いなりさま!

神城玖謡

弐話

 ひょこっと跳ねる大きな耳。
 ふさふさした大きな尻尾。
 そんな尻尾と同じ、金色の髪は腰まで伸びている。
 身長は130くらいで、年齢は多分十代前半。

 そんな女の子が、稲荷神社の社の中、大きな姿見に映っていた。

「これが……おれ?」

 しかしどういう訳か、その女の子は俺なんだ。ちょっと何を言っているか分からないと思うが、つまり俺が狐な幼女になっちまったってことだ。



「いや、わかんねぇよ……」

 分かるわけないだろう。

 思わず頭を抱えてしゃがみこむ。

『すまぬ……妾の信仰力が足りないばかりに、こんなかたちでしか助けられんかったのじゃ……』
「あーたんま、自然に喋ってるけど、一体何者なんだ?」

 見た目は子供、頭脳は大人な名探偵的な状況の身体は一旦置いておいて、まず目が覚めた時から側にいて、お婆口調で喋る狐の正体をハッキリさせようと思う。

『んむ、妾はこの神社にまつられておる、天音之神あまねのかみじゃ。天音とよぶのじゃ』
「つまり……神様ってこと?」
『んー、確かに神ではあるが、それはちぃと語弊があるの。
 そも、稲荷神社とは稲荷大明神、またはその遣いの狐、玉藻の前や殺傷石、穀物・食物の神を祭神としておる神社のことを言うのじゃが、妾はそれに当てはまらないのじゃ』
「んん……?」

 俺が理解出来ずに首を傾げていると、はこれは昔話じゃが……と話を始めた。

『今から千年ほど昔のことじゃが……"天邪鬼"と呼ばれる一匹の狐がおった。
 大層イタズラ狐でのぅ、人々は困っておった。
 そして幸か不幸か、山賊稼業をしておる者達に盗賊の神と崇められていたせいか、半妖、もしくは弱神化しての、力をつけた狐は化けギツネとなり、さらに悪事をはたらいた。
 さて、ここからはありがちな話じゃが、そのフラリとあらわれた侍が、見事妖怪を退治し、一件落着』

 一件落着? なら、そんな話しない筈だ。って事は、この話にはまだ……

『──と、行きたいとこじゃが、実はまだ続きがある』

 やっぱり……

『退治されたはずの化けギツネは……そう、今度は本当に化けて出たのじゃ。
 人々は困りに困って、結局その狐を祠に閉じ込める事にした。結界としてその狐を殺した刀を添えて、のう』

 そこまで言うと、天音はホッと息をつき、お茶を啜った。

 おいキツネェ……


 まぁそれは置いておいてだ。
 話の流れ的に、この神社は一般的な稲荷神社とは違って、暴れる化けギツネを鎮めるための神社。
 長い時間の中で稲荷神社と認識されるようになったのか、何らかの理由で稲荷神社を装ったのかは分からないけど、御神体と思われてた神刀『孤月』がその化けギツネを退治した刀なのだろう。
 そして。

「じゃあ、あんたって……」

『うむ、その退治され、化けて出て、封印された狐……それが妾じゃ』


 何でもないことかのように話す天音だが、自分が殺されたことを気にしてない訳ないよな……。
 実際、殺された当初は暴れ回ってたらしいし。

『なに、さすがに千年も封じられてれば、怒りもさめるわい』
「そ、そっか……って、さっきから心読んでないか?」

 読心術とか恐い。

『そりゃこんなんでも神じゃなからなぁ……逆に、神が人の心を読めなかったら、何を祈っているかも分からんではないか』
「あ、なるほど……」

 たしかに言われてみればそうだ。

「じゃあ、さっきの……神殺しとか、“ひょうかい”って何なんだ?」

 天音の事は分かったが、さっきの戦闘や、襲いかかってきた奴、また、どうして俺がこんな姿になったのか……わからない事はたくさんある。

『ふむ……ざっくり言えば、奴らは神を恨んでいる者じゃ。過去に何かあったのじゃろうが、妾に直接の関係はない。
 神社に納められた神具を使って神を殺し、その力を神具に封じ込めてまた神を探す……神殺しと呼ばれる奴らじゃ』
「なるほど……じゃあ、なんでおれはこんな姿に?」
『うむ……それはな、奴の使った技が、多方向に真空の刃……鎌鼬を飛ばすものでの、それがカズキに当たってしまったのじゃ』

 ぞっとしない話だ……。

『人々からの信仰の力、信仰力を使った神通力で傷を治そうと思ったんじゃが、いかんせんここに参拝客はめったのこんのでな……最終手段を使ったんじゃ』
「最終手段?」
『神刀孤月をカズキに突き刺しての、妾の神通力をありったけ注いだんじゃ』

 ありったけの神通力を──?

『じゃから、妾はこうして人の姿を保てなくなったのじゃが……それは置いておいて、その結果、カズキは半神となったのじゃ』
「半神……って事は、いまのおれって、半分神様なのか!?」
『うむ……その神の力が妾のものじゃから、その……狐のミミとシッポが生えた女の姿になってしまったんじゃ…………すまぬ』
「いや、気にしてない……っていったら嘘になるけど、感謝こそすれど怨んでなんかいないよ」

 そりゃ、命の恩人を怨む奴はそうそういないだろう。
 ただ、一つだけどうしても気になることが……

「なんで……幼女なんだ?」
『あぁ、それは妾と……そしてカズキの神通力が足りんからじゃ』

 な、なるほど……

『さて……取り敢えず説明はこんな所じゃな』

 そう言って、天音は話を終えた。








 よく見れば、顔立ちは俺と天音を足して二で割って、年齢を10ばかり下げたくらいだ。

『ふむ……カズキはもう女子じゃから……うむ、これからはカヅキと名乗るのじゃ』
「えぇ……漢字は?」
『もちろん“華”やかな“月”じゃ!』
「ですよねぇ……」

 薄々そうだろうと思っていた。

「にしても、これからどうしようか……」

 はぁ……と溜息をもらしながら、俺は頭を抱える。

 学校だってあるし、家族にどう説明していいか分からないし、そもそも女の子の、しかも半神としてこれからどう過ごしていったらいいかも分からない。


 俺がそうして悩んでいると、サーッと襖が急に開いた。


「貴女……だれ?」
「えっ、あっ、美月!?」


 鋭い目付きの我が妹が、そこに立っていた。

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