むかしばなし

鬼怒川 ますず

何をするべきか

ナイフで腹部を刺され始めてから数十分。
シエラは急にナイフを地面に落として頭だけをベオの胸元に当てた。

「……本当、なんかどうでも良くなった。この城から出れないし、死ねないし、貴方も殺せないし、化け物だし、私は人間ですらなかった。なんか、これからはもう少し自堕落に生きようかな」

「(冗談が言えるほどに気分は良くなった…)」

一日中城内でぶらぶらしているシエラがそんな冗談を口にするので内心ホッとするベオ。
丁度雨も弱まり、風も止んだ。
シエラの心を表しているかのように、天候が穏やかになる。

「さて、落ち着きましたかシエラさん。そろそろ城内に戻りましょう」

「…そうね、そうするしかないわね」

落ち着いたシエラはまだ俯いたまま、城の出入り口に向かう。
その後ろ姿に、狂気の美女としての妖しさはなかった。
ベオは彼女の後ろ姿を見て、さっき言われたことを思い出す。

貴方が怖い。
生き返る貴方が怖い。

シエラは混乱しながらも、ベオに対して言った言葉。
確かに、とベオは自嘲気味呟く。
おそらく、ずっと怖かったはずだ。

事情は分からないが、きっと今のシエラは前のシエラではない。
狂気に満ち、城に迷い込んだ者を殺す殺人が趣味の女性ではない。
少しずつ、少しずつ変わっている。

城に来る前、その前を知らないベオでも彼女の変化には気付いていた。

だったら……どうするか。

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