浦島太郎になっちゃった?

青キング

女子達の談笑

 五人の姫候補達は奇しくも、大浴場に居合わせていた。

「うーん、いい湯ね」

 体を洗い終えたマリが、丸く広い浴槽に腰を沈めてさも極楽な声を発した。

 それに近くにいた姫候補最年少最軽量のミクミが共感して、ほんとじゃのう、と頷いた。

「メラもそう思わない?」
「私も否定はしませんわ。宮殿の浴場ともさして広さは変わりませんし、温度も一定してますの」

 兆候なく共感を求めてきたマリに、マリから見て円の反対側にいたメラは、婉曲的に城の大浴場を褒める答えで応じた。

 だがすぐに、でもと付け加えて、

「甘い飲み物が出されないのは、少々遺憾ですわ」

 と、常識から外れたことを平然と口にした。

 メラが手を伸ばせば触れられる距離で、浴槽の縁に腰掛け脚だけを湯の中に入れているラナイトは、呆れを通り越して感心したような口ぶりで言った。

「メラは四六時中、何かを飲み食いしているのだな。なぜ腹囲に贅肉がつかないのか、不思議だ」

 ラナイトの台詞を聞いて、メラが上品に口元めがけて手をあてがい、意地の悪そうな笑みを口角に浮かべる。

「あら、少し太ったんじゃありませんの。ラナイト元騎手さん」

 とたんに、ラナイトの凛々しい顔が少女みたいに赤く火照る。

「そ、そんなはことはない…………な、いこともない」

 メラはこれ見よがしにと、たまたま見聞したラナイトの恥ずかしいシーンを語り始める。

「あらぁ、身体の輪郭がはっきりするタイトな服を着なくなりましたわねぇ」

「そっ、それは……」

 言い訳が思い付かないラナイトに、メラは湯の中を膝立ちで詰め寄りながら、人をもてあそんでいる様子で暴露を続ける。

「あらぁ、なんだか体が重くなったような、気のせいかな? とか自分の太ったことに気がつかなかったのは、いつのことでしたかしら」

「メラ! 聞いていたのか!」

 メラは暴露しながら、どんどん距離を詰めていく。

「あらぁ、最近になってようやく夕食の量を減らし始めたのは、どこの元騎士でしたかしら」

「そんなことまで知っているのか、お前は……」

 ついにメラは、ラナイトに手が届く位置まで近づいていた。

「なぜ、そんなに近づくんだ!」

「あらぁ、騎士の時に仕事以外での外出用に履いていたズボンやスカートのホックが届かなくなって、顔をひきつらせていた人は誰ですの」

「ひゃぁっ!」

 メラは言い終えてすぐに襲いかかった、ラナイトの腰に向かって__

「あらぁ、指先でお腹の肉がつまめますわ」

 ラナイトは片腕を突き上げて、猛然と肘から降ろした。

 降ろされた腕の肘が、ラナイトの腰の皮膚を厭らしくつまんでいたメラの脳天に、何の遮りもなく直撃した。

 メラの頭部が湯の中に叩き込まれたのと入れ替えに、水飛沫が音を立てて跳ね上がった。

 マリははわはわと口を開けたままにしていて、ミクミははぁ、と億劫そうに溜め息を吐き、ルイネは危ないことに舟を漕いでいて突然の水飛沫の音に、ビクッと肩を震わせた。

「頭が割れるかと思い……まし……た、わ」

 先程までの意地の悪い変態に化していたメラの姿はなく、力尽きたとばかりに、聞き取り困難な掠れ声を出して湯をたゆたっていた。

 ミクミが困った表情で一番近いところいた目を見開いき驚いているルイネに、提案を持ちかける。

「面倒でわらわらには関係ないのじゃが、メラを引き揚げるぞえ」

「はっ、はい。わかりました」

 小柄な二人による素早い救出により、メラは浴槽の外へ引き揚げられた。

 引き揚げられ仰向けに寝かされたメラは、昏倒して目の焦点が合っていなかった。

 メラを除いた四人の姫候補は、肩を縮こませて小さくなっているラナイトに興味の視線を向けていた。

 マリが尋ねる。

「ねぇラナイト、太ったようには見えなかったけど、ほんとに太ったの?」

 真っ先に素朴な疑問を投げたきたマリに、ラナイトは頷き訳を話す。

「でも仕方がなかったんだ。騎士を辞めてから、トレーニングの必要がなくなったのでな」

「トレーニングだけでも、続ければよかったのに」

 マリは悪気などなくそう言ったのだが、ラナイトには返す言葉もなくなるほど図星だった。

 ルイネが唐突に元気なく、ぽろりと溢す。

「ラナイトさんは太ったって言ってるのに、服を脱いだときくびれてました」

 ルイネの台詞に、ラナイトは気を持ち直して、

「そ、そうかな! くびれてるなら、まだ許容範囲内なのか……な」

 言って、また気を落とした。

「あのドレスを着るとなると、今より細くならなくてはな。そうしなければ自信が持てない」

 自分がドレスを着ている姿を想像して頬を仄かに染め、水面に視線を落とす。

 ドレスと耳にしてルイネが、わくわくした瞳になる。

「ドレス着れるんですか! すごいですね、お嬢様みたいです!」

 ラナイトはぱっとメラが脳裏に浮かべて、お嬢様身近すぎて例えになってない! と心の中で突っ込んだ。

「ドレスっても、ウェディングじゃろ? お嬢様は関係はないじゃろ」

「ウェディングでしたか。みんな白色なんでしょうか?」

「わらわも、そこまでは知らんぞえ。クリナが会議に行ってるじゃろから、そこで決議されるじゃろ」

「そうでしたか。クリナさんが帰ってきたら、聞きたいと思います」

「私はできるだけ身体の線が、はっきりしないドレスがいい。やっぱり、その……恥ずかしい、からな」

