君のことを本当に……?
《穐斗》……過去との交差
「うーん……」
普段からかなり抜けた妻の声が聞こえ、過去の事件から周囲に敏感な祐也は目を覚ました。
もう一度言うが、かなり抜けた妻は、働き者だがのんびりしており、寝ぼける、うたた寝をする、目を離すと妊婦だと言うのにフラフラとしては、
「ほ、蛍。あんたは何をしよんぞね!」
「嫌ぁぁ!蛍ちゃん!何してるの?幾ら私でもしないわよ!」
女の子を出産したばかりの蛍の母の風遊と、生後半年の息子を抱いた隣家の糺が青い顔をして説教する場面に出くわした。
聞くと、薄着で出歩く、突然走る……いつものことである。
段を踏み外しかける……危険である。
坂道で転びかける……想像したくもない。
家に閉じ込めておくと言うのも無理だと解っているが、それでも、蛍のドジっぷりは危険であり、祐也が見ていない時に何かあってもいけないと言うことで、実家の両親に連絡し、しばらく蛍を連れて帰省していた。
まだ8ヶ月を過ぎたばかり。
あと約2ヶ月の間に母や妹たちに蛍を預け、時々家に戻り、春の準備に山菜採りをと思っていた。
「うーん……」
寝言だろうか?
祐也は目を開け、隣で寝ている妻を見る。
起きてはいない……しっかり寝ているのだが、
「……うーん……痛い……けど、寝る……」
と言う恐ろしい台詞に、ガバッと身を起こすと枕元のライトを灯した。
くぅくぅと寝息は漏れる……しかし、時々眉を寄せる様に、
「おい、蛍?起きてるのか?」
「……眠い……から寝てる……けど、お腹が痛い……おやすみぃ……」
寝言のように呟く台詞に、一瞬大丈夫かと思ったものの、確認しようと、布団の間に手を伸ばし、
「こらぁぁ!蛍!起きんかぁぁ!」
と叫び、すぐに部屋を出て、学生の娘のお弁当を作っていた母に声をかける。
「母さん!蛍が、破水しとる!」
「まぁ!蛍ちゃんは?痛がってないの?病院……」
「それが……」
起きてきた二人の妹が、一人は病院に電話、一人が蛍の元に駆けつけるが、
「蛍ちゃん、起きて!破水してるよ?……お兄ちゃん。蛍ちゃん熟睡してるけど……大丈夫?薬飲んだとか?」
「それはない。蛍は薬に過剰に反応するけん」
「おい、祐也。蛍ちゃんをタオルと毛布で包んで荷物を持って来なさい。病院に運ぶよ」
父の言葉に、慌てて蛍を抱き病院に駆け込んだが、到着してすぐ、寝ぼけた蛍が生んだのが小さい男の子。
早産だった為、即保育器に入れられた赤ん坊は、本当に小さく泣くことも出来なかったが、非常に大人しい子だった。
看護師が起こさないとスヤスヤ眠りっぱなしで、
「こんなに大人しいお子さんはいませんね」
と感心された。
「えっと、小さすぎて、泣けないのでは……」
「と言うか、お腹が空くと言うよりも、眠いと言う欲求が高いんとちゃうんかなぁ……」
運転億劫と、着物姿で初孫の様子を見に来た醍醐が腕を組む。
「ひなのとこの風早もあてのとこの六花も、お腹すいた、眠い……言うて、バランスよくやけど、こんだけようねよるし……」
「悪いが、これだけ小さいのに……母親に瓜二つ。父親に似てるところなし!じいちゃん、ばあちゃん。どがいやろ?」
悪友が祝いだなんだと言い訳し、着物で来た為、運転する羽目に陥った日向は、赤ん坊の曽祖父母の麒一郎と晴海を見る。
「……祐也に似とったら、もっと凛々しいかとおもっとったのに……」
「穐斗ももう少し大きかったけど、こんな感じやったわ」
少しの間だけ曽孫を抱かせてもらった二人は、小さい手をにぎにぎし、あくびをする赤ん坊に笑いかける。
「でも、多分近くに誰かがおると、大人しいけど、一人にされると泣くわ」
「穐斗は夜は大人しいのに、昼間はギャンギャンよう泣きよった」
