男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される
18話
前回の事件をきっかけに、楓さんと彩瀬さんは身をていして僕たちの信頼に応えてくれた。僕たちの絆は、出会った頃に比べて強くなったと思う。
特に母さんたちとの関係。事件が起こる前までは、どこか一歩引いて彼女たちのことを見ていたけど、事件が落ち着いてからは、彼女たちの良さを事あるごとに宣伝している。
「危険をかえりみず、男性を守ろうとする女性って実は少ないのよ。彼女たちは若いし、これから実力がつけばもっと頼りになるわよ」
「あの二人は、お互いが足りないところ補い合えている。良いコンビ」
母さんの信頼に応えて試験をクリアした。それはつまり親公認のハーレム候補になったということに他ならない……のだろう。他人を、こんなにもアピールする二人を見るのは初めてだった。
それに、他の誰かに言われるまでもなく僕だって、彼女たちを意識している。期待されている事は分かっているし、いまさら全力で僕を助けてくれた彼女たちと距離を置くことはしないだろう。でも、結婚して失敗した身としては、今は男性が近くにるという状況に浮かれているだけで、数年たったら冷めてしまうんじゃないかと不安を感じてしまい、一歩を踏み出すことができない。
その一方で、そもそも世界が違うのだからそんな心配をする必要はない。そんな不安を抱くこと自体、彼女たちに対する裏切りだ。昔の女性と比較するのは失礼だ。そう思う自分がいる。
優柔不断だと笑われても否定できない。
今の僕は、悩みすぎて寝られない日が続いている。
◆◆◆
医者からは「激しい運動をしなければ問題ない」と診断され、入院してから四日目で、楓さんは退院することができた。さすがに誰かと戦うような事件は頻繁には起きないだろうとのことで、退院してからすぐに護衛に復帰している。
でも、何もかもが元どおりというわけにもいかず、僕たちの日常は大きく変わってしまった。
「この卵焼きおいしいね! はい、あーん!」
楓さんが退院した翌日。久々に全員揃って朝食を食べていると、彩瀬さんは卵焼きを刺したフォークを僕の目の前に持ってきて食べさせようとしている。
二人っきりであれば、勢いで食べたかもしれない。でも、母さんと絵美さんが目の前で見ているのに食べられるわけない。親の前でイチャイチャするって、バカップルでもやらないよ。
「ユキト、このソーセージもおいしいですよ。こっちを向いて口を開けてください」
そして予想通り、楓さんもフォークでソーセージを刺して、僕の方に突き出してきた。二人とも仲良くなったけど、抜け駆けは許さないようで、いつも対抗心をむき出しにしている。
少し前なら止めるように言いきかせていた母さんたちは、目の前の光景を無視して、自分たちの食事を進めている。二人とも何を吹き込まれたのか知らないけど、僕の両隣に座っている彼女たちは、以前に比べてアピールが派手になり場所も選ばなくなっている。
彼女たちに一歩踏み込むかどうか悩んでいるけど、ここ最近はさらに「この争いをどうやって乗り切るのか」といった悩みも追加されてしまった。
「私の方が先に言ったんだから、楓さんは私のあと!」
「先ほどユキトは卵焼きを食べていました。次は、肉系が食べたくなるはずです」
席に座ってからずっと見られていると思っていたけど、まさか、何を食べているのか監視されているとは思わなかった。僕のことは忘れて、少しは食べることに集中した方がいいと思うよ。
「ユキトは卵焼きが好きなの! 二回連続で食べるぐらい問題ないの」
彩瀬さん……僕の好みを勝手に決めないでほしいな。卵焼きを食べたら次はソーセージって決めているんだ。
悔しいけど、楓さんの意見だけは正しかった。
「二人とも喧嘩しないの」
さすが母さん。仲裁してくれるのを待っていました!