 姫候補達は皆、それぞれの思いを胸に抱いた。
 汗をかきはじめたマリが、上気した顔をぱたぱたと手で仰ぐ

「私そろそろ出ていい? 体がのぼせちゃう」

「長く浸りすぎても、体に毒かもしれんな。私も出るとしよう」

 二人は浴槽の傍でダウンしているメラに、一つ視線を遣ったのち脱衣所に足を向けて去っていった。

 大浴場には今だ湯に浸っているミクミとルイネ、そしてサイドで倒れて気絶しているメラの三人となった。

 湯煙が充満した大浴場内が沈黙に包まれる。

 ルイネが沈黙を不自然に破って、聞きたかったとばかりに真剣な目になり、湯煙で霞んで見える天井を見上げるミクミに尋ねた。

「ミクミさんはシュンさんのこと、その……好きですか?」

 唐突に想像を逸した質問を尋ねられて、ミクミは天井に向けて上げていた顔をばっと降ろして、意味がわからぬといった表情を浮かべた。

「うん? もう一回言ってくれぬかのう」

「ななな、なんでまた言わないといけないんですか! すごく真剣だったんですよ!」

 ルイネは耳まで真っ赤にして、抗議するばかりに声を出す。

「すまぬのルイネ」

「ほんとですよ!」

「で、何の話じゃ?」

「ミクミさんは……これって、聞いていい話でしょうか」

 再度先程の質問をしようとして、急に不安がり水面に映る自分の顔を覗き込んだ。

「聞くとまずい話なのかえ?」

「聞いていいですか」

 目だけを上げて、ミクミをしかと見る。

 ミクミは一も二もなく頷いた。

 恐々としながらも、質問の言葉を紡いだ。

「ええと……あの、ミクミさんはですね……しゅ、シュンさんのことをどどど、どう思っているのかな……と」

「あー、そういうことじゃったか。大丈夫じゃぞ、わらわはあいつのことを友人くらいにしか思ってないからのう」

 快活な笑みで口の両端を吊り上げて、姫候補において最年少最軽量の少女は胸の内を告げた。

 受け答えが想像を超えていて、ルイネの表情が消えて目がしばたたいてるだけだ。

 ルイネが黙ってしまって、奇妙な気まずさが生じてミクミは困惑して早口に、


「なんか、おかしかったかえ?」

 と、両目を大きくした。

 ルイネは表情は変わらぬまま、首を横にゆっくりと振って否定を示す。

「でも、良かったです」

「ほえ?」


「だって、ライバルが一人減りましたから」

 ルイネは、ほっとして破顔した。

「おじいちゃんとの約束なんです」

「ほう、興味深い話じゃの。聞かせてくれぬか?」

「いいですよ。もともとミクミさんには、話そうと考えてたんです」

 ルイネの脳内で、おじいちゃんからの手紙の文章が思い返される。

「この封棚を下に降ろせた人と一緒になりなさい、って手紙に書いてありました」

「その封筒を降ろしたのが、あいつということじゃな」

 にわかに顔を綻ばせる。

「そうなんです。おじいちゃんは私の体の大きさだと、何をしても封筒に手が届かないってわかってたんでしょうね。ちょっと心外ですけど」

「だがそれだけじゃと、あいつを好きになる原因にはならんじゃろ? 他に何か理由があったのかえ?」

「理由とかはあまり関係ないかも知れませんけど、手紙にこんなことが書いてあったんですから」

「なんと書いてあったんじゃ?」

 明らかな興味を示して、ミクミがルイネに言葉を急かす。

 焦らすような間を空けて、ルイネは手紙に書いてあった言葉をおだやかに口に出した。

「この封筒をルイネのために取ってくれた人は、これからの一生涯ずっとルイネのことを支えてくれるだろうから、そのを愛しなさい、そして愛されなさい、っていうだったんです。この文章を読んでたら、ついおじいちゃんを思い出しちゃって、涙が出てきちゃいました」

「あいつを、好きになるような文章ではないのう」

「私が泣いたら、シュンさんは頭を優しく撫でてくれました。そうして、いつの間にか好きになっちゃってました」

 ミクミは合いの手すら打てず、よく判らぬといった顔してしげしげ微笑むルイネを眺めていた。

 そして、ポツリと口にする。

「わらわには、ルイネがいう好きがイマイチ理解できんのじゃ」

「それはそうですよ。好きになる時にいちいち理由を探したりしないですから。なんというか、一瞬のときめき、みたいな感じでしょうか。ミクミさんだって、そのうち経験しますよ」

「そんなもんなのかのう」

 ミクミは好きになる、ということに謎を覚えた。

 もうもうと充満していた湯煙が少し晴れかかっていて、 湯の温度が下がってきている。

「ぬるくなってきたの。もう出てもいいかも知れぬな」

「じゃあ、出ましょう」

「そうじゃな」

 二人は浴槽の底につけていた腰を持ち上げ湯から出て、そろそろと大浴場を後にした。

 ______浴槽の外に紅色の髪をした女性が無防備に横たわっている。

 ______メラはおいてけぼりを食らった。

 そのあと二回目の鐘が鳴ろうという頃、掃除と湯加減を見に来たメイドのキャンに助け起こされたメラは、長時間のすえ温かさが逃げて冷たくなった床で気絶していたからか、体は凍えているのか思うぐらい冷え切っていて、何度となく激しい身震いに襲われた。

 後々には、鼻水やくしゃみなどの風邪の症状が現れて、ひどい鼻声になったという。




























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