いなりさま!

神城玖謡

肆話

 チュンチュン……なんて小鳥の声で目覚めたのは初めてじゃないだろうか。
 なにせ自室だと、外の音なんて車のクラクションくらいじゃないと聞こえないから。

 では窓を開けっ放しで寝たのだろうか? 風邪をひいてなきゃいいけど……



 そんな事を微睡みの中思って目を開けると、視界に映ったのは自室の風景ではなく、障子と畳。

 ──あれ、ここどこ?

 寝起きの頭では情報を処理しきれず、混乱するも眠気が勝り……寝返りをうった所で、強烈な違和感を感じ、ようやく目を覚ました。

「いっつつ……あれ?」

 痛みを感じた部分と声の高さに顔をしかめ──そしてようやく昨日の事を思い出した。

「夢……じゃないんだよな」

 踏んでしまった大きな尻尾を撫でつけながら、俺はそう呟いた。


『ぬお、ようやく起きたか、カヅキ』
「あ、天音……おはよう」
『うむ、おはよう』

 器用に襖を開けて入って来た狐──この神社の神様、天音之神と挨拶を交わし、俺は立ち上がった。

「ふんん〜…………よく寝た」
『寝すぎじゃわい』
「ふえ?」

 寝すぎとな。神社通いのために早起きが身についている俺が、まさかそんな……

 そうしてスマホの電源を入れた俺は、絶句した。

「は、11時〜!?」

 正確に言えば11時13分。
 3時限目の授業の真っ最中の時間だ。

『慌てるでない。昨日言ったじゃろ、お主は境内から出られんと』
「あっ……そういえば、そうだったな……」

 いやだがしかし、学校にはどう説明したんだろうか。まさか「神様始めました」とか、「幼女始めました」とか言うわけにもいかないし……。

「……まあ、いっか」

 美月から家族に話は行っただろうし、母さん辺りから学校にも連絡行っただろうし……。

『? どうしたんじゃ?』
「あいや、なんでもないよ」
『変なやつじゃのー……うむ、ではさっさと着替えい』

 着替え、か……

『どうした、カヅキ?』

 いや、どうもこうもないよね。

『ほら、そこの押入れの中に──』
「わっかってるよ! ってか察しろよ! 巫女服着たくないんだよ!!」

 しかしこの狐、俺の心からの叫びを鼻で笑いやがった。

『はあ、めんどくさいやつじゃのう……ほれ、“さっさと着んか”』

 その言葉を聞いた瞬間、電流の様な何かが体の中を駆け巡った気がした。

 そしてスクっと立ち上がった俺は押入れの前に立ち、開けると畳まれた衣類に手を伸ばし────





 ────10分後には巫女服を完璧に着こなした俺がいた。



『やっぱり似合うの〜』
「ち ょ っ と ま て !」
『んぬう? どうした、そんな怖い顔をして』
「ききたいことは色々あるが、まず、なんでおれは巫女服を着てんだ!」
『そりゃあ、お主今、自分で着たじゃろうに』
「そうじゃなくて! なんで着る気もない、着方も分からないおれが巫女服を着たのかって事をききたいんだよ!」
『やれやれ……キーキーうるさいやつじゃのう』

 呆れた様に首を振る天音。こいつ……狐うどん(意味深)にしてやろうか……!

『“言霊”じゃよう、言霊』
「こと……だま?」
『言葉には霊力が宿る。まあ信仰力でも同じじゃが……。
 もちろん、霊力を持たない者の言葉には霊力がこもりにくい。逆に言うと、妾の様な神や、強い霊力を持つ者ならば、言霊は使えるのじゃ。
 さらに言うと、お主は半分、妾の使いみたいなもんじゃからのう、妾の言霊が効きやすいのじゃ』

 うわ、なにその鬼畜仕様……

『まあ、変な事には使わんつもりじゃから、安心せい』

 “つもり”の部分を強調し、天音にやりと頬を歪めた。

 器用なやつだなぁ。




「……で、俺はこれからどうすればいいんだ?」
『うむ、やはり修行じゃの。今の華月は半分とはいえ神じゃなからのう。神殺し共にも狙われるじゃろう』
「あんな奴らがまた来んのか……」

 あの扇を持った男の尋常じゃない、ガラスのような瞳を思い出し、俺はため息を零した。

 若干逆立ってしまった尻尾を撫で付けながら、具体的にどうしたらいいのかを天音に訊く。

『うむ、やはりまず神通力の修行、剣術、あと信仰力を増やす事じゃのう』

 聞くからに大変そうだ……。

『その前に……いつものを頼むぞ』
「いつもの?」

 半神になってまだ2日目だけど……

『境内の掃除じゃ!』
「あ、そういう……」

 しかしなんでも、これは重要な事なのだという。

 神社とは、良くも悪くも閉鎖された空間だという。内側が澄んでいれば神聖さが上がり、逆に穢れていれば、神の力も弱まる。


 と、いう訳で俺は竹箒を持って、境内を掃いていた。

 普段よりも穂先に近い部分をもつ小さな手をまじまじと見て、本当に幼女になっちまったんだなぁ……としみじみ呟いた。



 その後、ルーティンとしては狐像を拭くのだが、ここで1つ問題が起きた。

「わぷしっ!!」
『どうしたんじゃ華月! まさか神殺しがまた来たのか──って……なに水遊びしとるんじゃ……』
「あそんでなーいー!」

 つい男の頃と同じだけ水を汲み、バケツを運ぼうとしたのだが、この小さな体には重すぎたのか、石畳の僅かな段差に躓き、頭から被ってしまったのだ。

「くそう……なんでおれがこんな目に……」
『はあ……着替えれるか?』
「…………むり」
『じゃろうなぁ……“着替え”』


 俺はその声に導かれる様に社の中へと歩いて行った。



「ふぇ……くしゅんっ! あ゛〜」

 頭を拭きながら、俺は目の前の姿に映る自分を見た。

 天音と同じ鮮やかな金髪から、ポタポタと水が滴っている。
 前髪から覗く漆の様な瞳は、憂い満ちている。

 一瞬、ドキッとした。

 濡れた白い巫女服は透け、控えめな薄桃色の花が微かに見えている。齢は低いが、そこはかとない色気が漂っていた。

「…………」

 頭がぼんやりとしている。現実感がなかった。まるで白昼夢を見ているかの様な不思議な感覚は、意識しなくても手が動いてるせいかも知れない。


「あっ……」

 頭を拭き終わり、髪と同じ色の尻尾の、根元の方にタオルを押し付けた時だ。
 背筋から頭蓋骨のてっぺんまでを走る、甘い電流の様な感覚に、小さな吐息が洩れた。

「…………何やってるんだろう、おれ」

 その次の瞬間には、胸の内をジクジクと刺す様な罪悪感に襲われ、俺は尻尾を拭く手に力を込めた。

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