スーパーギャラクシーズ 小さな大冒険

ツカ007

第十一章 魔法惑星メーザード



 ケントとミカを乗せた小型宇宙船が難なく眼下の惑星を降下していく。大気の壁を超え、雲を抜け、海と大地が広がっているのが見える。緑の多く見える地のそこかしこに人工的な建造物が見て取れる。船はその一部の建築物の溢れる一帯を目指して飛んでいく。米粒だった建物達が育ちゆく麦穂のように大きく大きくなって、やがて船はその中にゆっくりと降り立った。とある大きめな建築物、おそらく集合住宅だろうか、この星独自の建築模様か曲線の強い形をしている。二人はその集合住宅の外に備えられたパーキングに降り立っていた。
「・・・よ、っと。どこだここ?」
ようやく狭い後部座席から解放されて、背伸びし放題のケントは大きな建築物を眺めて言った。
「博士のマンションよ」
宇宙船のハッチを閉めながらにミカが応えると、触っていたツールをポーチに片付けて辺りを見渡した。そんな後ろでケントは思っていたよりも現実的な風景だと頷いていた。
と、そこへ。
「あら?ミカちゃんかい?」誰か女性の声が届いた。
「あ、こんにちは大家さん」
急に現れた白髪交じりの中年女性にミカは会釈して笑顔を見せた。
「そこ、イルカ博士の駐車場だけど?」
「あぁ、いいんです。これ博士のですから」
「へぇ、またなんか変な発明かい?」
「まぁ・・そんなところです」
少々くすぶって応えたミカ。女性は「やれやれ」と肩をすくめて、困ったものだと野次を飛ばした。そうして言いたい放題言うと、そのままシワの多い四肢を動かして何処へと去っていってしまった。
「・・・お前、本当に大統領令嬢――なんだよな?」なにか疑ったような顔を見せるケント。
「そ、そうよ」ミカが言った。
「なんというか、あんまり特別扱いされてないんだな?もっとこう『お嬢様!』って騒がれてるのかと思ってた」
「そんなもんよ――慣れてくれば、親が特殊な公務員ってだけの女学生としか見られないわ」
あっけらかんと言い返してミカは、マンションから進み始める。ケントもそれを追って歩き始めた。
 綺麗に整えられた並木道が広がっている。点々と住宅や商店がみえるが、それに対しての人通りは多い方ではなかった。セイレーン通りと書かれたプレートが並木道の名前を教えてくれる。更にはプレート側には『ファーストレディが暮らす町』という垂れ幕がかかっている。奥に見える『オネクリ鮮魚店』なる魚屋の前では、ペリカン族の主婦が店主と値切り合戦をしている。向かいの『精肉店ミノタ』では自慢の赤野菜コロッケの幟を起てて牛族の店主が張り切って宣伝していた。そしてそれに並ぶ長蛇の列。どうやら人気店のようだ。
「なぁ、あのコロッケ美味いのか?」
「・・・あぁ、部活帰りにときどき行くけど言うほどじゃないわ」
ずんずんと並木から反対方向に向けて歩いて行く。ケントは、おそらく、そちらの方向がミカの家の方なのだろうと考えて追従する。
 歩きながらにケントは改めて辺りを見渡した。はっきり言って『魔法』なるものを感じさせるものは極めて少なく感じられた。自分の星と変わらず他種族が暮らし(どちらかといえば人間族が多いが)、ヒィアートツールだって、そこらじゅうに利用されている。気になるといえば人間族の中に時折、緑みがかった髪色の人間がいるぐらいであった。
「なんかガガノートたいして変わらないな」
「一緒にしないで」
「あれー!?」突然、二人の耳に甲高い声が響いた。
 何事かと二人して声の方へと振り返った。そこにはミカによく似た少女がいた。宙に浮いたキックスクーター乗り、ハンドルを握る手とは反対側には半分かじった饅頭を握っていた。饅頭には『ファーストレディまんじゅう』と焼印されているのが僅かながらにわかった。
「――お姉ちゃん・・・ん――ぐ・・・小旅行行ってたんじゃないの?んぐ・・・――もう帰ってきたの?」もぐもぐと口を動かしながらに少女は緑味ががった長い金髪を揺らした。
「エル!ちょうどよかった!」と、ミカが少女の名を呼んだ。
 ケントはその名前に、メガット博士が言っていた『ミカの従姉妹』だと思いだした。
「エル!お母さん家にいるかな?!」
「ハル叔母さん?いるんじゃない?ほら、いつもの刑事ドラマの再放送の時間だし――っていうか電話してみれば?」饅頭を最後の一口と飲み込んでエルは可愛らしい目を何度か瞬いた。
「そ、そうか!そうだよね!」と、ミカは失念していたとポーチを漁って、再びスマートツールを取り出した。そうして急いで、母親の連絡先に電話を掛けた。
 そんな忙しそうなミカを無言で見つめていた、彼女の後ろで暇そうに待つケントを見つけた。
「えーと?観光客ですか?」
「え?あ、俺か?違う違う」ケントはエルが話しかけてきたことに少し驚きつつも応えた。
「俺はケント、ミカの父親・・・大統領に用があって来たんだ」
「へぇ・・・」頷きながらにエルは、じーっとケントをみやった。そして頭のなかで何か物事を整理して、やがて脳内でひとつのパズルを完成させた。
「こっそり出ていって男連れで帰ってきた――オッド叔父さんに用事――・・・それってつまり・・・つまり」何度見かケントを舐めるように見て、次には好奇心の塊のような目を見せて顔を紅くした。
「ああああああの!私、ミカお姉ちゃんの従姉妹でエール・コーリィです!あのあの!それで!」「エル!ちょっとうるさい!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてケントに、怒涛の質問をしようとしていたエールにミカから檄が飛ぶ。ミカは通話がよく聞き取れないとスマートツールを耳に押し当てて待機音を聞き届ける。
「――もしもし」ツールの向こうで声がした。
「お母さん!?今、家にいる?大事な用が」
「――ハル・ハーティ様のツールですが。リーナスが代わっております」思っていた相手とは違う人物が出た。
「リーナス!?お母さんは!?」
「ただいま接客中です、お嬢様」
「お願い、私の用事の方が大事だって伝えて!今から行くから!」そう告げてミカは通話を切った。
 息をつきながらにツールをポーチにしまってミカは、ケントに向き直った。そして決意の目をして頷くと「行くぞ」と無言で合図した。
「大事な用なの!?ねぇお姉ちゃん!やっぱりこの人とそういうことなの!?」
真剣な目の二人を見て、エールの好奇心が更に加速させられる。先程よりも目をキラキラさせて何度もミカとケントの顔を交互に見やる。
「エル、なに言ってるかわからないけど、私達すぐにお母さんに会わなきゃいけないの」
「・・・けど、ドリュー達にどう連絡を取る?何にせよ捕まってる刑務所を探さないと」
「――いいわ、それならそっちはリーナスに手伝ってもらうわ」
なるほどとケントが頷いた。そして「リーナスってたしか」と呟きながらに、前にミカが見せてくれた映像の中で博士を抱えていた胸の大きな女性だと思い返した。が、そう思考している中でミカの突き刺さるような視線覚えて一度咳払いをした。
「わ、わかった――急ごう」
ケントの返事を聞きながらにミカは冷ややかな視線を元に戻すと、今度はエールへと目を合わせた。
「エル、お願い。家まで乗せてってくれない?」
「え?あぁ、いいけど・・・このボードじゃ3人は無理だし――」
と、エルは突然の申し出に乗っていたキックボードを眺めた。ケントの目にもわかる宙に浮いたボード部分。おそらくエアカーのツールの仕組みと同じなのだろうが、ここまで小型の物は初めて見たと目を見張っていた。
「えーと――それじゃ、これだ!」エールが言うと、近くにあった垂れ幕を差しパチンと指を鳴らした。『ファーストレディのいる町』と書かれた町興しのための垂れ幕だ。
 するとエールの指先が緑に光ったかと思うと、淡い光の筋が垂れ幕に向かって伸びていた。垂れ幕は筋に向かって動き出して、そして、3人の前に頭を垂れるように寝そべった。
しかも浮いている。
「さぁ、乗って乗って」
エールがキックボードをその辺に立て掛けると、先導して垂れ幕に乗った。続いてミカもふわふわした足場に気をつけながらもエールの後ろに乗り込んだ。
「何やってんのよ、早く乗りなさいよ?」
「こ、これが魔法か・・・」
ケントは『本物』を見たと何度か瞬いたが、ゆっくりと奇妙な空飛ぶ垂れ幕に足を掛けた。



