最強のFラン冒険者

なつめ猫

失われし神代の知識

 草薙ことユウティーシアは、詰問の際に水が沸騰してる音に気が付いていた。自分を詰問してきた男、名前はユークリッドと言うらしいがその男と一緒に暮らす手前、草薙は自分が家事をすると条件をだした。どうせ、外に出てもすぐに出来ることはないのだ。だったら、前世の一人暮らしのスキルが生かせる主婦業をした方が実用的だろう。

 草薙は、白い布を右手に持った後に魔道コンロにかけられていたおなべを持ち上げた。

「結構、重いんですね」
 今まで白色魔法石を作るために小石を持つか食事の際のスプーンなどの食器類しか持っていなかったからが純正の鉄製品であるお鍋はそこそこ重く感じられたのだ。

「ん?そうなのか?」
 ユークリッドは、魔道コンロに微量の魔力を流し止めながらユウティーシアの言葉に首を傾げた。
そして彼女の手元を見ると湯を入れたあと茶葉を蒸らしているのを見てほホゥと呟いていた。

「ずいぶん手際がいいんだな?貴族のご令嬢かとも思ったがそんな事は普通はしないよな……」
 ユークリッドは、ユウティーシアの手際を見ながら関心しながら言葉を紡いでいた。

「そんな……貴族のご令嬢様がお茶を入れるなんて出来るわけないですよ」
 俺は内心、焦りながらもカップに二人分の紅茶を注いでいく。
そして10畳ほどのリビングのテーブルの椅子を引いて座る。

「これはなんですか?」
 俺が椅子に座るのに合わせてユークリッドが包みをテーブルの上に置いてきた。

「新作のお菓子だそうだ」

「そうなんですか……」
 女の体になってからと言うもの量がまったく食べられなくなっていた事もあって別に紅茶だけでもいいと思っていたのだが、存外この男は気が利くようだ。

 包みを開けるとバウンドケーキのようなモノが入っていた。
使われてる色合いを見る限り……。

「レーズンとオレンジでしょうか?」

「どうなんだろうな?俺はその辺は詳しくないが……」
 そんな事をユークリッドは言いながら俺に差し出した
バウンドケーキのようなモノを手に取ると自分の口に運んで食べてしまった。

「ええええ、私のために用意してくれたんじゃないんですか?」
 なんてひどい人なんだろう。あーんって言ってきておいて食べさせない女性くらいひどい。俺だって甘いものは好きなのに……。

「そんなに睨むなよ。これは元々二人で食べるために買ったものなんだ」

「仕方ないですね、それじゃ許してあげます。あとは全部私がきちんと食べてあげますね」
 俺はそう告げるとバウンドケーキを手にとり租借した。口の中でホロホロと崩れていくパンの食感と干された事で味が濃厚となったオレンジとレーズンが酸味と甘みを醸し出していて癖になる味だった、

「とてもおいしいです!こんなにおいしい物を食べたのは初めてかも知れません!」
 感激した、この世界に転生して体が女になって味覚が変わったのか甘い物がすごくおいしく感じられた。公爵家では甘いものを出された事がなかった。だから味覚が変わることでここまで味に近いが変わるのかと驚いた。

 俺は、すかさずバウンドケーキを食べて紅茶を飲む。紅茶の渋みがバウンドケーキの甘みをさらに引き立てる。それを何度も繰り返してる内に気が付けばバウンドケーキも紅茶もなくなっていた。

「ふぅはー。これは宝石の宝箱ですねー」
 俺がほっと一息ついているとユークリッドは小さく笑っていた。失礼だと思った。こんなにおいしい物を食べて幸せにならないわけがないじゃないですか?

「いやいや、何だかな……ユーヤは本当に分からないなと思ったんだ。突然、貴族のご令嬢顔負けの話し方としたかと思えば俺達平民のような顔も見せる。どちらが本当の君なのか分からなくてね」
 ユークリッドの言葉に俺は、ハッとした。どうやらずいぶん気を抜いていたみたいだ。

「……またそんな表情をする。俺はそういう人間を見てきたことがあるが、あまり良くないと思う」

「何を言ってるのか分かりません」

「自覚がないのかどうなのか本当に君は分からないな。とりあえずこれでも読んで勉強しておくといい。どうせこの国の成り立ちとか知らないんだろう?知らないと人と付き合う上で何が問題になるか分からないだろうからな」
 ユークリッドがテーブルの上に置いたのは分厚い本だった、それでも日本で言うなら小説一冊分ほどの厚さ……。でもこのような本があるって事は、印刷技術があるってことになるけど……。

「昼からは、町の案内をするからな。家から出して貰えなかったってことはその辺も分からないんだろう?」
 俺はユークリッドの言葉に頷いた。ずっと公爵家に住んでいて外に出なかったのだ。この世界の常識が俺には抜け落ちていた。人身掌握術や各種学問などは習ってはいたが肝心の市民の知識が抜けているのだ。どうせ、王妃になるからとそのへんを省いていたのだろう。上に立つ人間だからこそ市民の私生活、経済を知らなければいい政治は行えないと言うのにこれだから中世の貴族は困ったものだ。

