スーパーギャラクシーズ 小さな大冒険

ツカ007

第4章 ターミナルへ


「で、労働者の鏡のおかげで助かったわけだ?」ケントが不満な声が響いた。
 ホテルのバスルームで、パンツ一丁、小型の洗濯機を回していた。ヒィアートツールの一つで、折りたたみ式の洗濯機である。コンパクトにまとまった状態から両端を引っ張れば小型のバケツサイズに広がるのだ。少し前に大手メーカー『パナシバ』から出た『携帯洗濯機ワシュ』である。ドリューがそういう新しいもの好きで、なぜだか持ってきていた。(長旅になると思っていたのか?)。一着ずつしか洗えない小型洗濯機に海水まみれのズボンを突っ込んで、ケントは水洗い、脱水、乾燥が終わるのを眺めていた。
 と、そこへバスルームの向こう狭いベッドルームの方から声が聞こえた。
「ミカが言うにはわね…でも、本当かな?」
 ドリューもまた、どこか腑に落ちないような顔で、バスルームにいて姿の見えないケントへと返事をしていた。
「と、いうかさ?あのナンバー1傭兵はなんでミカを狙ってたんだろう?」
 独り言のように言うドリューだったが、そこへようやくズボンの乾燥を終えて履き直したケントがバスルームから出てきた。
「――さぁな。変なやつから恨みでも買ってるんじゃないか?」言いながらに先に乾かしておいた上着を羽織るケント。
「に、してもあのカブトムシ、めちゃくちゃ強かったな――まだ、あちこち痛いぜ」
「相手が悪いよ…いくらケントの武術が凄いって言ってもさ、……――死ななかっただけマシと思わなきゃ」
 ドリューが両肩を上げて「そうだろ?」と告げる。ケントはベッドを椅子代わりにドサッ!と座り込んで深く大きい溜息を突いた。

「師匠と姉ちゃん以外に勝てないやつがいるとはな……――」
 天井を見つめてケントが呟いた。その目はどこか虚ろで、儚げでもあった。
「…――悔しいって、ケントでもそんなこと思う時あるんだ?」
「え?んーー??悔しい……か」
 ドリューの問にケントは声を詰まらせてしまった。
別に、特別な質問でもなかったはずだが、ケントは今の気持ちが上手く言葉にできないような気がして応えれれないだけであった。
「――よくわからないな…とりあえず、今日はもう寝る!!」
 シーツにガバッとくるまってケントは嘘でもなんでも眠りについた。
声やノリは、いつもと同じだが、顔に見せないダメージがあったのだとドリューは理解して小さくやれやれと溜息をついた。

                      ※

「あいつ、なんで私の名前を…」
 ケントとドリューの隣の部屋。そのベランダでミカは呟いていた。
地上5階から深夜となった街を見下ろせば、灯っていた明かりも先程よりもすくなっている。深みを、暗さを、増していく夜の闇に、ミカはブルーの瞳で奥の方まで見やってみた。
 先程いた海岸からは波の音だけが聞こえて、戦いの余韻を打ち消していくようだった。
「…博士、どういうこと?」
 ミカは改めて地図ツールを取り出して、マップを確認してみた。銀河の全てを映した半透明の立体映像が夜闇をバックに広げられる。記さられた無数の星々にはミカがつけたチェックがされており、一番最近に付けられた惑星パングリオンで目を落とした。
この惑星の、この街の位置で信号を捉えていたはずだった。それが、どうして今、消えてしまっているのか。どうして傭兵に…、彼を雇った依頼主に狙われなければならないのか。出せない答えに思考を巡らせたミカは、詰まっていた息を吐き出して、ベランダの柵にもたれかかった。
「・・・あいつら、ついてきてくれるかな」
 死の危機を体験したのだ。たかが卒業のために命はかけられないかもしれない。
そんな思いを胸に、ミカはまた地図を眺めた。
反応はない。同時にため息混じり立ち上がると、そのまま、ようやくやっってきた眠気に誘われるがままベッドに倒れて、眠りにつくのだった。

