最強のFラン冒険者

なつめ猫

幕間 クラウス王子とユウティーシア公爵令嬢の出会い

次期国王、その言葉の本当の意味の重さを知ったのはいつ頃だったのだろう。
気が付いた時には僕にはもう本当の友達と言うものはいなかった。

違う、最初からいなかったのだ。

僕の周りにいるのは、僕と仲良くしてれば父上の心象が良くなると思ってる人ばかりなのだろう。

小さい頃、僕の友達だと思っていた侯爵家の長男や伯爵家の長男がいた。
その友達は僕ととても仲良しで誰にでもやさしく気遣いの出来る良い友達だった。

ある日の事、僕は魔法の練習を抜け出して王宮内を散策していた。
王宮は広く、知らない場所はたくさんあったので騎士達の訓練を見た時はとても心躍ったものだった。

近衛兵隊長の補佐と言う人から身を守る為の嗜みとして剣術を習ってはいたけど
実際の騎士の訓練はまったく別物だった。
その日は、なかなか寝付けずに付き人や傍付きに迷惑をかけてしまった事を後悔したものだ。

しばらく魔法の練習をして早めに切り上げてから王宮内の散策と騎士の訓練を見るのが
僕の日課だった。
初日以降は、付き人が僕の護衛をしてくれていたけどいつもの事だから気にせず散策をつづけた。

そんな日が続いたある日の事、何かの悲鳴と言うか鳴き声を聞いた。
僕は何事かと思い周囲を見回し騎士の訓練の時間になると人の出入りが少なくなる宿舎の方へ向かった。

そこには、外から入り込んだのか分からないけど1匹の白い犬と二人の僕より少し年齢の高い男の子がいた。
もうすぐ社交デビューだと父上に言われていた僕の腕の中にすっぽりと納まってしまうくらい小さな子犬。
それを二人の男の子が手に持っていた訓練用の木剣で殴っていたのだ。

僕はすぐに二人と犬の間に割り込んだ。

「何をしているの?弱い者を虐める事は良くないよ!」

僕は何度も父上に言われていた。
力を持つもの、訓練で得た力と言うものは困った人を助ける為に、弱き人を守るために使えと。
その言葉を僕は信じて子犬に暴力を振るっていた二人の男の子の前に立ち見上げた。

「クラウス様!」

僕の付き人がこちらへ走ってくるのを視界の端で確認し暴力を振るっていた男の子を見ると

「クラウス様……」

「殿下……」

そこには僕が友達と思っていた二人が木剣を頭上に掲げたまま固まっていた。
僕だと気づいたのか二人ともすぐに木剣を下し

「違うんですよ、殿下。これは……そう、王宮内に入り込んだ物を魔物かどうか確認していたんです」

「そ……そうなんですよ。ですから決してこういう事を好きでやってたわけじゃないんですよ」

突然の弁明に僕は呆れかえってしまった。
王宮に貼られてる結界は強固で上位魔族ですら用意に入ってこれないと魔法の先生に習ったことがあるからだ。

それをこんな小さな抗う術すら持たない子犬がそんな大それた存在に見えたのだろうか?

「本当に……そう思ってるのか?」

僕自身、思っていたよりもずっとずっと低い声が出ていた。
二人は僕の機嫌を損ねた事に気づいたのか何度も僕に謝罪してきた。

「どうか……どうか……国王陛下様だけには……」

「お願いします。この事はご内密にしてください、せっかくの殿下の遊び相手と言う大事なお役目が」

二人の話を聞いて僕は……僕は……。

「分かった、もう行け!」

僕の許しを得られたと思ったのか二人は、その場から逃げ出すように立ち去っていった。

「どういたしましょうか?クラウス様」

僕の付き人は、先ほどまで暴力を振るわれ虐待されていた白い小さな子犬をその腕に抱えていた。
それを見て僕はやるせなくなった。
僕の前だけでは良い人のふりをして影では暴力を振るうそんな事に僕は気づけない程愚かだったのだなと初めて気が付き
僕自身のふがいなさに怒りを覚えた。

「そ…う…だな……」

友達と思っていたのは僕だけで彼らの目線はずっと僕の後ろにいる父上に向けられていた。
それがさっきの謝罪で良く分かった。
今、僕が付き人に答えた言葉は震えてはいなかっただろうか?

