浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。なぜ美味いんだ?
ふと、ノックの音で目が覚める。
「そろそろ起きろ。騎士の朝は早いぞ」
ドア越しに、ラナイトさんの促す声が鼓膜を揺さぶる。
布団をまくり上体を起こした俺は、まだ薄暗い部屋の中を寝ぼけ眼で見回す。
微かにぼやけた視界を頼りに、ふらふらと暖かで心地いい布団から脱け出し、フローリングの床に足をつけた。
床の冷たさを直に感じながら、ドアの前まで歩きドアノブを捻った。
「やあ、おはよう。ずいぶん眠たそうだね」
朝っぱらから溌剌な声で挨拶してきたラナイトさんは、今日も全身甲冑だ。
腰には、銀の光沢美しい長剣を携えている。
「階段を下りてすぐの、食堂で待ってるから準備してきてくれ」
そう俺に伝えて整然とした歩調で廊下を左に進む。
一歩一歩でガチャガチャ鳴らして、他の人の迷惑になっていないのだろうか?
そんな、どうでもいいことに脳を使いつつデスクに脱いでおいた靴下を生足に装着してジャージ姿のまま部屋を出た。
廊下の突き当たりから階下に繋がる階段を下りると、早朝だからか人気のない木目調の洋食レストラン似の空間が、陰々とした雰囲気で食器同士が擦れあうガシャガシャという音だけを出して広がっていた。
その最奥にある四人掛けのテーブル席に座るラナイトさんを見つけた。
あちらも気づいたのか片手を上げて、手招きしてくる。
俺はそこまで行き、ラナイトさんの向かいに腰かける。
「どうだい、ここの食堂。衛生的だろう?」
「衛生的っていうか、なんか暗い」
腰掛けてすぐ聞かれて、俺はそう答えながら食堂内をぐるりと見渡す。
木製の茶色い壁の上部に囲むように一本でぶガラスの小窓から射し込む光はあまりにも非力で、照らすほどの力は持たない。よって薄暗くなる。
「君は朝は苦手かい?」
当突然のたり障りのない質問に、正直に返す。
「逆に朝は好きなんだけどなぁ……時間がわからないとどれくらい寝たかがわからなくて」
「ハハ、慣れだよ慣れ。日課になると勝手に起きてしまうものだよ」
軽く笑いラナイトさんは、中央のカウンター席に兜を向ける。
「おっ、もうじきくるぞ」
と昂る嬉しさを抑えられないような弾んだ声を出す。
俺とラナイトさんの座るテーブルの傍に、銀の円形のトレイを手のひらに乗せたウエイト姿の若い男が、俺とラナイトさんの座るテーブルに近寄ってきて一礼する。
男はトレイから二つの白い平皿を、テーブルの中央に置いて、トレイを脇に挟みまたも一礼しカウンターに消えていった。
「ふふぅん、これは美味しそうだ」
置かれた料理を間近に、ラナイトさんは嬉しさ混じりの吐息と共に言う。
俺も料理に焦点を移す。
白い平皿とは対照的な鯛みたいな赤い煮魚が丸々一匹、胸ビレを向けて鎮座していた。
出来立てのようで湯気が立っている。
「どうした、食欲ないのか?」
「食欲はありますけど……」
共食いに近くね、なんて言えるわけがない!
言葉の切り悪く俺は口を閉ざす。
お見通しだぞと言わんばかりに、握っていたフォークの先を俺の顔に突き出してラナイトさんは言う。
「海底に住んでいる者が海の生き物を食べていることが気になるんだろう?」
「ま、まぁ」
フォークの先を向けられ、仰け反り状態に頷く。
それはな、と向けていたフォークを下ろして説明を始めた。
「食材として出回っている魚たちはみんな、死刑囚なんだよ」
「はぁ?」
理解しがたい説明に、完全に拍子抜けてしまった。
そんな俺のことは気にせず、ラナイトさんは煮魚をナイフで一口サイズに裁き、それをフォークで刺そうとしたが__そこで手が止まった。
「兜被ったままだったわ」
「気づくの遅くないですか……」
俺は呆れて半笑いする。
何かを躊躇するようにラナイトさんは、黙してピクリともしない。
「どうしたんですか?」
あまりに固まっているので、心配になり尋ねてみたが、返しはこない。
だが微かな吐息と共に、少し恥ずかしいな、と呟いた気がした。
ラナイトさんは持っていたナイフとフォークを置き、兜を剥ぐように手を掛けた。
掛けた手で兜を上げ口元だけを覗かせて、再度フォークを握った。
そして裁いた煮魚の一欠片に真っ直ぐ刺して、ふっくらとした婀娜っぽい桃色の唇に近づける。
はふっ、と口を大きく開けて欠片を包み込んだ。
「ううん、美味しい」
幸せそうに口角がにんまりと上がる。
俺も食べようと鎮座する真っ赤な煮魚を左手のナイフで食べやすい大きさに切り刻み、フォークを突き刺して口に運んだ。
うん、確かに美味しい。
身に醤油っぽい出汁が染み込んでいて、噛む度に口の中に広がっていく。
しかし醤油などあるはずがない。一体なんの出汁なのだろうか?