                     ※

 ドンドンドン!!
 翌朝、ドリュー達の部屋の玄関扉が、凄まじい轟音を上げていた。荒ぶるノック連打の騒音はその階すべての宿泊を叩き起こす勢いであった。
「……ん、ふわぁあ」ドリューが目覚めた。
 シーツをよけて眠気眼であたりを見回した。そういえばホテルに泊まったんだっけと脇に置いてあったサングラスを掛けてベッドを降りた。体質故、朝は苦手でまだ脳の方は起きていないように感じる。なにか大きな音が聞こえるような気がするが、夢かもしれない。
「…そうだよ、まだ7時だよ」
 こんなに早く起きれるはずがない。視界がぼやけたままで歩き回ったドリューは、音につられてそちらへと足を進めて――そして――、ゴツンとドアノブにぶつかった。
「あいた!」ちょうど額にピタリとぶつかったので声をあげた。が、それがドアの向こうに聞こえたらしかった。
「ちょっとドリュー起きてるんでしょ!?早く開けなさいよ!大ニュースよ!!」
 ミカの声だった。その声でドリューはようやく目が覚めた。そしてドアからは再び千本ノックが始まるところであった。慌ててドリューは解錠してドアノブを捻ると、悲鳴ををあげるドアを開いた。
「ねぇ!聞いて聞いて!!いや見てよ!!」
「シーィッ!他のお客さんまで起きちゃうよ…!」
 瞬間、バスローブ姿のミカが飛び込んできた。しかしドリューはミカのとんでもない格好よりも音量のでかさに注意して、珍しく怒った顔を見せたのだった。

「そ、そっかごめん…」ミカはようやく気がついて声量を小にした。しかし小さいながらも興奮の熱は冷めやらず、ドリューに地図を突きつけた。
「…見てよこれ!これ!」声を小さくして器用に叫ぶミカは、地図のどこか一点を指差していた。ドリューは、それがなんなんだと首を傾げた。
「信号が出たの!これで博士を探せるわ!!」
 その言葉に「ほんと!?」と、自分で行ったことも忘れてドリューが身振りを大きくして言った。
「そうよ!それも…―――って…あら?ケントは?」
 そこまで言った時、ミカはようやく参加者が一人足りないことに気がついた。この騒がしいさに起きていてもいいはずのケントがそこいなかった。「そういえば」と言ってドリューも一緒になって部屋内を見渡した。狭い部屋の中には隠れる場所もなく、彼が寝ていたベッドにも、トイレも、バスルームも、ベッドの下にだってケントはいなかった。
「んん?」するとドリューはケントのベッド脇になにか紙があるのに気がついて拾い上げた。それは部屋に置かれた備品のメモ用紙であり、なにかが一文書かれていた。
「『朝稽古いってくる』…・だって――これケントの字だよ」
 メモをミカに見せてドリューは、少し笑っていた。
「朝稽古って、たしか道場じゃサボってたって言われてたわよ?スタアさんにも怒られたし」
「やる気が出たのかな?あの傭兵との戦いが、ケントの内に秘めいていた闘志を燃やしだしたとか――」
 ドリューが言うが、ミカはバッサリ「無いと思う」と両断。しかし、戸惑ったドリューだったが、頑張って言葉をつなげた。
「――、だとすれば、そう、たとえば、守りたい人ができたとか」
 チラリと嫌味っぽく言ってドリューはサングラスの下からミカを覗き込んだ。
ミカの顔は僅かだが紅潮していた。が、すぐにも元に戻って冷たい目をドリューに向けだした。
「あんたって、意外とおっさんくさいこと言うのね」
「お、おっさん…――」その言葉はドリューの胸に深く突き刺さった。