「ユキちゃんに決めさせなさい」
と思っていたら無茶振りだ! 仲裁してくれると持ったのに……。
二人とも「私を選ぶよね」と言わんばかりに期待した表情をしている。どちらかを安易に選べば、しばらくのあいだこの件で文句言われてしまいそうだ。かといって、ごちそうさまと言って席を立つわけにはいかないだろう。
「二人とも、僕の近くに持ってきて」
卵焼きとソーセージを口元にまで持ってきてもらい、少しためらったあと、一気に口の中に入れた。名付けて、一緒に食べてお茶を濁す作戦。明確な順位をつけられない以上、この方法しか思い浮かばなかった。
二人とも目を大きく見開き、驚いた表情をしている。一気に両方食べるとは思わなかったのだろう。今回は僕の作戦勝ちだ。
「二人ともありがとう。美味しかったよ」
「どっちか選んで欲しかったのに!」
「一気に食べるとは、油断していました。次からは……」
彩瀬さんは文句を言ってから頬を膨らませ、楓さんは下を向いてブツブツと一人ごとをつぶやいて、二人とも不満げな態度をしている。
今の僕では一気に食べる以外の方法で丸く収めることはできなかった。恨むなら止めなかった母さんたちにして欲しい。
「朝から熱々で羨ましいわ」
「母さん止めてよ」
「三人を見ていると昔を思い出すわ。ユキちゃん、私もあーんをしてあげようかしら?」
母さんに食べさせてもらっている姿を想像して、一瞬のうちに顔が赤くなってしまった。さすがにこの年で、親に甘える姿は見せられない。
僕は、勢いよく顔を横に振って拒否した。
「母さん、遠慮しておく。赤ちゃんじゃないんだからさ」
「赤ちゃんのだったユキトはどんな子だったんですか?」
「赤ちゃん」に反応したようで、彩瀬さんが僕の赤ちゃんの頃について聞き出そうとしている。普通なら慌てるところかもしれないけど、三歳の頃から記憶を取り戻しているので、変なことはしていない……はず。
「もちろん可愛かったわよ。昔から本が好きで、膝の上に座らせてから一緒に本を読んでいたわ。一冊読み終わると、すぐに次を催促するの」
「たしかに、一緒によく本を読んでいた」
「昔から本が好きだったんですね」
必死になって英語を覚えようとしてた時の話かな。母さんたちは昔を懐かしむように、続きを語り出した。
「すごい甘えん坊で、私から離れなかったわね。特に、一緒にお風呂に入る時なんて胸から離れなかったわ」
男の子は大小関係なく大好きです。特に小さい頃は、触っているだけで不思議と安心できたので、事あるごとに触っていたような気がする……思い出してみると変なことはしていた……。
「ユキちゃんは、大きい胸が好きだったの?」
僕に恨みがあるのだろうか……本日二回目の無茶振りがきてしまった。
母さんは、からかうような笑みを浮かべながら僕の反応を楽しんでいるように見える。十年以上たってから、自らの過ちを反省しなければなくなるとは思わなかった。
「黙っていても分からないわ」
今まで味方だと思っていたのに、急に敵になってしまったように感じる。いや、敵ではなくハーレムを作れというプレッシャーなのだろうか?「そろそろ覚悟しなさい」という、母さんなりのメッセージなのかもしれない。
それにしても答えにくい質問をしてくる。
残念(?)ながら楓さんと彩瀬さんの胸は、大きくもなく小さくもないサイズであり、ここで大きいのが好きですと公言したらショックを受けてしまうだろう。
いや、もしかしたら大きくないサイズの魅力を教えてあげると、迫ってくるかもしれない……。これを考えすぎたと思えるほど、僕は楽天家ではない。やはり、お茶を濁す作戦しかないだろう。
「赤ちゃんの時の記憶なんてないよ。小さい子どもは、胸を触るのが好きなんじゃないのかな?」
恥ずかしさをごまかすために、右手で髪の毛を触りながら答えた。みんなの見渡してみると、まだ納得していないようで、もっと何か言えと無言の圧力をかけてくる。
このまま続けても何一つ言いことはないので、この話題から離れるために、彩瀬さんにとって緊急度が高く重要なネタを振ることにした。
