浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。話が長いと眠くなりませんか?
城に帰ってきた俺を、部屋に行く廊下の途中で待ち伏せしていたのか、角の陰からひょいと愉快げなステップでマリが出てきた。
内心、ちょっと驚いた。
「ねぇ、朝からどこ行ってたの」
「マリン・ハリックからの招待を受けて、マリと行った時計台の近くの……なんていう建物か知らないけど、伺ってきたよ」
へー、とマリは感心したような声を出す。
「次期王だから招待されたの?」
「みたいだな。でも俺がうっかり寝ちゃってて、どこか出掛けたみたいだけど……」
苦笑いして俺は説明した。
相槌を入れてくれながら、話を聞いていたマリがクスッと急に噴き出す。
この話のどこが面白いの?
「何それ、お客として行って寝ちゃうなんて、そんな失礼な人聞いたことないよ」
「まぁ、確かに失礼だよな。後で詫びの手紙でも書いとこうかな」
マリの言うことに頷きつつ、自分の失礼さに不甲斐なくも感じた。
「最近、睡眠不足なの?」
心配してくれてるのかな? 俺は首を横に振る。
「ぐっすり寝られてるから、それはないかと」
「そうなんだ。あー、私も人の話の聞いてるときに、眠たくなることがあるから気持ちはわかるよ。むずーい解説とかながーい講座とかおっとりした声の教師の授業とか、挙げたら尽きないよ」
「俺も現実世界でそうだった」
「へー、意外」
「意外? どういうことだ?」
俺は意外と思われるわけが理解できず、尋ねる。
ショートカットの髪に手をやって、何気なさそうに答えた。
「だって、そもそも学校通ってなかったでしょ」
「……通ってたよ! 成績良くはなかったけど」
確信を持って否定した。
突如、マリの両目がかっ開く。
「あっ、後ろ!」
「え?」
振り向く間もないまま、視界が暗転した。何か温かいものの存在を背後に感じる。
……考えるだけでもいやらしいが、背中に当たっている柔らかく弾力のあるものはなんだ? 巨大なゼラチンか?
「私が誰かわかるかな?」
芯のあって凛としたこの声は?
「ラナイトさんですか」
「そうだよ当たり」
ラナイトさんの身体が離れて、俺の視界が復活する。
「二人は何を話してたんだ?」
「授業とかって眠いよねー、とかいう話」
ラナイトさんがむっとする。
「授業中に眠たくなるなんて、君は不真面目だな。ダメだぞ、教えてもらっている分際で」
もっともすぎて何も言えない。いつもより言い方に棘があるな。
「私が通っていた学校は専門学校だったからな。一概に苦言はできないな」
「ラナイトさん、専門学校行ってたんですか?」
「そうだよ、意外かな?」
ラナイトさんの通ってた専門学校って、まさかというか言うまでもないよな。職業が騎士だって言ってたしな。
「騎士を養成する学校ですよね」
「ん、まぁそんな感じだよ。正確には武術学校だけど」
おお、俺ご名答。
ラナイトさんは何を思ったのかふふっ、と柔かに笑う。
「でも過酷なだけだったけどね」
「死者が出るほどだからね、あの学校」
マリが肩をすくめて言う。
え、死者出んの? こわっ。
「一年生の修了試験で、スリーマンセルを好きに組んで二週間のサバイバルだからな。あれは過酷だった」
問わず語りに母校での実体験を話し出した。
「スリーマンセルが男女問わずで、そのサバイバルでカップルが誕生することも多かった」
修了試験に恋愛沙汰を持ち込むなよ……。
「それで死者が出てしまうんだ」
その死を悲しむように、ラナイトさんは目を伏せる。
「もしかして、ラナイトさんの友人も死ん……」
「私達の年は運が良くてな。全生徒が真面目だったのか、愛憎劇がたまたまなかったのか、理由はわからないけど死者は出なかったよ」
愛憎劇で死者が出るんだ。愛の殺し合いが展開するんだ、武術学校こわっ。
「ねぇでもラナイト。人殺しちゃったら犯罪だよね、やっぱり捕まるの?」
マリがなんともなしに話を深める疑問を挙げた。
もういいよ、このシリアスでドメスティックな話。
「それはもちろん捕まるよ。さすがに事件沙汰になったから学校側も配慮して、今年からスリーマンセルの組み合わせに男女混合を禁止するそうだ」
まあ妥当だろうな。
「珍しい組み合わせじゃの。何を話しとるじゃ」
廊下で駄弁りにふけていた俺達に、不意に声がかかる。
声の方を向くと、ミクミが視線を寄越して通り過ぎがけに立っていた。普段と雰囲気が違う気がする。
「ミクミか、こんなとこでどうしたんだ?」
「お主はいつもと変わらず、誰かと一緒にいるのう」
嫌味っぽくマリとラナイトを見て言った。
「そうか? 部屋では一人だけど」
「部屋に連れ込んだら、それはもう性犯罪じゃからの。気をつけた方がええぞ」
雑念のなさそうに微笑して、したことも無いことに釘を刺してくる。
「今日のミクミ、なんか雰囲気が違うような?」
やはり気になるので、雰囲気の違いを問うてみる。
何故か白い目で見返された。
「髪を結うてないのじゃ! そんなこともお主はいちいち聞かんとわからんのかえ? わらわじゃから許すが、そこの二人に同じ反応してみるのじゃ、あっさり嫌われるからの」
言われてようやく気づいたが、ポニーテールじゃない!
