暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが

赤井まつり

第172話 〜救出2〜



「……あなた、は?」


松明に火をつけたことで、今まで暗すぎて何も見えなかった両者の視界が明るくなる。
俺たちの前にそびえ立つ鉄の檻の向こう側には、何人かの女性がお互いの体温を分けるように肌を寄せ合っていた。
獣人族だけではなく、エルフ族や人族もいる。
今気づいたが、どうやらここは地上よりも寒いようだ。
中には唇を紫色にしてガタガタと震えている人もいる。
一刻も早く出て体を温めなければ危険だろう。


「……話は後にしよう。ここから出るぞ」


“夜刀神”を無造作に一閃して檻を斬り捨てる。
だが、自由になっても女性たちは動かない。
彼女たちの視線は一人の女性に向かっていた。


「これだけははっきりしておきたいと思います。あなたは私たちの味方ですか?」


エルフ族であろう美女たちの中でも、人族でありながら一際目立つ容姿をしている女性が聞いてくる。
今のは敬語だったが、彼女が先ほどまで敵意丸出しで叫んでいたアマリリス・クラスターだった。
エルフ族も獣人族も数人いる中で、どうやら全員が彼女をリーダーだと認めているらしい。
そうではなかったとしても、自分の未来を賭けるくらいの信頼をおいているようだ。


「そうだな。今現在は味方だといえるかもしれない。……俺はエルフ族王女アメリア、ウルク国王女リアの指示の下でここにいる。この二人が信じられないのなら、ずっとここに居ろ」


勝手にアメリアとリアの名前を借りてしまったが、いいだろう。
リアは王女ではなくなったのだが、この人たちが知っているとは思えないし。
何よりこの場から早く出ることが先決だ。
騙してしまったことの謝罪は上でもできる。
ここは寒い上に空気が悪い。

思った通り、エルフ族と獣人族の女性たちの顔色が目に見えてよくなった。
その様子を見てアマリリスは一つ頷く。


「先ほどのご無礼、申し訳ありませんでした。私たちをお助けください」


きれいな土下座をする様子に、エルフ族領で会ったどこぞの社畜を思い出す。
そうか、先ほどの方言といい、アマリリスは大和の国出身か。


「礼は全員無事に自由の身になってから受け取ろう。立ち上がれない者には手を貸してやってくれ。ほぼ動けない者は俺と夜が運ぶ」


夜は頷いて俺の肩から降りて体を大きくする。
獣人族の中から少し悲鳴が上がったが、自分の命がかかっている以上耐えてもらうしかない。

鉄格子の向こう側にいた者のうち、立ち上がって歩くことができるのはエルフ族の数人だけだった。
獣人族とアマリリスのほかに二人ほどいた人族は夜のモフモフの体に埋もれている。
はじめは悲鳴を上げていた獣人族の人も夜の温かい毛のおかげでウトウトしていて、思わず苦笑した。


「……あんたで最後だな。アマリリス・クラスター」


他の人が夜の上によじ登るのを手助けしていたアマリリスだけが、俺の差し出した手に首を振って先ほどまで座っていた場所に戻ってしまった。


「いいえ。私はここにとどまります。私は地上で生きるべきではない」


強い意志を浮かべる瞳に俺はやれやれとため息をついた。
どこかアメリアを思わせる瞳だ。
どうやら本気でここに残り、その命を終えるつもりらしい。


「私は己の命を優先してとんでもないものを作ってしまいました。その償いをしなければ。……あなたが助けに来てくださったのはその方たちのためでしょう?私のことはどうぞ忘れてください」


とは言われても、俺はすぐに忘れるような便利な脳をしていないし、忘却のスキルも持ってはいない。
とりあえず夜に、他の女性たちを地上に連れて行くように促した。
夜は心得たとばかりに頷いて階段を駆け上がっていく。
ほっとした様子のアマリリスの前に、俺は腰を下ろした。
松明の灯りがアマリリスの良いとは言えない青白い顔を照らしている。
なるほど、アメリアやラティスネイルほどではないが、整った顔立ちをしているな。
まあ、生来の美貌もこうも窶れてしまっては見ごたえもないが。


「勘違いをするな。俺はあんたの言うとおりにしたわけじゃない」


彼女たちが体力、精神的にも限界に見えたから先に上げただけだ。
先ほどは“信じられないのならここに残れ”と言ったが、本気で置いていくつもりはない。
もちろん、アマリリスのことも助けるつもりである。


「……どういう意味ですか。エルフ族の王女とウルク国の王女の使いであるならば、グラムの悪事が世にさらされたという事でしょう。私の作った薬が何を引き起こしたのかも。でなければここに人が来れるはずもない」


隠されているというのは知っていたらしい。
訝しげな顔で俺を見た。
俺は肩をすくめて種明かしをした。


「アメリアとリアの使いというのは正確に言えば違う。あれはエルフ族や獣人族の人に安心してもらうための嘘だな。俺が約束をしただけだ。」

「約束、ですか?」


今度は不思議そうに首を傾げる。
どうやらこのアマリリスは顔によく出るタイプらしい。
怪訝な顔をしたアマリリスに俺は答える。


「お前を、お前たちを助けること。エルフ族の男たちに助けてきてほしいと頼まれた。……どうやら俺は約束というやつに弱いらしい。」


だけどまぁ、エルフ族の頼みがなくても俺は彼女たちを助けただろう。
エルフ族との約束になかった獣人族もアマリリスも、ただ俺が助けたいと思った。
アマリリスの閉鎖的なその生き方が俺と出会ったときのアメリアとかぶってしまった時点で、俺の負けだったのだ。



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