「それより、もうすぐ中間試験だけど勉強大丈夫? 勉強はちゃんとしているの?」
「もうすぐ中間だっけ! あちゃー! テスト勉強していないよー」
あまりテストの点が良くない彩瀬さんにとって、中間テストは大きな壁だと思うから聞いてみたんだけど、すっかり忘れていたようでテスト勉強はしていなかったみたいだ。
「この前のホームルームで先生が言ってたよ……。5月28日からテストが始まるって。今日からテスト期間に入るし、真面目に勉強しないと赤点とっちゃうよ?」
「うそ……もうすぐだ……。どうしよう、テスト勉強なんて何もしていないよ!」
今まで笑顔でだった彩瀬さんだったけど、ガックリと肩を落とし、一転して嫌そうな表情に切り替わる。
せめて、試験日は覚えていた方が良いよ。
「あなたは女性なんだし、ちゃんと勉強して進学しないと就職できないですよ? 私たちは、男性や子どもを養わないといけないですから」
「わかってますよー!」
楓さんの忠告で不貞腐れてしまったのか、くちびるを前に押し出して拗ねたものの、すぐに良いこと思いついたと言わんばかりの笑顔になり、僕の方を向いて少し前にした約束の話を持ち出した。
「だったら、この前約束した通り勉強会を開こうよ! 二人っきりで! ユキトの部屋がいいなー!」
「これでも大学は、卒業しています。ユキトの部屋で勉強会をするなら、私も勉強を教えてあげますよ」
二人っきりになんてさせないと言わんばかりに、楓さんも勉強会に参加すると言ってきた。
今の関係のまま部屋で勉強会をすると、雑談ばかりで勉強がはかどらない気がする。それどころか、僕を抜いた全員が「ハーレムを作れ」オーラ全開だし、二人に襲われてしまう可能性もありそうだ……。思わず、ぶるっと身震いをしてしまった。
「いいけど、家にいると集中しなそうだから学校の図書館ね」
「えー! ユキトの部屋がいい!」
「図書館の方が効率がいいよ。赤点を取ったら一緒に遊ぶ時間が減っちゃうよ?」
学校の図書館であれば、雑談で脱線することは少ないだろうし、他にも人がいるから変な雰囲気にもならない。僕としては、ベストな提案をしたと思っている。
「……図書館で頑張る」
彩瀬さんの弱々しい返事により、無茶振りから逃れることができた。
特に母さんたちとの関係。事件が起こる前までは、どこか一歩引いて彼女たちのことを見ていたけど、事件が落ち着いてからは、彼女たちの良さを事あるごとに宣伝している。
「危険をかえりみず、男性を守ろうとする女性って実は少ないのよ。彼女たちは若いし、これから実力がつけばもっと頼りになるわよ」
「あの二人は、お互いが足りないところ補い合えている。良いコンビ」
母さんの信頼に応えて試験をクリアした。それはつまり親公認のハーレム候補になったということに他ならない……のだろう。他人を、こんなにもアピールする二人を見るのは初めてだった。
それに、他の誰かに言われるまでもなく僕だって、彼女たちを意識している。期待されている事は分かっているし、いまさら全力で僕を助けてくれた彼女たちと距離を置くことはしないだろう。でも、結婚して失敗した身としては、今は男性が近くにるという状況に浮かれているだけで、数年たったら冷めてしまうんじゃないかと不安を感じてしまい、一歩を踏み出すことができない。
その一方で、そもそも世界が違うのだからそんな心配をする必要はない。そんな不安を抱くこと自体、彼女たちに対する裏切りだ。昔の女性と比較するのは失礼だ。そう思う自分がいる。
優柔不断だと笑われても否定できない。
今の僕は、悩みすぎて寝られない日が続いている。
◆◆◆
医者からは「激しい運動をしなければ問題ない」と診断され、入院してから四日目で、楓さんは退院することができた。さすがに誰かと戦うような事件は頻繁には起きないだろうとのことで、退院してからすぐに護衛に復帰している。
でも、何もかもが元どおりというわけにもいかず、僕たちの日常は大きく変わってしまった。
「この卵焼きおいしいね! はい、あーん!」
