最強のFラン冒険者

なつめ猫

幕間 アリスとユリアの意思

ユリアが噴き出した紅茶は、カリナに直撃した。
カリナはお酒を片手に持ったまま団員に支給されている黒服を取り自分の体を拭き始めた。

「あああああああああ、せっかく洗ったばかりなのにいいいい」

リビングにユリアの絶叫が木霊する。一角獣のエンブレムが縫い付けられている騎士団ユニコーンの黒服は、耐刃に優れ衝撃も緩和し魔法のダメージも緩和すると言う優れた物であったが洗うのも魔道具を使う事が出来ず全て手洗いで乾かすのも体温を極寒で維持するため気密性が高いために時間がかかるという主婦泣かせの制服であった。そして騎士団ユニコーンはその秘匿性から業者を安易に使う事が出来ない事もあり、団員一人一人が自分自身で洗うという苦行と化していた。それでも男ばかりの職場だった事もありカリナはまったく気にしていなかったし一か月も洗濯しない事など少し普通の人からずれていた。

ただユリアは、何か臭いと部屋を漁っていたところキノコが生えた黒服を発見し絶叫した。ユリアは、カリナに助けてもらった恩を返す意味もあったが助けてもらったあの夜、神秘的なまでに綺麗だったカリナにはきちんと綺麗にして欲しかったこともあり洗濯をがんばった。そんな彼女でもユニコーンで支給された黒服の制服にはかなりの手間と労力を割いていた。

「もう大げさね、放っておけばすぐ乾くわよ」

その言葉にユリアは切れ制服をカリナの手から奪い取るとカリナの顔にタオルを投げつけたのであった。しばらくして制服を水につけ戻って来たユリアはカリナの前に座った。

「それで先ほどの話ですけど、アルド皇帝陛下の側室に決まったというのは本当なのですか?」

「そうよ」

ユリアの問いかけにカリナは短く答える。
カリナの顔を見てユリアはため息をついていた。

「どうしてアルド皇帝陛下は、こんなズボラで掃除も洗濯も料理も出来ないデリカシーの無いカリナを側室にしようとしたのですか?」

とてもひどい言い方であったが当然と言えば当然であった。3年間も一緒に暮らし身近で接していると幻想も抱かなくなるのだろう。最近では歯に着せぬ言い方が増えてきていた。

「もう少し、やさしさを持ってほしいわね。でも否定できないわ。実はね、団長から指示があったの」

カリナの言葉にユリアは、家に時々遊びにくるロウトゥの顔を思い出した。

彼はどこか浮世離れしており一度、話をしたこともあった。そのときに彼の真意がまったく理解できなかった事からカリナはロウトゥが苦手だった。

「それで何て指示だったんですか?」

「アルド皇帝陛下の護衛よ。特に夜の護衛ね。いくらユニコーンが優れていても寝室までには入れないでしょう?だから陛下の許可をとって側室として護衛に加われるようにしたんだって」

ユリアはその言葉を聞いて開いた口が塞がらない。それはつまり護衛のために結婚すると言ってるようなものなのだ。そんな女の価値を捨てるような指示を出すロウトゥが許せなかった。

「カリナは……カリナはそれでいいんですか?仕事のためだって幸せを捨てるような事をしてもいいんですか?」

ユリアは、カリナには幸せになって欲しかった。だって自分を地獄から救いあげてくれた人なのだから好きな人と結婚して温かい家庭を築いてほしかった。
なのに……こんなのは無いと思ってしまった。

「実はね、私はそんなに長くないの……」

「え?」

ユリアは下を向いてた顔を上げてカリナを見た。

今、カリナはなんて言った?

長くない?え?どういう……。

「ユリアは知ってるわよね?私にまったく魔力が無い事を」

「知ってますけど、すごい強いじゃないですか?」

「うん、でもね……。不思議に思わなかった?魔力が全く無いのに私が一度もこの騎士団の模擬戦で負けた事がないことに」

カリナに言われてユリアは初めて疑問に思った。

戦闘に置いて魔力量は絶対的な力の差となって現れると保護されたばかりの時に騎士団の講座に連れて行ってもらった時に教えてもらった事があった。そしてユニコーンに入団する前提条件は、中級魔法師に匹敵する力を持ってる事。事実、ユニコーンに所属してる団員は全員、中級魔法師なみの魔力量を持っている。

その中でカリナだけが魔力を持っていなかったけどカリナは強かった。
だから今まで気づかなかった。

「それじゃなんですか……カリナは……」

「うーん、すぐには死なないけどね。でも、あまり時間がないのよね。ほら、やっぱり女なんだし子供くらい産みたいからね?それにね、ユリアは刃物を握れないでしょう?ほら、王宮にいくと王宮専属料理人がいてね、騎士団で出される物よりずっとおいしい物を出してくれるらしいの。とってもお得よね?」

そう言いながらカリナはユリアに晴れ晴れとした笑顔を見せた。

たしかにユリアは過去の出来事から包丁ですら握ると恐怖で手が震えてしまいまともに扱う事ができない。
だから騎士団の食堂から出来合い物を毎回部屋まで運んできては食卓に並べていた。

でもカリナが王宮に入ったら私はどうなるのだろう?
私は、何をすればいいのだろう?

