スーパーギャラクシーズ 小さな大冒険

ツカ007

第3章 最強の傭兵


 夜の港町の海岸でケントは、これまでに見せたことの無いほどの眼光を見せていた。今しがた、救ったミカを手に掛けようとしていた大男と対峙したからである。
 カブトムシの様な素顔の大男もまた眼光鋭くケントを睨むと無言で、一度のミカの方を見た。
「あ、ありがとう・・・」
 ミカはケントと共に駆けつけたドリューによって起こされていた。それを振り向きもせず、声だけでミカの安全を確認したケントは一歩大男へと足を進めた。
 赤い靄を纏った両足が砂浜に跡をつける。するとそれに気づいた大男が、今度はケントの赤いオーラに目を移した。2,3秒ほどジッと睨みを強めると、再びケントの顔を睨んだ。
瞬間、足にあったオーラは消えて、拳に表したケントの強烈なパンチが大男を襲った。
 オーラが爆ぜて砂を撒き散らす。思わず防御を取った大男だったが、そのあまりの威力に数メートルほど下がって砂浜にレールを作った。
「・・・頑丈なやつだな」ケントが呟いた。
 殴り抜けた拳には余韻のようにオーラが揺らいでいる。本当なら今の一撃でノックアウトでも良かったと思っていた。しかし、実際は防がれただけで終わり、更には大男は笑みを零しているようにも見えた。余裕の笑みか?と苛立ったケントは再び足にオーラを表した。
「は!」
 そしてそのまま地を蹴ると、その踏み込みだけで一気に大男に迫った。今度はキックである。身体能力を上昇させてのキックは閃光の如く疾走った。――が。
「ふん!」「ッ!?」
 なんと大男はケントのキックが顔面に直撃する、ほんの直前で足を掴んで止めてしまったのだった。驚きのケントがなんとか反撃に打って出ようと身体を動かすが、大男は何の迷いもなくそのまま力任せにケントは投げつけた。
「くそ!」
 急ぎケントは全身にオーラを纏った。しかしオーラを纏って硬化したにも関わらず、ガツン!!と、地に打ち付けられたその身には凄まじい衝撃が走り、痛みに声を上げて砂浜を転がった。
「ケント!」ドリューが叫んだ。だが、転がりながら「いってぇ…」と、ぼやきながらに立ち上がったケントを見てホッとした。しかし、ケントのオーラは消えており、更には立ち上がった思えばすぐに膝をついてしまった。
 予想以上にダメージが大きかったのだ。それほどに大男は強かった。
そんな大男が追撃のためにとこちらへと迫ってきているのがわかった。ケントはなんとか身構えるが、その後ろではドリューが恐怖して肩を強張らせる。一方でミカは、ひとりで「どこで見た…たしか…」とか呟いており、「えーとえーと…」と手早くスマートツールを操作していた。そして。

「そうだ!!あなた!ストログね!!」ミカが何かを見つけ、そして思い出して叫んだ。
 同時に場の空気が、少しだけ落ち着いた。ほんの僅かに動きを止めた男と、ミカの方に振り返るケントとドリュー、無論、二人からは「誰だそれ?」と声が飛んだ。
「業界ナンバー1の傭兵よ……仕事には超シビアで、その成功率は9割だって…」
「傭兵!?」「なんでそんなのに襲われてるんだよ…」
 ミカの発言にドリューもケントも血の気が引いた気がした。
 傭兵と言えば、雇われで仕事をこなす兵士である。表立ってのイメージとしては要人の警護だったり、紛争地域での避難民の救護などである。が、それはあくまで『善人』のタイプである。雇われて、金額次第では、『暗殺』や『破壊活動』を行う『悪人』タイプもいる。
 目の前のストログとかいう、このカブトムシ男はどう見ても『暗殺』もできる悪人タイプだと、ケントは息を呑んで、やっとこさで踏ん張って構えを取った。
「……それだけじゃないわ」と、そこへ、話が終っていなかったミカの声が聞こえた。

「上司にしたい傭兵第一位!抱かれたいカブトムシ第一位!銀河マッスル番付優勝!……そして更には、辞退しているけど、ベストジーニストにもノミネートされているわ」

「・・・・・・・・・」

一瞬にして場が凍った。ミカはひとり「なんて恐ろしいやつ」「化物ね」などと呟きたいのか妙な顔つきでそわそわしている。
「マ、マルチな傭兵なんだな…」ケントが呟いた。
ここまでの緊迫感が壊れた、というより、溶けて流れた気がした。窮地であることに変わりはないが。
 すると、ストログが駆け出してきたのがわかった。まさか今ので怒ったのか、それとも恥ずかしくて照れ隠しなのか。体重を乗せた一歩一歩が砂を巻き上げ迫ってくる。
余計なことを考えていられない、今度はこっちが防御する番だ。
「「うぉおお!!」」
ケントとストログ、2つの雄叫びがあがった。ストログは強烈なタックルを繰り出していた、それを両手いっぱいにオーラを発現させてケントがこらえた。背後のミカたちにまで寄せ付けまいと、根性で踏ん張っている。
 ミカもドリューも、凄まじい攻防にただ見守るだけだった。が、しかし。
「ドリュー!!」ケントの精一杯の声が飛んだ。ドリューは、何故名前を呼ばれたのか少し考えたが、ちょっとずつ押されているケントからの『SOS』だと感づいた。
「そ、そうか!」「え?…ちょっと!」するとドリューは両手に生えた大きな爪をキラリと光らせると、それを砂浜に突き立てた。驚くミカをそのままに、モグラ族である、その真価を見せてドリューは瞬間的に穴を掘ってその中に消えてしまった。