「どうした?町に出るのが怖いのか?」

「いえそんな事はないんです、ただ少し考えことをしてしまって……」
 ユークリッドの言葉に返事しながらも俺は、テーブルの上の本を手に取り表紙を捲った。そこには世界の始まりの事が書かれていた。

 どうやらこれは、日本で言うところの国つくりに相当し西洋で言うところの旧約聖書に近い物なのだろう。そして読み進める事にした。先ほど起こされたのが日が昇ってきたばかりと言うこともありまだお昼までには時間がある。
 転生前から鍛えていた俺の速読ならこのページ数なら全て読み終わるのに2時間もかからないだろう。
読み始めようとしたところで、ユークリッドが椅子から立ち上がってコートを手に持ったのを目端で見かけた。

「どこか行かれるのですか?」
 俺は自分の声が緊張感を孕むのを抑えきれなかった。もしかしたら俺の情報をこの男が誰かに漏らす可能性もあるから。

「ん?君、追われてる可能性があるんだ。だからそんな格好だとまずい、君に合う服を調達してくるだけだ」

「ああ、そういうことですか」

「――――――君さ、もう少し人を信用した方がいいよ?そんなんじゃ誰も信用してくれないよ?」
 ユークリッドの言葉に、俺は……。

「わ、私は……そういう……」
 俺は何も言えなかった。ユークリッドは、俺のことをしばらく見てから表に出ていった。

「貴方は何も分かっていないのですよ……ユークリッド。信用や信頼と言うのは呪いなんですよ……」
 ユークリッドが注いでくれたのだろう。俺は、注がれた紅茶を見ながら一人呟いた。


アガルタ創世書いわく

神代の時代、人の英知は神すら創造し天地を作り変え天空の星までその手を伸ばした。

人は際限ない欲望に突き動かされ禁忌に触れる。

それは新しき世界を創造する理であった。

作られた理は人々に更なる力と英知を齎した。

人は世界の全てを知り世界の理を知り人は多くの事柄をその場で知りえた。

新たなる理は、人に神の力を持たせた。

神の力を手にいれた人間は慢心し滅んだ。

残った人々は、破壊され毒の理もった土地を再生し国を建てた。


「要約するとこんな感じですけど合っていますか?」
 俺は一緒に歩いているユークリッドを見上げて質問した。

「あ、ああ……。あれだけのページを本当に全部読んだんだな」
 俺にはユークリッドが何を言ってるのか多少は理解できたけど、日本に住んでいた時は一冊の文庫を1時間のペースで読んでいたのだ。いくら異世界の文字で書かれていたと言ってもこちとら異世界転生歴は、12年もあるのだ。それに王妃教育で嫌と言うほど他国言語含めて勉強させられていた。そんな俺が聖書もどきを読破するのに4時間以上かけてたら大問題だ。

「はい、それよりもですね……この服装おかしくないですか?」
 俺は、お店前の窓ガラスの前に立ち自分の姿を映した。そこには黒髪の美少女ではなく金髪の美少女が映っていた。

「大丈夫、似合ってる。髪質変化を封じた魔法石も十分効果を発揮してる」

「あ、はい」
 似合ってると言われても正直、男にほめられても微妙なんだが……。それに俺は、てっきりユークリッドが男の服と髪を隠す帽子を用意してくれると思っていたがそれは悪い意味で裏切られていた。ユークリッドは、女性用の下着と洋服が入った袋を調達してきたからだ。袋を開けたときにユークリッドに抗議しようとしたが、すでに部屋にいなかった。どうやら俺が着替えるまで外にいるつもりなのだろう。

 俺は観念して、女物の下着を身に着けると白いワンピースを着てからストールを羽織った。
でもと思う。足元を見ると靴もワンピースと同じ白で統一されていて白のリボンで足首に固定するようになっていてとても女の子していたから……。

 まるで本当の女になったような気分だった。

「でもこんな格好しててバレないんでしょうか?」
 こんなに堂々としていたらすぐ見つかる気がするんだが……。

「こういう風に堂々としてる方が見つからないんだ、王都警備隊の俺の経験を信じろ」

「はぁ……」
 まぁ治安維持してるコイツが言うんだからそうなんだろう。それにしても聖書もどきには面白いことが書かれていた。

 俺はその項目を見てやってしまったと思った。そこには遺伝子工学に通じる交配の劣化内容がかなり大雑把に書かれていた。ただそれだけではたいした意味をもたない内容。でもあの夜会で、質問を投げつけてきた貴族に俺が答えた事で聖書の意味はかなり正確に伝わってしまったと後悔した。
 そして聖書に書かれてない具体的な遺伝子欠損や遺伝子劣化から来る先天的疾患について説明した時、すぐに理解していたのはきっと……。

 これはかなり不味い展開になったのかも知れないな……。



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