浦島太郎になっちゃった?

青キング

大浴場

 中がぼやけて見えるドアの向こう、城の南回廊の奥に位置する大浴場にて、美女と美少女がほのぼの寛いでいた。

「ねぇ、クリナ?」

 黒曜石と何かが混ざったような斑の湯槽の底に腰を沈め、縁に背中を預けていたマリが唐突に後ろで髪の毛を洗う幼なじみに質問した。

「ねぇ、クリナ。何でクリナは姫候補を辞退したの?」

 木製の腰掛けに尻をつけて艶やかに濡れた長い黒髪を、丁寧に首横で数回さすりながらクリナは顔は向けずに答えた。

「なんていうのかなぁ? 姫になってもこれを重視するっていう方針みたいなのがないんだよね~」
「えっでも、方針がなくたって姫になることはできるよ?」

 フフ、と小さく笑ってクリナは立ち上がり湯槽に向かいながら、

「選んでくれた人達に失礼ですよそれ」

 と、柔らかい声で言った。

「失礼か……」

 仲良しの親友の言葉を反芻するようにマリは口ずさんだ。
 すると突然、クリナが傷ひとつない腕をマリの後ろ首から胸元へネックレスのように垂らして組んだ。
 マリは短兵急な親友の行動に、戸惑い慌てて声を掛ける。

「どど、どうしたの?」
「もしマリが姫になったら、二人の時間が少なくなっちゃう……」

 いつも笑顔で優しい親友の、突如聞こえた心の寂しさにマリは垂れる両腕を優しく掴んで言う。

「姫に私がなったら、クリナを何らかの役職につけて傍に置く。それなら、いつでも一緒。私だってクリナがいないと、嫌だもん」

 うん、いつまでも一緒とマリは背中越しに聞き取った。
 しばしの間ができ、クリナが腕を微かに動かし五指を広げた。

「ひぃきゃ!」

 ぬくぬくとした大浴場に絹を切り裂いたような甲高く鋭い声が、響いた。

「おっきくなったね」

 マリの胸を包むように掴みしれっとそう口にするクリナに、マリは掴む腕の手首の辺りをがっしと力強く握る。

「クリナ離して!」
「でもまだ私には敵わないかな?」

 クリナは自分のふくよかな胸を、マリの肩甲骨辺りに押し付けた。

「そんなことどうでもいい!」
「ん、もう~久しぶりの戯れの時間なのになぁ、仕方ない」

 惜しむように口を尖らせ、腕と体を離した。
 その途端にマリは身を反転させて、腕を体の前でクロスし後退する。
 顔は紅くなっていた。

「何が戯れよ!」
「昔は一緒に遊んでくれたのにぃ~」
「こんな淫乱なことして遊んだ記憶ないし、そもそもやろうとも思わない!」

 赤面したまま真面目にそう言うマリ、それを見てクスッとクリナは吹き出した。
 何で笑うのよ! とマリは一歩前に踏み出して追及する。
 クリナは嬉笑い混じりに口を動かした。

「こうしてマリを怒らせるのは、昔からの隠れた楽しみだったから、今すごく楽しい」
「ということは、いつも意図的に私を怒らせてたってこと?__もうーー!」

 大浴場に得もいわれぬ悔しさからの叫びが、響き渡った。
 前でクロスしていた両腕をざぶんと水中に沈める。

「喰らえっ!」

 腕を勢いよく振り上げ、マリはクリナに向かってお湯をかけた。
 クリナは顔に向かってきたお湯を、避けようともせずに真っ向から受ける。
 びしょ濡れになった顔面を、両手のひらで拭いつつ頬を緩ませた。

「気持ちいいね、マリ」

 お湯をかけられたのに顔を綻ばせているクリナに毒気を抜かれて、マリは途切れ途切れに返す。

「そ、そうだね……快適……だよね」
「マリ、いつも気を遣ってくれてありがとね。それじゃあ私先に出てるね」

 片手を掲げて理想に近い造形美の体を翻し、大浴場を出ていった。
 親友に突然言われたありがとねに、不意打ちされたみたいにマリは呆然と立ち尽くした。

「急にそんなこと言われると、照れ臭いじゃない……もう」

 一人ではもて余る大浴場の、生温かい空気に先刻よりも柔らかな声が発され溶けた。

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