「王宮医に見てもらってくれ」

「わかりました」

僕の言葉に付き人の一人が頷くと子犬を抱えたままその場をあとにしていった。
今日は、騎士の訓練を見る気分では無くなったので僕は部屋に戻ろうとしたが
そこで父上の言葉を思い出した。

「最後まで面倒を見なさいか……よし!エルス、王宮医の元に向かうぞ!」

僕は王宮医の元へ歩を進めた。


しばらく歩くと王宮医の部屋が見えてきたので走ってはいけないと思ったけど走って扉に駆け寄った。
そして扉を少し開けたところで、

「どうですか?」

「これはもう魔法でも手がつけられんな、内臓が破裂しておる。もって今日の夕方までじゃろうて」

聞こえてきた会話に僕は凍り付いた。
そして、魔法の先生がいつも教えてくれていた魔法は万能でありどんな願いも叶えてくれると言う話と違うのか?と

「そうですか、仕方ないですね」

何故、そんなに簡単に諦められる?
命は一つなんだ!
それをなんでそんなに簡単に!

「クラウス様には元気になったので王宮の外に放しましたと伝えておきます」

「それが良かろう、クラウス殿下には酷な話じゃろうからな」

まるで二人の話を聞いてると、僕の身を案じてるように聞こえたけどそんなの……そんなの……。
僕はそんなのを望んでなんかいない!

「マルス、どうだ?」

僕は先ほどまでの二人の話を聞いてないふりをして扉をわざと音を立てながら開き中へ踏み入った。

「殿下」

「クラウス様」

二人の視線は僕の後ろに立っているエルスに向けられていた。
そのエルスは首を横に振る。
二人はエルスの様子を見て僕が二人の話を盗み聞ぎしたと理解したようだった。

「話は早い。どうにかならないのか?」

僕は先ほどの二人の会話から時間がない事は察していた。
だから余計な会話は省くことにした。

「魔法では手足や失われた内臓も直せると聞いたことがある。実際、そのように魔法師から習ったぞ?」

ベルメル王宮医は、僕の発言に思案顔になり

「たしかにクラウス様のいう通りですが、それが出来るのは現状ではこの王国では一人だけなのです」

「一人だけ?」

「ならその者に頼めばいいのではないか?」

「それは難しいと存じます」

「何故だ?」

王子の力でも叶わないと言うのか?
一体どれほどの……。

「違います。それが出来るのは国王陛下だけだからです」

「!?」

ベルメルの言葉に僕は固まってしまった。
父上は、上級魔法師として国防上を最重要位置にいる。
つねに魔法力を蓄えておくことは責務でありめったに使われる事はない。
そんな父上に魔法行使をお願いするなど無理だ。

「どうにかならないのか?」

「申し訳ありませぬ」

「……」

僕は先ほど助けた時よりもずっと弱弱しくなった子犬を抱きかかえると王宮内の庭園で向かった。
後ろから付き人のマルスとエルスが付いてくるのが分かる。

庭園につき精巧な彫刻が刻まれている椅子に腰を掛けると
自分の服が真っ赤に染まっているのに気がついた。

「クラウス様……」

心配になったのかマルスが僕に話しかけてくるが

「すまない、少し一人にしてくれないか」

僕の言葉にマルスとエルスは、そっと離れると庭園から僕の姿が見えるギリギリの位置まで移動していた。
僕はそれを見てから

「すまないな、僕がもう少し見つけるのが速かったなら助られたのにな
先生に回復魔法を習っていても僕の魔法力じゃお前を助けることができないんだ」

そう、クラウス王子は上級魔法師と呼ばれたグルガード王よりも遥かに魔法力が小さく上級魔法どころか中級魔法すらうまく使う事ができない。
その事で魔法主義国のこの国においてグルガード王の長子であり第一継承権保持者であってもクラウス王子の地盤は弱い。

中級魔法師クラスの腕前を持つ腹違いの6歳と7歳の王子達の方を王国重鎮達は押してるのだから。

クラウスは自分の腕の中で時折、血を吐きながらも体温を下げていく子犬を見て自分の無力さを思い知った。

「僕がもっと強ければ、僕がもっとうまく魔法が使えたなら、僕がもっともっと周りを見ていられたなら」

いつの間にか、涙が頬を伝い自分の手の平の落ちていく。
そしてそれをいつの間にか抱きしめていた子犬が舐めていた。
こんな不甲斐ない僕の事を案じてくれているのかと初めて僕は自分がどれだけ甘えていたのか理解した。