                         ※

 早めにチェックアウトを済ませてドリューとミカはホテルを出た。まだ日が昇りきっていない港町は昨日の人混みをウソのようにかき消して静かだった。雀がチュンチュンと鳴き、野良猫が何かを探してどこかへトコトコ歩いて行く。
「あいつどこ行ったのよ?」
「うーん、ジョギングとかかな」
 ケントの荷物もまとめて(小さなバックひとつだが)持ったままのドリューが適当に言ってみた。朝稽古と書きおいてあったが、具体的に何をするとは記されて無く姿だけがなかった。
「・・・まさか、逃げた?」「だったらメモなんか残さないよ、荷物もそのままだし」
 嫌なことを思いついたミカにドリューが「それはない」と返す。と、そうこう話しているところに、向こうの方から誰かが走ってくるのが見えた。
「ほら!来たよ!」
 ケントだった。ドリューが指差して、ミカは「ふむ」と、とりあえず溜息をついた。
近づいていくるケントは確かに走っていた。だが、なにか変であった。確かに走っているがジョギングやトレーニングをしているというより、ただ急いでこっちに駆け寄って来ているだけに見える。なによりその手にビニール製の買い物袋を持っているのが気になった。
「…お、おい!なんだよもう出発か?!」
 肩で息をきってケントは言った。稽古で疲れたのかなんなのか、見た目には疲労感たっぷりだが、次にケントは持っていた買い物袋から何かを取り出してドリューに向けて満面の笑みを見せた。
「おい!ドリュー!見ろよ!来週号の少年コミックだぜ!?ここらじゃ2日も早いみたいだぜ!!」
 取り出したのは大人気の週刊少年誌だった。ビニール袋の中にはおにぎりやお茶も見えた。
「……――ケント、どこ行ってたの?」
「え?コンビニ」
 同時にドリューとミカの目から期待していた何かが消え去った。
「…あんた、朝稽古は?」
「あ?あぁ、したさ、ただ途中で腹へってさ、ちょうどよくコンビニあったから立ち寄ったんだよ、そしたらさ――」
「それ発売日が祝日だから前倒しで今日出てただけだよ、だから今日発売日であってるよ」
ドリューの冷静な言葉に舞い上がっていたケントから笑顔が消えた。「そ、そのパターンか…」とがっくり肩を落とすケント。ミカには、いったい何が残念なのかよくわからないままも、くだらないことをしているなと冷めた目を送っていた。
「得したのか損したのか、わからなくなった」
「あ、でも僕読みたいから貸してよ」
 既に読み終えていたコミックをドリューに渡して、ケントは買っておいたおにぎりを、むしゃむしゃと食べ始めた。
 すると、そんな腑抜けた空気を打ち払うようにミカが二人の前に仁王立ちした。

「あのね、そんなコミックはどうでもいいのよ――博士の信号が復活したのよ」
「どうでもいいとはなんだ!勇者カワズが遂に聖剣を取り戻してだな――」「言わないでよ!まだ読んでるんだから!」ミカの発言に憤るケントだったが、ミカはドリューの持っていたコミックを取り上げると、ポーチから地図ツールを取り出してマップを表示した。
「いい?信号があったのはここよ!」
 宙に広げた銀河地図の一点が青く点滅している。なるほど、そこが目的地かとボケッと見やる二人だったが、なにしろ地図の縮小が広すぎて地名が見えなかった。せいぜい星星に混ざる光ぐらいにしか認識できないでいた。
「ここよ、って――どこだよそれ?」お茶をひとくち飲んでケントが問いた。
「え?あぁ、そっか…拡大拡大と」ミカがツールを操作してマップをズームアップした。
 銀河から、太陽系へ、太陽系内の惑星へ、どんどん点滅位置がハッキリしていく。
「これね、えーと、トキエイドね――…って、トキエイド!?」「本当に!?凄い!」
 自分で言って驚くミカに、ドリューも合わせたように驚いた。ケントだけは「おー、大都会じゃん」と言ってまたおにぎりをひと噛りした。
 『トキエイド』ご丁寧に、マップにはその惑星の説明文が書かれいていた。【ミータッツ太陽系、最大発展惑星にして首都惑星を兼ねる星。星間大統領官邸もあり、ミータッツ太陽系の政治経済の大部分を担っている】。

