むかしばなし

鬼怒川 ますず

歪な笑顔

シエラが斬りかかる。
その姿を、怒りに震え我を忘れようとしていたベオの両目で捉えることが出来た。
ベオだけではない、セイレンもその光景を目の当たりにしている。

ただ、この場で気づくことが出来なかったのはおそらく彼らだけ。
『』と黒い異形。

リイナの身体、正確にはその左手とは左足をシエラは斬り落とした。
一瞬の出来事、彼らの死角から現れ瞬足の疾風の如く現れたその剣に斬られるリイナは、痛みを感じなかった。
その顔は目を見開き、先ほどの余裕の顔ではない。

「そんなはずは…」

リイナの口を借りて『』はまだ何か言おうとする。
しかしシエラはそんなリイナの右足を斬った。
まだ地面に倒れていなかった。
そのわずかな時間の間に四肢のうち三つを斬り落とした。
それはシエラ自身初めての経験だったろう。

「あぁ…神様…」

リイナの身体が地面に倒れる。
でもシエラはその身体がまだ宙に浮いてる間を狙い、躊躇なく剣を振るう。
愛する愛娘、その顔に向かって剣を突きたようとした。

「私は……」

リイナがシエラの顔を凝視して早口で呟く。
その一瞬の時間の中で、シエラの目にはあの綺麗な笑顔で『お母さま!』と呼んでくれるリイナの姿を思い出す。

「私は…」

その笑顔を向けた顔を今から壊す。
その行為がどれだけ罪深くても、彼女は迷いを打ち消す。
大切な人を守るために、ただそれだけの為に。

剣がリイナの顔の寸前まで迫る。
もうコンマ数秒。
その時、シエラは聞いた。

「この幸運に感謝します♪」

その愛した顔が、歪な笑顔で笑う。
何か不味いと剣を引っ込める前にはもう遅かった。
顔に剣は突き刺さり、赤黒い血とともに様々な赤以外の液体が飛び散る。
リイナの顔はその歪な笑顔のまま、静止した。

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