男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される

わんた

15話

 生まれた子供が男性なら、出産で一千万円。毎月百万円が非課税で手に入る。国から補助金が出るからだ。

「赤ん坊が男性なら、働かずに暮らせる」この魅力は、貧乏人ほど魅力的に感じるらしい。数百万の借金までして人工授精の費用を捻出して、補助金がもらえることを夢見てしまう。

 そんな親の自分勝手な考えで妊娠し、生まれたのが私だ。
 女性として生まれた瞬間に、負け組としての人生が決まっていた。

「お前のせいで貧乏なんだ。さっさと働いて、お金を渡しな」多少の違いはあれど、私たちはそう言われながら育てられ、子供の頃からお金を必死に稼いできた。もちろん、勉強する余裕なんてない。ただただ毎日、お金を稼いで親に渡していた。

 何の苦労もせずに楽しそうにしている奴らが憎い。そう言うと、恵まれたやつほど「みんな努力している。お前の努力が足りないだけだ」と言い返されてしまう。でも……それは努力ではなく、運が良かっただけなのではないか?

 赤ん坊からやり直して、私たちと同じ環境に生まれても、同じことが本当に言える?

◆◆◆

 先ほど声をかけてきた女性達は、色とりどりの髪色で、ダボダボしたジャージを着ている。まさに不良集団といった姿で、僕たちの前に立ちふさがっていた。

 ゆっくりと近づいてきて、約5m離れたところでようやく、彼女たちは立ち止まった。前に三人、後ろに七人といった形で、進路と退路をふさがれている。こっちは三人なのに対して向こうは十人。人数差は圧倒的で、僕たちだけで切り抜けるのは難しい。

 僕はポケットに手を入れて催涙スプレーを握りしめ、心を落ち着かせてから、助けてくれる人がいないか期待して、ゆっくりと周囲を見渡すことにした。

 僕の記憶にある宮下公園と比べると、木や柵といった障害物が多く、大通りから中の様子は見えないようになっている。都会の喧騒を忘れて、ゆっくりと自然が堪能できるように設計されているのだろう。でも、今回はそれが裏目に出て、外からの助けも期待できそうにない。誰かが助けてくれるといった期待はしない方がよさそうだ。

「そこの可愛いお兄さんに用があるから、薄汚い女は消えな。今なら見逃してあげるよ?」

 態度から察するに、この不良集団のリーダーなのだろう。
 僕たちの前に正面にいる、ベリーショートの金髪の女性が、鉄パイプを肩に乗せてながらニヤニヤと笑い、馬鹿にするように警告してきた。いや、なんの準備もせずに不良のたまり場に飛び込んだ僕たちを。完全にバカにしているのだろう。

「頭悪そうな格好しているね! こんなことして、タダで済むと思っているの?」

「……タダじゃすまないだろうね。でもさ、お腹が減って死にそうなときに、美味しそうにご馳走を食べているやつを見かけたら、殴ってでも奪い取りたくなるものじゃない?」

 ケンカはビビったら負けの精神なのか、彩瀬さんが一歩前に出て言い返したけど、彼女はその言葉を冷静に受け止め、それでも、意思を曲げるつもりはないことを伝えてきた。

「ユキトと一緒にいるのが羨ましいの?」

「そうだよ。羨ましい! 妬ましい! いくら努力しても手に入らなかった! いや、生きるのに必死で、そもそもチャンスがなかった! 男を手にいれる余裕のある、あんたらが憎い! だから……さ……いなくなって……」

 会話が微妙にかみ合っていない。いや、あのリーダーは自分の思いをぶつけているだけで、そもそも会話をする気がないのだろう。最後の方は声が震えていて、一瞬だけ泣き出しそうな顔をしていた

「あんたの事情は知らない! 私たちの前からいなくなって!」

「……それなら、力ずくで奪い取るだけだよ」

 そう言って、肩に乗せていた鉄パイプを振り下ろすと、一気に緊張感が高まった。不良たちが距離を詰めようとしてジリジリと前に動いている。

 その動きに反応して、彩瀬さんは背中のリュックに手を伸ばして、棒状のスタンガンを取り出した。楓さんは棒を振るような動作をすると、カシャカシャと音を立てながら棒が伸びて特殊警棒の組み立てが終わる。

「ヤル気があっていいね。男が逃げ出すぐらい顔の形を変えやるよ。お前たち、男は早い者勝ちだよ!」

 先進国と言われる日本で、世紀末的な発言を聞くとは思わなかった……。でも効果は抜群で、リーダーの両隣にいた二人の女性が獲物を見るような目で、僕を見つめて近寄ってくる。