「あきとくんと言うんですか?赤ちゃんは」
看護師の女性が微笑む。
「えっ、あ、候補の一つです」
「素敵ですね。あの、所で、お父様は……」
3人の成人男性を見る。
日向が答える。
「この祐也が父親で、私が祐也の親友です。で、これが、赤ん坊の祖父です」
「これって、ひどうおまへんか?ひな!」
「普通は祖父に反応せんか?お前。しかもじいちゃんよりジジくさい格好で」
「祖父は祖父やさかいに、かめへんのや。その為に、この格好にしたんや」
「お、おじいちゃんですか……お若いおじいちゃんですね」
看護師の言葉に、麒一郎が笑いを堪えながら答える。
「すんませんなぁ。出産したんがわしの孫で、この祐也が孫の旦那で、これが娘の婿なんですよ。娘も少し前にこの子の叔母にあたる赤ん坊が生まれたばかりで、代わりに爺婆が」
「ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんですか!お二人ともお若いのに」
「いやいや……」
「おーい、祐也〜!」
鏡の向こうで手を振るのは、結婚したばかりの兄である。
脳筋の祐也の兄、一平はあの驚異の単語力で世界でも有名な美貌の女優、ヴィヴィと結婚した。
そして、一応やめておいたほうがいい……その語学力で生活はと引き止めたが、ケラケラ笑い、
「かまんかまん。困ったら風遊さんの会話帳と、拳で語るわ〜」
と、言って出て行った。
因みに、心配していたのは祐也と父の朔夜のみで、母のせとか以下女性陣は、
「大丈夫よ〜あの子、度胸と妙な運だけで生きていけるから」
「いい意味に解釈する脳内自動変換もあるよね。それと野生の勘!」
「それはお姉ちゃんもでしょ。お兄ちゃん。生物破壊兵器は向こうに送ったと思って、蛍ちゃんたちを考えないと、婿養子の意味ないよ」
「それよ、それ!元々一平には期待してないし、祐也も無理にうちに残るとか、向こうのこともこっちもとか思わないのよ?そんなこと言ってたら、お母さんもう一人頑張るから」
その一言に、父は噴いていたが、真顔で、
「冗談よぉ〜。風遊さんの年の頃なら考えたけど、今更子育てはキツイわぁ……あ、祐也。孫の面倒は見ますからね〜。いつでも戻って来なさいね。蛍ちゃんと喧嘩するんじゃないのよ?」
「でも、父さんと母さん……」
「大丈夫よ。お姉ちゃんは鉄砲玉でどこに行くかわかんないって分かってるし、一平兄ちゃんはあれだし、私がいるから。お兄ちゃん」
末っ子の媛がにっこり笑う。
「私、結婚願望、今のところ全くないし、それに、お兄ちゃんは兎も角、一平兄ちゃんとお姉ちゃんに結婚相手見つかるなんて、それだけで我が家の運は使い切ったわ」
「何ですって!私が結婚するかもしれないってだけで、それはないじゃない!」
紅が唇を尖らせる。
一応、正式に結婚が決まったわけではない。
高校を卒業してから、留学を決意していたものの、卒業を待たずに留学した。
語学留学と、大学進学を目指して早目に進路を決めたのである。
その為、兄の結婚の前に一旦渡航し、手続きを済ませる為に動いていたのだが、親友のヴィヴィに教えてもらおうと思っていたと言うのに、どこがいいのか、ヴィヴィと一平が親密さを増し、これからどうしようと焦っていた紅に、声をかけてくれたのが蛍の甥で、ヴィヴィの幼馴染のウェインだった。
見た目がヴィヴィも同様で華やかなウェインは、誰にでも優しい。
でも、忙しいはずなのに、日本の一般人の紅に、パーティとかや高価な宝石、ドレスを買いに行く……のではなく、
「ねえ!こっちこっち」
ラフな格好で出かけるのは地方の街や、遺跡。
そして、誰も買い手のない、兄の親友、穐斗の行方不明になったと言われている領地と館。