「ラナイトさん、この塩辛い汁の材料は何ですか?」
「ん、ああそれか。アカタイゲンというプランクトンの出汁だが?」
またかよ。プランクトンはここに住む人達の必需品なのかよ。
無意識に深い溜め息が漏れ出す。
ラナイトさんは不思議そうに問いかけてきた。
「君はプランクトンが嫌いなのか?」
「嫌いではないですけど……」
プランクトンを食べるなんて聞いたこともないし、考えたこともない。
しかし裏腹に美味しいので、食べないというのも惜しい気がする。
以前にクリナさんも害はないと言っていたし、問題ないだろ。
俺は両手に持った先が尖っている二本の金属棒を慣れない手つきで動かし始めた。
無心で食べているとラナイトさんは先に食べ終わったらしく、すっかり染み出た出汁だけになっている平皿の縁にナイフとフォークを立て掛けて、食事が終わったことを示した。
「食べ終わったら出発するよ」
と上げていた兜を下ろしつつ俺に言う。
俺もあと三つとなった欠片を、立て続けに口内へ移した。
モグモグして飲み込むと、それじゃあ行こうかとすぐにラナイトさんは席を立つ。
一間遅れて、ラナイトさんに倣いナイフとフォークを立て掛けてから俺も席を立ち、入った時とは反対方向の出口から女性騎士に着いていった。
「そろそろ起きろ。騎士の朝は早いぞ」
ドア越しに、ラナイトさんの促す声が鼓膜を揺さぶる。
布団をまくり上体を起こした俺は、まだ薄暗い部屋の中を寝ぼけ眼で見回す。
微かにぼやけた視界を頼りに、ふらふらと暖かで心地いい布団から脱け出し、フローリングの床に足をつけた。
床の冷たさを直に感じながら、ドアの前まで歩きドアノブを捻った。
「やあ、おはよう。ずいぶん眠たそうだね」
朝っぱらから溌剌な声で挨拶してきたラナイトさんは、今日も全身甲冑だ。
腰には、銀の光沢美しい長剣を携えている。
「階段を下りてすぐの、食堂で待ってるから準備してきてくれ」
そう俺に伝えて整然とした歩調で廊下を左に進む。
一歩一歩でガチャガチャ鳴らして、他の人の迷惑になっていないのだろうか?
そんな、どうでもいいことに脳を使いつつデスクに脱いでおいた靴下を生足に装着してジャージ姿のまま部屋を出た。
廊下の突き当たりから階下に繋がる階段を下りると、早朝だからか人気のない木目調の洋食レストラン似の空間が、陰々とした雰囲気で食器同士が擦れあうガシャガシャという音だけを出して広がっていた。
その最奥にある四人掛けのテーブル席に座るラナイトさんを見つけた。
あちらも気づいたのか片手を上げて、手招きしてくる。
俺はそこまで行き、ラナイトさんの向かいに腰かける。
「どうだい、ここの食堂。衛生的だろう?」
「衛生的っていうか、なんか暗い」
腰掛けてすぐ聞かれて、俺はそう答えながら食堂内をぐるりと見渡す。
木製の茶色い壁の上部に囲むように一本でぶガラスの小窓から射し込む光はあまりにも非力で、照らすほどの力は持たない。よって薄暗くなる。
「君は朝は苦手かい?」
当突然のたり障りのない質問に、正直に返す。
「逆に朝は好きなんだけどなぁ……時間がわからないとどれくらい寝たかがわからなくて」
「ハハ、慣れだよ慣れ。日課になると勝手に起きてしまうものだよ」
軽く笑いラナイトさんは、中央のカウンター席に兜を向ける。
「おっ、もうじきくるぞ」
と昂る嬉しさを抑えられないような弾んだ声を出す。
俺とラナイトさんの座るテーブルの傍に、銀の円形のトレイを手のひらに乗せたウエイト姿の若い男が、俺とラナイトさんの座るテーブルに近寄ってきて一礼する。
男はトレイから二つの白い平皿を、テーブルの中央に置いて、トレイを脇に挟みまたも一礼しカウンターに消えていった。
「ふふぅん、これは美味しそうだ」
置かれた料理を間近に、ラナイトさんは嬉しさ混じりの吐息と共に言う。
俺も料理に焦点を移す。
白い平皿とは対照的な鯛みたいな赤い煮魚が丸々一匹、胸ビレを向けて鎮座していた。
出来立てのようで湯気が立っている。
「どうした、食欲ないのか?」
「食欲はありますけど……」
共食いに近くね、なんて言えるわけがない!