楓さんが退院した翌日。久々に全員揃って朝食を食べていると、彩瀬さんは卵焼きを刺したフォークを僕の目の前に持ってきて食べさせようとしている。
二人っきりであれば、勢いで食べたかもしれない。でも、母さんと絵美さんが目の前で見ているのに食べられるわけない。親の前でイチャイチャするって、バカップルでもやらないよ。
「ユキト、このソーセージもおいしいですよ。こっちを向いて口を開けてください」
そして予想通り、楓さんもフォークでソーセージを刺して、僕の方に突き出してきた。二人とも仲良くなったけど、抜け駆けは許さないようで、いつも対抗心をむき出しにしている。
少し前なら止めるように言いきかせていた母さんたちは、目の前の光景を無視して、自分たちの食事を進めている。二人とも何を吹き込まれたのか知らないけど、僕の両隣に座っている彼女たちは、以前に比べてアピールが派手になり場所も選ばなくなっている。
彼女たちに一歩踏み込むかどうか悩んでいるけど、ここ最近はさらに「この争いをどうやって乗り切るのか」といった悩みも追加されてしまった。
「私の方が先に言ったんだから、楓さんは私のあと!」
「先ほどユキトは卵焼きを食べていました。次は、肉系が食べたくなるはずです」
席に座ってからずっと見られていると思っていたけど、まさか、何を食べているのか監視されているとは思わなかった。僕のことは忘れて、少しは食べることに集中した方がいいと思うよ。
「ユキトは卵焼きが好きなの! 二回連続で食べるぐらい問題ないの」
彩瀬さん……僕の好みを勝手に決めないでほしいな。卵焼きを食べたら次はソーセージって決めているんだ。
悔しいけど、楓さんの意見だけは正しかった。
「二人とも喧嘩しないの」
さすが母さん。仲裁してくれるのを待っていました!
「ユキちゃんに決めさせなさい」
と思っていたら無茶振りだ! 仲裁してくれると持ったのに……。
二人とも「私を選ぶよね」と言わんばかりに期待した表情をしている。どちらかを安易に選べば、しばらくのあいだこの件で文句言われてしまいそうだ。かといって、ごちそうさまと言って席を立つわけにはいかないだろう。
「二人とも、僕の近くに持ってきて」
卵焼きとソーセージを口元にまで持ってきてもらい、少しためらったあと、一気に口の中に入れた。名付けて、一緒に食べてお茶を濁す作戦。明確な順位をつけられない以上、この方法しか思い浮かばなかった。
二人とも目を大きく見開き、驚いた表情をしている。一気に両方食べるとは思わなかったのだろう。今回は僕の作戦勝ちだ。
「二人ともありがとう。美味しかったよ」
「どっちか選んで欲しかったのに!」
「一気に食べるとは、油断していました。次からは……」
彩瀬さんは文句を言ってから頬を膨らませ、楓さんは下を向いてブツブツと一人ごとをつぶやいて、二人とも不満げな態度をしている。
今の僕では一気に食べる以外の方法で丸く収めることはできなかった。恨むなら止めなかった母さんたちにして欲しい。
「朝から熱々で羨ましいわ」
「母さん止めてよ」
「三人を見ていると昔を思い出すわ。ユキちゃん、私もあーんをしてあげようかしら?」
母さんに食べさせてもらっている姿を想像して、一瞬のうちに顔が赤くなってしまった。さすがにこの年で、親に甘える姿は見せられない。
僕は、勢いよく顔を横に振って拒否した。
「母さん、遠慮しておく。赤ちゃんじゃないんだからさ」
「赤ちゃんのだったユキトはどんな子だったんですか?」
「赤ちゃん」に反応したようで、彩瀬さんが僕の赤ちゃんの頃について聞き出そうとしている。普通なら慌てるところかもしれないけど、三歳の頃から記憶を取り戻しているので、変なことはしていない……はず。
「もちろん可愛かったわよ。昔から本が好きで、膝の上に座らせてから一緒に本を読んでいたわ。一冊読み終わると、すぐに次を催促するの」
「たしかに、一緒によく本を読んでいた」
「昔から本が好きだったんですね」
必死になって英語を覚えようとしてた時の話かな。母さんたちは昔を懐かしむように、続きを語り出した。
「すごい甘えん坊で、私から離れなかったわね。特に、一緒にお風呂に入る時なんて胸から離れなかったわ」