「彩瀬さん。予定通りの行動です」

「わかってる!」

 素人に後れをとるはずもなく、事前に伝えていたのだろう指示を彩瀬さんにだしてから、楓さんが僕の前に飛び出した。

「さっさとかかってきなさい。10秒で終わらせてあげる」

 人差し指だけを不良たちに向けてから、何度か指を上にあげ「かかってこい」と挑発。その行為に頭が来たのか、不良二人の視線が僕から楓さんに変わった。

「バカにしやがって! 生まれたことを後悔させてやる」

 二人とも真っ直ぐこっちの向かって走ってくる。楓さんはすぐに動かず、距離が2m程度になったタイミングで、黒い物体を立て続けに相手の顔に投げつけた。

 不意を突かれた不良二人は立ち止まってしまい、その隙をついて大きく一歩前に出たかと思うと、軽やかにジャンプをしてから素早く回転して左側にいた不良の頭を蹴り飛ばす。避けることも悲鳴をあげることもできずに、文字通り吹き飛んでしまった。

 楓さんが着地した瞬間を狙ったのだろう。もう一人の不良が楓さんに走って殴りかかてきたが、左手で殴りかかってきた腕を掴んでから、特殊警棒でみぞおちを突く。走った勢いと腕を掴まれて衝撃が逃せなかったことがあわさり、相手はそのままお腹を押さえてうずくまって動けなくなってしまった。

「そんな実力では、男性が寄り付かないはずです」

 不良二人に向けた言葉だったようだけど、蹴り飛ばされた不良は背中を強く打ったようで咳き込んでいる。もう一人は足元でうずくまって吐いているため、楓さんの悪態に反応することはできなかった。

「さて、次はあなたの番ですよ」

 不良リーダーの方を向いてから、右手に持った特殊警棒を前に出して再び挑発をする。ターゲットが自分に変わったのを察して、鉄パイプを両手に持って前に出し、中段の構えをとった。構える動作は何度も繰り返したのだろう。流れるようななめらかな動きで、非常に洗練されているように感じた。

「チッ。本当にイライラするね。私たちがどれほど苦労してきたか知らないくせに、好き勝手なこといいやがって」

「あなたたちの苦労は大体想像がつきますし、私だってそれなりに苦労していますよ?」

「努力が足りなって言いたいのか? 苦労せずに成功した奴に限ってそんなことを言う!」

「ならこう言えばいいですか? 私は運が良かった。あなたは運がなかったと」

「何もかもわかっているって言いたいのかい? 今まで会ってきた人間のなかでも、一番気に入らない奴だね」

 背後から「ドサッ」と何かが落ちる音がして、周囲の警戒が甘くなっていることに気づき、慌てて音のする方に顔を向けると、彩瀬さんの近くで不良の一人が地面にうずくまっていた。彩瀬さんは、スタンガンを前に突き出すような姿勢だったので、自分に襲いかかってきた相手を倒したのだろう。

「次に、痺れたい人は誰かな?」

 自分からは前に出ようとせず、スタンガンをちらつかせるように腕を前に出して警戒し、練習した通り時間稼ぎに専念している。最初に倒れた人が、後ろを囲んでいた人たちの主力だったのか、それともスタンガンの威力に驚いているのかわからないけど、残った不良たちは周りを囲むだけで動こうとしない。

「あんたら、ここで逃したらブタ箱行きだよ! 気合い入れーー」

 不良リーダーが楓さんから視線を離した隙を狙って、特殊警棒を突き出すが、当たる寸前に斜め後ろに避けて間合いを取る。さらに、攻撃が終わった硬直を狙って、手首を使って素早く鉄パイプの先端を上げてから、楓さんの頭めがけて振り下ろした。

 回避から流れるような動作で攻撃されたため、避ける余裕もなく、特殊警棒を真横にして受け止めて押し合いが始まった。力は拮抗しているようで、受け止めてからお互いに身動きが取れなくなった。

「ユキトそっちに行った!」

 声が聞こえた時には、左腕を掴まれていた。引き離そうと腕を動かそうとしたけど、びくともしない。

「観念して大人しくしな! 優しくしてあげるよ」

 言葉とは裏腹に、口が裂けるのではないかと思うほどの笑みを浮かべ、目は細く鋭い。捕まえた獲物を決して手放さないという決意を感じ取ってしまった。

「腕が痛いから離してくれないかな」

 女性に媚びるような上目づかいを意識してやってみたけど、腕は離してもらえなかった。

 こうなったら実力行使しかない。
 自由に動かせる右手で、僕の腕を掴んでいる手を包み込むようにしっかり持ち、外側に向けてねじる。すると相手は関節の動きに耐えられずに、手を離して倒れ込んでしまった。

「お姉さんごめんね」

 相手が驚いて座り込んだまま動けない間に、大きく一歩距離を明けて、催涙スプレーを吹きかける。効果は絶大で、目、鼻、口から液体がとめどなく流れ、激しく咳き込みながら、のたうちまわってしまった。少しやりすぎた気もするけど……なんとか危機を乗り越えることができた。

 使い切ってしまった催涙スプレーは持っていても意味がないので、ダメもとで不良リーダーの顔に向けて勢いよく振りかぶって投げつける。すると、男性からの攻撃は想像していなかったのか、避けるために慌てて顔を横に動かして体勢を崩してしまった。

「あぶな……」

 楓さんは、不良リーダーが体勢を崩した隙に、受け止めていた鉄パイプを横に流し、相手のアゴに向かって頭突きを当て、よろめいたところで追撃するべく特殊警棒を振り上げる。