 便利屋リバリー号が超高速で宇宙空間を飛び続けている。あまりの速度に機体が悲鳴をあげ始めている。
「バルン!もっと飛ばせ!」
「ヤッテマス」
「もっとだ!!」
「コレガ ゲンカイ デス」
操縦席の方からジョットの怒声が飛んでいてた。ガタガタと揺れ続ける船内では円盤型ロボのバルンが細い機械の腕で器用に操縦桿を握っていた。ドリューは、そんな緊迫感満載の中で、あっちこっちと振り回されないように凸凹した壁にしがみついていた。
「ね、ねぇ!ミカがその、博士が完成させたかもしれない装置を持ってると思う?!」
「・・・わからん!だが少なくともザヴィエラがメーザードにいるのは確実だな!」
ドリューの問にジョットは、揺れるのフロントガラスを指差した。そこからとある惑星が覗いていた。緑に彩られた星、そしてそこから出入りする多くの宇宙船達。そんな中にひとつ、見覚えのある船が見えた。
星間トンネルにて自分たちを捕まえに来た、あの軍の船である。それがちょうど星へと降りていくところであった。
「あの銀髪の船だろう・・・ザヴィエラに報告に来たんだ」
そう言うと、またジョットはバルンに「飛ばせ」と告げて、これ以上早くはならない最高速度で一気に魔法惑星を突き進まさせた。