「ぬう!!」ストログが後ひと押しと、更にタックルの勢いを強くする。そうして最後の一手だと力を込めようとしたその時。
「!?」ガクンと視界が下がった。そして何故か目の前にケントの足があった。何事かと慌てて周りを見渡すと、なんと下半身が砂浜に埋まってしまっていた。いつの間にか足元に穴があいて、そこにすっぽりとはまり込んでしまったようだった。
 そんな馬鹿なと、キョロキョロするストログは足の下に伸びる穴の中から、「うまくいったよケント!」と言う声が聞こえた。

「俺達の勝ちだ、マッスルカブトムシ!」
 ストログが見上げると、そこには拳を真っ赤にしたケントがいた。無論、その拳はすぐさま振り下ろされて赤のオーラが残像を残しながらにストログに迫った。
パン!
 しかし、次に響いたのは思いがけない音だった。拳骨がストログの頭を砕いた音ではなく、その寸前で止められた音だった。
 ストログは真剣白刃取りよろしく、天から迫る赤の拳を、唯一自由になる両手で挟み込んで止めていた。
 「…ぐぐ」完全に勝利だと思っていたケントは、全く動かない拳に更に力を込める。
が、次の瞬間、それを利用された。「うわ!」ストログが急に手を離したのである。勢い余ってケントの赤い拳は地に刺さり、ストログのハマっていた穴を破壊してしまう。
「しま…ッ」
 遅かった。既にストログは穴を抜け出て、今度は反対に上からケントを見下ろすと、そのまま渾身の力を込めて蹴り飛ばした。「ぐは!」と、ケントの身が砂浜を転がって、最後には波打ち際でバシャッと水音を立てて止まった。
「ケント!」ミカが叫んだ。ドリューも穴の中から僅かだが、どういことになったかわかって声を上げていた。ストログは、ほんの少しを息を付くと、再びミカへと視線を戻した。
「ひ…」ミカは背筋が凍った。ケントはダウン、銃は遠くに落ちて、ドリューもおそらく敵うわけもない。身を守る術がなくなってしまった。
 そんなミカへとストログは無表情のままで、迫った。そして掴みかかろうと腕を伸ばした。その時――。

「ちょちょちょ!…ちょっと待った!待って!待ってください!!」ミカが叫んだ。
 悪あがきだった。わたわたと両手を振って制止を呼びかける。が、無駄のようだった。
「あなた!あなた傭兵ってことは誰かに雇われてるんでしょ?!ね?!」
 ミカはあきらめなかった。しかし、それが功を奏したか、ストログは「何が言いたい」といった顔を見せて動きを止めていた。
「わわ、私が雇ってあげる!今の倍!いや3倍出すわ!ね?だから、ちょっと考えなおし――」しかし、ミカの言葉は最後まで続かなかった。
 何故ならば、ストログの腰部につけたベルトから奇妙なタイマー音が響いたからである。
ピー!ピー!と、高い音を鳴らして、皆に静寂をもたらしている。
 途端、不思議な事にストログが振るっていた腕を降ろして、そのままゆっくりとタイマー音を解除するのだった。
「……――定時だ」
「へ?」
 思いがけない一言だった。そう呟いたストログには既に先程までの殺気はなく、無表情のままでも瞳が穏やかになっているのがわかる。
 呆然とするミカをそのままに、フードを被り直したストログは踵を返した。そうして倒れたケントを少しだけ眺めると、コートのポケットから何かを取り出した。
「…俺を雇いたかったら、そこへ連絡しろ」
 取り出したカードを一枚、後ろ向きに投げて、ミカの側の砂浜に突き刺した。ミカが不思議そうに刺さったカードを覗き込んでいる間に、ストログは溢れんばかりの身のこなしで夜の街中へと消えていってしまうのだった。

「……――た、助かった…の?」
 ヘナヘナと腰が抜けて座り込んだミカが呟いた。
まさか、助かるとは思っていなかった。さっきの悪あがきと命乞い的な言葉が効いたとも思えない。そして彼が言った「定時」という言葉。そういえば調べた中の一文に『仕事に超シビア』と書かれてはいたが…。
「勤務時間もきっちりしてたってこと?」そんなまさかと、傭兵の去った方角を見た。
 街灯のみで薄暗い海岸とは違い、街の方は今から本番といった具合に明かりが揺らいでいる。あらゆる種族が混みに混みにいって、とても目で追って探せるものではなかった。
「あ!そ、そうだ!ケント!ドリュー!」
 とりあえず危機は去ったと頭を振って、考えを切り替えたミカは倒れたケントへと駆け寄った。途中、銃も拾い上げてポーチにしまう。そうして駆けつけた頃にはドリューが肩を貸して波打ち際から運んでいるところだった。
「ケント!大丈夫!?」「あ・・・あいつは?」
 ドリューの声に意識を取り戻したケントは、第一声と共にストログを探した。
「時間外労働はしない主義みたいね」やれやれと言った感じでミカは『どこか行った』と教えてあげた。もちろんケントは不満げな顔を見せた。
 しかし、やる気ある顔を見せても、ケントの身体が限界なのはミカにもドリューにも目に見えてわかるものだった。
 そうして3人は、ドリューの提案もあって今夜は一度宿を取って休むことにするのだった。

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