「……母さんのお祖父様から、実は爵位と領地を譲っていただいたんだ。買い取りたいと言う人は裏では多いんだよ。面白がって、領地の中を荒らしているものもいる。領地の人々が怯えているから。大お祖父様はかくしゃくとした方で、大お祖母様はしっかりとした方だったけど、あの事件から落ち込んで、父の別邸で寝たきりになったよ」
遠い目をする。
「……あの問題を起こしたお祖父様は、事件が事件だったから、他国では死刑かもしれないけど、この国は死刑制度は1998年に完全に廃止されているからね。情報は、そっちには出ていないと思うけど、国内での最後の処刑は1964年だったんだ」
「……日本では、あるわね……」
日本は現在数少ない処刑執行のある国である。
国内でも様々な論議の一つになっている。
それはここで述べるのはやめておこう。
「お祖父様は……日本でいうと終身刑だね。本当は爵位も奪われても妥当だったと思うけど、大お祖父様は正確には譲ってなかったんだ。穐斗に譲りたかったんだって」
「あきちゃん……」
兄の親友……行方不明の妖精の国に行ってしまった少年……。
紅は真実を知る数少ない一人。
そして……。
「……僕は、穐斗の代わりに生きるよ。大お祖父様も父も母も認めてくれてる。でも、父の家の爵位も継がなきゃいけない。俳優の仕事を軽んじるわけじゃないけど、忙しくなるなぁ……ここの歴史を紐解いていこうと思っているんだ。これは祐也と日向からの提案。二人も向こうで手伝ってくれるから」
「……ウェインは一人でする気なの?」
「と言うか、一平が、『俺は英語も喋れんし、頭も悪いけど、力仕事ならやってやるわ〜』って。ここにの近くのヴィヴィの別荘に住むって、この間から身振り手振りでここの住人たちと遊んでるよ」
「遊んでる?」
「ほら、ここの人ってうちの父もそうだけどがっしりとした筋肉隆々の男が多いんだけど、一平……薪割りとか面白がって、競争して……なんか言葉も通じないのに、何か通じ合ったみたいだよ」
妹には、
「お姉ちゃんも行き当たりばったり、脳みそ筋肉族に移行しつつあるからね」
と言われるが、筋肉で通じる何かに加わりたくはない。
まぁ、突進するが、片言の英語で乗り切れる。
そう言い返すと、もう一人の兄の祐也が、ため息をつく。
「紅も、俺はお前たちや兄貴ほど強くなれんけん、出んかったが、世界的に出場できる選手に最低限必要なんは、マナーと会話やぞ。分かるか?」
と言われたが、ちなみに祐也も日本の武道をいくつか身につけているが、両親と叔母夫婦が話し合い、ある程度のレベルで辞めさせた。
その代わり、紅が弓道、媛が柔道、一平が空手に柔道と教わったが、祐也だけはそれ以外に剣道に父と同じ居合、合気道と様々な武術を習わせていた。
それだけでなく、ボランティア活動にも積極的に参加させ、今では通訳になれるほどの流暢な数カ国語を話せるらしい。
一度聞くと、
「……うーん、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、中国語、ヒンズー語……韓国語は日本語と同じで主語形容詞述語やけん、紅にも楽やな。お習い。英語ができんでも、なんとかなる」
と言われた。
参考書を持って真っ白な紅に、媛は、
「良いやん。うちは英語と中国語よ。後はドイツ語……」
自分より年下の妹の方が数が多いことにショックを受けるが、兄の一平には、祐也も教えることを放棄していた。
無駄なことはしないのが鉄則らしい。
「……蛍の子供が生まれたら、譲れないかなぁ……」
「えっ?」
過去を思い出し、兄のスパルタ教育でハングル語は書くのだけ最低限出来るようになった紅は我に帰る。