「首都星にいける!」
 取り上げられたコミックをそっちのけにドリューが騒ぎ出した。
しかし、ミカは何かをブツブツと呟きながら地図を片付けると難しい顔してから、再び二人に視線を戻した。
「ま、まぁいいわ――それで、どうやってトキエイドまで行くかよ」
「流石に遠すぎて直行便はないな・・・普通の旅客船だとかなり乗り継いでいかないとダメだな」
 ようやくおにぎりを食べ終えて、手を払いながらにケントが言う。しかし、その横でドリューが三角のサングラスを怪しく光らせていた。
「なに言ってるんだい?あるじゃないか?!星間列車が!」ドンっ!とドリューが一歩踏み出して言った。
「せ、星間列車!!あるの!?こんな田舎っぺ惑星にも!?」
「…お前は俺達の星に厳しいな」
 突如として目をきらめかせたミカ。流れるような暴言にケントが呆れた声でつぶやく。
「あるさ!開通したのはこの数年だけどね!」「わたし見る機会はあったけど乗ったこと無いんだ!」共通のワクワクが湧き上がったのか、ミカとドリューは子供のような目をしていた。だが、そんな無邪気な雰囲気をケントの大人の意見がぶち壊した。
「でも、たしか、あれ高いんだろ?」
「う…、ぐ…たしかに…」
 ドリューの目がサングラスの向こうで闇に落ちた。現実を突きつけられたドリューがガックリ肩を落とした。
 星間列車。星と星を結ぶ特殊なトンネル『星間トンネル』を走る宇宙列車である。トンネル内を連続ワープで疾走し超長距離の惑星間を、ものの数時間で駆け抜けるすぐれものである。これもまたヒィアートツールを利用した最大級の乗り物である。
そして無論、最大級ゆえに、その切符代もまた最大最上級である。ここからトキエイドまでの金額など、一、二ヶ月のバイト代など消し飛ぶほどである。
「が、学割でなんとか…」ひねり出して言うドリューだったが、その横ではミカはなぜだか笑っていた。

「ふふふ、その点については私に任せなさい――それより…」ドリューの肩にポンと肩をおいたミカは一度瞬くと、一転、凛々しい顔を見せた。
「わかってると思うけど、このまま行けば、またあの傭兵が出てくるかもしれないわ…それでも付いてきてくれる?もちろん奉仕作業のために命を危険に晒すのは御免だってなら引き止めはしないわ」
 その言葉に3人が3人、昨日の海岸での出来事を思い返す。
「…だから」「わかってないな」言葉を続けようとしたミカをケントが遮った。
「わかってないなお前は。あの超絶ウルトラスパルタ補習の苦しさを、まるでワキガメムシを飲み込んで吐き出して、また戻して吐き出すような苦しみを味わうんだぞ?それに比べたらカブトムシと定時まで鬼ごっこしてたほうが、全然楽だろ?」
 補習の苦しみや、ワキガメムシがどんな虫かはわからないが、ミカは言い訳のように聞こえた「YES」に、ちょっとだけ笑って頷いた。
 ドリューもまた「ま、首都星までいけば警備も厳しいから簡単には襲ってこれないよ」と後づけて「YES」と応えた。

「・・・ありがとう」素直な言葉が出てミカは頭を下げた。だが、それに向けてケントが 人差し指を立てて笑った。先程ミカが何故か笑っていたように。
 そして一言、発した。
「やつに対しては策がある――専門家に聞くんだよ」

