暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが
第164話 〜食料2〜 七瀬麟太郎目線
おそらく最初に異変に気付いたのはジールさんでも、司でも京介でもなく俺だったように思う。
後から知ったが、それは一定のラインまで成長した風魔法師が無意識に感じ取ることができるものらしく、通称『風読み』と呼ばれるものらしい。
直感や嫌な予感と呼ばれる、自分の生死がかかっているような要因が近くにある場合なんとなくわかるというものだ。
「この森、何かおかしくないですか?」
と、そう言おうと思ったちょうどそのときだった。
この森に入ったときから感じていた違和感についてジールさんに相談しようと思っていた。
他のみんなはその違和感を感じていないようだったし、だけど勘違いや気のせいと判断するには不穏すぎたから、とりあえずジールさんに相談して判断しようと思っていたのだ。
ジールさん同じ班になり、これ幸いとばかりにそのことについて切り出そうとした。
遅すぎたみたいだったけど。
「七瀬君、警戒してください。少し距離はありますが、今私たちは囲まれています」
本当に食料を探しているような、ごく自然な動作であたりを見渡したジールさんが小声で俺に言う。
敵に囲まれているという言葉に俺は自分の体が強張るのを感じた。
職業が風魔法師である俺はもちろん後衛であり、人間の中の敵であれ、魔物であれ、真正面からぶつかったことなどない。
男として、全線で戦うことに憧れたことがなかったわけではないが、俺がしていたことはせいぜい司や京介の後ろで遠距離魔法を放っていたくらいだ。
そして、今まで戦った魔物の中に勇者と侍の攻撃をかいくぐって後衛がピンチに陥るほどの強敵はいなかった。
だからこそ、前衛の近接戦闘職とは違って、俺は殺意というものを受け止め慣れていなかった。
「ヒッ!?」
どこから攻撃が来るのかとびくびくしていれば、肩に触れた手に体が数センチ浮く。
その手をたどると、滅多に見ないくらい険しい顔をしたジールさんがいた。
俺の肩をつかんだ手にグッと力が入る。
「落ち着いて。死にたくないのなら、生き残るためのことを考え、生き残るために何でも使うような覚悟をしなさい」
ジールさんは険しい顔をしたまま俺の前に出て自分の剣を抜き、構える。
その背中は俺が思っていたよりもずっと広かった。
「君が生き残るために、俺を使え!」
その言葉を聞いて、ようやく手に力が入った。
今までのような、どこか距離を感じる敬語ではなく、少しばかり乱雑な、ジールさん本来の言葉が俺の胸に届く。
俺は晶のように一人でいても強いわけではない。
俺は司のようにみんなを引っ張っていけるようなカリスマ性があるわけではない。
俺は京介のように得意な何かがあるわけでもない。
料理が得意なわけでもなく、どんな時でも場を盛り上げるということもできず、誰も癒すことなんてできない。
俺には特別なものは何もない。
だけど、俺だって生きたい。
死にたくない。
……俺だって、家に帰りたい。
親に怒られながら朝起きて、慌てて学校に行って、友達と一緒に馬鹿なことをして、勉強をして、ご飯を食べて、そんな普通の生活が送りたいだけなんだ。
だからそうするために、その生活を掴み取るために、俺は戦わなければならない。
自身に向けられた殺気のせいか、先ほどまで冷え切っていた手が熱を持って温かくなる。
おそらく晶がこの世界にきて初日にしたこと、俺はようやくこの世界を戦い抜く覚悟を決めた。
周りの意見に流されるのではなく、自分の意志でそう思った。
「はい!!俺が死なないために行動します!ですから、何をすればいいのか教えてください!俺はどうすれば生き残ることができますか?」
ぐっと顔を上げ、魔法発動を補助する杖を握り、俺はジールさんの瞳を見る。
ジールさんは突然変わった俺の顔色に目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「よい覚悟です。では、早速ですが……」
ジールさんが俺の耳元でささやいた言葉にすぐに頷く。
今まで挑戦したことがないことだったが、風魔法師としての今までの経験則から、魔法を発動するにあたって強い感情は時として力となることはわかっている。
今までのただ流されている俺ではなく、士気が上がった今の俺ならば確実に実行できるだろう。
「では、準備はいいですか?」
「はい、万端です」
敵を迎え撃つ準備は整った。
準備をするのに結構時間が経った気がするのだが、敵はまだ来ないらしい。
俺が感じた殺気は怯えていたからだとしても、ジールさんの索敵範囲は広すぎやしないだろうか。
いや、一国の騎士団副団長を務めるにはこのくらいの力量が必要なのだろうか。
俺の予想ではだが、おおよそ勇者である司の二倍、近距離戦闘職の京介の五倍ほどの範囲だと感じた。
それとも、騎士という職業は索敵範囲が広いのだろうか?
