スーパーギャラクシーズ 小さな大冒険

ツカ007

第七章 砂漠の星


―――とある、どこかの惑星。一日の三分の二が夜というこの星は、日陰を生きるものにはおあつらえ向きの星であった。顔を隠さねば生きて行けぬの者、追われるはめになった者、他、さまざまな理由の言わばならず者たちが集まる星であった。
 そんな星の、小さな街の中に酒場があった。『シュゴー』と書かれたピンクのネオンが、暗い街にほんの僅かに明かりを灯して、客の来訪を招いていた。中は十数人が入れるほどフロアで、薄暗くムードたっぷりの照明が踊っている。だれかと酒を酌み交わす者、やかましく歌い出すもの、喧嘩腰に歪みあう者。さまざまな種族が居座る空間で、ひとりカウンター席に座っては薄黄色の液体が入ったグラスを回す男がいた。
「お前が、しくじるとはね」
「――そういう時もあるさ」
 洗い終わったグラスを拭く店主のミミズク族から言われて、ストログは小さく応えた。
彼の任務失敗は広まっていた。狭い業界のネットーワークであり、ストログは傭兵界ナンバー1と囃し立てれた存在でもある。誰しもが注目し、その仕事ぶりにも、良くも悪くも期待が集まった。彼に憧れるもの、彼に嫉妬し執着するもの――今回の失敗で、憧れるものは減ったであろうことは、目に見えてわかっていた。
「お得意の戦法で行ったんだろう?あの溜め込むやつ――」
「あぁ、使わざるを得なかった」グラスを見つめて言うストログだったが、そのすぐあとから、やかましい二人組の声が飛んできた。

「やーったぜぇ!!これで俺たちゃ金持ちで!」「ナンバー1だ!!」
 ヴィノとモックが汚い笑い声を上げて、店の奥へと進んできた。当然、『ナンバー1』と吠えていた身である。カウンターに座るストログを見つけた瞬間、ふたりは勢い良く駆けて彼に前に回り込んだ。
「これはこれは、現ナンバー1のストログさん・・・暇で一杯ひっかけてたところですかなぁ?」嫌味ったらしく言うヴィノにストログは無言で睨み返す。
「あんたがドジったおかげで、俺たちに話が回ってきた時は、どうしたもんかと思ったぜ?」「なんせナンバー1がしくじった任務だもんな」ヴィノとモックがニタニタと笑みを作って言う。
「あぁ、あー…―でも!でも俺達は?」「チャンスをものにする男!!」二人の声が重なってハイタッチをした。
「なーんて事なかったぜ!なぁ兄弟!?」「あぁ!列車から宇宙にポイだ!楽な仕事だったぜ!」またしても下品な笑い声を飛ばしてストログに、自慢げな顔を見せつける。
「あんなガキに何を苦戦したんだか、ナンバー1様は?」「自慢のストック術が上手く行かなかったのかなぁ?アプリで管理しておけば便利だぜ?」一段と大きく笑い飛ばした二人は、側を歩いていた蟻族のボーイに飲み物を注文し「とっとと持って来い!」と急かした。
「これから報酬をもらいに行くところなんだ…でも、その前祝いに」「派手にやってやろうぜ!」ようやく二人の目はストログから離れると、店内にいた客全てに向けられた。
「俺達のおごりだ!」「死ぬほど飲んでくれぃ!!」
 その言葉に店内が地震のような喝采を起こした。立ち上がって吠える者や感謝の言葉を投げる者。そしてヴィノ&モックのコールが始まって、店内は二人の独壇場となっていった。

「・・・なぁ、気にすんなよ、ログ」店長が愛称で呼んで慰めの言葉を吐いた。
 しかしストログは黙ったまま静かに騒ぎを見つめていた。
「樹液ウォッカ、もう一杯いるか?」黙したままのストログが気になって、彼の好物を勧める店長だったが、次にはストログが首を横に降ったのに気がついた。
「――いや、いい、今日はもう帰るさ」言いながらに勘定分の金銭をカウンターに置くとスクッと立ち上がった。そして、もう一度、騒ぎの中心の二人を見つめた。
「失敗したのは、オーラ術者のせいじゃない――」急にストログが呟いたのに店長は「え?」と、聞き取れなかった表情で目をパチクリさせた。
「――あの女だ」
 それだけ言い残してストログは酒場から出ていった。

