最強のFラン冒険者

なつめ猫

主人公、婚約者に接吻をされそうになる

 部屋の窓ガラスから朝日が入ってくる頃、部屋の扉が規則正しく2回叩かれる。

「お嬢様、朝でございます」

「お嬢様、朝でございます」
 何度かノックの後に、公爵家の長女であり次代の王妃候補であるユウティーシアは目を覚ました。

「ええ、起きているわ」
 ユウティーシアの言葉は凛としており聞くものに心地よい感じを頂かせており、部屋の主の許可が下りたことでユウティーシア付きの専属メイドでもあるエリーチカが部屋の扉を入室してきた。

 今日は夜会があるために、エリーチカ以外に数人のメイドが入室してくる。まずは湯浴をしてから髪に香油を塗っていく。その後に、夜会用のドレスを着させてもらい髪を整えてもらう。かなりの時間がかかり準備が終わる。

 そして今日はクラウス殿下がエスコートに来られるという事で俺はメイドのエリーチカと玄関間のホールで待っていた。

「エリーチカは今日は、来られないのですか?」

「はい、いろいろと用意がありますので……」
 エリーチカが居れば何かとよかったのだがこれないなら仕方ないだろう。
馬車が止まる音が聞こえて待っていた人が来たようだ。

「ああ、待たせてしまって申し訳ないね」
 クラウスの今日の服装は、白い軍服もどきと宝石をあしらえたサーベルを腰に差していた。
そんなクラウスはいつも通り、潤んだ瞳を俺に向けてきた。

「おお、なんて可憐なんだろう。まるで月の女神のようだ!」
 俺が男の時だったら恥ずかしくていえないセリフを吐きながら俺の手を取りキスをしてきた。
本当は、あまり近づいてほしくないんだけど……。

「それでは、エスコートします。我が女神様」
 どこからその甘ったるいキザなセリフが出てくるんだか大変似合っててイラってくる

「はい、よろしくお願い致しますわ。クラウス様」
 それでも日本人としての社交辞令は忘れない。俺は差し出されたクラウス殿下の手を取り貴族紋が描かれている馬車へ乗り込んだ。外を流れる風景をぼーっと見てると

「どうかしたのかい?何か考え事でもあるのかい?」
 同乗者であり俺の婚約者であり今日のエスコート役でもあるクラウス殿下は俺に話かけてきた。

「い、いえ……外には出たことがなかったので屋敷の外の様子が珍しかったのですわ」

「なるほど、たしかに……バルザック殿は、ユウティーシアを溺愛していますからね。あまり外に出したからないのでしょう。今日は、大いに楽しまれるといいと思います」

「お心遣い、感謝いたしますわ」
 どこをどう見て、溺愛されてると錯覚するのだろう。眼下行くことをお勧めします。少なくともこの世界に来てから一度もやさしくしてもらった事などない。やさしくされていたら出奔ももしかしたら取りやめたかも知れないが……いや、それはないな……。

「そういえば二人きりになるのは初めてですね?」

「ええ、そうですわね」
 今まで対面に座っていたクラウス殿下が突然、立ち上がると俺の隣に座り直してきたことで馬車内はそんなに広くない事から俺と密着することとなる。

「クラウス様?」
 俺が疑問符を投げかけた瞬間、クラウス殿下に引き寄せられた。
いかん、これは危険な兆候が!メーデ!メーデ!

「殿下、お待ちくださいませ。まだ式も挙げておりませんのにはしたないですわ」
 強く拒絶しようとするが、思ったよりクラウス殿下の力が強い。おかしい、俺はかなりのステータスを持って転生したはずなのだが振りほどけない。

「大丈夫だ」
 何が大丈夫か意味不明だ。まずは離れてほしい。

「今は、ユウティーシアと私しかいないからな?それに顔を真っ赤にして照れて震えてる君を見るのはまた違った気持ちを私に抱かせる」

「いえ、ですから未婚の女性とこのような事をするのは……」
 クラウス殿下が俺にキスを迫ってきたところで、ガタンッと音を立てて馬車が止まった。すぐに外からクラウス様、ユウティーシア様と声が聞こえてきた。

 チッとクラウス殿下が舌打ちしたような音が聞こえてきたが聞かなかった事にしよう。それにしても、16歳の男が取るような態度じゃないだろ。

 外を見るとかなり立派な建物と言うかお城?が視界に映し出された。そして今馬車が止まったのは俺が暮らしてた公爵家の館よりも一回り小さい館であった。小さいと言っても部屋の数は数十は下らない規模なのは見て分かる。そして馬車の外を見ると、何人もの着飾った貴族達が見てとれた。

「ユウティーシア嬢、夜会の開催はこちらの建物で行われるのですよ」
 俺が馬車の中から外を見ていたのに気が付いたのかクラウス殿下が説明をしてくれた。

「え、ええ」
 俺はクラウス殿下から差し出された手を取って席から立ち上がろうとしたが腰に力が入らなかった。先ほど無理矢理、接吻をされそうになったことで恐怖を抱いたのか?さすがにこれはと顔を伏せてしまう。

「ああ、これは失礼しました」
 クラウス殿下が馬車の中へ入ってくると俺を抱きかかえて馬車を降りていく。その様子を見ていた周囲の貴族の年頃若い女性達からは黄色い声が沸き上がるが、お姫様抱っこされてる俺としてはますます顔を真っ赤に染めていってしまう

「殿下、申し訳ありません。普段から……その……」

「分かっていますよ?ユウティーシア嬢は体がそんなに強くないと伺っていますから」
 うーん、そんな設定聞いた事ないんだが。
それよりそこの騎士甲冑をつけた女性にエスコートしてもらいたい。
少しクラウス殿下には離れてほしい。

「アル、マルス」

「「はっ」」
 クラウス殿下に呼ばれた2人の男性がこちらへ近づいてくる。
2人とも身長が180㎝近くあり150㎝付近の俺からしたら見上げるほどの巨漢であった。

「まだ、夜会までは時間があるな?」

「はい、ありますが……国王陛下が公爵令嬢とお会いしたいと申しておりましたが」

「却下だ!父上にユウティーシア嬢は体調が芳しくないので来客の間で休んでから直接夜会に参加すると伝えろ」
 殿下の言葉に、わかりましたと騎士の方が頭を下げるとすぐに俺と殿下から離れていく。

「殿下、国王陛下様はきっと今日の夜会前に打ち合わせをしたいと思ってお出でなのですわ」
 殿下に抱きかかえられてる事で密着し上目遣いになってしまう事はこの際、仕方ないと諦めよう。それよりもあまり勝手な振る舞いは貴族として相応しくなく出来るだけの事を荒立てたくない。恐らく、国王陛下には何かしらの話があって待っているのだろう。

「大丈夫だよ?私の愛おしいユウティーシア。私が話を聞いておくからゆっくりと部屋で休んで元気な姿を見せてくれればいいからね」

 そんなセリフを吐きながら、殿下は夜会に向かう貴族とは反対方向へ歩いていく。

「殿下、大丈夫です。もう一人で歩けますわ」

「大丈夫だよ?」

 俺の願いは聞き届けられなかった。



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