男の子は大小関係なく大好きです。特に小さい頃は、触っているだけで不思議と安心できたので、事あるごとに触っていたような気がする……思い出してみると変なことはしていた……。
「ユキちゃんは、大きい胸が好きだったの?」
僕に恨みがあるのだろうか……本日二回目の無茶振りがきてしまった。
母さんは、からかうような笑みを浮かべながら僕の反応を楽しんでいるように見える。十年以上たってから、自らの過ちを反省しなければなくなるとは思わなかった。
「黙っていても分からないわ」
今まで味方だと思っていたのに、急に敵になってしまったように感じる。いや、敵ではなくハーレムを作れというプレッシャーなのだろうか?「そろそろ覚悟しなさい」という、母さんなりのメッセージなのかもしれない。
それにしても答えにくい質問をしてくる。
残念(?)ながら楓さんと彩瀬さんの胸は、大きくもなく小さくもないサイズであり、ここで大きいのが好きですと公言したらショックを受けてしまうだろう。
いや、もしかしたら大きくないサイズの魅力を教えてあげると、迫ってくるかもしれない……。これを考えすぎたと思えるほど、僕は楽天家ではない。やはり、お茶を濁す作戦しかないだろう。
「赤ちゃんの時の記憶なんてないよ。小さい子どもは、胸を触るのが好きなんじゃないのかな?」
恥ずかしさをごまかすために、右手で髪の毛を触りながら答えた。みんなの見渡してみると、まだ納得していないようで、もっと何か言えと無言の圧力をかけてくる。
このまま続けても何一つ言いことはないので、この話題から離れるために、彩瀬さんにとって緊急度が高く重要なネタを振ることにした。
「それより、もうすぐ中間試験だけど勉強大丈夫? 勉強はちゃんとしているの?」
「もうすぐ中間だっけ! あちゃー! テスト勉強していないよー」
あまりテストの点が良くない彩瀬さんにとって、中間テストは大きな壁だと思うから聞いてみたんだけど、すっかり忘れていたようでテスト勉強はしていなかったみたいだ。
「この前のホームルームで先生が言ってたよ……。5月28日からテストが始まるって。今日からテスト期間に入るし、真面目に勉強しないと赤点とっちゃうよ?」
「うそ……もうすぐだ……。どうしよう、テスト勉強なんて何もしていないよ!」
今まで笑顔でだった彩瀬さんだったけど、ガックリと肩を落とし、一転して嫌そうな表情に切り替わる。
せめて、試験日は覚えていた方が良いよ。
「あなたは女性なんだし、ちゃんと勉強して進学しないと就職できないですよ? 私たちは、男性や子どもを養わないといけないですから」
「わかってますよー!」
楓さんの忠告で不貞腐れてしまったのか、くちびるを前に押し出して拗ねたものの、すぐに良いこと思いついたと言わんばかりの笑顔になり、僕の方を向いて少し前にした約束の話を持ち出した。
「だったら、この前約束した通り勉強会を開こうよ! 二人っきりで! ユキトの部屋がいいなー!」
「これでも大学は、卒業しています。ユキトの部屋で勉強会をするなら、私も勉強を教えてあげますよ」
二人っきりになんてさせないと言わんばかりに、楓さんも勉強会に参加すると言ってきた。
今の関係のまま部屋で勉強会をすると、雑談ばかりで勉強がはかどらない気がする。それどころか、僕を抜いた全員が「ハーレムを作れ」オーラ全開だし、二人に襲われてしまう可能性もありそうだ……。思わず、ぶるっと身震いをしてしまった。
「いいけど、家にいると集中しなそうだから学校の図書館ね」
「えー! ユキトの部屋がいい!」
「図書館の方が効率がいいよ。赤点を取ったら一緒に遊ぶ時間が減っちゃうよ?」
学校の図書館であれば、雑談で脱線することは少ないだろうし、他にも人がいるから変な雰囲気にもならない。僕としては、ベストな提案をしたと思っている。
「……図書館で頑張る」
彩瀬さんの弱々しい返事により、無茶振りから逃れることができた。
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