                        ※

 深い闇が全てを覆う。ミカは今こそ確実に死を覚悟していた。
宇宙空間に放り出されたのだ。空気のない、呼吸さえ出来ないところへ。口をぷっくりと膨らませて、これだけは逃さまいと片手で抑えた。もいっぽうの手はケントが強く握っていた。宇宙空間に吸い込まれた瞬間、思わず掴んでそのままなのだが、これが唯一の生命線でもあった。
「んんん!」ケントもまた口いっぱいの空気を溜め込んで藻掻いていた。徐々に顔が赤くなっていく。呼吸を止めておくことなど長く持つわけがない、だからこそケントはミカが握ったままにしていた銃を見つけて「これだ!」とすぐに思いついた。
「んー!ん!!」「ん?!」ケントが銃を使えと目訴えるが、ミカはわからないのか首を横に振る。口を開いて怒鳴りそうになるのを我慢してケントは、ミカが銃を握ったままにしていた腕を大きく揺らすと、息を吹きかける真似をしてみせた。
「んー!!」なるほどとミカが頷いた。
 瞬間、銃を持ち替えしっかと見据えると、流れるように『自分達』に向けて引き金を引いた。すると銃からは薄緑の大きな空気玉が膨れ上がって二人を包み込んだのだった。

「ぷは!!」二人が同時に呼吸を再開した。これほどまでに息ができることをありがたく思ったことはないと、ケントはゼエゼエと肩を揺らして一度、唾を呑んだ。
「・・・あんた、よく思いついたわね」
「巨竜に通せんぼされたおかげだな」
 ケントはターミナルへ向かう途中、定期船の甲板で暇つぶしにやっていた、ミカの小銃の機能を思い出したのだった。そして列車内でもドライヤー代わりに使っていたのもあった。少し不安ではだったが、生死のかかった局面である四の五のは言ってはいられなかった。
「でも、どうするのよ、ここから・・・星間トンネルからもかなり流されちゃってるわよ」ミカが見上げて言った。既にトンネルは宇宙に漂う一筋の糸のようにしか見えなくなっていた。二人は未だに推力を保ったまま一定方向に突き進む状態であった。
「それに、これだってどこまでもつか…」
「ジョットが来てくれるか?でも、たかだか商売相手にそこまでするか…?――やっぱりドリューが救難届けを出してくれるのが近道なんだろうな」
 と、ケントが珍しく真面目なことを呟いているなとミカが思うと同時に、未だに片腕に温もりがあるのに気がついた。ケントの手がまだ握られたままであった。
「・・・あんた、いつまで手握ってんのよ」「あぁ?あ・・・――そうだったか、悪い悪い」
 あっけらかんとして言いながらに、ケントはバッと手を離して、また、あれこれと考えだした。しかし、ミカはジーッと怪しんだ目で見ていた。
「後生だからって、私に…え、エッチなことしようとしてるんじゃないでしょうね?」
「はぁ?」ケントは眉間にしわを寄せ、こわごわしく言った。そしてその視線は一度、ミカの膨らみのない胸を経由してから顔に移った。
「お前な、そういうのは、もっと――――」

ガツン!!

 その時だった。二人を包む空気玉が何かにぶつかって会話を遮った。
 驚いた二人が音の方を見上げると、そこには巨大な岩があった。小惑星帯――アステロイドと呼ばれれる巨石の群れが帯となって宇宙に浮かんでおり、それにぶつかったのだ。
 が、問題はそれだけではなかった。二人は推力をもったままだった、そのため巨石にぶつかると、まるでボールのように弾けてしまったのである。
「うわ!」「ひぃ!」ガシ!ドカ!と巨石の群れの中をピンボールよろしく弾けて周り、速度もぐんぐん上がっていく。そして、それは空気玉の限界をすぐにでも終わらせようとしていた。
「あわわ!やばい!!」
 今にも、はじけ飛んでしまいそうな空気玉にミカの絶望的な声が飛ぶ。しかし、ケントは一度、瞬くと両手を伸ばして空気玉の壁装に押し当てた。「はあああ!!」ケントが気合と共に両手からオーラを昇らせた。それは、腕から空気玉に伝わり、全体を赤に染めた。
 真っ赤な火の玉のようになった空気玉を内側から見て、ミカがホッと胸をなでおろした。
「…強度はなんとかなったが、あとは呼吸だ――早く救助船か、空気のある星でも見つけないと」オーラを送り込みながらにケントが言う。そんな中でも赤い空気玉は、アステロイド帯を上下左右に飛び回り、やがては、星間列車においつくのではないかというぐらいのスピードを帯びて吐き出された。
「ね、ね、ブレーキとか――ないの?」「あるわけないだろ!」
 もはや速度圧を覚えるほどの速さにミカが怯え始めた。このまま、空気玉が割れてどこかに激突すればひとたまりもないのは、簡単に予測できたからだ。
 だが、事態は更に悪化を見せた。
 ガクン!と何か下方に引っ張られるように感じたと思ったら、空気玉は進路を下方に見える惑星に向けていた。それを見て二人を理解した。
「まさか…」「あの星の重力に引き寄せられているのか!?」
 正解であった。重力を加えると、さらに速度があがって急下降を始めた。もはやジェットコースター状態である。
「こ、これはこれでラッキー――かも、あの星の人に助けてもらえばいいんだし」思いつきながらにミカが言う。「あ、でも、あんたのオーラって大気圏とか超えられるの?」
「・・・――――」
 ケントは無言で返したが、更にオーラを強くした。もはや空気玉は隕石のごとく赤に染まり、中の二人を隠すほどであった。
 そして、それは、最高速を記録して惑星へと突入するのだった。

