするべきじゃ。わらわは城に帰って寝るのが、最適だと思うがのう」
「シュ、シュンさん! 私とデートしたばっかりに」
「私も具合悪いときは、ゴロゴロするもん」
各々の私情を挟んでいるが、俺を労ってくれているらしい。
突然、隣のメラがはぁ、と呆れたような溜め息を吐いて俺を囲う美女美少女達に何か言う。
「悠長に戯れていますと、鐘が鳴ってしまいますわ」
マリの忠言に五人はしばし固まり、そのあとざざっ、と俺から身を引いた。
「ごめんなさいね、やっぱりシュン君を見てると心配になっちゃって」
「そうだな、ついつい守ってやりたくなるな」
「わらわは、そこのベンチで寝とるからのう」
「すいません、すいません! 気持ちもわからず、勝手に心配して……すいません!」
「ねぇ、次私がデートしていい?」
突然あがったマリの陽気な声に、ラナイトさんとクリナさんとルイネが揃って、そちらに視線を移動させた。
俺も正直、驚いている。
三人が呆けたような顔で言う。
「マリが自分から申し出るなんて、意表をつかれたわ……」
「自ら申し出てもいいのか、これは……」
「マリさん、意外に勇気持ってますね……」
三人はそれぞれ違う理由で、呆気にとられているらしい。
俺は、隣の冷静者メラに助け船を求める視線を送るが__
いつの間にやら、メラは隣から消えていて、手近のベンチでミクミと寄り添って目を瞑っていた。もはや冷静者というより、人を見過ごす冷然者ではないか?
「シュンくん!」
ベンチの方に見ていた俺の耳に、クリナさんの子供を叱るような声が届いた。
驚いて、素早くクリナさんに顔を向ける。
クリナさんはお得意の『めっ! モード』に入っていた。
「人がお話してるときは、その人を見なきゃ、めっでしょ!」
「食事休憩したいので、少しの間ベンチで座ってていいですか?」
クリナさんが頭を振る。えっ、ダメなの!?
「食事休憩してる時間なんてないのよ。ねぇ、マリ?」
「うん、クリナの言う通りだよ」
聞かれて、マリは嬉々と頷いた。
「全くだ、マリのデートが終わらないと、私もデートできないからな。君は今すぐマリとデートするべきだ」
ラナイトさんまで同意する。食事休憩くらい、くれてもいいじゃないですか!
俺の心の内など知りようもないマリは、じゃあ早く行こう、と非の打ち所のない笑顔で促してくる。
俺って、姫候補達加えクリナさんに振り回されてるよなぁ……誰かに相談しようかな?
ここ竜宮に住む人達はほとんどが善良で、急遽やって来たよそ者の俺にも、気兼ねなく接してくれる。
マリも例に漏れない。だから今こうして、市街地にあるオープンカフェで休憩をくれているのだ。
カフェテーブルの真向かいで、コーヒーカップを両手で挟み持ってちょろっとカフェオレを啜った。
俺がその姿を見ると、口につけているカップで半分隠れた頬が、仄かなピンクに染まる。
カップが口から離れると、少しだけ顔を下に降ろした。
「あまり見られると、さすがに恥ずかしい」
「あっ、ああ、すまん」
俺は咄嗟に謝る。どうやら、じっと見ていたらしい。見つめられたら、誰だって恥ずかしいのは当たり前だよな、気分を悪くてさせないためにも気を付けよう。
二人の間が静かになると、周囲の談笑が明瞭に聞こえそうな気がしてくる。とても居心地が悪い。
俺が肩身狭く感じてきた頃、唐突にマリが沈黙を破る。
「前に訪ねた高い搭、覚えてる?」
高い塔? ああ、あれか、最近できたって言う時計台か。
マリが脳裏に浮かべている物を、所々曖昧ながら思い出した。両サイドに置かれている球体のせいで、下ネタの暗喩に思えてしまうオブジェだ。
「今から、行かない?」
「具合は良くなってきたから、全然構わないぜ」
マリの提案に、俺は快く頷いた。
時計台の周りは疎らに人が遊歩し、ときどき塔に登っていく人達の姿もあった。
種々様々屋台も、歩く客達を引き寄せていた。
マリが俺の腕を引き寄せる。突然で驚いた。
「あの屋台、お土産を売ってます! 見に行きましょう?」
子供によく見るはしゃぎ様で、楽しげに瞳を光らせている。
マリと見てると、不思議と晴れ晴れする。
「行くか、何が売ってるのか気になるし。それより腕を放してくれないか、マリ?」
「うん、わかった」
内心恥ずかしながらも頼んだら、マリはすんなりそれも何事もなかったかのように、さっと掴んでいた腕を放した。
さっきのって、もしかして演技……?