「あのね!これが翻訳ツールでね、博士やお姉ちゃんの真似して作ってみたんだ!」エールが嬉しそうに、腕にはめたミサンガのようなもの自慢して言っていた。
「これでね、まだ言葉を持たない種族とでもおしゃべりできるは――」
「エル!前見て前!!」
およそ、地上5メートルほどの宙空を飛行する、空飛ぶ垂れ幕。エールを船長にミカとケントを連れているが、彼女が後ろを向いて喋るせいで何度か背の高い並木や、ワタリフェニックスなんかとぶつかりそうになっていた。
「おっとと!危ない危ない」
「・・・なぁ、もっと高く飛べないのか?」ケントが当たり前の質問をした。
「え?あぁ、18歳未満は5メーター制限があるのよ。普通免許を取れば最大300メートルまで可能よ」ミカが応えた。
「・・・・・・そんなの簡単に超えられるから、警察が減点稼ぎに張ってそうだな」
「あら、よくわかったわね」
どこか非現実感が足りない魔法の仕様にケントが乾いた微笑みを見せる。
「あ、そうだ!ケントさん、赤野菜コロッケ食べました?ご当地グルメの1つなんですよ!」
今度は前を向いたままでエールが言った。
「え?あのコロッケか?いや、それにミカが美味くないって言ってたしな」
「それお姉ちゃんがニンジン嫌いなだけですよ」
「エル」背後からミカの低く冷たい声色が聞こえた、エルは急いで口にチャックをした。
そうして高くもなく低くもない高度を行く垂れ幕は、やがて一見の邸宅を見下ろす一までやってきた。緑に囲まれた広い庭の中に大きな屋敷が建っている。まるで豪華な別荘のようにも見えるそれを見てミカが「ついた」と言った。

3人を乗せた垂れ幕は大邸宅の前に降り立った。エールとミカは慣れたように邸宅に近づきケントは物珍しそうに邸宅を眺めていた。町並みと同じように特徴期な建築様式を孕んだ曲線の強い建物。玄関先から伸びる庭には緑に木々が栄え小さな池も備えている。飼っているのか勝手に入りこんだのか、まだら模様の犬やものすごく毛足の長い猫が散歩している。
すると、3人が玄関扉にまでやってきたところでちょうど扉が開いて、誰かが出てきた。
「リーナス!」
「おかえりなさいませ、ミカお嬢様」現れたのは赤い肌に純白の長髪をした綺麗な女性であった。
「いつもよりは、お早いおかえりで・・・――こんにちはエール嬢・・・それから・・・?」
「ケントです!」ケントが大きく声を張って握手を試みた。
「なに張り切ってんのよ」しかしミカの冷たい一声ですぐにその手を引っ込めた。
ミカはすぐにリーナスに迫って、先程の電話の事で詰め寄った。
「リーナス、お母さんは?」
「すみません。お声はかけたのですが、来客の方のほうがお嬢様より優先されるようで」リーナスが掛けた眼鏡をクイっとあげた。
「・・・うーん。わかった、じゃ、私が直接行くわ」
そう言うとミカは、ポーチを一度しっかりと握るとリーナスを頷かせた。
「あ・・・えーと、ケント、私がお母さんのところに行ってる間にリーナスにドリューたちの事、相談してみて――博士の助手で、私の家の執事だから」
「あ、おい!ちょっと待てよ!」
そうしてミカは、ケントを残し大邸宅の中へと駆け込んでいってしまうのだった。
突如として一人残されたケント。目の前には胸の大きな博士の助手で執事だという女性リーナスが、怪訝な目で眺めてくるのがわかった。
「あ、あの・・・」
「ケントさん、でしたか?それであなたはミカ・フェリアお嬢様とは、どういった関係で?」
問いかける間もなく鋭い視線と共に、あきらかに疑った質問が飛んできた。眼鏡越しから綺麗な瞳が凍てつく光で己の心を射抜いてくる。
「え・・・えと、友達?いや仲間?あ、いや・・・え、と付き添い――えーと・・・とりあえず親友と連絡とりたくて――だから、え、と」
なんと説明したらよいものか。簡単に『職星が必要だから』と言えばよいのか。しかしミカが大統領の娘とわかった以上、あまり容易に注文できなくなったのは確かだ。だだでさえ怪しんでいるリーナスに、ミカから言い出しとは言え博士の捜索との交換条件のことを伝えるべきか。次の言葉がみつからないケントの頭のなかで忙しく思考が巡る。
とこへ。
「はいはい!リーナスリーナス!あのね!その人ね!」
エールが庭を跳ねていたモップのような猫を掴まえながらに発言してきた。
「恥ずかしくて言えないんだよ・・・だからね――」ゴニョゴニョとエールはリーナスに耳打ちした。
「・・・ほぉ。なるほど――そういうことでしたか」
「そういうことなのよ!」
リーナスが、面白いことを聞いたというような顔で頷くと。ニタリとケントに笑ってみせた。

「・・・わかりましたケント――さま。お嬢様と『深い』関係とあらば、喜んでご協力しましょう――それで、なにをお望みですか?」
ようやくリーナスが柔らかい笑顔を見せた。