               ※

「全部撃ち尽せ!層を厚くするんだ!!」「やってるわよ!」
 遂に目下の惑星に引き寄せられて大気圏に突入した。ケントは空気玉の層を厚くして、熱に耐えられるよう層全てにオーラを流し込んでいた。少しの減速も出来ぬまま大気圏に突っ込めば燃え尽きるのは当然である。せめて圏を抜けるまでだけでも、空気の層が残っていてくれれば、助かるの余地もあるだろう。
 そんな僅かな希望に託して、ケントは持てる全ての力を何十層となった空気玉にオーラとして送った。外からの熱とケントのオーラで、二人を包む空気の玉は、まさに天より降る火の玉となっていた。
「ぐっぅう!!」ケントから踏ん張って苦しそうな声が漏れた。
 バリン!バリン!と次々に層が破裂し消え去っているのがわかる。その度に温度も上昇していく。ミカは、まだまだ補充しようと引き金を引き続けるが、残されていた『弾』がなくなってしまったせいで、絶望的な顔を見せることしかできないでいた。
「うぉおおおお!!」そうして、遂には層が最後の一枚となってケントが吠えた。
 温度は急上昇して、本当に燃え盛るように空気玉が揺れる。合わせてケントが最後の力を振り絞った。その時。
「・・・やった!」
 大気の層を抜けたのである。温度の上昇を感じなくなってホッとした表情のミカだったが、速度が急速に落ちたわけではない、高速で地面が迫っているのに、安堵の表情を掻き消えた。

ドカン!!バリン!!

 次の瞬間、真っ赤な空気玉は勢い良く地面に衝突して砕け散った。同時に中の二人を吐き出して、その身を痛々しく地面に打ち付けたのだった。
 ドサ!ドサ!と二人分の落下音が、地に広がった『砂』の上に聞こえた。すると。
「・・・いたた――あ、い、生きてる・・・」と先にミカが起き上がった。衝撃で落ちた帽子を拾いあげると、首や腰などあちこちに痛みを感じながらも辺りを見渡した。
「ここ、なに――?」目の前に広がった光景に唖然とした。
 一面に広がる砂の海。そう、まごうことなき砂漠であった。テレビや雑誌などで見たことのある、それそのもであった。砂だけが続く殺風景な世界、遠くには宇宙船のようなものも見えるが、完全に朽ち果てている。風が砂を巻き上げ、できあがった丘を削ったりまた作ったりするぐらいで、何も動きのない世界であった。
「・・・、そ、そうだ!ケント!」と、ミカは思い出してケントを探した。
 キョロキョロと改めて見渡すと、自分より後方の少し離れた場所に、倒れたケントを発見した。ミカは急ぎ駆け寄り、名前を叫んだ。が、何の返事もなかった。
「ケント!」今度は倒れた身の彼の肩を揺すってもう一度名を呼んだ、が、それでも返事はなく、ぐったりとしたケントは目を閉じたままであった。
 瞬間的にミカは、嫌な――最悪の――事態を予測した。胸の奥がズシンと重い秤にかけられたみたいに、深く沈むのを感じた。うまく声が出てこないミカは、ふとケントの手に視線が移った。彼の手は損傷激しく、火傷の痕が痛々しく残されていた。それを見て、また1つ心が重くなってミカは、腰が抜けたようにドサリと座り込んでしまった。
「・・・う、嘘――わ、わたし・・・」どう言葉していいのか震えながらに呟くミカ。
 しかし、次には、彼の火傷の手が、指をピクリと動かしたのに目を見張った。そして。
「・・・うっ」「ケント!!」
 ケントがうめき声を上げたのだ。その瞬間、ミカは生気を取り戻したように瞳を輝かせて、何度も名前を呼んだ。しかし、ケントは目は閉じたまま、「うぅ」とか「あぁ」と呻くだけで、また静かになってしまった。
 まさか、と、思いミカはケントの呼吸を確認した。
「眠ってる・・・と、いうよりは気絶してるのか――・・・」ケントの呼吸があるのは確認ができた。そうして今の状態が『気絶状態』にあるのも理解できた。
「よ、よかった…――て、わけでもないか」
 とりあえずは生存確認ができたケントに、安堵したのも束の間、再び砂漠の星を見渡した。
 見渡せど見渡せど、砂、砂、砂、である。どちらにしても、こんなところにいては砂に埋れてしまうと思えた。そうして、動けないケントの肩を持って立ち上げると、とりあえずは砂風を避けようと、遠くに見える廃船を目指して歩き始めた。