「時間限られてるから、早く行こ?」
心持ち顔を緩ませて誘ってくる。
微笑みかけられると、結構弱い。
え! 百個!
「お、おう」
今さらになって、美少女と並んで歩いていたことに気恥ずかしさを覚えた俺は、遠慮ぎみにマリの斜め後ろをついていく。
マリがはしゃいで見ていた屋台の前まで来ると、屋台主が面食らったみたいに顔を強張らせた。
「い、いらっしゃい」
「ねー見て、このキーホルダー可愛いと思わない?」
屋台主さんが顔を強張らせるのに、一顧だにもせず弾んだ声で聞いてくる。
垂らすように持って親指サイズのキーホルダーを、俺の顔の前に差し出しきた。
時計台に丸耳でライトブラウンの熊が、何も掴めなさそうな指なしの手で抱きついて、顔を覗かせている愛らしいキーホルダーだ。
「これ、みんなに買っていこうよ」
「ラナイトさんとか、すごく喜びそうだな」
その姿を想像してみるに、手のひらに置いて延々と眺め続けそう。
「このキーホルダー、う~んと何個いるのかな」
一つをつまみ持って、買う個数を瞳を上に向かせて考え始めた。
マリと公園で待っている五人、あとは……いるだろうか?
「合計で……わかんないや。とりあえず百個ぐらい買っていこう」
え? 百個? そんなに買って誰に渡すんだろう?
「なぁ、マリ? 百個も買ってどうするんだよ?」
マリはこちらに顔を向け、小首を傾げる。
「どうするって、竜宮城でお世話になってる人達みんなに渡すんだよ。おかしい?」
マリの優しさが染み出しているが、持って帰れないんだよ、百個だと。あと金銭的な方も心配……。
「あっ、お金足りない。じゃあしょうがない、諦める」
平然と諦めように見えるが、本当はすごく落ち込んでるのではないか? 根拠はないけど、俺はそう感じた。
どこかで働いて、プレゼントできるくらい稼ごう。マ
「ごめんなさい、買えるお金がありませんでした。そのときは絶対に何か買います」
マリは深々と腰を折り、屋台主さんに誠心誠意込めて謝った。
俺も慌てて腰を折る。
「無理して買われてもなぁ……」
屋台主さんは困ったような声をだす。
そろそろ立ち去らないと、屋台主さんが困り果ててしまう。
「マリ、あんまりゆっくりしてると、時計台登る時間がなくなるぞ」
折った腰をし、俺はマリの耳元でそう囁きかける。
得心したように、頷いてくれた。
「じゃあ、時計台行ってきます」
「お、おう」
相変わらず屋台主さんの顔は、緊張で引きつっていた。
俺達はお土産屋台から、高く望む時計台に歩き出した。
数歩程歩いたところで、屋台を振り返ってみる。
屋台主さんが胸を撫で下ろして、はぁーと解放されたみたいな吐息を発していた。
時計台入り口の係員に素手でボディチェックをされ、パンフレットらしき三ページ程度の冊子を渡された上で、いざ二人で両開きで門まがいの戸口をくぐった。
入り口を閉めると薄暗かった。しかし、俺達が今居る底の空間の中央に、六つの方向から斜めに入る光が集まって円状に床を照らしていた。
光の線を追って徐々に振り仰いでいくと、螺旋階段に沿って下から段々大きくなる真円の窓が、一定の間隔で天辺まで六つ据えつけられていた。
俺が知っている限りの世界的な建造物には到底あり得ない、洗練された神秘のアートのように思えた。こんなんじゃ言い表せていない。
しばし見惚れに見惚れて、感嘆の声を漏らすことすら忘れていた。
「綺麗だねぇ」
隣のマリも心を奪われているようで、うっとりした声を出して呟いた。
そんなマリの横顔も、俺をドキッとさせる。
すごい綺麗だ。
何か思い出したように、マリは目を見開いた。
「こうして眺めていたいけど、天辺まで登って誰かと街を一望したいなぁ、って前から思ってたんだよね。だから一緒に登って街を眺めようよ」
どうかな? と前ぶれなく下から覗き込んでくる。
面食らって、俺は少し背中を仰け反らせる。
「いいね、俺も一望してみたかったし…………もうそろそろ顔を退かしてくれない?」
はっきり言って、心臓に悪い。
眼前のマリは笑顔を浮かべる。
「ごめんごめん、さぁ行こ行こ」
俺を促しつつ、螺旋階段の一段目に足を乗せた。
一歩遅れて、俺も一段目に足を乗せた。
足下の階段が終わり、同じ幅の踊り場から軽い鉄扉を開けると、眩しいくらいの光が襲ってくる。