                 ※

 リバリー号は町のハズレの雑木林に着陸した。他の宇宙船が離発着している大きなポートを敬遠し、更には軍の目からも遠ざかることを目的にしていた。
「いいかバルン、透明を解くなよ。そして俺が信号弾を上げたらすぐに飛んで来るんだ」
「リョウカイ シマシタ」
 ジョットはロボに指示を送ると小さな筒を腰部のベルトに引っ掛けた。そうして、乗り物酔いが少しは醒めてきたドリューに振り返ると、船を降りるよう促した。
「いくぞドリュー、ミカの信号はこのすぐ近くだ。おそらく自宅だろう」
「そ、そうだね・・・うっぷ・・・ケントも一緒だといいけど」
透明なハッチを開けて二人は船から飛び降りた。ドサ、ドサっと芝生の上に着地して辺りを見渡した。少し向こうに町並みが見える。ここはちょうど畑かなにかか、何にせよ広めの農地であることはわかった。
「急ごう、脱獄の追手がいつくるともわからん」
「それはそうだけどさ、もう少し近くに着陸できなかったかな?」ドリューが言った。
 ジョットは渋い顔をして向こうを見やると、一度息をついた。
「そう言うな・・・」視線の先にビルや塔を見つけていた。と、唸りながらに、良い手はないかと今一度辺りを見渡したジョット。
「・・・ん」すると、何かを見つけて目を止めた。
「しめた!フライダチョウだ!」ジョットは言いながらに駆け出した。
「え?ちょ、ちょっとまって!」ドリューは急に走り出したジョットを追いかけ、駆け出した。
 ジョットが駆けるその先には、大きくて、そして奇妙なダチョウがいた。青緑の体毛を侍らせて、前後に頭をフリながらに歩いている。時々、思い出したように周りを見渡しては首を傾げてまた歩きだしていた。
バシ!
次の瞬間、ダチョウは首元を掴まれ更には背中に何かが積まれたのに驚いて飛び上がった。グエー!と金切り声を上げるが、積み荷の二人はなんとか手懐けようと暴れるダチョウを抑えていた。
「ジョット!このダチョウでどうするの?!」
「飛ぶんだ!」そう返したジョットだったが、余りに暴れるフライダチョウに遂には振り落とされそうになっていた。しかし、負けるものかとジョットは嘴からピーチクパーチク、なにか特別な音を出した。
 すると、それを聞いた途端ダチョウは落ち着きを取り戻して頭を低くした。まるで一礼しているようだった。そうして今度はダチョウの方からも同じような鳴き声が聞こえたかと思うと、ジョットは頭を一度優しく撫でて、また一言だけ謎の鳴き声で囁いた。
「よし、了承してくれた」「今、ダチョウと喋ってたの?」
まぁな、とだけ返したジョットが、ダチョウに教えるように方角を指差した。
 その瞬間、ダチョウは両脇から大きな翼を広げると一気に羽ばたいた。青緑の羽が風を斬り、ジョットとドリューを乗せたままでも悠々と大空を飛び上がるのだった。

 宇宙船ほどの高高度は無いにしろ、空を飛び目的地へ向かう二人。周りには魔法の力か、なんらかの方法で浮遊しているものも見えていた。ボードであったり絨毯だったり、中にはドリュー達と同じくダチョウに乗っているものもいる。しかし、魔法惑星特有の光景に目を見張っていたドリューだったが、ふと地上を見た時に見覚えのある影を見つけた。それも2つである。
「ジョット!あれ!」ドリューが指差した。
 そこにはとある方向へ歩く蜘蛛族と人間族のコンビがいた。