                  ※

 ドリューとジョットは手錠をかけられ、護送車に乗せられていた。リバリー号も押収されて、先程やってきた銀髪の男が長々と手続きをしているのが護送車の窓から見えいていた。
「ね、ねぇ!なんで僕達が捕まるの!?それに列車強盗って?」
「やつらが、なすりつけていったんだ」
 ドリューの質問に、ジョットは苦々しく言っては窓外を睨んだ。
「くそ!…バルンには、こういう事態になったら緊急停止するようにプログラムしてあるから大丈夫だろうが…――やつらが気づかなければいいんだが」「ね!ねぇ…!」呟くジョットに向けて、またドリューが問いかけた。
「令嬢誘拐って何?どういうこと?どこかのご令嬢が乗ってたってこと?」その問いかけにジョットは一度瞬くと、外を睨んでいた視線をドリューに移して、声を小さくするように努めて口を開いた。
「――・・・ミカが魔法族と聞いた時点で気付くべきだった」「へ?」神妙な声で言いだしたジョットにドリューが首を傾げた。
「彼女は赤札を持っていた」
「たしか、お父さんのだって言ってたよ」
 ジョットが『それだ』と頷く。

「俺が知る中で、魔法族でレッドパスを所有できるほどの地位にあるものは一人・・・いや一組しか知らない」
 そう言うジョットの声を遮るように、護送車の中に、軍用か警察用の無線が響いた。

『副大統領、大統領共に会合が終了。副大統領は予定通りメーザードに向かう。どうぞ』

                   ※

「よ、し、これを使って・・・」
 廃船のもとまで、どうにかケントを肩に担いで(引きずって)やってきたミカは、影になった部分に入り込むなり、鉄くずに手を伸ばしていた。
 ベロンと、ロール紙のように鉄板がめくれているのを引き剥がすと、それを床に敷いた。ちょうど人が二人『乗る』には充分な大きさだった。ミカは満足気に頷くと、砂の上に敷いた薄い鉄板にケントを寝かせた。グワンと鉄板が歪む音を立てながらに、ミカが今一度頷く。
「よし、次は・・・」と、今度はポーチから地図とスマートツールを取り出した。が、「ダメだ」見た瞬間、どちらも沈黙しているのが分かった。どれだけ触ろうとうんともすんとも言わない。どうやら落下時の衝撃で傷んでしまったらしい、仕方ないとポーチに戻すと今度は砂漠の方を見つめた。
 廃船の影から見渡しても砂の海は果てしなく、目印になるところもない。なにより。
「なんか、見た目より暑くないわね…というかぬるい?」気温が妙な温度だった。
 砂漠イコール熱帯地域だという思い込みのせいか、それとも真の砂漠とはこういうものなのか。「うーん」と深く考えるでもなく唸るミカだったが、次の瞬間、砂の向こうで何かがキラリと光ったのが見えた。
「え?!なに?」驚きながらに目を凝らすが風で砂が舞って邪魔をする。腕で顔を覆いながらも光っていた位置を睨みつける。しかしながら、もう、それはよくわからなくなってしまった。
「・・・・・・――行ってみるか」ミカは一度、気絶中のケントを見てから呟いた。
 正直、ここは影になって砂風を凌げるので最高の場所だが、ただそれだけである。どこにいるにしても、問題は食料だったり救助の望みを持てるか、である。もし、先程の光が人工的なものであるなら―――それこそもしかしたら誰かがいるのかもしれない。
 ここにいて、なにもしないのなら、折角ケントが頑張った甲斐がないというもの。ミカは決心してキャップ帽をグィッと深めにかぶり直すと、グワンと鳴らして鉄板に乗った。
「よぉーし、と!」
 すると銃を取り出し弾倉を開くと、周りの空気をそこに集めた。充分に『溜まった』のを確認すると、自分とケントが乗った鉄板の上から『真後ろ』に発射した。