思わず目を瞑ってしまう。
少しずつ瞼を上げていくと、マリが心打たれたみたいに声を漏らしているのが聞こえた。
瞼が上げきると、すうっと景色が入り込んできた。
光源のない薄墨色の海中をバックに、碁盤の並びで砂道と木造の建物が奥へ真っ直ぐ続いている。
人の動きが総括して眺められ、眼下から人々の賑わいが聞こえてくるみたいだ。
「風が気持ちいいねぇ」
「ああ、気持ちいい」
俺とマリを爽やかな微風が撫でていく、。
マリのショートカットがサラッサラッ、と優雅に揺れる。
「あのさ、一つお願いしていい?」
そう切り出して、白石の厚い柵に前のめりに体を預け、背中を見せ話し始めた。
「この世界に来て、楽しい?」
唐突で答えの出しにくい質問だ。
自分の生活を、現実世界とここの世界とで比較してみる。
現実世界では、世に決められたプログラムのように学校に行き、家に帰っては不条理な世の中に対する怒りを、筋トレしたりネットゲームに時間を費やしたりてま紛らわした。一日目的もなく街を歩き続けたこともあった。
しまいには、自己満足で人を殺して終わった。
で、ここの世界ではどうだ。
クリナさんにハラハラドキドキさせられたり、ラナイトさんと見回りをしたこともあった。
マリの買い物に付き合ったり、ミクミの睡眠不足を解消させてやったり、ルイネの頼みで手紙を取ってあげたこともあったし、メラの大食いぶりには心底驚かされた。
思い返す出来事の全てが、笑いを込み上げさせる。
「比べものにならないくらい、楽しいぜ」
俺は本心から、そう答えた。
「それなら、良かった」
言って体を翻し、俺の方を向く。
整った顔に、微笑みが浮かんでいた。
「私も、楽しいよ。いつまでも皆で笑っていたい、だけど……」
マリは視線を俯け、言葉を中断した。
俺に何を伝えようとしているのか、全く見当はつかなかったが、気休め程度にはなるかと思い口にした。
「大丈夫だよ、きっと」
「その言葉が聞けて、少し安心した。ありがとう」
まだマリの瞳には、物思いの色が残っている。
ポツリとマリは呟いた。
「最終的には、姫候補の中の一人だけが次期王と結ばれ、竜宮の王と姫になるんだよ、それって選ばれなかった姫候補にとっては失恋と一緒なんだよ? 仲が一瞬で裂かれるんだよ? 姫候補の全員がさっぱりした人なら、憎悪とかは生まれないかもしれないけど、そんなのほとんどあり得ないことだよ。私はこのままでいたい! ダメ……なのかな?」
途中、強く言い放った所もあったが、だいたいが疑問形の台詞だった。
最後は弱々しく、俺に問い掛けてくる。
「次期王の答えが聞きたいな?」
「少し、考えさせてくれ」
俺はさして知識のない頭脳を働かせ、答えを探す。
ただ一つ浮かんだ、このままでいられる方法をおもむろに口にする。
「一夫多妻すれば、一緒にいられるじゃないかな……それ以外には思い付かないよ」
はっきり言って、その答えに自信がなかった。
俺の力のない言葉に感情を読み取ったのか、マリが強引に話題を移しにかかってきた。
「あんまりゆっくりしてられないね、時計台にも登れたし、悩むのはやめにして帰ろう?」
明るい声で促してくる。
俺は返す言葉もなく、そうだな、と応じることしかできなかった。
マリが俺の傍を、いそいそと通っていく。
その後を追いながら、俺は踏み出す足を重く感じた。
姫候補達の人生が、自分のたった一回の選択で変わってしまうという儚さと、竜宮の王になるという計り知れない重責を、改めて認識させられて実感が湧き苦しかった。
俺にそこまでの責任感があるかどうか聞かれたら、ないと俺は答えたい。
多少具合が悪いまま、俺はマリ達が待っている公園まで、少しだけばつが悪そうなメラと戻ってきた。
やけに心配している顔で戻ってきた俺とメラに、姫候補達加えクリナさんが囲む勢いで寄ってくる。
「君、体調が悪いのなら睡眠を取るといい。今なら私の膝が空いているぞ」
「病院に行ったほうがいいよ、シュン君。私が連れてってあげるから、ね?」
「睡眠ならば、布団でするべきじゃ。わらわは城に帰って寝るのが、最適だと思うがのう」
「シュ、シュンさん! 私とデートしたばっかりに」
「私も具合悪いときは、ゴロゴロするもん」