覚悟を決めてからというもの、今まで一切気になっていなかったことに疑問を感じて、本当に俺は、俺たちはこの世界のことをなんにも知らないのだなと実感し、苦笑した。
およそ一分後、体感では一時間ほどの後に、それはやってきた。
視界いっぱいを覆うような茶色と緑の魔物が俺たちを囲って、そして一歩一歩範囲を狭めている。
「木!?」
「正確には木の魔物“トレント”と呼ばれる魔物です。普段は木に扮していますが、危機が迫る、または繁殖期の時期になると活発に活動します」
今回はちょうど繁殖期の時期に出会ってしまったようですね。
敵の全貌が見えて動揺する俺にそう言って、ジールさんはかけた罠にかかるトレントたちを見つめた。
魔物にも他の生物のように繁殖期なんてあるのかと驚く。
どうやら魔物は思っていたよりも生物に近いものらしい。
俺とジールさんが作った罠は、罠と言っても、ただの落とし穴だ。
風魔法で地面に成人男性が入るくらいの大きな穴を、俺とジールさんが今立っている場所をを中心にしてあちこちに仕掛けただけ。
穴を隠すような仕掛けも、穴の中に虫を入れるなどという仕掛けもなしで、落とし穴というか、ただの穴だ。
人間であれば、知能が高い生物であれば、真っすぐ突き進んでくることなく避けるか飛び越えるかするような、ただの穴だった。
それが、地面に無数にできた穴にまるで吸い込まれるようにしてトレントたちははまっていく。
どうやら“トレント”という魔物は知能がそれほど高くはないらしい。
やはり、事前の知識というものは偉大だ。
レイティス城で、王様に命じられるままレイティス城内の蔵書室には立ち入らなかったが、今はそれが悔やまれた。
おそらく蔵書室の中には魔物についての書物もあったのだろう。
「先ほど言った通り、トレントの知能は高くはありませんが最低でもありません。警戒は怠らないように。背後も私が警戒しますが、気を配っておいてください」
ジールさんの言葉に再び気合を入れる。
「先ほど教えた補助魔法は覚えていますね?」
ジールさんの最後の確認に俺は頷く。
「よろしい。では、今度は実戦です。私が今まで君たちのパーティを見ていた限り、君が一番周りのことが見えている。……頼みましたよ」
ジールさんの激励に俺は再び頷いて、杖を構えた。
「この者に竜をも倒す力を、強大な敵を倒す力を。我が魔力が尽きるその時まで、我が力はあなたの力となる――『風補助魔法:加速』」
緑色に一瞬輝いたジールさんを見て一息つき、再び魔力を高める。
「この者にいかなる攻撃をも通さぬ障壁を。我が魔力が尽きぬその時まで、我が力はあなたの力となる――『風補助魔法:障壁』!」
ジールさんに二つの補助魔法をかけて、俺はようやく肩の力を抜いた。
ジールさんは問題なく二つの補助魔法がかかったのを確認して、俺の頭をなでる。
「よくやりました。後は私に任せてゆっくりしていなさい」
落ち着かせるような、魔物に囲まれているにも関わらず落ち着いた声に、俺は自分の気が緩むのを実感した。
度重なる魔法の行使にストレスが溜まっていたのか、ジールさんの言葉が遠のいて聞こえる。
俺はそのまま意識を失った。
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コメント
ノベルバユーザー312895
ジールって誰だっけ、、、
カイエン
待ってました!
ノベルバユーザー270081
更新楽しみでした!