わがまま娘はやんごとない!~年下の天才少女と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~

Mt.hachi_MultiFace

十六話「数多の死者と語らいましょう」下

「この骨を埋めた奴は、骨を埋めたわけではないとしたら……?」

 水泡のように浮かびあがった平間の呟きに、隕鉄は大きくうなずいた。

「冴えてきたな、平間殿。そうだ、この骨を埋めた者は骨以外の何かを埋めた。その結果として、たまたま骨も埋まってしまっただけ。そう考えるのが自然だろう」
「でも、骨じゃなければ何を埋めたって言うんです?」
「そればかりは、掘ってみないと分からぬ。おそらく最近埋められたものだ、崩落する可能性は低いだろう。周囲の壁との違いから察するに、穴はおそらく大人の男が腹ばいになってようやく通れる程度の大きさだな」
「じゃあ、今から掘りますか?」
「そうしよう。なるべく骨を傷つけぬよう、慎重にな」

 言うと、隕鉄は荷の中から柄の短いくわのような道具を取り出した。

「隕鉄さん、なんでそんなもの持ってるんですか」
「森を調べると言うから、お嬢が我に用意させたのだ。ほら、ネズミ捕りを買ってきたときだ」
「相変わらず用意周到ですね、壱子は。先見の明があると言うか……」
「確かに、お嬢は昔から勘が鋭い娘だからな。では平間殿、頼んだ」

 そう言って、隕鉄は道具を平間に預けると立ち上がった。

「隕鉄さん、どちらに?」
「すこし休む。この歳になると、しゃがむのが辛くなるのだ。腰や膝などが、な」

 おどけて言う隕鉄に平間は曖昧な笑みを返し、早速掘り始めてみた。
 そこは隕鉄の言うとおり柔らかく、やはり誰かが埋めたように思える。
 たびたび出てくる骨を一つ一つよけながら、平間はその横穴をどんどん広く、深くしていった。


――


 しばらく後、穴を掘り進めていた平間は、ほとんど寝そべるようになっていた。
 横穴は進むに連れてどんどん土が軟らかくなっていた。
おそらくこれを埋めた者は、とりあえず横穴に土を入れた後で洞窟側からだけ土を突き固めたのだろう。
 そんなことを考えていると、土の間からかすかに光が見えた。
 どうやら、穴が貫通したらしい。
 その達成感に、平間は思わず土に汚れた顔をほころばせる。

そこへ壱子が近寄り、寝そべった平間の足をつつき、声をかけた。

「平間、そろそろ村へ戻ろうと思うが、進展はどうじゃ?」
「もう少し待ってくれ、あと少しで通れそうなんだ」
「まことか! わかった、今しばらく待とう」

 壱子がそう答えたのと同時に、平間の持った道具が突き抜け、大きく風穴が開いた。
その穴をどんどん押し広げていくと、穴は簡単に平間が通れそうな大きさになる。
平間はそこから顔を出して、奥の様子をうかがうと、そこは開けた空間に繋がっていた。

そこはがらりとした縦穴のような形をした空間で、上からはかすかに日の光が射し、ひんやりとした洞窟の中と比べるとほんのり暖かい。
いったん通り抜けてしまおうか。
そう思ったが、何があるかわからない以上、軽率な行動は控えるべきか。

もしかしたら、ヌエビトの住処すみかかもしれない。
平間はその考えが自分でもばかげていると自覚しながらも、中々振り払うことが出来なかった。
ひとまず戻って壱子と話をしてみよう。
 そう決めて、平間はずりずりと後退して、横穴から抜け出した。
 それを待っていたらしい壱子が、目を輝かせて口を開いた。

「どうじゃ、何かあったか?」
「ああ、向こうは少し広い空間になっていた。明るかったから、洞窟の外なのかもしれない」
「ふむ、そうか……。よし平間、行くぞ!」

 言うが早いか、壱子は髪が汚れるのも気にせずに、横穴に頭を突っ込んだ。
 そのままするりと横穴を通り抜けると、

「平間、お主も来い!」

と興奮気味に言った。
 用心と言う概念が無いのかとか、自分の逡巡はなんだったのか、なんて思わなくもないが、平間も大人しくその後に続く。

 横穴を抜けて立ち上がると、そこは二十畳ほどの広さの底が丸いツボのような空間で、周囲は高い壁に囲まれていた。
 上を見れば、生い茂る木々の間から青い空が見える。
 地面にはところどころ下草が生えていたが、それがまばらなのを見るに、そこには明らかに人為的な名残が見られる。
 先に入った壱子は、空間の中央で屈みながら地面に手をやっていた。
 それから土を少しつまんで、鼻先に土を付けながら、ぽつりと呟いた。

「これは……」
「壱子、何か気付いたのか」
「この土は、柔らかすぎる。耕されていたようじゃ」
「耕す? ということは、ここは畑かなにかか?」
「かも知れぬ。さしずめ『ヌエビトの畑』と言ったところじゃな。しかし、何を育てていたかは分からぬな……作物らしきものが無い」

 あたりを見回す壱子につられて、平間も周囲を観察してみる。
 たしかに、ここには雑草以外の植物が見当たらない。

「穴を埋めた者が畑に植えたものを持ち去ったのじゃろうか。おや……あ、あった!」

 何かを見つけた壱子が、壁際に駆け寄った。

「平間、お主が横穴を掘っている間に洞窟の骨の性別を調べてみたのじゃ。すると、頭の骨は十五体、骨盤は十七組あった。そしてその内訳は男の頭蓋骨が十一合ったのに対して、骨盤はおそらく十三組が男のものじゃ」
「数が合わなかったってこと?」
「うむ、私たちも数え間違いかも知れぬし、バラバラになってしまった骨盤の組み合わせが悪いのかとも思ったのじゃが、どうもそうではなかった。しかし、今やその謎も解けた」