「今、蛍ちゃんの子供って……絶対ダメ!ウェイン!蛍ちゃんの子供はうちの甥か姪!こっちには来させん!絶対に!」
紅は食ってかかった。
「祐にいちゃんも、蛍ちゃんも、それに風遊おばさんも一杯一杯傷ついたんだよ!遊びにおいでなら良い!でも、そんな過去を思い出すようなものを押し付けないで!そんなことするなら、ウェインのこと嫌いになるよ!」
「紅……さすが兄妹。一平にも言われたよ」
ウェインは微笑む。
「『祐也は俺の弟で蛍は俺の妹や!そんなもん妹やその子供に押し付けんな!まぁ、紅ならかまん。祐也は傷ついて苦しむ……胸に抱え込むアホタイプや、時々帰ってガス抜いてやらないかん。紅は、誰に似たんか、悩むよりぶっ壊すわ。あいつ貸すわ〜』やって」
「一平兄ちゃん……今度、的に写真を貼るわ!あ、過去の遺物も次々してやる!うちの目標は百発百中!女版那須与一や!」
なぜ流鏑馬と言わなかったか……紅は、祐也のように器用でもなく、野生の勘の一平のように一撃必殺でもなく……馬には乗れるが、同時に弓を引き絞れない。
集中力に欠けるのだ。
代わりに、風に揺れる的を射るのはさほど苦ではない。
一点集中である。
「ねぇ、紅。僕は弱いから、もし立ち止まりたくなるような時は、背中を押してくれる?今日みたいに。一平は蹴り飛ばすって言うんだけど、それはやめてって言っといたんだ」
「けっ……にいちゃん……怖いわ……」
「最初は拳でボコボコに顔殴るって言われたんだよ。ヴィヴィが、『一応これでも商売道具だからやめてあげて』だって……で、蹴り飛ばすになったんだけど」
「ヴィヴィ〜!にいちゃん煽ってどうすんの〜!」
世界的美形俳優トップテン入りする美貌の持ち主に、商売道具はないだろう。
顔だけではなく演技力、声も若いのにすごいと言うのに。
頭を抱えるがすぐに、ウェインを見る。
「じゃぁ、ウェインの背中を押したりしないよ。うちは。英語嫌いとか言ってられない。必死で勉強して、ついでに武術だけじゃなく色々ウェインのお母さんに教わって、ウェインと並んで歩いてあげる。ウェインが躊躇ったら引っ張っていくし、うちが英語嫌いとか言って逃げようとしたら捕まえてよね。そうしてくれたら許す!」
「日本に帰らなくて良いの?」
「時々は帰省するけどさ。ウェインとここを変えていくんなら……お兄ちゃんたちを巻き込まないなら良いよ」
その言葉に、ウェインは紅を抱きしめた。
そして、さほどせず、
『ガウェイン・ルーサー・ウェイン、日本の一般女性と交際』
と言う報道が流れたのだった。
普段からかなり抜けた妻の声が聞こえ、過去の事件から周囲に敏感な祐也は目を覚ました。
もう一度言うが、かなり抜けた妻は、働き者だがのんびりしており、寝ぼける、うたた寝をする、目を離すと妊婦だと言うのにフラフラとしては、
「ほ、蛍。あんたは何をしよんぞね!」
「嫌ぁぁ!蛍ちゃん!何してるの?幾ら私でもしないわよ!」
女の子を出産したばかりの蛍の母の風遊と、生後半年の息子を抱いた隣家の糺が青い顔をして説教する場面に出くわした。
聞くと、薄着で出歩く、突然走る……いつものことである。
段を踏み外しかける……危険である。
坂道で転びかける……想像したくもない。
家に閉じ込めておくと言うのも無理だと解っているが、それでも、蛍のドジっぷりは危険であり、祐也が見ていない時に何かあってもいけないと言うことで、実家の両親に連絡し、しばらく蛍を連れて帰省していた。
まだ8ヶ月を過ぎたばかり。
あと約2ヶ月の間に母や妹たちに蛍を預け、時々家に戻り、春の準備に山菜採りをと思っていた。
「うーん……」
寝言だろうか?
