浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。ミクミは何を思惑している?
眠りから目覚めた俺は、ある意味苛烈な夢見だったからか、それともカバーに頭をぶつけた鈍痛からか、再び寝ようという気にはならなかった。
カプセルの中にある開閉ボタンを押し込むと、俺の頭上で空気の抜ける高い音を出しながら、透明なカバーが開いていく。
上体を起こし、伸びをする。
その時、カプセル室のドアを誰かが外側からノックした。
「お客さん、入っていいですか?」
この店を営む若い男性の、控え目な声だった。
俺はお構い無く、とすんなり返した。
音静かなドアを半分くらい開けて入るなり、男性店員は穏やかに尋ねてくる。
「疲れは抜けました?」
「ああ、はい」
尋ねられるまで実感がなかったのだが、体が軽く感じた。この世界の技術は、現実世界にもひけをとらないくらいだ。
「ミクミさんを起こしに行きますけど、どうされます?」
「どうされますって?」
「一緒にミクミさんを起こそう、ってこと」
「いえ、早く着替えないといけませんし……」
「寝姿、見たくないんですか?」
見たくない……こともない。
いつもは高飛車で、時々大人じみていて、そのくせそれとない仕草は年相応のところがある。
きっと気を許した寝姿は、子供みたいにあどけないんだろうな。
そんな時のミクミは、公言できやしないが可愛いと思う。
でも、寝姿を見るのはやめておこう。起きたら蹴られるだろうからな。
「どうします?」
「俺、着替えてカウンターで待ってます」
「じゃあ、すぐに起こして連れてくよ」
男性店員はドアを閉めて、去っていった。
俺もタオルから、着てきた服に身なりを直してカプセルの部屋を後にし、階段の先にあるカウンターのあるスペースで待つことにした。
少し待っていると、男性店員が眠たげなミクミを連れて俺の前まで歩いてきた。
俺とミクミを一瞥して、口を開く。
「お支払は、全額をミクミさんが一人で?」
「…………ああー、そうじゃったの」
遠くを見るような目をして、ミクミは唸った。
ごそごそ上着のポケットの中をあさくり、小さい金貨三枚を指先に挟んで男性店員の前に差し出す。
「確かに受けとりました。ミクミさん、一つお願いしてもいいですか?」
「なんじゃい?」
「もし、姫になったら僕を竜宮城で働かせください」
「ほー、そんなことかえ。いいぞえ、願ったり叶ったりじゃ」
「ありがとうございます!」
男性店員は深々と頭を下げ、嬉しさの溢れた声で礼の言葉を述べた。
ミクミが袖を引っ張ってきて、爪先立ちで耳打ちしてきた。
「こやつは何でわらわに頼んだんじゃろか? お主は意見とかないのかえ?」
「いいよいいよ、人は多くて困りはしないしね」
「そうかえ、ならば良いのじゃがな」
心配するように、ミクミは言う。何か気がかりなのだろうか?
「わらわは、もう帰るぞえ。いくぞ」
ミクミは焦って逃げ出すように、駆け足で店を後にしていった。
突然、どうしたのだろうか?
「ご来店、ありがとうございました」
軽く俺に会釈して、カウンターの奥に男性店員は消えていった。
……ミクミを追いかけないとな。あいつ、急に走り出して何を?
俺が追いかけていると、ミクミは人の疎らな市街地に、突然足を止め立ち尽くした。
「ん? どうしたミクミ?」
不思議に思って、ミクミに近づき声をかけるが振り向きもしてくれなかった。
「おーい、ミクミ?」
「……なんじゃい、存外足が速いのだな」
顔だけこちらに向けて、どこか疲れた声でミクミは言った。
俺は気にせず、素直な質問をぶつけてみることにした。
「どうして、突然走り出したんだ?」
しばし俺の顔を力ない視線で見つめてから、スッと右手を出してきた。
「その手は何?」
「わらわの手を、握ってみるのじゃ」
恥ずかしがるわけでなく、何かを俺に教えようとしている仕草に感じた。
俺はミクミの出した手を、若干躊躇しつつも握った。
「次期王に手を握ってもらえるなんて、一生の誇りになるのう」
「ミクミが握ってって、言ったんだろ? おかしくないか?」
「そうかえ? お主は辛気くさくとも次期王なのじゃぞ。国王様じゃぞ」
ミクミは顔に、俺には読み取れない感情を湛えて小さく笑った。
わけがわからず、問うてみる。
「なんで笑ったんだ?」
「辛気くさいに突っ込まないとは、お主らしくないの」
「いやもう、突っ込みは野暮かと」
「つまらん男じゃのー」
「失礼だな!」
俺が一言突っ込むと、ミクミは片手で腹を抱えて大きな笑いを堪える。
「人の突っ込みを笑うなよ……」
「それでいい、それでいいのじゃ。もう手を離していいぞえ」
「手を離していい判断の基準が、わからん」
ミクミが何故、俺に手を握らせたのか、甚だ疑問である。
ミクミは笑いが鎮まってきたのか、ふぅと一息吐いて、腹を抱えていた手で公園のある方向を指さす。
「時間もないし、帰るかの」
「……あ、ああ」
ミクミの行動はいつも、考えが汲み取れない。
聞いても、はぐらかされそうだし__瞬間腕を叩かれる。
はっとして、叩いたミクミに目を向ける。
「時間がないと言うたじゃろ。突っ立っとるでないぞ」