「そんなことない、私はそんな小さなことで嫌わないぞ。というより気づかないでほしいこともあるしな……」
ラナイトさんの台詞は、途中で声量が乏しくなって全部聞き取れなかった。恥じるように首をすくめている。
「少し鈍感ぐらいが良いよ。やたら鋭く気づく人って変態が多いからね」
それ、健全な観察力を持ってる人に失礼だよね?
「そうじゃった、ルイネを見ておらぬかの。話したいことがあるんじゃが」
期せずしてルイネの行方を尋ねて売くる。
「いや、見てないけど。ラナイトさんは?」
「うん? あ、ああ私もだ」
聞いていなかったのか反応悪く答えた。顔がほのかに赤いのは何故だろう?
「私も見てないよ」
マリも同じように言った。
「そうかの、ならば部屋で待つのが賢明じゃの」
そう言ってミクミは姫候補達の部屋がある方向へと廊下を進んでいった。
「私も部屋に戻ろうかな、忘れないうちに日記書かないと」
「マリって日記書いてるんだ、知らなかった」
「そりゃ言ってないもん」
「日記とは良い習慣だな。私も武術学校で毎日書かされたものだ」
「日記って言っても、その日の楽しかったことを書いてるだけだよ」
それじゃあね、とマリは行ってしまった。
俺とラナイトさんだけが残された。
「君」
「何ですか」
突然呼ばれて反応したら、ラナイトさんはハッとしたように顔を伏せて黙り込んだ。
「どうしたんですか黙り込んで」
「そのその、うぅ」
両手の指を雑に絡まして、教師に叱られた小学生みたいにウジウジしだした。なんか言い様のない緊張が……。
「そうだ、私を落ち着かせてくれないか」
「ええっ」
「嫌か?」
「嫌っていうか、なんというか」
色っぽい熱を帯びた瞳で聞いてくる。そんな瞳で見ないでいただきたい、心臓バックバクになっちゃうから。
俺が勝手に鼓動を早まらせていると、俺の胸辺りに手をついてぐいっと身体を近づけてきた。
「君が抱いてくれれば……落ち着きそうだよ」
ついには顔まで近づけてきた。時悪くシャンプーと思しき良い香りが鼻孔を甘く刺激してきて、より緊張が高まってしまう。
匂いを少しでも遠ざけるようと顔を後ろへ逸らすと、廊下の真ん中にルイネが、こちらを見つめて枯れた木みたいになって立ち呆けていた。
俺と目が合うとおずおず後退りして、合った目を背けて手近な角の陰に走って消えていった。一瞬だけ、泣きそうな顔が垣間見えた気がした。
「どうした?」
首の後ろから聞こえてきた事も無げなラナイトさんの声でで、我に返る。どうやらルイネには気づいていないらしい。
そうだ、俺は次期王で姫候補五人から一人を選んで姫として愛さなければならないんだ。こんなとこ見られたら、他の四人に嫌われるな。今の友達みたいな関係を崩したくないのに。
俺は温かな体温を感じるラナイトさんを、肩を掴んで引き離した。
「あ……やっぱり嫌だったんだ」
ラナイトさんの俺を見る瞳が残念そうに揺れる。
俺は言い方がキツくならないように努めて、言葉を選んで言う。
「嫌なわけないですよ、ラナイトさんのことが好きなら。でもまだ好きになれていないんです、ごめんなさい。好きになったら抱かせてください」
俺は台詞は明らかな拒絶なのに、ラナイトさんは穏やかに微笑んで聞いてくれていた。
「私は君のことが好き、本心から言える。私を選んでくれるなら、それは嬉しいけど。選んでくれなくても私は泣かずに、きちんと君を祝福する。だって好きにさせられなかった私の力不足なんだから…………もう部屋に帰るね」
俺に背を向けて行ってしまった。
しばらくここで立ってようと思った。
俺は一人に絞るのが怖い。美少女や美女に寄ってたかられるのをハーレムというが、俺の場合はちょっと違うかもしれない。
だって、こんな辛い思いをしなきゃいけないんだから。
内心、ちょっと驚いた。
「ねぇ、朝からどこ行ってたの」
「マリン・ハリックからの招待を受けて、マリと行った時計台の近くの……なんていう建物か知らないけど、伺ってきたよ」
へー、とマリは感心したような声を出す。
「次期王だから招待されたの?」
「みたいだな。でも俺がうっかり寝ちゃってて、どこか出掛けたみたいだけど……」
苦笑いして俺は説明した。
相槌を入れてくれながら、話を聞いていたマリがクスッと急に噴き出す。
この話のどこが面白いの?
