最果ての帝壁 -狂者と怪人と聖愛の女王-

極大級マイソン

第10話「斬殺せず圧殺」

「ではまずお返しの一発を……」

 軽井沢がそう言って振りかぶった突如に、
 斬ッッ!! と青年の腕を握っていた彼の腕が斬り飛ばされた。
 茶髪の青年は、その衝撃で尻餅をついた。

「おおっ!?」

 軽井沢が驚いて後ずさる。彼の左腕は、非常に切れ味の良い"ナニカ"に断裂されていた。
 しかし、彼の周囲には刃物ような物は見当たらなかった。無慈悲に切断された腕が、くるくると宙を待っている。
 軽井沢は、自分の腕を断った人物に心当たりがあった。

「……天願寺、なぁにするんだよ藪から棒に」
「ボクの忠告を無視した罰だ。これ以上斬り裂かれたくなかったら今すぐ直れ」
「忠告を無視したくらいで僕の腕を斬り飛ばしたの!? 時代錯誤のサムライじゃないんだから! 狭量が狭いにも程はあるよ天願寺ッ!!」

 軽井沢は斬り飛ばされた自分の腕がある所まで行き、それを慎重に拾い上げた。
 そして在ろう事か彼は、その腕を斬られた断面と断面に引っ付けるように重ねたのだ。
 そしてそれをぐりぐりと擦れつけたかと思うと、彼の腕はあっという間に元通りの状態にくっ付いてしまった。
 軽井沢は左腕の調子を確かめるようにブンブンと腕を振り、そして不愉快そうに天願寺の方を向いた。

「あーそうかい。そっちがその気なら僕にも考えがあるからね」
「……っ」

 天願寺に緊張が走る。
 軽井沢はズンズンと天願寺の元まで歩いていき、お互いの距離は徐々に近づいていった。

 何かが起こる。
 皆が軽井沢の行動に注視し、いよいよ彼が何かをしようとした直後、
 ……それは起きた。

「……ムッ!? むむむむ…………っっ!!」
「……?」

 突然、軽井沢に巨大な圧力が襲いかかった。
 それは肉体的重みというより精神的な圧迫感の様なもので、彼は見えない壁にぶつかった様な衝撃を喰らった。
 例え肉体を斬り裂かれてもダメージを受けない彼でさえ、この現象には多大な負荷を負った。
 軽井沢は圧迫されたそのままの状態で、視線だけ動かした。
 彼の瞳に、この現象を起こした人物が写し出される。

「ぐぐぐぐッ、…………ちょっと、キミまで僕の邪魔をするのかい?」

 そして、軽井沢の動きを封じた"彼女"は、ふっと息を吐いて胸を撫で下ろした。

「最初に言ったと思いますけど、私は将棋部と生徒会なら生徒会を優先しますからね。……天願寺さんに危害を加えるのなら、私が許しません」

 そこに居たのは、中鉢木葉だった。
 彼女は軽井沢に莫大な負荷をかけていた。並みの人間なら発狂してもおかしくない精神の重圧。この負荷に耐え切れるのは、この学校では軽井沢を含めてそう多くは居ないだろう。
 そして遂に、軽井沢は直立し続けるのが困難に陥り、膝を着いてしまう。

「グギギギギこの僕に膝を着かせるとは、中鉢ちゃんは将来巨匠になれるよ!!」
「何の巨匠ですか。というか、軽井沢先輩巨匠の意味知らないでしょう」
「しかしこのプレッシャーからは熟練の風格が醸し出されてウゴゴゴゴゴゴゴッッ!!?! ……ちょ、タンマ!! 分かった、僕が悪かったから!! もう大人しくこの場を離れるよ!!」

 軽井沢は堪らずそう叫んだ。
 それを聴いた中鉢は、発していた力をスゥッと緩めた。その瞬間、軽井沢に纏っていた重圧は途端に消えた。
 彼はバタリと倒れる。
 彼の額には嫌な汗が流れていた。相当疲弊している様だ。

「……ふぅ、危うく圧殺されるところだったよ精神的に」
「先輩大丈夫でしたか? すみません、少しやり過ぎたかも知れません」
「まあ、心臓止まるかと思ったけど大丈夫」
「軽井沢先輩は先に校舎に入って行ってください。私が後片付けやっておきますから」
「ありがとう、中鉢ちゃんは良い後輩だね」
「…………」

 軽井沢はヨロヨロと立ち上がると、ゆっくり玄関へ移動を始めた。その足取りは覚束なく、病人のような不安定さを感じた。

「あっ、しまった忘れるところだった」

 と、軽井沢は何を思い出したのか、突然人集りの方へ振り返った。
 ビクッと生徒たちがざわめく。彼の一挙一動を注意していた。
 そして彼、軽井沢春太はビッと人差し指を突きつけた。

「ポイ捨て、やめろよ。今日はこれを言いに朝早くから来たんだからな」

 そしてプイッと玄関口へと向かって行った。

 ……ポイ捨てを無くすための活動。
 ただそれだけの行動が、何故これほどまでに周囲を動揺させてしまうのか。
 答えは単純だ。

「軽井沢春太。お前は、人の真似をするには強大過ぎる」
 天願寺のふとした呟きは、奇しくも誰の耳にも届かなかった。

 こうして、学校からはゴミのポイ捨てが無くなった。

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