ブワッ!!

 瞬間、二人は鉄板をソリにして砂の海へと風力を頼りに漕ぎ出したのだった。

                ※

 「うーん、この方角のはずなんだけどなぁ・・・」
 片腕で銃を後方に撃ち続けながらに、ミカは呟いた。二人を乗せた鉄板ソリは砂の上をすべり続けて、見事に滑走している。銃から発せられる風はソリに推力を与えて、ミカ船長の意図する進路を辿らせている。
「あ!」と、そのとき再びあの光を目撃した。こんどは間違いなく、位置がわかったし、方角もあっていた。そして何より、光が先程より具体的な形を持っていたように見えた。そう、まるで青々とした池と緑が生い茂る、まさにオアシスのような。しかし、もちろん「蜃気楼?」だと、すぐに疑った。こういうのも、テレビや雑誌ではお決まりパターンである――。が。
「・・・どっちにしても引き返せはしないんだから」チラリと振り返ったミカが呟いた。 もはや先程いた廃宇宙船は砂の幕で見えなくなっていしまっている。ともなれば、このまま突き進み、僅かな望みに託しても悪くはないだろう。それが幻であっても、光ったなにかの正体がわかるかもしれない。
「そうと決まれば――!!」
 すると、ミカはそれまで片手で撃ち続けていた銃を両手で持ち直した。半分だけ向いていた姿勢も真後ろに向けて、ケントに当たらないように、銃口の位置を気にする。そうして一度振り返って、進行方向を確認したミカは、そのまま強く銃を握って引き金を引いた。

ドカン!!

 凄まじいほどの緑の光が銃に集まったかと思うと、その光は特大のビームとなって発射された。同時に先程まで風力などそよ風レベルだと言わんばかりに、二人を乗せたソリは、獣のごとく飛び出した。
「――あ――やば――い――強すぎ――た・・・!」
 声が風に切れていく。ケントとソリをしかっり抑えて、あまりの風圧に飛ばされまいとミカは必死に掴まっていた。完全に出力を見誤った。ソリは砂漠を滑るどころか、もはや飛び跳ねていると言ってもいい。川辺で小石を水切りするように、とてつもない推力を得たソリが、一直線に目的の方角へと、かっ飛んでいく。そして、そんな超高速の仲でミカは、遂に光の正体をとらえた。
 緑成分はなかったが、青白いなにかが前方に見えた。幻ではない、確実になにかがそこにある。しかし、このままでは正面から激突することになる。どうやって減速すべきかと眼前に迫る危機に思考を急がせた。
「そ――うだ!」ミカは思いついた。次の瞬間、銃を前方斜め上に構えて発射した。今度は空に向かってビームが飛び、その反動がソリにも伝わる。進行方向とは逆と、そして地面の方向に、である。それによって砂漠をこすりながらも急ブレーキのかかったソリだったが、あまりの反動の末に、遂には引っくり返ってしまった。
「うえ!」
 ドサ、ドサとミカとケントは砂漠の上に転がった。しかし、どうにかこうにか止まることができた、とミカは口入った砂を吐き出しながらに立ち上がると、ケントを肩に担いで辺りを見渡した。そして目的であった位置に広がる青白い何かが目に入った。
「やった!やっぱりオアシ…――ス…――?」そこでミカの声は途切れた。
 ミカは寒気がした。否、本当に寒かった。青白い何かは氷の塊であった。泉らしきものは凍りつき、まわりの芝にも霜が降りて白い化粧が施されている。砂漠との境界のように白い芝生をまたぐと、気温がグンっと下がって、まるで氷点下そのもであった。
「な、なんで、砂漠にこんなものがあんのよ」震えながらにミカが呟いた。
 砂漠の中にある凍てついたオアシス。きっと凍る前は普通のオアシスだったのだろう、脇のヤシの木は凍りつき、ベンチまで置かれている。
「・・・ん?ベンチ?」と、そこでミカは違和感に気がついた。凍れる泉の側にベンチが2つ。それもそれは、今の今まで使っていたようで、凍った気配はないよう見えた。
 と、その時。
「よぉ、地下の客かい?」「うぇ?!」突然の呼びかけにミカは驚いて振り向いた。
 そこにはオシャレな眼鏡をした、大きな色黒のクマ族が立っていた。