                  ※

 ケントは今、壮大なツールのひな壇を見ていた。リーナスに連れられて邸宅へと脚を踏み入れたものの、その足は屋敷の地下へと向かったからであった。大きな玄関ホールを抜けて、それぞれどこに延びているのかわからない廊下や階段を横目に、リーナスのツカツカと速い足取りに迷子になるまいと必死に追いかけたのは、流石の大邸宅だったと感じずにはいられなかった。
「これ全部ツールか?」
そうしてたどり着いた『実験室』と書かれた札がかかった地下にたどり着いて、思わず声を漏らした。そこには天井に届かんばかりのひな壇があり、多種多様、ものすごい量のツールがそこには飾られていた。
見たことあるものから、まったくもって見たことのないもの、用途がまったくわからないものまである。
「博士の研究成果であり商品化まえのオリジナルです」リーナスは、目を回しそうなケントに言いながらに、部屋に添えられたデスクに腰掛けた。
「全てに紛失防止及び盗難防止のための発信機がついていますから持ち出しは不可能です」
 リーナスの言葉に「なるほど」と気のない声で返すケント。無論、そのことはミカや博士からも聞いていたことであり、博士がダミーの信号を使っていたことも聞いていたからである。
やがて、数えるのもうんざりするツールの山の見学を終えると、デスクに座ったリーナスの前に歩み寄った。リーナスはデスクに置かれたパソコンを素早く操作し始めると、眼鏡越しにケントを見上げた。
「それで、相談とは?」
「あぁ、星間列車の強盗犯と連絡がとりたいんだ」
その言葉にリーナスの顔が少し強張った。当然と言えば当然である。
「誤認逮捕だし、ひとりは俺の友達だ。それに無実なのは俺とミカで証明できる」
「・・・・・・・―――わかりました。調べてみましょう」
「星間列車?ケントさん達、星間列車に乗ってきたの?」
と、後ろからエールの声がした。付いてきたのか、慣れた足取りで地下室のあちこちを触ったりなんだりとしているが、その手にはどこから持ってきたのか『伯爵ポテトスナック』と書かれたスナック菓子を持っていた。
「乗ってきた・・・と、言えば、そうはそうだけど」
「へぇぇ。列車の旅ですか・・・お姉ちゃんも、あぁ見えてロマンチストだったんですね」
どこか恍惚とした表情のエールにケントは眉を潜めるが、横では凄まじい速さでパソコンを操作するリーナスの作業音が聞こえていた。そして、次にはもう「見つけました」と声が聞こえた。
「バシリア刑務所――通称・牢獄衛生と呼ばれる刑務所ですね。そこに乗っていた船ごと収容されたようです」
「バシリア・・・聞いたことあるような」
「ここいらじゃ最低最悪って噂の刑務所だよ。あ、でもそれは囚人たちのことで、看守さん達は常に為になることを教えてくれる『小宇宙の知恵袋』と呼ばれているんだよ」
横から入ってきたエールの言葉に、なんと役立たない情報かと、愛想で頷くとケントはそままリーナスに問いかけた。
「それで、連絡はとれるのか?」
「――――。それが、どうも混線しているようでして・・・・・・どうやら脱走騒ぎがあったらしいですね、ツイートされています」
リーナスの眼鏡にパソコン画面がチラリと写り込んでいた。その目には一言、ふた言の『呟き』が次々と送り込まれているようだった。
「列車強盗の船が暴走、刑務所地下に大きな穴、等など・・・真意の定かでない情報も多いようですね」
「・・・あいつら脱走したってことか?そえだと余計に連絡とれないな・・・連絡ツールなんて没収されてるだろうし」
うーん、と腕を組んでケントは考え込んだ。さて、次はどうしたものか。方法はどうあれドリュー達が脱走に成功したとなれば、次はどこを目指すか。まさか砂漠星に向かうわけもあるまいし、ミカが大統領の娘ということは知らないわけだから魔法惑星の線もない。そのまま目的地だった首都星を目指すのか―――・・・そのほうが可能性が高そうだった。
「他に、なにか聞きたいことはありませんか?」リーナスが問いかけた。それに、頭いっぱいに思考を巡らせていたケントは、少し出遅れてしまった。が、そこへ。
「ケントさん!お姉ちゃんのこと聞きたくないですか!?」エールが、ここぞとばかりに詰め寄ってきた。
「あのですね!お姉ちゃんってば長期の休暇になるたびに、一人旅するんですよ!いつもはもっと長いこと帰ってこないんですけどね!今回は――ケントさん付きだから早く帰って来た!ってことですよね!?」
「え?あ、あぁ・・・そう――そう、なのか?」
ミカと違い、元気いっぱいのエールの問いに少したじろいてしまうケント。それを見てリーナスがクスリと笑った。
「ミカお嬢様は、オッド閣下に連れ立って星外を同行することが多いのです――しかし、そのどれもが自由時間がない。その反動か、自由を得ることのできる時間だけがお嬢様にとっての生きがいなのでしょう」
「な、なるほど――それであいつ自分の興味あるものには、あんなに食いつくのか」
ケントはミカが「星間列車を見たことはある」と言っていたのを思い出した。それこそ大統領の娘らしい発言であったのだ。おそらく惑星間の移動なんかは自家用だったり大統領専用機だったりしたのだろう。列車が便利とは言え、それを超えるものを持っていれば不必要となるのは明らかである。
「お姉ちゃんが興味あるものってツールと『外の世界にある自分の知らない何か』だからね、どっちかというと冒険好きな少年みたいでしょ?」
「言われてみれば、そうだな」思わず頷いたケントだったが、どこからから拳骨が飛んでくるではと身構えた。
「でしょう?」エールが、呆れ顔で言った。
「ケントさんに言うのもあれですけど、博士がお姉ちゃんを甘やかすからツール造りばっかり上手くなっちゃって、魔法は全然だし――それに、どっちかというとクラスの男子より副大統領に気にいられちゃってるかもしれないんですよ」モグモグとスナックを食べながらにエールがいう。更には、やれやれと肩をすくめて溜息までつくのだった。
するとケントはエールの言った言葉の中で、思いついたように声に出した。
「副大統領・・・そうだ、ここにあるツールは全部ザヴィエラ副大統領の支援で完成したんだよな?」
「えぇ、そうです。・・・けど、急にどうしました?」リーナスが眉を潜めた。
「この中にさ、時間を操作したりできるようなのってあるかな?」
「時間を?」
「ないよ。魔法でも無理だもん・・・あ、動きを止めるってのならあるけどね」
リーナスが応える前にエールが言って、ケントを頷かせた。すると、なぜそんなことを聞くのかと不思議がりながらも、続けるようにリーナスが口を開いた。
「確かにエールお嬢様の言うとおり、そのような物は存在しません。しかし、副大統領がそれらしいことを博士に説いていたことはありました。博士は『不可能だ』と、取り合いませんでしたが・・・まぁ、事故の噂が副大統領に付き纏っているだけですが」
「事故の・・・噂?」急に出てきた謎のワードをケントが呟いた。それを聞いたリーナスは、なにやらカタカタとパソコンを操作すると、その画面をくるりと回してケント見せた。
 そこにはアカデミーに通う3人の若者の写真が映し出されていた。大学の門前で撮ったのだろうか3人共に笑顔を覗かせている。人間族の男女が一組と普通の人間よりひと回り大きく縹渺とした体躯の青い顔の男。そして女性はその腕にイルカを抱えていた。まるで、前に見た、博士の授賞式の写真のようだった。
「これは副大統領のアカデミー時代のご学友との写真です。この青い・・・イーサンティ族の青年がザヴィエラ副大統領・・・―――こちらのお二人がオッド閣下とハル夫人。そしてハル・ハーティさまが抱えているのがメガット博士です」
写真映像を、ピッピッと指差してリーナスが説明していく。
「卒業後は御存知の通り、オッド様は政治の道へ進み、ハル様もそれを支えていました。一方でザヴィエラ様と博士は科学の道に進みました――お二人ともアカデミーでは首席クラスであったため、その後の銀河の発展に大いに貢献するだろうと期待されました」言いながらにリーナスは、パソコンを操作して画面を変えた。こんどは新聞の切り抜きの画像が表された。見出しの一文には『賢者の失敗』と書かれているのが見えた。
「・・・しかし、ある日、ザヴィエラ教授はツール開発の事故を起こしてしまいました。その事故で半身に深い傷まで負ってしまった。賢族とまで呼ばれるイーサンティ族による失態は、思いがけない噂を作りました」リーナスは更に記事をズームにした。すると記事の中にある『時間掌握』の文字が確認できた。
「――、賢者の驕りは遂に時を操る禁忌を犯した。・・・時間を操るツールを造ろうとして事故を起こしたと噂が飛び、ザヴィエラ様は科学者の道を閉ざしてしまいました」
「それで、今度は政治家に転身したと?」ケントが言った。
「はい。まぁ、すぐにというわけではありませんが・・・ちょうど博士がアージェナルド家の家庭教師になったぐらいですかね」
言い終えてリーナスは眼鏡を整えると、じっくりとケントを見やった。しかしケントは彼女の視線をそのままに、また一度考え込んでいた。
「・・・うーん、特に介入機を欲しがる理由がないような――事故をなかったことにしたいとか?やっぱり本当に大統領になりたいとかか?」ブツブツと言うケントだったが、後ろからエールに「かいにゅうき?」と言われて、慌てて「何でもない!」と取り繕った。
 そうしてケントがエールに、わざとらしい身振り手振りをしていたところ、天井から何かエンジン音のようなものが微かに聞こえたが分かった。
「・・・なんだ?」天井――、その先の地上を抜け建物外を睨んでケントは言った。
「あぁ、ご来客の迎え船でしょう」
そう言えばそうだったとケントは頷いた。ミカは、それがために直接母親に会いに行ったのだ。と、いうことは来客が帰れば事もスムーズに運ぶだろう。
「あの、俺、上でミカを待つよ」天井を指差すケント。
それにリーナスは了解と微笑み、エルはまたしても恍惚した顔で何度も頷いていた。