言葉の切り悪く俺は口を閉ざす。
お見通しだぞと言わんばかりに、握っていたフォークの先を俺の顔に突き出してラナイトさんは言う。
「海底に住んでいる者が海の生き物を食べていることが気になるんだろう?」
「ま、まぁ」
フォークの先を向けられ、仰け反り状態に頷く。
それはな、と向けていたフォークを下ろして説明を始めた。
「食材として出回っている魚たちはみんな、死刑囚なんだよ」
「はぁ?」
理解しがたい説明に、完全に拍子抜けてしまった。
そんな俺のことは気にせず、ラナイトさんは煮魚をナイフで一口サイズに裁き、それをフォークで刺そうとしたが__そこで手が止まった。
「兜被ったままだったわ」
「気づくの遅くないですか……」
俺は呆れて半笑いする。
何かを躊躇するようにラナイトさんは、黙してピクリともしない。
「どうしたんですか?」
あまりに固まっているので、心配になり尋ねてみたが、返しはこない。
だが微かな吐息と共に、少し恥ずかしいな、と呟いた気がした。
ラナイトさんは持っていたナイフとフォークを置き、兜を剥ぐように手を掛けた。
掛けた手で兜を上げ口元だけを覗かせて、再度フォークを握った。
そして裁いた煮魚の一欠片に真っ直ぐ刺して、ふっくらとした婀娜っぽい桃色の唇に近づける。
はふっ、と口を大きく開けて欠片を包み込んだ。
「ううん、美味しい」
幸せそうに口角がにんまりと上がる。
俺も食べようと鎮座する真っ赤な煮魚を左手のナイフで食べやすい大きさに切り刻み、フォークを突き刺して口に運んだ。
うん、確かに美味しい。
身に醤油っぽい出汁が染み込んでいて、噛む度に口の中に広がっていく。
しかし醤油などあるはずがない。一体なんの出汁なのだろうか?
「ラナイトさん、この塩辛い汁の材料は何ですか?」
「ん、ああそれか。アカタイゲンというプランクトンの出汁だが?」
またかよ。プランクトンはここに住む人達の必需品なのかよ。
無意識に深い溜め息が漏れ出す。
ラナイトさんは不思議そうに問いかけてきた。
「君はプランクトンが嫌いなのか?」
「嫌いではないですけど……」
プランクトンを食べるなんて聞いたこともないし、考えたこともない。
しかし裏腹に美味しいので、食べないというのも惜しい気がする。
以前にクリナさんも害はないと言っていたし、問題ないだろ。
俺は両手に持った先が尖っている二本の金属棒を慣れない手つきで動かし始めた。
無心で食べているとラナイトさんは先に食べ終わったらしく、すっかり染み出た出汁だけになっている平皿の縁にナイフとフォークを立て掛けて、食事が終わったことを示した。
「食べ終わったら出発するよ」
と上げていた兜を下ろしつつ俺に言う。
俺もあと三つとなった欠片を、立て続けに口内へ移した。
モグモグして飲み込むと、それじゃあ行こうかとすぐにラナイトさんは席を立つ。
一間遅れて、ラナイトさんに倣いナイフとフォークを立て掛けてから俺も席を立ち、入った時とは反対方向の出口から女性騎士に着いていった。
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