祐也は目を開け、隣で寝ている妻を見る。
起きてはいない……しっかり寝ているのだが、
「……うーん……痛い……けど、寝る……」
と言う恐ろしい台詞に、ガバッと身を起こすと枕元のライトを灯した。
くぅくぅと寝息は漏れる……しかし、時々眉を寄せる様に、
「おい、蛍?起きてるのか?」
「……眠い……から寝てる……けど、お腹が痛い……おやすみぃ……」
寝言のように呟く台詞に、一瞬大丈夫かと思ったものの、確認しようと、布団の間に手を伸ばし、
「こらぁぁ!蛍!起きんかぁぁ!」
と叫び、すぐに部屋を出て、学生の娘のお弁当を作っていた母に声をかける。
「母さん!蛍が、破水しとる!」
「まぁ!蛍ちゃんは?痛がってないの?病院……」
「それが……」
起きてきた二人の妹が、一人は病院に電話、一人が蛍の元に駆けつけるが、
「蛍ちゃん、起きて!破水してるよ?……お兄ちゃん。蛍ちゃん熟睡してるけど……大丈夫?薬飲んだとか?」
「それはない。蛍は薬に過剰に反応するけん」
「おい、祐也。蛍ちゃんをタオルと毛布で包んで荷物を持って来なさい。病院に運ぶよ」
父の言葉に、慌てて蛍を抱き病院に駆け込んだが、到着してすぐ、寝ぼけた蛍が生んだのが小さい男の子。
早産だった為、即保育器に入れられた赤ん坊は、本当に小さく泣くことも出来なかったが、非常に大人しい子だった。
看護師が起こさないとスヤスヤ眠りっぱなしで、
「こんなに大人しいお子さんはいませんね」
と感心された。
「えっと、小さすぎて、泣けないのでは……」
「と言うか、お腹が空くと言うよりも、眠いと言う欲求が高いんとちゃうんかなぁ……」
運転億劫と、着物姿で初孫の様子を見に来た醍醐が腕を組む。
「ひなのとこの風早もあてのとこの六花も、お腹すいた、眠い……言うて、バランスよくやけど、こんだけようねよるし……」
「悪いが、これだけ小さいのに……母親に瓜二つ。父親に似てるところなし!じいちゃん、ばあちゃん。どがいやろ?」
悪友が祝いだなんだと言い訳し、着物で来た為、運転する羽目に陥った日向は、赤ん坊の曽祖父母の麒一郎と晴海を見る。
「……祐也に似とったら、もっと凛々しいかとおもっとったのに……」
「穐斗ももう少し大きかったけど、こんな感じやったわ」
少しの間だけ曽孫を抱かせてもらった二人は、小さい手をにぎにぎし、あくびをする赤ん坊に笑いかける。
「でも、多分近くに誰かがおると、大人しいけど、一人にされると泣くわ」
「穐斗は夜は大人しいのに、昼間はギャンギャンよう泣きよった」
「あきとくんと言うんですか?赤ちゃんは」
看護師の女性が微笑む。
「えっ、あ、候補の一つです」
「素敵ですね。あの、所で、お父様は……」
3人の成人男性を見る。
日向が答える。
「この祐也が父親で、私が祐也の親友です。で、これが、赤ん坊の祖父です」
「これって、ひどうおまへんか?ひな!」
「普通は祖父に反応せんか?お前。しかもじいちゃんよりジジくさい格好で」
「祖父は祖父やさかいに、かめへんのや。その為に、この格好にしたんや」
「お、おじいちゃんですか……お若いおじいちゃんですね」
看護師の言葉に、麒一郎が笑いを堪えながら答える。
「すんませんなぁ。出産したんがわしの孫で、この祐也が孫の旦那で、これが娘の婿なんですよ。娘も少し前にこの子の叔母にあたる赤ん坊が生まれたばかりで、代わりに爺婆が」
「ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんですか!お二人ともお若いのに」
「いやいや……」
「おーい、祐也〜!」
鏡の向こうで手を振るのは、結婚したばかりの兄である。
脳筋の祐也の兄、一平はあの驚異の単語力で世界でも有名な美貌の女優、ヴィヴィと結婚した。
そして、一応やめておいたほうがいい……その語学力で生活はと引き止めたが、ケラケラ笑い、