考えてもどうしたらいいか纏まらない。

「それで私、考えたんだけどね?ユリアも一緒に後宮にこない?ほらおいしい物いっぱい食べられるわよ?」

カリナの言葉にユリアの気持ちは揺れ動いた。きっとカリナは気がついている。私がカリナに依存してる事を……まだ一人では何も決められないことを。自問自答するが自分がどうしたいのかどうすればいいのか、それはすぐには答えはでないけどでもいつかは出さないと行けない私が本当にやりたい事を見つける事。
だから今は、もう少しだけカリナと一緒にいて恩を返していきたい。
少しづつでもいいから、だからユリアは、決めた。

「仕方ないです。カリナは本当に仕方ないです。仕方ないから私がカリナのお世話をするメイドを目指します。カリナのメイドとして立派なメイド服を作って後宮一のメイドになりますからいっぱいいっぱい感謝して少しでも長生きしてくださいね」

そこには幼かった少女の面影はもう無かった。
少女は一つ殻を打ち破り大きく成長し一歩を踏み出した。

「それじゃ団長に承諾と報告しにいきましょう」

カリナは飲んでいた酒瓶をテーブルの上に置くと立ち上がった。
リビングから宿舎通路に繋がる扉はすでにユリアの手で開け放たれていた。

「お供します、カリナ様」

騎士団ユニコーンの団長ロウトゥの元へ並んで歩き出す。

それは、地獄から救われた少女と地獄から救いだした女騎士が
互いに国を守るために信念を持って小さいながらも一歩踏み出した瞬間でもあった。


それから年月は経過したある日、カリナは娘を出産した。

その娘はアリスと名づけられた。

ユリアは、お母様と出会った時の事から私が生まれた時までの事を全て話してくれた。
そして私にお母様が亡くなられた日の事を話してくれた。
いつもは配膳する役目だったユリアが、お母様の命で私に会いにきていてそれが出来なかった事でお母様は亡くなられたとユリアは話していた。
でもそれは違う。お母様の命を奪ったのは複合毒の可能性が高いとお父様は仰られた。

一つ一つは人体に有害ではないけど、組み合わされば劇薬となる毒薬。
それをお母様は毎日食べさせられていたのだ。

それを聞いたユリアと私はショックだった。
私はすぐに引き籠ってしまい何も口にする事ができなかった。

でもユリアは違った。
ユリアは自分が料理が出来てればお母様を救えたかも知れないと
自分自身を責めながらも今度こそ私を守るために毒を口にする事がないようにと
苦手な包丁で必死に料理を作った。

だからユリアは、貪欲に色々な料理に興味を示し学んでいるのだろう。

それは全て私を守るために……。

お母様を守れなかった償いを今度は私にするために……。

それはとても悲しい事なのに、とても辛い事なのに、きっとお母様が望んでいる結末とは違うのに。

それでも私はそれを口にする事は出来ない。

私もユリアに依存しているのだから、本当に浅ましくて身勝手で愚かな自分が嫌になる。

「アリス様、どうされましたか?考え事ですか?」

私は思考の迷宮に陥っていた意識をユリアに引き戻された。
ユリアは、両手にお皿を持っていてたくさんの料理を載せている。

「いいえ、何でもないわ」

そう私は決めたのだ。もう私やユリアやお母様のような悲しい思いはたくさん。今から私は、権力で王妃の座を奪おうとするシュトロハイム家とユウティーシア公爵令嬢を断罪する。
そして、御祖母様の祖国であるリースノット王国を救う。無能な者が上に立つ事は罪なのだから……。

「ユリア、お願いがあるのだけどいいかしら?」

「アリス様、どうかされましたか?」

私の話を聞くにつれてユリアは顔色を変えていく。でもユリアは最後に、本当に後悔はしませんね?と聞いてきた。

「ええ、もちろんですわ。私達はその為にここに来たのですから」

ユリアは私の言葉に頷くと夜会場を出ていく。その後ろ姿を見ながら私は、ゆっくりと深呼吸をした。これは過度な内政干渉だけど今を置いてリースノット王国を守るためには今を置いて他にはない。軍も私の独断で国境に配置している。王家や3公爵家はその対応で夜会までは目が届かないはず。しばらくしてユリアが戻ってくるのを確認する。どうやらうまく事が運んだらしい。その証拠に、夜会場内に警備隊にエスコートされたユウティーシア公爵令嬢の姿を確認した。

さて始めましょう。

私は、すでに全ての段取りを終えた事を確認し夜会場の中央に向かう。

そして大きく息を吸う。
お母様見ていてください、きっと誰もが泣く事がない世界を私とユリアが作って見せます。
これはその一歩です。

「初めてまして!私は、アリス・ド・ヴァルキリアスと申しますわ!!」


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