 ギラリとした光を目に宿して壱子が指し示したのは、壁の隅に並べるようにして置かれた二つの頭蓋骨だ。
 駆け寄った平間は、しゃがみながら頭蓋骨に顔を寄せていた壱子に尋ねる。

「と言うことはつまり、これは二つとも男の骨なのか?」
「どうかな、確かめてみよう」

 そう言って、壱子は慎重に骨を持ち上げては観察していく。
 二つの骨を横や下から注意深く見ていった壱子は、骨を慎重に戻して立ち上がった。

「平間、おぬしの言う通りじゃ。これで洞窟の骨の性別が分かった。と同時に、私たちが見つけた骨で全てらしいと言うこと、そしてこの骨を捨てた者がここで何かを育てていたことも、な」
「さすがに何も残されていなきゃ、何を育てていたかは分からないか」
「そうじゃな。しかし、呪いがあると噂される森の奥にある洞窟の、そのまた奥の横穴に入って、こんな小規模な畑を使っていたのじゃ。おそらくは、米や麦ではあるまい」
「もしかして、旅商人が探していた薬草とか?」
「その可能性もあるが、この畑を使っていた者は植えていたものを全て取り去っただけでなく、あの横穴を埋めてまでこの畑の存在を隠そうとしていた。そんなに見つかっては困る薬草など、私は聞いたことが無い。むしろ、そんなに手を入れるならもっと堂々と大規模に育てればいいのじゃ。その方が儲けも大きいじゃろうに」

 そう言って、壱子は顔を上げた。

「しかし平間、調査の続きはまた明日以降にしよう。まだヌエビトの影も見えぬが、朝の犬の首や旅商人の夫婦が夜に消息を立ったことを考えると、やはりヌエビトの存在は否定し切れぬし、この森で日没を迎えるのも安心できぬ。今日のところはこれで帰ろう」
「分かった。横穴はどうする?」
「開いたままにしておこう。私たちが横穴に気付いたことに、何らかの反応があれば儲けものじゃ。こっちには隕鉄と、熊殺しがおるからな」
「だから壱子、あれは僕の力じゃ――」

 平間の声をさらりと流して、すたすたと壱子は横穴へと歩いていく。

「思っていたより、すっかり汚れてしまったな。平間、私は帰ったらすぐに風呂に入りたい。背中を流しておくれ」
「流すか!」
「おや、後悔するぞ?」

 壱子は振り向いて、わざとらしく残念そうに顔をしかめてから、いたずらっぽく笑う。

「では、私がお主の背中を流すのはどうじゃ?」
「それも遠慮しておくよ」
「そうか……平間、前から気になっておったのじゃが、聞いても良いか?」

 いつに無く深刻そうな面持ちで言う壱子に、平間も表情が引き締まる。

「何?」
「私のようなこの上なく可愛い女子おなごに言い寄られて応じぬとは、平間、お主はもしや、男が好きなのか?」
「は?」

予想外の質問に思わず素っ頓狂な声を上げた平間は、自分は少しでも緊張したことを後悔した。
 平間は頭を掻いて、壱子に答えることなく横穴へ足早に向かう。

「あ、待て平間! 私は真剣に聞いておるのじゃぞ!」
「あのね壱子、僕は男が好きだとかそういう趣味は無いの」
「ではなぜ、お主は私に応えぬのじゃ?」
「なぜって、それはもちろん……」

 そこまで言って、平間は言いよどんだ。

……なぜだ?
今まで幾度となく言い寄ってくる壱子を跳ね除けてきたからだろうか。
いや、違う。

「僕と君とでは、身分が違いすぎるからだ」

 自分でそう言ったのに、平間はすぐさまひどく後悔した。
 なぜそう思ったのか、ハッキリとは分からない。
しかしその理由の一つはおそらく、壱子が一瞬だけ、これ以上は無いほどに淋しげな顔を作ったからだ。
平間がそのことに気付いたときには、壱子はすでにいつもの微笑に戻っていて、平間が何かを言いつくろう機会は与えられないまま、壱子が口を開く。

「ふふ、お主の言う通りじゃな。では――」

 壱子は真っ直ぐに平間の目を見る。
 吸い込まれそうになる深い黒の瞳に、平間は目を逸らすことが出来なかった。

「もし私が家や身分を捨て、ただの壱子になれば……その時お主は、応えてくれるのか?」
「それは……どうしてそんなことを聞くんだ」
「ふと気になったのじゃ。どうじゃ、平間?」

 壱子の問いかけに平間は言いよどみながら、しかし何も考えられずにいた。
 いつもの壱子とは違う。
 そして、ここで間違えてはいけない。
 その二つだけはハッキリと分かるものの、何と返せば良いかという平間がいま最も欲している答えだけは浮かんでくれなかった。

「……そんな有り得ない仮定を言い出すなんて、壱子らしくないじゃないか」

 ほとんど無意識に、平間ははぐらかしていた。
 そんなことを言う自分に再び後悔しながら、平間は逃げるように横穴に身を入れる。

「そうじゃな、私らしくもない。悪かった」

 後ろから聞こえる壱子の声は、どこか鼻にかかったようにくぐもって聞こえた。
 平間に続いて出てきた壱子は元通りにいつもの彼女だったが、平間は感じたことの無い重苦しさの自己嫌悪に襲われながら、その日の帰路についた。


――――

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