浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。なんで俺が王候補なの?

 ネックレスの眼鏡をかけたタコが経営する、他に類を見ない服屋を出た後、マリの先導と解説による買い物ついでに街案内という、旅行者まがいなことをさせられて幾分の時間を過ごした。
 店が建ち並んでいる市街地から、そう遠くはない場所に離れて屹立する、威容な一本の砂岩でできたと思しき塔が、目の前でどこまでも続いていそうにそびえていた。
 周囲に人はほぼ居らず、高い建物には必ず人が集まるという不文律は、この世界にはないらしい。
 石畳から生えたような塔の両横には、認証装置的なやつだろう人間サイズの黒曜石の球体がどっしりと置かれている。
 その姿にどこか下ネタ的な暗示もあるように思えるのは俺だけだろうか?
 おそらく隣で純粋な笑顔を端麗な顔に湛えている姫候補のマリは、そんなこと下らないことを考えていないだろう。
 マリは初見なのかワクワクした様子で、塔を見上げて解説を始める。

「この塔は、いわば時計塔ですね。毎分毎秒正確な時間はわかりませんが一日に二回、勤務開始と終了の時に、鐘が鳴らされます。技術革新ですね」

 この世界では最先端の技術を用いて建設されたのだろうが、目のつくところに時計があった生活を送っていた俺からすると、大した技術ではないと思える。
 それでも俺はこの塔が、感覚的に好みだ。
 感慨に耽っていると、唐突にマリが俺の肩をつつく。

「また来たときは、天辺に行かない?」
「今じゃ駄目なのか?」
「だって開設してないじゃない、中の一般公開は明日だから」

 思いもよらない話に肩透かしでも喰らった気分になる。
 そんな俺の気持ちを汲み取ってか、笑顔で話題を変えた。

「この後行く店は、すっごく楽しいから気落ちしないの」
「そうだな、今は買い物を楽しもう」
「レッツゴーショッピング!」

 やけに満足そうな表情で、片手の拳を高々と掲げた。
 この勢いにはついていけそうにない。


 続いて、マリに先導されるままたどり着いたのはクリナさん宅と同型の一軒の高床式住居だった。
 俺は何気なく右斜めちょっと前を行くマリに尋ねる。

「今度はどんな店なんだ?」

 答えは予想だにしなかったものだった。

「私の家だよ~」

 気ままに答えたマリは、家の前のバルコニーにかかる階段の手すりに体をもたれさせ笑い問うてきた。

「ここは好き?」

 問いの意味をどのように受け止め、そして何を返すか、あらんばかりのシナプスを繋げさせ俺は口を開いた。

「ここって家のこと? それとも世界のこと?」

 問い返した俺に何を思ったのか、意味深な笑みを口元に作った。
 そして俺を真っ直ぐに見つめる。
 見つめてくるマリの瞳はいつになく大人っぽく見えた。
 視線を相対させていると、突然に笑みを作っていた口元が動き、真剣さに満ちた声音を発した。

「私はこの街が好き。それだから姫になったときには、格差を少しでも無くしたい。そして買う方も売る方も、相互に楽しく商売ができる街を築きたいなって思うんだ」

 短兵急な独白に俺は言葉を失った。
 ただただ視線を交錯させて見つめ返すことしかできない。
 マリはふぅ、と言い終えた解放感で頭を後ろに反らし振り仰いだ。

「なんかごめんね、急に喋り出しちゃって」

 そういつもの調子で言うと反らしていた頭をもたげ、もたれていた手すりからほっ、と体を起こすと薄く笑みを湛えた顔で近寄ってきて訊いてくる。

「私が紹介したいところは全部紹介したけど、どこか他に気になる場所ある?」
「気になる場所か~」

 訊かれてもぱっと思い付く店はない。
 思考を巡らしているとマリは、いいよいいよ無理に考えなくてもとあっさりした顔で言ってきた。
 そしてマリはんうっっ、という喘ぎを漏らしながら上体を反らして伸びをした。
 その折に重なった二回目の勤務終了の合図となる重厚な鐘の音が、背後から耳を刺激しマリの声と重なった。

「丁度鐘が鳴ったわね。城に帰って夕飯にしましょ」
「そうだな腹減ったぜ」

 可笑しかったのか俺の台詞に、くすりと笑いをマリは言う。

「食べること好きなんだ」
「そんなふうに見えるか?」
「うん、すごく楽しそうな顔して言ったもん」
「自分が食事好きだなんて、考えたこともなかったな」

 別に大食らいな訳でもないし、ガツガツ貪って訳でもないしなぁ。何故にそんなふうに見えたのかさっぱりわからない。
 身に覚えがない大食らい行動に疑問を感じ尋ねようと、口を開けた。
 が、目の前のマリはくるりと身を反転し顔だけ向けた。

「じゃあ帰ろう」
「お、おう」

 俺が返事すると先立って歩き出した。
 置いていかれないように俺は隣に駆け寄り並んで歩いた。

 少しして、気高き石造りの城壁が一直線先に見えだしてきた高床式住居の建ち並ぶ砂道を歩く。
 すると偶然視野範囲の端、道の路傍でとさかみたいな頭と故意に紙髪を剃りなくしたスキンヘッドの若い男二人が、余裕をかましたにやけ顔で小さな女の子を囲んでいた。
 たまたま視界に入ったその光景に俺は、体の奥から熱く沸騰した何かが沸き上がってくる感覚に襲われた。
 意図なしに上下の奥歯を力強く噛み合わせていた。
 知らずのうちに足を止めて男二人を遠くから睨み付けていた。
 進行方向が変わり、俺は足をそちらに向けていた。