「あ、そうだったな。ゆっくりしてられないな」
俺はミクミの隣を歩いて、皆の待っている公園へ向かった。
カプセルの中にある開閉ボタンを押し込むと、俺の頭上で空気の抜ける高い音を出しながら、透明なカバーが開いていく。
上体を起こし、伸びをする。
その時、カプセル室のドアを誰かが外側からノックした。
「お客さん、入っていいですか?」
この店を営む若い男性の、控え目な声だった。
俺はお構い無く、とすんなり返した。
音静かなドアを半分くらい開けて入るなり、男性店員は穏やかに尋ねてくる。
「疲れは抜けました?」
「ああ、はい」
尋ねられるまで実感がなかったのだが、体が軽く感じた。この世界の技術は、現実世界にもひけをとらないくらいだ。
「ミクミさんを起こしに行きますけど、どうされます?」
「どうされますって?」
「一緒にミクミさんを起こそう、ってこと」
「いえ、早く着替えないといけませんし……」
「寝姿、見たくないんですか?」
見たくない……こともない。
いつもは高飛車で、時々大人じみていて、そのくせそれとない仕草は年相応のところがある。
きっと気を許した寝姿は、子供みたいにあどけないんだろうな。
そんな時のミクミは、公言できやしないが可愛いと思う。
でも、寝姿を見るのはやめておこう。起きたら蹴られるだろうからな。
「どうします?」
「俺、着替えてカウンターで待ってます」
「じゃあ、すぐに起こして連れてくよ」
男性店員はドアを閉めて、去っていった。
俺もタオルから、着てきた服に身なりを直してカプセルの部屋を後にし、階段の先にあるカウンターのあるスペースで待つことにした。
少し待っていると、男性店員が眠たげなミクミを連れて俺の前まで歩いてきた。
俺とミクミを一瞥して、口を開く。
「お支払は、全額をミクミさんが一人で?」
「…………ああー、そうじゃったの」
遠くを見るような目をして、ミクミは唸った。
ごそごそ上着のポケットの中をあさくり、小さい金貨三枚を指先に挟んで男性店員の前に差し出す。
「確かに受けとりました。ミクミさん、一つお願いしてもいいですか?」
「なんじゃい?」
「もし、姫になったら僕を竜宮城で働かせください」
「ほー、そんなことかえ。いいぞえ、願ったり叶ったりじゃ」
「ありがとうございます!」
男性店員は深々と頭を下げ、嬉しさの溢れた声で礼の言葉を述べた。
ミクミが袖を引っ張ってきて、爪先立ちで耳打ちしてきた。
「こやつは何でわらわに頼んだんじゃろか? お主は意見とかないのかえ?」
「いいよいいよ、人は多くて困りはしないしね」
「そうかえ、ならば良いのじゃがな」
心配するように、ミクミは言う。何か気がかりなのだろうか?
「わらわは、もう帰るぞえ。いくぞ」
ミクミは焦って逃げ出すように、駆け足で店を後にしていった。
突然、どうしたのだろうか?
「ご来店、ありがとうございました」
軽く俺に会釈して、カウンターの奥に男性店員は消えていった。
……ミクミを追いかけないとな。あいつ、急に走り出して何を?
俺が追いかけていると、ミクミは人の疎らな市街地に、突然足を止め立ち尽くした。
「ん? どうしたミクミ?」
不思議に思って、ミクミに近づき声をかけるが振り向きもしてくれなかった。
「おーい、ミクミ?」
「……なんじゃい、存外足が速いのだな」
顔だけこちらに向けて、どこか疲れた声でミクミは言った。
俺は気にせず、素直な質問をぶつけてみることにした。
「どうして、突然走り出したんだ?」
しばし俺の顔を力ない視線で見つめてから、スッと右手を出してきた。
「その手は何?」
「わらわの手を、握ってみるのじゃ」
恥ずかしがるわけでなく、何かを俺に教えようとしている仕草に感じた。
俺はミクミの出した手を、若干躊躇しつつも握った。
「次期王に手を握ってもらえるなんて、一生の誇りになるのう」
「ミクミが握ってって、言ったんだろ? おかしくないか?」
「そうかえ? お主は辛気くさくとも次期王なのじゃぞ。国王様じゃぞ」
ミクミは顔に、俺には読み取れない感情を湛えて小さく笑った。
わけがわからず、問うてみる。
「なんで笑ったんだ?」
「辛気くさいに突っ込まないとは、お主らしくないの」
「いやもう、突っ込みは野暮かと」
「つまらん男じゃのー」
「失礼だな!」
俺が一言突っ込むと、ミクミは片手で腹を抱えて大きな笑いを堪える。
「人の突っ込みを笑うなよ……」
「それでいい、それでいいのじゃ。もう手を離していいぞえ」
「手を離していい判断の基準が、わからん」
ミクミが何故、俺に手を握らせたのか、甚だ疑問である。
ミクミは笑いが鎮まってきたのか、ふぅと一息吐いて、腹を抱えていた手で公園のある方向を指さす。
「時間もないし、帰るかの」
「……あ、ああ」
ミクミの行動はいつも、考えが汲み取れない。
聞いても、はぐらかされそうだし__瞬間腕を叩かれる。
はっとして、叩いたミクミに目を向ける。
「時間がないと言うたじゃろ。突っ立っとるでないぞ」
「あ、そうだったな。ゆっくりしてられないな」
俺はミクミの隣を歩いて、皆の待っている公園へ向かった。
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