「何それ、お客として行って寝ちゃうなんて、そんな失礼な人聞いたことないよ」
「まぁ、確かに失礼だよな。後で詫びの手紙でも書いとこうかな」
マリの言うことに頷きつつ、自分の失礼さに不甲斐なくも感じた。
「最近、睡眠不足なの?」
心配してくれてるのかな? 俺は首を横に振る。
「ぐっすり寝られてるから、それはないかと」
「そうなんだ。あー、私も人の話の聞いてるときに、眠たくなることがあるから気持ちはわかるよ。むずーい解説とかながーい講座とかおっとりした声の教師の授業とか、挙げたら尽きないよ」
「俺も現実世界でそうだった」
「へー、意外」
「意外? どういうことだ?」
俺は意外と思われるわけが理解できず、尋ねる。
ショートカットの髪に手をやって、何気なさそうに答えた。
「だって、そもそも学校通ってなかったでしょ」
「……通ってたよ! 成績良くはなかったけど」
確信を持って否定した。
突如、マリの両目がかっ開く。
「あっ、後ろ!」
「え?」
振り向く間もないまま、視界が暗転した。何か温かいものの存在を背後に感じる。
……考えるだけでもいやらしいが、背中に当たっている柔らかく弾力のあるものはなんだ? 巨大なゼラチンか?
「私が誰かわかるかな?」
芯のあって凛としたこの声は?
「ラナイトさんですか」
「そうだよ当たり」
ラナイトさんの身体が離れて、俺の視界が復活する。
「二人は何を話してたんだ?」
「授業とかって眠いよねー、とかいう話」
ラナイトさんがむっとする。
「授業中に眠たくなるなんて、君は不真面目だな。ダメだぞ、教えてもらっている分際で」
もっともすぎて何も言えない。いつもより言い方に棘があるな。
「私が通っていた学校は専門学校だったからな。一概に苦言はできないな」
「ラナイトさん、専門学校行ってたんですか?」
「そうだよ、意外かな?」
ラナイトさんの通ってた専門学校って、まさかというか言うまでもないよな。職業が騎士だって言ってたしな。
「騎士を養成する学校ですよね」
「ん、まぁそんな感じだよ。正確には武術学校だけど」
おお、俺ご名答。
ラナイトさんは何を思ったのかふふっ、と柔かに笑う。
「でも過酷なだけだったけどね」
「死者が出るほどだからね、あの学校」
マリが肩をすくめて言う。
え、死者出んの? こわっ。
「一年生の修了試験で、スリーマンセルを好きに組んで二週間のサバイバルだからな。あれは過酷だった」
問わず語りに母校での実体験を話し出した。
「スリーマンセルが男女問わずで、そのサバイバルでカップルが誕生することも多かった」
修了試験に恋愛沙汰を持ち込むなよ……。
「それで死者が出てしまうんだ」
その死を悲しむように、ラナイトさんは目を伏せる。
「もしかして、ラナイトさんの友人も死ん……」
「私達の年は運が良くてな。全生徒が真面目だったのか、愛憎劇がたまたまなかったのか、理由はわからないけど死者は出なかったよ」
愛憎劇で死者が出るんだ。愛の殺し合いが展開するんだ、武術学校こわっ。
「ねぇでもラナイト。人殺しちゃったら犯罪だよね、やっぱり捕まるの?」
マリがなんともなしに話を深める疑問を挙げた。
もういいよ、このシリアスでドメスティックな話。
「それはもちろん捕まるよ。さすがに事件沙汰になったから学校側も配慮して、今年からスリーマンセルの組み合わせに男女混合を禁止するそうだ」
まあ妥当だろうな。
「珍しい組み合わせじゃの。何を話しとるじゃ」
廊下で駄弁りにふけていた俺達に、不意に声がかかる。
声の方を向くと、ミクミが視線を寄越して通り過ぎがけに立っていた。普段と雰囲気が違う気がする。
「ミクミか、こんなとこでどうしたんだ?」
「お主はいつもと変わらず、誰かと一緒にいるのう」
嫌味っぽくマリとラナイトを見て言った。
「そうか? 部屋では一人だけど」
「部屋に連れ込んだら、それはもう性犯罪じゃからの。気をつけた方がええぞ」
雑念のなさそうに微笑して、したことも無いことに釘を刺してくる。
「今日のミクミ、なんか雰囲気が違うような?」
やはり気になるので、雰囲気の違いを問うてみる。
何故か白い目で見返された。
「髪を結うてないのじゃ! そんなこともお主はいちいち聞かんとわからんのかえ? わらわじゃから許すが、そこの二人に同じ反応してみるのじゃ、あっさり嫌われるからの」
言われてようやく気づいたが、ポニーテールじゃない!