僕が抱えていた子犬の鼓動が小さくなっていくのが分かる。
もう命の灯が消えかけているのだろう。

「ごめんな……助けてあげられなくて」

僕の言葉に反応したのだろう。弱弱しく子犬が鳴いた。

「えーと、ワンちゃん。怪我をしているのですか?」

僕は突然、聞こえてきた美声に顔を上げた。
そこには、とても可愛らしい女の子が立っていた。

「あ、ごめんなさい。でもとても辛そうだったので……」

その女の子は、大きな瞳を潤ませながら僕に声をかけた後にじっと僕を見つめている。
大きな黒い瞳の視線が僕と子犬をいったりきたりしている。

「うん、もうね……長くないんだ。僕がもっと魔法力があれば回復魔法で助けられたんだけどね」

僕は自分の力の無さにすっかり自信を無くしてしまっていた。
でも彼女はまっすぐ僕を見つめていた。

「そうなんですか、でも洋服がそんなになってまでも助けたいと思う気持ちはとても尊いものだと思います」

彼女と話してるとまるで僕が子供のような錯覚を感じさせる。
僕の弟と同じくらいの6歳かそこらな子供なのに何でこんなに冷静でいられるのだろう。

「それで、魔法力を補えれば助けられるのですか?」

「ああ、だがそんなことなんて不可能だ」

そう、魔法力を補う疑似魔法石と呼ばれる物はこの国では発掘されない。
発掘されるのは迷宮だけだ。
それに魔法力と言うのは国を守る力に直結する。
基本的に自国からの持ち出しは禁止されている。
だから、リースノット王国では対外貿易でわずかしか手に入れる事が出来ない。
国王陛下ならいざ知らず王位継承権のみの立場では使う事は許されない。

「これでいいかな?」

僕の考えをよそに庭園にある石を少女は掴むと

「えい!」と小さな掛け声をかけていた。
今のこの場に不釣り合いな掛け声。
でも、それは劇的だった。
少女が手に握っていた何の変哲もない石が白く輝く宝石に変わったのだった。

「これを使ってみてください!はやく!」

「あ……ああ」

僕は、少女から差し出された白く輝く宝石を手に取った。
その途端、世界の見え方が変わった。
今までの見ていた世界と違い、世界が色鮮やかに見える。

「早くしてください!はやく!」

少女の切羽詰まった声に僕の意識は引き戻さた。

「ああ、子犬がああああ」

何故か少女はすごく焦っている。
そうだ。早く回復魔法をかけないといけない。

僕は回復魔法をかけようと魔法式を頭の中で組み上げていく。
いつもはすごく時間がかかる初級回復魔法式が瞬時に頭の中で組みあがった。
そして僕はその事に驚愕した。

これなら出来るかもしれない!
この子犬を助けられるかもしれない!

僕は魔法師の先生に教わった上級回復魔法式を思い浮かべる。
いつもはすぐ霧散してしまう魔法式が今なら鮮明に克明に思い浮かぶ。
まるで何で今まで出来なかったのか不思議なくらいだった。

「フルヒール!!」

僕の言葉に答えるように周囲の魔法力が流星のように集まっていき僕を中心に巨大な緑色の巨大な柱を作り上げた。
段々と薄れていく意識の中で

「クラウス王子!」

「殿下!!」

僕の身を案ずる声が聞こえてくる。
そして腕の中で身じろぎし生命の脈動を伝えてくる子犬の力強い生命力。
僕は子犬を助ける事が出来たようだった。

そして意識を失う直前に僕に向けて、よく頑張ったねと言う微笑みを見せた天使を見て僕は気を失った。



気が付けば日もとっくに落ちていて夜の半ばなのだろう。
僕は、寝かせていたベットから立ち上がる。
部屋どドアを開けて通路に出ると付き人であるマルスとエルスが立っており
助けた白い子犬もマルスの腕の中でもがいていた。
どうやらマルスは犬に嫌われてるようだ。

「もう大丈夫なのですか?」

「ああ、体調はまったく問題ないしむしろいいくらいだ」

恐らく魔法の使いすぎて倒れたのだろう。
いつもは魔法力が尽きて倒れると目が覚めても吐き気がする程、気持ち悪いのにそれがまったくない。
むしろ全身に魔法力が漲ってるようで目を凝らすと大気中に存在する今まで見る事が出来なかった魔法力を見る事が出来た。

「マルス、教えてもらいたいのだが」

「はい、なんでしょうか?」

僕の考えでは、庭園であった少女が渡してくれたあの白く輝く石が僕に力を与えてくれたとしか思えなかった。
だから僕は少女と話しがしたかった。

「僕と一緒に居た少女を覚えているな?」

「はっ!遠目でございましたが」

「そうか、どこの令嬢だ?」

平民が王宮内の庭園に立ち入る事などできない。
そうすると少女は、どこかの貴族のご令嬢となるが僕は今まで父上との付き添いで多くの貴族と会いその度に同年代の女性を
遠まわしに紹介されたがあのような少女は見た事がなかった。

「いえ、名前は存じませんが……」

「そうか」

やはり近衛兵のエリートのマルスであっても分からないか。
公爵、伯爵、侯爵、子爵、男爵と多くの貴族家が存在しているからこそ、紋章官でもない彼では分からないだろう。

「ですが……バルザック様と一緒に歩いておりました」

「バルザック?シュトロハイム家の?」

「はい」

つまりの娘は、シュトロハイム家の血縁者。それだけ分かればいくらでも調べることができる。
僕は、はじめて本当に欲しいものが出来た。

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