 ボキッと、乾いた音が宮下公園に響き渡った。
 不良リーダーは特殊警棒を左腕で受け止めたようで、少し離れたところからでも、折れ曲がっていることがわかった。しかし、楓さんも無傷とはならず、脇腹には鉄パイプが食い込んでいて、口から薄く血が流れ出ている。

「彩瀬さん。足止めの道具を使って! 逃げます!」

 鉄パイプが叩き込まれた脇腹の痛みを無視して、彩瀬さんに指示を出している。僕も逃げるために、彩瀬さんの側にまで走って近づくことにした。

「これでも食らって反省しなさい!」

 そう言うや否や彩瀬さんは、出口を固めている残り五人の不良に向かって、プラスチック製のボールを投げると、一瞬にして彼女たちの周囲に白い煙が発生する。その煙を吸い込んだ不良たちは、クシャミが止まらないようで、たまらずしゃがみ込んでしまった。何か喋ろうとしているが、クシャミがとまらず声にならない。

「煙が晴れるまで10秒待ってください。それまで近寄ったらダメです」

 後ろを振り返ると、脇腹をおさえて痛みで脂汗を浮かべている楓さんが忠告をしてくれた。その背後には、鉄パイプで体を支えながら立ち上がろうとしているリーダーが目に入る。

「ここまできたら彼女たちは諦めないでしょう。走って逃げましょう。足手まといになったら私のことは置いて逃げてください」

「そんなことはーー」

「10秒過ぎた! 走って!」

 言い終わる前に彩瀬さんに手を掴まれ、走り出してしまった。楓さんも走って追いかけてくれるが、怪我のせいで僕たちから徐々に離れてしまっている。さらに、その後ろには怪我の痛みを我慢して走り出そうとしている不良リーダーや、クシャミから立ち直り始めた不良たちが立ち上がり、追いかけようとしている。

 このままでは僕たちはともかく、楓さんは逃げきれない。
 僕を守るために怪我までしてしまった彼女を、見捨てるわけにはいかない。打開策はないか走りながら周囲を見渡しながら宮下公園を飛び出てすぐに、人にぶつかってしまった。

「キャ! 危ないなぁ〜」

「ごめんなさい。あれ?ミカさん?」

 ぶつかった人は、センター街で写真撮影をしてくれたミカさんだった。ミニバンに取材道具を入れていたようで、ミニバンのスライドドアが開きっぱなしになっている。

「えーっと。ユキト君だっけ。さっきぶりだね〜。今何しているの?」

「あのミニバンは。ミカさんのですか?」

「え? 無視?!」

「ごめんなさい! 質問に答えてもらえませんか?」

「何かあったの? そうだよ。あれは私が取材用として個人で買ったの。ちょうど機材を入れ終わったところなんだ〜」

 ポケットに入れていた車の鍵を取り出し、僕の目のまでブラブラさせているので、簡単に奪い取ることができた。せっかっく自慢していたのにごめんなさい! その鍵、貸してもらいます!

「ちょうどよかった。これ貸して! お礼は後でするから! 彩瀬さん、楓さんを後ろに乗せて!」

 楓さんたちは僕の行動が理解できなかったようで、動きが止まっている。もたもたしていると追いつかれてしまうし、何より楓さんのケガが気になる。

「早く乗って! 追いつかれる前に車を出すよ!」

 唖然とした顔をしたミカさんから離れてからすぐに、運転席に乗り込みエンジンをかける。運転モードはマニュアルを選び、自分で操作できるように変更する。十数年ぶりに運転席に座ったけど、相変わらず、ここにいると不思議と気分が高揚する。車にひかれて死んだくせに、運転席に座ってから調子が良い。

「え? どういうこと? それ私の車だよ〜!」

 やっと理解が追いついたようで抗議してきたけど、今はそれどころじゃない。早く車を動かして楓さんを病院に連れて行かなければ。乗り込む姿を見た時、咳き込みながら血を吐いていたので、骨が内臓に刺さっているのかもしれない。

「ミカさん助手席に乗って! すぐに車を出すよ!」

 運転席の窓から顔を出して後ろを見ると、スクーターに乗ろうとしている不良たちが目に入った。僕たちが逃げ切ったら、彼女たちの人生は終わってしまうので、必死に追いかけてくる。

「hey tama。総合病院までの最短ルートを探して。移動方法は車!」

「XX総合病院までのルートを案内します。移動時間は10分です」

準備は整った。あとはtamaの音声に従って、運転すれば到着するだろう。

「大丈夫! 全員乗った!」

 彩瀬さんの声が聞こえたので、ブレーキペダルを踏みながらパーキングブレーキを解除し、シフトレバーをPからDに素早く切り替える。

「いくよ。しっかりつかまってて」

 バックミラーをちらっと不良たちの姿を確認すると、バイクにエンジンをかける途中だった。これなら逃げ切れる! ハンドルを握り、アクセルペダルを勢いよく踏み込む。

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