                           ※

 一行は大きな船の甲板にいた。星間列車に乗るには、この星にひとつだけの専用ターミナルへ行かなければならないのだ。そのために港町から出ているターミナル行の運河定期船に乗る必要があった。ミカは、またマヌケな乗り物を予想していたが、意外にまともで『普通』な運河船だったのに肩透かしを食らったようだった。
「ねねね!この後、勇者カワズはどうなっちゃうの!?」
「それが最新号だからその先はまだだよ」
 ミカは船自体に突っ込みどころがなかったせいか、退屈しのぎに先程取り上げたコミックを読んでみた。見事にハマった。ドリューの肩を揺らして「続きが気になる」を連呼していた。
 しかし、そんな二人を尻目にケントは甲板の柵によりかかりアンテナの感度を気にしながらスマートツールを操作していた。『専門家』と話しているからだ。ツールの画面に映し出されたているのはソーン師範だった。
「なるほどの――……そいつは時限戦術の使い手かもの」
 しわくちゃの猿顔の上から更にしわを作ってソーンは言った。ケントが傭兵ストログとの戦いの話を聞かせ、その強さの秘密を探ろうとしていた。
「時限……戦術?なにそれ?」
『蓄積戦法、またはイチマツリスの冬眠まがい、または主婦のお役立ち貯蓄術――あとは』
「呼び方がいっぱいあるのはわかったよ」
 早く教えろという声に、ソーンが画面越しに「つまらん」といった顔を見せる。
『…――わしらのようにヒィアートを武器にする者の中には、ヒィアートを体内に溜め込んでおくことができるやつもおるのじゃ――戦う前に最大限に貯めておいて、ここぞと言う時に解き放つ…ま、貯める方法も量も術者しだいじゃがな』
「なーるほど…つまり、俺とやった時はゲージMAXだったわけか…んで定時とか言ったのは、そこで残高0になったというわけだ」
『いんや、お前の話じゃと、その傭兵がヒィアート使いかはわからん。早い話お前が弱かっただけじゃ』
 ケントが「なにおう!?」と甲板を強く踏み鳴らして画面に吠えた。ソーンは、ケタケタと大笑いしている。すると、その大声に、ようやくコミックの話に飽きたミカとドリューがやってきた。
「あ!お猿師匠だ!」「ソーンさん、こんにちは!」
 ミカとドリューが、画面に吠えてるケントの背中からソーンの顔を見つけて、元気に手を振ってみた。ソーンも笑顔でまた皺を増やして手を降った。そんなやりとりにミカが「へぇ」と感心の声を漏らした。
「凄いわね師匠さん、お年寄りなのにツールを使いこなせるんだ?」ミカの呟きにソーンが「そうじゃろ?」と首を縦に振る。

「スケベな動画を見たくて触りまくってたら覚えただけだ」
「え゛」
 ケントの声にミカの声が詰まった。見れば画面からは既に師匠が消えており、すぐに通話が途切れた。そうして少しの沈黙の後にケントが「俺は違うぞ」とだけ付け足すのだった。

                    ※

 青緑の河を大型船がターミナルへと近づいていく。オキエイド生きの星間列車は一本しか出ておらず、それを逃せばまた明日となってしまう。できればまた信号が消えてしまう前にたどり着きたいところである。が、船の速度にミカが苛立ち始めていた。
「もうちょっと速くならないわけ?」甲板の一番先でミカが愚痴を零した。
「安全第一だからね」
「おい、そこにいても着く時間は一緒だぞ」
 今にも身を乗り出しそうなミカに注意を飛ばしてケントはあくびをしていた。しかし、そんな欠伸に更に苛立ったかミカがツカツカとケントに歩み寄って。
「だいだいね、空飛んでけばいいのよ!空!ヒィアートツールがあればなんだってできるのよ?万能エネルギーでこの船を飛ばせばいいのよ!」まくし立てるようにミカが続ける。
「それになんで『浮遊車』すら全然いないのよ?トキエイドなんか空が渋滞してるのよ?なんなのこの星は?取り残された文明なの?」
 また、なんでも言いたい放題言ってるなと、ケントとドリューは一度を顔を見わせてから口を開いた。
「あのな、そりゃツール自体は万能かもしれんが、皆の懐が万能とは限らないんだぜ?」
「お!名言っぽい!」
 指を立てセリフっぽく言ったケントにドリューがささやかな拍手を送る。
「・・・そ、そう――かわいそうな星だったのね…私言い過ぎたわ」
「お前は、ときどき金持ちの世間知らずみたいな事を言うな」
 悪意なくしょんぼりしたミカに、ケントが言葉が突き刺さってドキリとさせた。
その時――。