                    ※

 地下から戻り、玄関ホールまでやってきたケントは、そこにまだミカがいないことに辺りを見回した。どうやら来客自体は帰ってはいないようだ。広く大きな空間には護衛が数人立っており、あとから付いてきたリーナスとエールが小さく喋っているぐらいで静寂そのものであった。
「ミカは、まだか・・・――あっちは上手くいったのか?」ケントが呟いた。
迎えの船とやらは、屋敷の裏手にでも停まったのだろうか。そこから客を迎える誰かが、既に向かった後なのか、来たときと変わった様子はなかった。が、しかし。
次には玄関から向こうの庭先のほうが騒がしいのに気がついて振り返った。
 今度は先程のようなエンジン音ではない、誰かが騒がしく声を発している音だ。それも複数で、なにやら、ただ事ではないようなものに感じられた。
護衛達もその騒ぎに気がついたようで、顔を見合わせあっては、庭先の方を気にしだした。「なんだ?」護衛達と同じようにケントも気になってそちらに意識を向けた。
ミカはまだ目的を達していないのか戻ってきていない。それに、現状では自分がいても『封印術』なるものの役に立てないのもわかっている。そうして一度、大きな階段を見やってからケントは入ってきた玄関扉に向かった。
 扉の向こうから、未だにケンカのような声が聞こえたままである。ケントは事態を確かめようと扉を開け、庭先に出た。