「そんなことない、私はそんな小さなことで嫌わないぞ。というより気づかないでほしいこともあるしな……」
ラナイトさんの台詞は、途中で声量が乏しくなって全部聞き取れなかった。恥じるように首をすくめている。
「少し鈍感ぐらいが良いよ。やたら鋭く気づく人って変態が多いからね」
それ、健全な観察力を持ってる人に失礼だよね?
「そうじゃった、ルイネを見ておらぬかの。話したいことがあるんじゃが」
期せずしてルイネの行方を尋ねて売くる。
「いや、見てないけど。ラナイトさんは?」
「うん? あ、ああ私もだ」
聞いていなかったのか反応悪く答えた。顔がほのかに赤いのは何故だろう?
「私も見てないよ」
マリも同じように言った。
「そうかの、ならば部屋で待つのが賢明じゃの」
そう言ってミクミは姫候補達の部屋がある方向へと廊下を進んでいった。
「私も部屋に戻ろうかな、忘れないうちに日記書かないと」
「マリって日記書いてるんだ、知らなかった」
「そりゃ言ってないもん」
「日記とは良い習慣だな。私も武術学校で毎日書かされたものだ」
「日記って言っても、その日の楽しかったことを書いてるだけだよ」
それじゃあね、とマリは行ってしまった。
俺とラナイトさんだけが残された。
「君」
「何ですか」
突然呼ばれて反応したら、ラナイトさんはハッとしたように顔を伏せて黙り込んだ。
「どうしたんですか黙り込んで」
「そのその、うぅ」
両手の指を雑に絡まして、教師に叱られた小学生みたいにウジウジしだした。なんか言い様のない緊張が……。
「そうだ、私を落ち着かせてくれないか」
「ええっ」
「嫌か?」
「嫌っていうか、なんというか」
色っぽい熱を帯びた瞳で聞いてくる。そんな瞳で見ないでいただきたい、心臓バックバクになっちゃうから。
俺が勝手に鼓動を早まらせていると、俺の胸辺りに手をついてぐいっと身体を近づけてきた。
「君が抱いてくれれば……落ち着きそうだよ」
ついには顔まで近づけてきた。時悪くシャンプーと思しき良い香りが鼻孔を甘く刺激してきて、より緊張が高まってしまう。
匂いを少しでも遠ざけるようと顔を後ろへ逸らすと、廊下の真ん中にルイネが、こちらを見つめて枯れた木みたいになって立ち呆けていた。
俺と目が合うとおずおず後退りして、合った目を背けて手近な角の陰に走って消えていった。一瞬だけ、泣きそうな顔が垣間見えた気がした。
「どうした?」
首の後ろから聞こえてきた事も無げなラナイトさんの声でで、我に返る。どうやらルイネには気づいていないらしい。
そうだ、俺は次期王で姫候補五人から一人を選んで姫として愛さなければならないんだ。こんなとこ見られたら、他の四人に嫌われるな。今の友達みたいな関係を崩したくないのに。
俺は温かな体温を感じるラナイトさんを、肩を掴んで引き離した。
「あ……やっぱり嫌だったんだ」
ラナイトさんの俺を見る瞳が残念そうに揺れる。
俺は言い方がキツくならないように努めて、言葉を選んで言う。
「嫌なわけないですよ、ラナイトさんのことが好きなら。でもまだ好きになれていないんです、ごめんなさい。好きになったら抱かせてください」
俺は台詞は明らかな拒絶なのに、ラナイトさんは穏やかに微笑んで聞いてくれていた。
「私は君のことが好き、本心から言える。私を選んでくれるなら、それは嬉しいけど。選んでくれなくても私は泣かずに、きちんと君を祝福する。だって好きにさせられなかった私の力不足なんだから…………もう部屋に帰るね」
俺に背を向けて行ってしまった。
しばらくここで立ってようと思った。
俺は一人に絞るのが怖い。美少女や美女に寄ってたかられるのをハーレムというが、俺の場合はちょっと違うかもしれない。
だって、こんな辛い思いをしなきゃいけないんだから。
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