各々の私情を挟んでいるが、俺を労ってくれているらしい。
突然、隣のメラがはぁ、と呆れたような溜め息を吐いて俺を囲う美女美少女達に何か言う。
「悠長に戯れていますと、鐘が鳴ってしまいますわ」
マリの忠言に五人はしばし固まり、そのあとざざっ、と俺から身を引いた。
「ごめんなさいね、やっぱりシュン君を見てると心配になっちゃって」
「そうだな、ついつい守ってやりたくなるな」
「わらわは、そこのベンチで寝とるからのう」
「すいません、すいません! 気持ちもわからず、勝手に心配して……すいません!」
「ねぇ、次私がデートしていい?」
突然あがったマリの陽気な声に、ラナイトさんとクリナさんとルイネが揃って、そちらに視線を移動させた。
俺も正直、驚いている。
三人が呆けたような顔で言う。
「マリが自分から申し出るなんて、意表をつかれたわ……」
「自ら申し出てもいいのか、これは……」
「マリさん、意外に勇気持ってますね……」
三人はそれぞれ違う理由で、呆気にとられているらしい。
俺は、隣の冷静者メラに助け船を求める視線を送るが__
いつの間にやら、メラは隣から消えていて、手近のベンチでミクミと寄り添って目を瞑っていた。もはや冷静者というより、人を見過ごす冷然者ではないか?
「シュンくん!」
ベンチの方に見ていた俺の耳に、クリナさんの子供を叱るような声が届いた。
驚いて、素早くクリナさんに顔を向ける。
クリナさんはお得意の『めっ! モード』に入っていた。
「人がお話してるときは、その人を見なきゃ、めっでしょ!」
「食事休憩したいので、少しの間ベンチで座ってていいですか?」
クリナさんが頭を振る。えっ、ダメなの!?
「食事休憩してる時間なんてないのよ。ねぇ、マリ?」
「うん、クリナの言う通りだよ」
聞かれて、マリは嬉々と頷いた。
「全くだ、マリのデートが終わらないと、私もデートできないからな。君は今すぐマリとデートするべきだ」
ラナイトさんまで同意する。食事休憩くらい、くれてもいいじゃないですか!
俺の心の内など知りようもないマリは、じゃあ早く行こう、と非の打ち所のない笑顔で促してくる。
俺って、姫候補達加えクリナさんに振り回されてるよなぁ……誰かに相談しようかな?
ここ竜宮に住む人達はほとんどが善良で、急遽やって来たよそ者の俺にも、気兼ねなく接してくれる。
マリも例に漏れない。だから今こうして、市街地にあるオープンカフェで休憩をくれているのだ。
カフェテーブルの真向かいで、コーヒーカップを両手で挟み持ってちょろっとカフェオレを啜った。
俺がその姿を見ると、口につけているカップで半分隠れた頬が、仄かなピンクに染まる。
カップが口から離れると、少しだけ顔を下に降ろした。
「あまり見られると、さすがに恥ずかしい」
「あっ、ああ、すまん」
俺は咄嗟に謝る。どうやら、じっと見ていたらしい。見つめられたら、誰だって恥ずかしいのは当たり前だよな、気分を悪くてさせないためにも気を付けよう。
二人の間が静かになると、周囲の談笑が明瞭に聞こえそうな気がしてくる。とても居心地が悪い。
俺が肩身狭く感じてきた頃、唐突にマリが沈黙を破る。
「前に訪ねた高い搭、覚えてる?」
高い塔? ああ、あれか、最近できたって言う時計台か。
マリが脳裏に浮かべている物を、所々曖昧ながら思い出した。両サイドに置かれている球体のせいで、下ネタの暗喩に思えてしまうオブジェだ。
「今から、行かない?」
「具合は良くなってきたから、全然構わないぜ」
マリの提案に、俺は快く頷いた。
時計台の周りは疎らに人が遊歩し、ときどき塔に登っていく人達の姿もあった。
種々様々屋台も、歩く客達を引き寄せていた。
マリが俺の腕を引き寄せる。突然で驚いた。
「あの屋台、お土産を売ってます! 見に行きましょう?」
子供によく見るはしゃぎ様で、楽しげに瞳を光らせている。
マリと見てると、不思議と晴れ晴れする。
「行くか、何が売ってるのか気になるし。それより腕を放してくれないか、マリ?」
「うん、わかった」
内心恥ずかしながらも頼んだら、マリはすんなりそれも何事もなかったかのように、さっと掴んでいた腕を放した。
さっきのって、もしかして演技……?
