浦島太郎になっちゃった?

青キング

美への欲情

 チャイロボウカーの素に自身の作り上げた眠り薬を含ませ、それを思惑通りに飲んだ次期王の身体の力が完全に抜けたことを、その才気な目で認めたハリックは薄ら笑った。

「警戒心の欠片もなかったな。姫候補達はこの男のどこが気に入ったのか、甚だ疑問だ。クッ」

 人間性が反転したハリックは、ドット入りの作図用紙が山と積まれた実務机の、左の引き出しから細々しい銀の針が奇怪な自作の注射器を握りしめ、無防備に意識を失ったシュンの傍まで歩み寄る。

「これで今から俺は、お前になれる。姫候補達を自分のものにできる、ヒッ、フッ」

 彼女らの姿を脳裏に浮かび上がらせたハリックは、その美しさに歪んだ笑い声を漏らした。

 注射器の針をシュンの首筋に射し込み、私欲に駆られたおかしな笑みで血液を採取する。

 赤く短い横線の印に達すると、針を抜きとり自分の首筋にも射し込み、ぐっと血液を押し入れた。

「おおっ、首筋からこの男に変わっていく」

 次第にハリックの身体は首筋から広がっていったシュンの細胞と、今までの自分の細胞を変換していた。

 ハリックの姿が、シュンのものに変わったのだ。

 身体がまるっきり変換されたことに、ハリックは人並み外れた満足感を、手のひらをしきりに握ってみては体感していた。

「すごいぞ、俺の手じゃない。握った時の力具合が強くてたくましい」

 準備はできたとばかりに頬をはたいて、表情を引き締める。シュンの普段の表情にできるだけ近づいた。

 ハリックは表情を変えぬまま、シュンの手足を拙い手付きながらに紐で縛り、部屋を後にして放置した。

 自宅である施設を抜け出すのには手間もかからず、ハリックはエビの用務員らに話は済んだから帰るよ、と伝えてその場を去り、エビらに訝しまれることもなく城に赴けた。

 竜宮城の壮大な姿が少しずつ少しずつ大きくなっていくのが、ハリックの姫候補達に対する性的欲情を高ぶらせていく。

 __あの女達の造形美は他に比べる物がない。それが俺の物になる。


 クリナは、八日後に催される竜宮の王位継承式の最終準備に際する会議に、出席した帰りだった。

「王位継承式って、案外やることが多いのね」

 主催者側の人だけに渡された王位継承式の割り当て表を見て、嘆息したい気分で言った。

 クリナが割り当てられたのは、式の進行を円滑にさせる司会者だ。ゆえに喋ることが多く、それを覚えなければならない。

「主催者が年配ばかりって言うのも、私が司会者になった原因なのよね……」

 主催者にクリナ以外の若い人はおらず、喋りが緩慢なお年寄りばかりで、該当者がいなかったのだ。唯一、老人なのにオドワさんだけはペラペラだったのだか、本人がすでに割り当ては決まっておる、といってクリナの意見は却下された。

「開会式の挨拶、覚えないと」

 クリナは歩きながら開会式の挨拶をぶつぶつ繰り返していると、いつの間にか竜宮城の門に着いていた。

 そこでクリナの目が、丁度門の前に突っ立っているシュンの姿をしたハリックを捉えた。彼女はシュンだとしか思っていない。

「シュン君、どこ行ってたの?」

 クリナが彼の脇からひょいと顔を覗き込むようにして話し掛けると、俄に当惑して目をかっ開き、初対面みたいな言葉を返す。

「な、なんでしょうか」

 クリナは彼の恭しい言葉に、むっと口を引き結び不満顔になる。

「何でそんなに、他人行儀な反応するのよ」

 明らかに不満にしているクリナを、彼は内心異性の観点で値踏みするように頭から爪先までを見下ろしていき、急に態度を改める。

「いや、奇遇だね」
「そうねぇ、奇遇ね。それでシュン君はどこに行ってたの?」
「マリン・ハリックと会ってたんだ。才能溢れた人だったよ」
「へぇ、そうなの」
「あれ、どうでもよかった?」
「ううん、そうわけじゃなくて……こんなとこで話さないで、中入りましょう」

 クリナは微かに違和感を覚えたのを取り繕って、明るく微笑んでそう催促した。

 __何かいつものシュン君と違う気がするけど、気のせいよね。

 門をハリック、クリナの順でくぐった。

 そんな些細なことにも、クリナは違和感を覚えた。

 __いつものシュン君なら先に通してくれるのにな……考え事してて、気が回らなかっただけだよね。

 二回も覚えた違和感を、根拠なく理由付けして彼女は深刻に考えはしなかった。

「何、してたんだい」
「えっ?」
「なんか、紙持ってるからさ」

 ハリックは彼女が片手に持っている王位継承式の割り当て表を指差して言う。

「あ、これ? これは王位継承式の割り当て表なの。主役のシュン君には見せられないけど」

 と、意地悪っぽくそれでいて優しく微笑して答えた。

 美女の微笑に笑い返しもせずに、この女、主催者側だな。容姿端麗だし、スタイルも良い。もうこの際面倒だし、姫候補じゃなくてもいいか、と彼の脳内は色情に駆られ、下心で満ちていた。

 彼は平静を装い、切り出した。

「他の人には聞かれたくない相談事があるんですけど。どこか二人きりになれる場所ってあるます?」
「えっ……二人きり?」
「はい、二人きりです」

 クリナは期せずして訪れた曉行に、鼓動が早まった。

 __えっ、シュン君が私と二人きりで相談したがってる……考える必要もないよね、ごめんなさいって断るつもりなんだわ。どうせ結果はわかってたもの。ただこんなに早く返事してくるなんて思ってなかった。

「私の部屋は相部屋だから、二人きりにはなれないわ。シュン君の部屋ぐらいしか……ないと思う」
「なら、先に部屋の前で待っててください。寄りたい所あるんで」
「う、うん。わかったわ」

 いつものお姉さん然とした雰囲気は隠れて、純朴な乙女の心情で頷いた。


 竜宮城内の間取りをまるっきり知らない彼にとっては、部屋の前で待っててくれという申し出を、クリナが都合よく首肯したので、内心で悪擦れた哄笑をした。

「じゃあ、部屋の前で待っててね。俺もやること終わったら行くからさ」
「私に先に待ってるからね。できるだけすぐ来て」
「うん、わかってるよ」

 クリナは言われた通り、先に部屋の前で待つことにした。











































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