むかしばなし

鬼怒川 ますず

傷心

シエラは自室で横になっていた。
昔の自分に戻り、かつて多くの人間に向けた無感情の目を娘に向けた事に対して自責の念を感じていた。

コンコン

ドアをノックする音と共に愛しい人の姿が入ってきた。
ベオ・クリス。
彼もまた重い表情を浮かべてベッドで横になっていたシエラに近づく。

「……大丈夫、僕は君が苦しいのを知ってるから、そんなに責任を感じなくても大丈夫だよ」

「でも、私はあの子にあんな酷いことを…」

「それはシエラだけではない、僕だってリイナに酷いことをしていまにも心が裂けそうだ。とてもじゃないが何もせずにいた僕の方が君よりも酷いことをしたと思ってる」

「でも……」

「シエラ…」

顔を手で覆い表情を隠すシエラ。それに対してベオはその手を両手で掴み、ゆっくりと引き剥がす。
シエラはベオを見つめたまま泣いていた。
だからこそ、彼女を少しでも癒してあげたいとベオは手を優しく握り、彼女の体を引っ張り上げた。
「あ」と小さい声をあげて起き上がるシエラを、ベオはそのまま何も言わずに抱きしめた。
優しく、彼女の髪を撫でながら。

あの雨の日と同じ、彼女を救う行為をもう一度行った。
懐かしい思い出をシエラは思い出し、拒否することもなく彼女もまた強く抱きしめる。
少しの時間、それでもこの時間は大切だった。

ベオの胸で嗚咽を繰り返し、ベオもそんなシエラを思って涙を流した。

二人の想いは一緒だった。

リイナと一緒にいたい。
でもそれは叶わない願い。
残酷な運命しか訪れない願い。

だから決断した。
大丈夫だとシエラは思っていた。
でも、ここまで心が痛くなるとは思ってもいなかった。

ベオはこの運命を味わっているから知っている。それでもこの胸の痛みは愛娘に対しての愛だからこそ感じるのだろう。

二人は似た化け物。
人の心を取り戻した化け物。
愛を思い出した化け物。





でもそんな化け物以上の存在がいるとは誰も思っていなかった。

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