「ん、なんだぁ?」

 近づいてきた俺にとさか男の方が、明らかな嫌気の声を発し隣のスキンヘッドも続く。

「ヒーロー気取りだろ、ウケるわ」

 それいいね、と言うような動作でとさか男が面白がる笑い見せて、スキンヘッドに片手の人差し指を向ける。

「アイアムアヒーローって言うんじゃねぇのか?」

 アイアムアヒーロー? どこで使う言葉だよそれ。
 正義なんてただの自己満足でしかないんだ。助けても好印象にならないことは重々承知だ。それでも許さない。
 弱き存在を虐げる奴は、なんの理由があろうと許さない! 許されない!
 体の中で心火が燃えたぎり、微かに動いた唇から底冷えするような声が漏れ出した。

「……おい!」
「あん、なんだてめぇ? こいつでも助けたいのか?」

 露骨にムカついた声で、俺の第一声に反応を見せる。
 俺は拳に力を入れて溢れだそうとする憤りを抑え込む。

「そんなのに構ってたらきりがないよ、早く帰りましょ」

 いつの間にか来ていたマリはそう言って背後から俺の肩に手を置いた。

「そうだそうだ。ヒーローごっこしてる幼稚な奴は、家に帰ってマミーに抱きついてろ」

 ヒーローごっこ?
 その単語に俺の癇癪玉が、苛烈な爆発音を出して破裂する。
 途端、マリの肩に据えられた手を右肩を上に弾かせ払い退け、目の前のチンピラ二人に向けて怒鳴った。

「その屑野郎ども! その子からすぐに離れろ!」

 怒鳴り声が広く響いた__気がした。
 右拳を振りかぶろうと動かしたが、温かく柔らかい何かに包まれて制止させられる。

「ダメっ! 手を出したら君が悪くなっちゃう、それだけは避けないと……道理に合わないよ」
「……そうだよな……ごめん」

 スルッと力が抜けていく。
 マリの両手の温もりが正しかった。

「なんだこいつら……なにしに来たんだ? もう帰ろうぜ相棒」
「意味がわかんないから帰るか親友」

 とさか男とスキンヘッドは短い会話を交わし、逃げるように暗ぼったい路地に消えていった。
 その場には俺とマリと少女だけが残る。
 怪我などがないか少女を見下ろす。チンピラは消えたのに怯えた顔をして半身に体を引いている。
 何かの恐怖に駆られたかのように、一歩また一歩と後退していき、手が届かないぐらいの間合いを取るとどこかに駆け出していった。
 その間も右拳の温もりは無くなっていなかった。

「何であの子は助けられたのに怖がってたのかな、お礼の一つもないし……」

 背後で理解ができないふうの口調でマリが呟いた。
 両手の握りが緩くなる。
 俺は拳を握るマリの両手に、左手をそっと添え肩越しに言う。

「マリは微笑んだ。俺の手、冷たいだろ?」
「うん、すごく冷たい」
「そう思うなら放してくれ」

 俺が言うと、驚いた様子で拳から両手が離れた。

「ごめんねずっと掴んでた…………」

 マリの言葉は突然に途切れた。
 心配になり振り返ると、マリは顔を伏せていた。

「どうした?」

 尋ねるが返答はなし。
 するとじっと地面を見下ろしていたが、弾かれたように顔を上げて笑みを浮かべた。

「帰ろう」
「……」

 俺は目の前の光景に戸惑った。
 マリの目元に透明な水が湛えているのだ。
 湛えた涙がつるりと艶のある頬を伝って、砂の地面に黒い跡をつくった。
 ポタポタ数滴落としてから、気づいたのか指先で目下を擦る。

「まさか泣いてるなんて……視界がぼやける」
「何で泣いてるんだよ。泣く理由なんてあったか?」

 俺の言葉にかぶりを振り、とつとつと語り始める。
 涙で豊潤な瞳が真っ直ぐに俺を見た。

「君の行動は間違っていなかった……それなのに社会は間違いとして見る……それがそれが許せなくて……悔しくなって流れたんだと思うよ……社会を変えないと間違いだらけの世界を変えないと……だめ」

 正直、驚いた。自分と同じように思っている人がいるなんて、思ってもみなかったから。    
 双眸を開いて涙を流すマリに、俺は何でもない笑顔を向ける。
 それは本心とは裏腹な表情だった。

「ありがとうマリ。でも……」
「でもじゃない!」

 人気がすっかり無くなった砂道に、高い声が響く。
 マリは開いた口をそのまま動かし始めた。

「さっき君はつらい顔を見せた。一瞬だったけど、苦しそうに歪めていた。過去にあった出来事は知ってるよ、助けたんだろうさっきみたいにか弱い存在を……」
「な、なんで知ってるんだよ」

 今でも意思とは反対に、鮮明さを保ち続ける鮮血の臭いを帯びた記憶に、唇を噛んだ。
 先程より穏やかになったマリの声が、優しく発せられる。

「だからね、君には王の器があるんだよ」
「それってどういう?」

 マリは微笑んだ。
 俺の疑問はすぐに返される。

「認めてもらえない正義を持つもの、という条件。それが王の器」

 俺は大きな衝撃に打たれた。
 認めてもらえない正義__。
 俺が衝撃に打たれ呆けていると、いつもの弾んだ調子でマリが促してくる。

「深く考えても事実は何も変わらないんだよ。早く帰ろ」

 そう言って体を閃かせ歩き出す。

「そうだな、とりあえず帰ろうか」

 俺も後に続いて前方に望む高い城壁の先、竜宮城へと歩みを進めた。

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