                ※

 ミカは大混乱中であった。砂漠を突き進んだ先で出会った氷のオアシスと眼鏡クマ。それが、よくわからない質問をしている。ぐるぐると考えが渦巻くのがわかったが、とりあえずは落ち着いて口を開いた。
「あ、あの…なんの客でもないけど――ここって、そのオアシスじゃないの?――あの、その――普通のっていうか?凍ってないというか」寒さに身体を震わせながらもミカが訪ねた。 するとクマ族の男は一度眉間に皺をよせたかと思うと次には大きな口を空けて笑いだした。
「はっはっは!なんだ?知らないできたのか?お嬢ちゃん、なかなかの冒険家だな!」嬉しそうに手を叩いて言うクマ族。「いいぜ、教えてやるよ。そう、もともとここは、ごく普通のオアシスだった」身振り手振りを大きく、クマ族が言う。
「だが、ある日、この星の住人が『冷房ツール』を手に入れた――なんせ、ここの住人は暑さに参っていたからな・・・連中は大喜びで取り付けたのさ―――惑星中にな」
「惑星中に?!」ミカの驚きの声が飛んだ。
「そう!各地にあるオアシスを拠点に地下に冷房ツールをとりつけ、念願であった『快適な温度』を手に入れた!が、そのお陰で星自体の温度は下がってしまった、さらに冷房ツールと直結しているオアシスもこの通りというわけだ」
 ババっ!手を広げてオアシスを紹介するクマ族にミカは呆れた目を向けていた。
「えらい極端なのね・・・気持ちの悪い気温は、そのせいだったわけだ・・・」言いながらに、チラリとケントの方を見たミカは、彼の唇が寒さで青く変色しだしているのに気がついた。
「・・・ね、ねぇ!お願い救助を呼んで!私達連絡手段がないの!」急いで告げたが、クマ族の顔色が変わった。
「救助?悪いが『そういうの』は受け付けてないんだ」「は?はぁぁ??」具合の悪いケントが見えているだろうクマ族の答えにミカが顔を歪めた。
「ここは、『地下』に用のあるやつの受付なんだ・・・ま、たまに上のオアシス目的でくるやつもたまにいるがな」そう応えたクマ族が、先程置いてあったベンチの方に目をやった。
 すると、そこにはどこから現れたのか大きなサソリが一匹、ドカッと腰をかけていた。首からは(頭?)からはタオルをぶら下げ、カップドリンクをストローでチューチュー吸い上げていた。
「ここは!この俺!ポーリッドが経営する『ポーリッドの冷やしサウナ』だ!デトックス効果とダイエット効果が得られる、最新サウナだぜ!中でもサソリ族やフグ族、それにコブラ族なんかに人気でさ」嬉しそうに喋り続けるクマ族のポーリッドだったが、ミカはもう、話を聞いていなかった。救助を呼べない理由も気になるが、今はどうにかしてこの寒さから逃れようかと考えていたからだ。
「わ、わかったから!…あの、さ、その地下ってのは『快適な温度』なわけ?」
「ん?お、おお・・・そうだ、ここの住人は全員地下に住んでいる、過酷な地上で暮らす意味がないからな。ま、でもなにより」
「私達、地下にいくわ!だから、その…――客よ!!」ミカが口早に言ってクマ族の声を遮った。無論、クマ族は目をぱちくりさせた。
「お、おぉ・・・それなら別に構わないけど――わかってのか?地下には」
「いいから早く案内して!」
 もはや限界だと目で訴えて叫ぶミカに、クマ族は少したじろくと「わかったよ」と了承してミカに背を向けた。そうして足元にあった氷に埋もれた鋼鉄のハッチを開けると、中にある階段を指し示した。それを見た瞬間、ミカはケントを引きずりながらも、無我夢中で飛び込んだ。

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