「時間限られてるから、早く行こ?」
心持ち顔を緩ませて誘ってくる。
微笑みかけられると、結構弱い。
え! 百個!
「お、おう」
今さらになって、美少女と並んで歩いていたことに気恥ずかしさを覚えた俺は、遠慮ぎみにマリの斜め後ろをついていく。
マリがはしゃいで見ていた屋台の前まで来ると、屋台主が面食らったみたいに顔を強張らせた。
「い、いらっしゃい」
「ねー見て、このキーホルダー可愛いと思わない?」
屋台主さんが顔を強張らせるのに、一顧だにもせず弾んだ声で聞いてくる。
垂らすように持って親指サイズのキーホルダーを、俺の顔の前に差し出しきた。
時計台に丸耳でライトブラウンの熊が、何も掴めなさそうな指なしの手で抱きついて、顔を覗かせている愛らしいキーホルダーだ。
「これ、みんなに買っていこうよ」
「ラナイトさんとか、すごく喜びそうだな」
その姿を想像してみるに、手のひらに置いて延々と眺め続けそう。
「このキーホルダー、う~んと何個いるのかな」
一つをつまみ持って、買う個数を瞳を上に向かせて考え始めた。
マリと公園で待っている五人、あとは……いるだろうか?
「合計で……わかんないや。とりあえず百個ぐらい買っていこう」
え? 百個? そんなに買って誰に渡すんだろう?
「なぁ、マリ? 百個も買ってどうするんだよ?」
マリはこちらに顔を向け、小首を傾げる。
「どうするって、竜宮城でお世話になってる人達みんなに渡すんだよ。おかしい?」
マリの優しさが染み出しているが、持って帰れないんだよ、百個だと。あと金銭的な方も心配……。
「あっ、お金足りない。じゃあしょうがない、諦める」
平然と諦めように見えるが、本当はすごく落ち込んでるのではないか? 根拠はないけど、俺はそう感じた。
どこかで働いて、プレゼントできるくらい稼ごう。マ
「ごめんなさい、買えるお金がありませんでした。そのときは絶対に何か買います」
マリは深々と腰を折り、屋台主さんに誠心誠意込めて謝った。
俺も慌てて腰を折る。
「無理して買われてもなぁ……」
屋台主さんは困ったような声をだす。
そろそろ立ち去らないと、屋台主さんが困り果ててしまう。
「マリ、あんまりゆっくりしてると、時計台登る時間がなくなるぞ」
折った腰をし、俺はマリの耳元でそう囁きかける。
得心したように、頷いてくれた。
「じゃあ、時計台行ってきます」
「お、おう」
相変わらず屋台主さんの顔は、緊張で引きつっていた。
俺達はお土産屋台から、高く望む時計台に歩き出した。
数歩程歩いたところで、屋台を振り返ってみる。
屋台主さんが胸を撫で下ろして、はぁーと解放されたみたいな吐息を発していた。
時計台入り口の係員に素手でボディチェックをされ、パンフレットらしき三ページ程度の冊子を渡された上で、いざ二人で両開きで門まがいの戸口をくぐった。
入り口を閉めると薄暗かった。しかし、俺達が今居る底の空間の中央に、六つの方向から斜めに入る光が集まって円状に床を照らしていた。
光の線を追って徐々に振り仰いでいくと、螺旋階段に沿って下から段々大きくなる真円の窓が、一定の間隔で天辺まで六つ据えつけられていた。
俺が知っている限りの世界的な建造物には到底あり得ない、洗練された神秘のアートのように思えた。こんなんじゃ言い表せていない。
しばし見惚れに見惚れて、感嘆の声を漏らすことすら忘れていた。
「綺麗だねぇ」
隣のマリも心を奪われているようで、うっとりした声を出して呟いた。
そんなマリの横顔も、俺をドキッとさせる。
すごい綺麗だ。
何か思い出したように、マリは目を見開いた。
「こうして眺めていたいけど、天辺まで登って誰かと街を一望したいなぁ、って前から思ってたんだよね。だから一緒に登って街を眺めようよ」
どうかな? と前ぶれなく下から覗き込んでくる。
面食らって、俺は少し背中を仰け反らせる。
「いいね、俺も一望してみたかったし…………もうそろそろ顔を退かしてくれない?」
はっきり言って、心臓に悪い。