「脱走者だ!バシリアからの脱走者がいるぞー!」
「列車強盗犯だ!早く捕まえろ!!」
飛び抜けて、2つの声が耳に入ってきた。それもどこかで聞いたことのある声だ。しかし、ケントの意識は『列車強盗と脱走者』というフレーズに集中されていた。
 無論、ドリューとジョットのことである。先程のリーナスの情報から、脱走者の可能性を考えていたが、魔法惑星に来るという選択肢は考えていなかった。だからこそ、まさかと思い急いで辺りを見渡した。
 「観念しろ!」「運が悪かったな!」「わざわざ隊長の居る星にくるとはな!」また、さまざまな声が飛んでいた。これの主達の正体は、庭向こうの通りに群れをなした警官たちであった。そして警官の群れは何かを取り囲むように輪を作っていた。
 ケントは輪の中心が警官の群れの壁に見えないことに苛立つと庭に植えられた松によじ登った。ちくちくする松の葉に我慢しながら、全体が見渡せるところまで登りきると、じっくりと輪の中心をみやった。
「・・・やっぱり!」
瞬間、ケントは確信した。取り囲む警官たちの輪の中では二人の男がたじろいていた。
 ドリューとジョットである。なぜだかダチョウ連れ立っているが紛れもなく、二人であり、助太刀の理由を考える暇などなくさせたのだった。
既にケントは足にオーラを集めていた。そうして流れるように足のバネを活かすと、松の木を蹴って高速で飛び出した。松の木が反動でボキリと折れてしまったが、気付きはしなかった。ケントは一瞬にして警官たちの中心、ドリュー達の前に参上した。

「ドリュー!ジョット!無事だったか!?」
「ケ、ケント!!」「やはりお前もここにいたか!!」ドリュー、ジョットと突然のケントの登場に驚きながらも、取り囲む警官たちに警戒を緩めてはいなかった。
 一方で警官たちにはどよめきが起こり、いったい何が振ってきたのかと混乱気味であった。
「まさか本当に脱走したのか?」
「うん……まぁね。それでジョットの考えでここまで来たんだけど・・・」ドリューが不安げな顔で応えた。
「ケント、お前とミカがいれば俺たちの無実は証明できる。ミカはどうした?博士の装置を持っているんだろう?」
「今、母親と会ってるよ――っていうか、なんで知ってるんだ?」
ジョットの言葉に、どうやって知ったんだと訝しげな表情のケント。しかし、そんな彼等の元に下品な笑い声が聞こえてきた。あの列車内で聞いた声だ。
「ヒヒヒ!おい!早く強盗犯を捕まえろよ!」
「そいつらは凶悪犯だぜ?傭兵もびっくりなぐらいになぁ!」
蜘蛛族とスキンヘッドの人間族の男が警官たちに混じって笑い飛ばしていた。
それを見た瞬間、ケントの中で、ぐつぐつと怒りの炎が滾ってきた。
「ここに来る途中あいつらを見つけたんだ――それで、雇い主をとっちめようとしたんだけど・・・」ドリューが申し訳なさそうに言った。
「反撃にあってこのザマだ・・・あいつら、報酬をもらいに来たんだ――ザヴィエラにな」ジョットが付け加えた。
それを聞いてケントは博士の推測が、ぴたりと当てはまっていたのに納得した。やはりザヴィエラが傭兵を雇っていたのだ。ミカにけしかけ、殺そうとまでしたのは副大統領なのだ。と、考えるケントだったが、今しがたジョットの言った言葉に気になる部分があって呟いた。
「――・・・ザヴィエラに報酬を、『もらいに来た?』・・・ここに?」
「そうだ、さっき迎えの船が屋敷に行っただろう?」
瞬間、ケントは己の中で煮えたぎっていた熱が冷めていくのを感じた。そして慌ててミカの大邸宅の方へと振り返って、息を大きく呑んだ。
「まさか来客ってのは…!」
ケントは『まずい!』と心のなかで叫んだ。