ドカン!

 船が揺れた。
「きゃあ!?なに?!」
 波が立ち、船が何かに詰まって止まっている。甲板や船内にいた客までが出てきて何事かと騒ぎ始めた。そうすると何人かが船の前方の川がおかしいことに気がついて指をさしていた。
「おい!あれって!」ケントがつられてそちらを見た。
 河からは泡が上がって、そこで船が進行を妨げられている。そして泡の出てた位置が大きく盛り上がりだして、水柱になり始めた。
「まちがいない巨竜だ!」ドリューが叫んだ。
「なに?!キョリュウ?竜?ドラゴンとか!?」
 嬉しそうに立ち上る水柱に注目するミカ。客全員が船の前に立ちはだかった巨大な何かに目を奪われていた。やがて水柱が崩れて中にいた何かの正体を表した。
「本物のドラゴンなの!?ねぇ!ドラゴ――…ん?」
 ミカは首を捻った。現れたのは確かに船の3倍近い巨体で、四足歩行に長い首、そして頭部の方はドラゴンというよりは…――。
「これって…カ」
「巨竜はドラゴンじゃない――首の長いカバだ。それも馬鹿でかい」
――カバだった。起きているのかの寝ているのか、腑抜けな顔が長い首の先で欠伸をしていた。これまた珍妙な生き物が出てきたと、期待を裏切れたこともあってミカは苛立ちがまた増えた。
「なかなか見られないんだよ巨竜は…前にアニマルチャンネルでやってだけど、月に2,3回しか、こうやって背伸びをしないんだって」ドリューが解説するがミカは興味の無い目をしていた。まわりの客は「すげー」と言って写真を取りまくっている。
「…――で?」「で?って?」
 ミカの声が怒気を帯びてドリューに一言の質問と降りかかる。
「いつ動くのよ、この長っ首は?」
「…さぁ?」「まぁ急かすなよ、きっと寝ぼけてるだけだ――すぐに気がついて退いてくれるさ」ドリューとケントのあっけらかんとした答えに「星間列車の時刻があるのよ!」と怒るミカ。しかし「わかるけど、どうしようもないだろ」と言われて、ようやく観念したのか、ミカは再びコミックを広げるとムスッとして読みふけるのだった。