眼前のマリは笑顔を浮かべる。
「ごめんごめん、さぁ行こ行こ」
俺を促しつつ、螺旋階段の一段目に足を乗せた。
一歩遅れて、俺も一段目に足を乗せた。
足下の階段が終わり、同じ幅の踊り場から軽い鉄扉を開けると、眩しいくらいの光が襲ってくる。
思わず目を瞑ってしまう。
少しずつ瞼を上げていくと、マリが心打たれたみたいに声を漏らしているのが聞こえた。
瞼が上げきると、すうっと景色が入り込んできた。
光源のない薄墨色の海中をバックに、碁盤の並びで砂道と木造の建物が奥へ真っ直ぐ続いている。
人の動きが総括して眺められ、眼下から人々の賑わいが聞こえてくるみたいだ。
「風が気持ちいいねぇ」
「ああ、気持ちいい」
俺とマリを爽やかな微風が撫でていく、。
マリのショートカットがサラッサラッ、と優雅に揺れる。
「あのさ、一つお願いしていい?」
そう切り出して、白石の厚い柵に前のめりに体を預け、背中を見せ話し始めた。
「この世界に来て、楽しい?」
唐突で答えの出しにくい質問だ。
自分の生活を、現実世界とここの世界とで比較してみる。
現実世界では、世に決められたプログラムのように学校に行き、家に帰っては不条理な世の中に対する怒りを、筋トレしたりネットゲームに時間を費やしたりてま紛らわした。一日目的もなく街を歩き続けたこともあった。
しまいには、自己満足で人を殺して終わった。
で、ここの世界ではどうだ。
クリナさんにハラハラドキドキさせられたり、ラナイトさんと見回りをしたこともあった。
マリの買い物に付き合ったり、ミクミの睡眠不足を解消させてやったり、ルイネの頼みで手紙を取ってあげたこともあったし、メラの大食いぶりには心底驚かされた。
思い返す出来事の全てが、笑いを込み上げさせる。
「比べものにならないくらい、楽しいぜ」
俺は本心から、そう答えた。
「それなら、良かった」
言って体を翻し、俺の方を向く。
整った顔に、微笑みが浮かんでいた。
「私も、楽しいよ。いつまでも皆で笑っていたい、だけど……」
マリは視線を俯け、言葉を中断した。
俺に何を伝えようとしているのか、全く見当はつかなかったが、気休め程度にはなるかと思い口にした。
「大丈夫だよ、きっと」
「その言葉が聞けて、少し安心した。ありがとう」
まだマリの瞳には、物思いの色が残っている。
ポツリとマリは呟いた。
「最終的には、姫候補の中の一人だけが次期王と結ばれ、竜宮の王と姫になるんだよ、それって選ばれなかった姫候補にとっては失恋と一緒なんだよ? 仲が一瞬で裂かれるんだよ? 姫候補の全員がさっぱりした人なら、憎悪とかは生まれないかもしれないけど、そんなのほとんどあり得ないことだよ。私はこのままでいたい! ダメ……なのかな?」
途中、強く言い放った所もあったが、だいたいが疑問形の台詞だった。
最後は弱々しく、俺に問い掛けてくる。
「次期王の答えが聞きたいな?」
「少し、考えさせてくれ」
俺はさして知識のない頭脳を働かせ、答えを探す。
ただ一つ浮かんだ、このままでいられる方法をおもむろに口にする。
「一夫多妻すれば、一緒にいられるじゃないかな……それ以外には思い付かないよ」
はっきり言って、その答えに自信がなかった。
俺の力のない言葉に感情を読み取ったのか、マリが強引に話題を移しにかかってきた。
「あんまりゆっくりしてられないね、時計台にも登れたし、悩むのはやめにして帰ろう?」
明るい声で促してくる。
俺は返す言葉もなく、そうだな、と応じることしかできなかった。
マリが俺の傍を、いそいそと通っていく。
その後を追いながら、俺は踏み出す足を重く感じた。
姫候補達の人生が、自分のたった一回の選択で変わってしまうという儚さと、竜宮の王になるという計り知れない重責を、改めて認識させられて実感が湧き苦しかった。
俺にそこまでの責任感があるかどうか聞かれたら、ないと俺は答えたい。
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