                  ※

「お母さん!!」
 ミカが長い廊下の先にある応接間の扉を開けるなり、大声で言った。中は、きらびやかな造りの内装で、高価な壺や絵画などが飾られている。そんなミカにとっては当たり前に気にもとめないような部屋の入口で、もう一度母を呼んだ。
「お母さ」「聞こえてるわよ」
と、最後まで言い終える間に奥から、母であるアージェナルド・ハル・ハーティが困り顔で出てきたのだった。
 純白のドレスを着こなし、緑みがかった長い金髪を厳かなに束ねて、ハルはその艶めかしい瞳で娘を見やった。
「ミカ、今、お客さんがみえているのよ?」
「わかってるけど!急なことなの!」と口早に言ってミカはポーチを開くと、急いで中から球状のツールである時間介入機を取り出した。
「これ!博士の作った時間介入機ってツールなんだけど、安定していないの!だからお母さんに頼みがあるの!」
「あら?メガットってば、休暇だって言ってたなのにこんなの作ってたの?時間・・・なんだっけ――まぁ、仕事と趣味がむずび付いていのね」
ミカから介入機を受け取って、ハルは球状ツールをまじまじといろんな角度から眺めてみたり軽くつついてみたりしていた。そんな危なっかしい触りかたに、ミカはおろおろしながらも言葉を続けた。
「乱暴に扱わないでよ、デリケートなものなんだから。だからこそお母さんには封印術でそれを封印してほしいの」
「――封印術?」その言葉にハルの動きがピタリと止まり、ミカへの視線が一段強まった。
「たしかに、古代魔法として伝わっているけど・・・」
「そうそれ!できるの?!」ミカが急かした。
すると、ハルは介入機を持ったままに応接間の中をぐるぐると回り始めた。まけに額に手を当てながらに呟きながらである。
「え・・・――と、ちょっとまってね・・・」
完全に思い出そうと頭を捻っているのがわかった。ミカは急いでくれと視線で合図を送るが全く伝わらず、母が何度も同じところをぐるぐる回っているのを見る羽目になった。
「そう、たしか何か必要なのよ…なんだっけかな――、私の家系で使った人いないからな――」
「――私に心当たりがある。少し貸してくれるかな?」突然の応接間の奥から声が聞こえた。
瞬間、ミカはドキリとした。その声に、そして次に奥から現れた声の主に。
 仕切りに使われるカーテン越しに青い肌が見え、飄々とした体躯がゆっくりとハルのそばまでやってきた。皺の多い顔に更に皺を増やして、声の主は不気味に笑顔を作った。
 ミカは声が出なかった。しかし代わりに母の嬉々とした声が飛んだ。
「本当!?ザヴィエラ!?助かるわ!ここまで、ここまで出てるんだけど――あ、はいこれ、デリケートなんですって」
「たしかに」
そしてミカの目の前で副大統領ザヴィエラの手に介入機が渡ってしまった。
理解の追いつかない、ミカは何度もまばたきして、口をパクパクしながらに母に、たどたどしい声で説明を求めた。
「お母さん、もしかして・・・お客って――」
「ザヴィエラよ、メガットが休暇だって知って管理しているツールの様子を見に来てたのよ」
「まぁ、メガットに任せておけば失敗はないでしょう。現にどれも『異常』はなかったですし」そう言うザヴィエラの瞳は介入機を睨んだ瞬間ギラリと光った。
その光景にミカは顔を引きつらせ、あらゆる嫌な思いと共に言葉を漏らした。
「・・・しゅ、首都星にいるはずじゃ―――」
「あぁ・・・。メディアというものは真実を報道しませんからな――よくあることですよ、ミカ・フェリアお嬢様」気味の悪い猫なで声でザヴィエラが言った
ミカは「してやられた」と思うと同時に、今度はどうにかして奪還せねばと、気持ちを切り替えた。きっと封印術のやりかたに心当たりがあるというのは出鱈目だ。介入機を手に入れるためだけの作り話だ。だが、それを論破できるほどに自分には封印術についての知識はない。ここで銃を突きつけにも母親の前である。
「副大統領、お迎えに上がりました」
 と、あれこれ考えていたミカの背後から今度は別の誰かの声とノック音が聞こえた。若い男の声である。ハキハキとした喋りに勇ましい声色。
「あぁ、ご苦労・・・ラージャック――それでは私はこれで――ハル、ミカ様、ごきげんよう」
「えぇ、それじゃ、また来てねザヴィエラ。ほら、ミカも挨拶しなさい」
「さ、さようなら・・・」ミカは強張った顔のまま告げた。
ザヴィエラは今、たしかに『ラージャック』と言った。間違いなくケントの兄弟子ありオーラ術者の彼であろう。ケントでさえビームを消せるのだ。ケントいわく自分よりも何倍も強いと言っていた男に、いくらパワーが上がったとは言えビームを撃ち出しても無意味ではないだろうか。
 母親の手前という理由と無駄な抵抗という思いが相まって、ミカは、応接間を去ってゆくザヴィエラを見送るだけしかできなかった。
そして、バタン。と扉が開閉し、その向こうに銀髪が見えたかどうかわからないまま副大統領は完全に去っていった。

 その瞬間、ミカは堰を切ったように声を荒げた。
「あぁぁぁぁぁぁ!どうしよ!どうしよ!」頭を抱えるミカ。
「ちょっとミカ?!なに、なんなの?ビックリするじゃない」ハルが肩をすくめて言った。
「そ、そうだ!ケントから、あのお兄さんに取り次いで貰えばいいんだ!」と、急いで思いついたことを実行に移そうとスマートツールを取り出すと、急いでケントの番号にかけるだった。横では母が難しい顔で娘を見やっていた。
「ねぇミカ、どうしたの?そういえばなんで博士のツール持ってたの?それに封印術だなんて」「どうして出ないのよ!!」母の声を遮ってミカが叫んだ。今にもツールを握りつぶしそうな勢いである。そして今度はミカのほうが応接間の中をぐるぐる回り始めた。
「ミカ?わたし録画しておいたアイーボ見るから、もう行くわよ?今日から新シーズンでバディ役が代わるのよ――あ、それでねこれがまた以外な人物」
「そうだ!リーナス!あいつリーナスのところに居るはず!」
と、またしても母の声を遮ったミカは、思い出したように言った。
そうして、今度はリーナスに電話を掛けながらに応接間を飛び出していった。

「はぁ!?外に出てった?!」電話越しにミカが叫んだ。
長い廊下を走りながらに、ケントを求めて突き進む。すでにザヴィエラとラージャックの姿はなく、自分が追いかけてくるだろうとわかっていたかのようだった。
「こんな時に何してんのよ!」愚痴を言いながらに通話を切ったミカがツールをポーチにしまいこんだ。その時、ちょうどなにか一枚、紙切れのようなものが見えた。その紙切れの一部である文字が見えた時、ミカは閃いて今一度スマートツールを手に取った。
「そうだ!」
またしても、どこかへ電話を掛けながらにミカはケントのいる、屋敷外へ急いだ。

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