                   ※

「あーもー、いつ動くのよ」ミカが気だるそうに言って、地図を眺めていた。
 一向に動く気のない巨竜にも飽きて、地図を確認していた。一応まだ信号は点滅しているが、またいつ消えるかわからない。早々に星間列車に乗り込みたいところでこの始末である。
「はぁ…メンテでもしよっかな」
 するとミカはため息混じりに地図をしまうと、おもむろにポーチから銃を取り出した。が、それにケントもドリューもどきりとした。
「ミカ!流石にまずいよ!」
「というか、それ持ってたら、いくらなんでも星間列車には乗れないだろ?検問?とかあるんじゃないのか?」
 銃を取り出し事に、次々に言う二人だったが、ミカはあっけらかんとした顔をしてそんまま自慢げな笑顔を見せた。
「ふふふ、ご安心なさい!これはね、ただビームを撃つだけの代物じゃないのよ」
 言いながらに銃の撃鉄部分にあったカバーをスライドさせて、中の『弾倉』らしきところにフゥと息を吹きかけた。そうしてまたカバーを戻すと、引き金に指をかけた。
「何する気だ」という顔をするケントとドリュー目掛けてミカは引き金を引いた。
 驚いて肩をすくめた二人だったが、自分たちに迫ってきたのはビームではなく『そよ風』であった。
「驚いたでしょ?これがこの銃の真価よ。空気だったり水だったり、自然界のヒィアートを取り込んで撃つことも出きるってわけ、いつもは私自身のヒィアートをビームに変えてるんだけどね」
「へぇー、ドライヤーみたいだね」
「まさにそれよ!これで星間列車も乗り切れるってわけよ」
どうだ!と腰に手を当て威張るミカ。ドリューもケントも改めて『変わったもの持ってるな』ぐらいの感想を持って、ミカの不機嫌が直ったのなら、まぁいいかと顔を見合わせた。
「こんなこともできるのよ!」
 しかし、ミカはもう一度引き金を引いた。今度は、そよ風は来なかった。代わりに銃口から小さな薄緑色の球体が吐き出されたのだった。
「私のヒィアートを混ぜたの、どう?シャボン玉みたいでかわいいでしょ?」
「……これもヒィアートなのか?」ぽよぽよと近づいていくる空気の玉を、じーっと眺めてケントが呟いた。
「え?あー、混ざってるけど、まぁ、そうね」
「ふーん」言いながらにケントは指先を赤くすると、小さな空気玉をデコピンしてみた。
 瞬間、空気玉は真紅に染まって、勢い良くはじき出された。空気が空気を切って、一直線に飛んでいく。そして。
「あ痛!」
ドリューの眉間に直撃した。玉はパチンと割れて、代わりにドリューの眉間を赤く張らせていた。
「ケント!ひどいよ!」怒るドリューだったが、ケントは以外なハプニングが面白かったのか、手を叩いて笑っている。ミカもまた、隠すように笑っては肩を揺らしている。
「もう」と、ドリューがため息混じりに肩を落としたが、ミカのいらいらが収まったとによしとしようと、ずれたサングラスを戻して、巨竜の方を見上げてみた。

 巨竜はまだ、そこにいた。
 特に何をするでもなく何度か欠伸をして口をもちゃもちゃ動かすだけで、動きもしない。他の客も流石に飽きたのか各々に時間を潰し始めていた。軽い運動をするもの。ラジオを掛けて『今日の太陽系ニュース』を聞くもの。ラジオから流れてきた『副大統領が首都星で足止め、悪天候が原因か?』などの声を聞いて、何人かはそれを話の種にわいわいと喋っていた。
「はぁー笑った笑った」ようやく落ち着いてケントが咳き込んだ、その時だった。
 ウォォオン!と、これまでに聞いたことのないような鳴き声を発した巨竜が最大の欠伸をしたかと思うと、その巨体に似つかわしくない早急なスピードで河の中に潜ってしまうのだった。あの巨体が完全に沈むほど、この運河は深いのかと感心のミカが、巨竜のいなくなった跡を眺めていた。
「巨竜の欠伸はね、実はあれ、威嚇なんだよ。そうは見えないけどね――おまけに目もいいからさ、きっと遠くに縄張りを荒らすやつを見つけたんじゃないかな」
「さすが深夜の動物番組を見てるだけあるな」
 ドリューの額を撫でながらの解説をバックに、定期船はすかさず動き出した。止められていた時間を取り戻すように、あきらかに最初より駆動音が大きくなっている。波を強く裂き、甲板では打ち付ける風が強くなって感じられた。
良かった、急いでくれてると、ホッとしたミカがスマートツールで時間を確認した。
「げ!?あと1時間しかないじゃない!?」ミカが、まずいといった顔をする。
 発車時刻は、そこまで迫っていた。

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