「かまんかまん。困ったら風遊さんの会話帳と、拳で語るわ〜」
と、言って出て行った。
因みに、心配していたのは祐也と父の朔夜のみで、母のせとか以下女性陣は、
「大丈夫よ〜あの子、度胸と妙な運だけで生きていけるから」
「いい意味に解釈する脳内自動変換もあるよね。それと野生の勘!」
「それはお姉ちゃんもでしょ。お兄ちゃん。生物破壊兵器は向こうに送ったと思って、蛍ちゃんたちを考えないと、婿養子の意味ないよ」
「それよ、それ!元々一平には期待してないし、祐也も無理にうちに残るとか、向こうのこともこっちもとか思わないのよ?そんなこと言ってたら、お母さんもう一人頑張るから」
その一言に、父は噴いていたが、真顔で、
「冗談よぉ〜。風遊さんの年の頃なら考えたけど、今更子育てはキツイわぁ……あ、祐也。孫の面倒は見ますからね〜。いつでも戻って来なさいね。蛍ちゃんと喧嘩するんじゃないのよ?」
「でも、父さんと母さん……」
「大丈夫よ。お姉ちゃんは鉄砲玉でどこに行くかわかんないって分かってるし、一平兄ちゃんはあれだし、私がいるから。お兄ちゃん」
末っ子の媛がにっこり笑う。
「私、結婚願望、今のところ全くないし、それに、お兄ちゃんは兎も角、一平兄ちゃんとお姉ちゃんに結婚相手見つかるなんて、それだけで我が家の運は使い切ったわ」
「何ですって!私が結婚するかもしれないってだけで、それはないじゃない!」
紅が唇を尖らせる。
一応、正式に結婚が決まったわけではない。
高校を卒業してから、留学を決意していたものの、卒業を待たずに留学した。
語学留学と、大学進学を目指して早目に進路を決めたのである。
その為、兄の結婚の前に一旦渡航し、手続きを済ませる為に動いていたのだが、親友のヴィヴィに教えてもらおうと思っていたと言うのに、どこがいいのか、ヴィヴィと一平が親密さを増し、これからどうしようと焦っていた紅に、声をかけてくれたのが蛍の甥で、ヴィヴィの幼馴染のウェインだった。
見た目がヴィヴィも同様で華やかなウェインは、誰にでも優しい。
でも、忙しいはずなのに、日本の一般人の紅に、パーティとかや高価な宝石、ドレスを買いに行く……のではなく、
「ねえ!こっちこっち」
ラフな格好で出かけるのは地方の街や、遺跡。
そして、誰も買い手のない、兄の親友、穐斗の行方不明になったと言われている領地と館。
「……母さんのお祖父様から、実は爵位と領地を譲っていただいたんだ。買い取りたいと言う人は裏では多いんだよ。面白がって、領地の中を荒らしているものもいる。領地の人々が怯えているから。大お祖父様はかくしゃくとした方で、大お祖母様はしっかりとした方だったけど、あの事件から落ち込んで、父の別邸で寝たきりになったよ」
遠い目をする。
「……あの問題を起こしたお祖父様は、事件が事件だったから、他国では死刑かもしれないけど、この国は死刑制度は1998年に完全に廃止されているからね。情報は、そっちには出ていないと思うけど、国内での最後の処刑は1964年だったんだ」
「……日本では、あるわね……」
日本は現在数少ない処刑執行のある国である。
国内でも様々な論議の一つになっている。
それはここで述べるのはやめておこう。
「お祖父様は……日本でいうと終身刑だね。本当は爵位も奪われても妥当だったと思うけど、大お祖父様は正確には譲ってなかったんだ。穐斗に譲りたかったんだって」
「あきちゃん……」
兄の親友……行方不明の妖精の国に行ってしまった少年……。
紅は真実を知る数少ない一人。
そして……。
「……僕は、穐斗の代わりに生きるよ。大お祖父様も父も母も認めてくれてる。でも、父の家の爵位も継がなきゃいけない。俳優の仕事を軽んじるわけじゃないけど、忙しくなるなぁ……ここの歴史を紐解いていこうと思っているんだ。これは祐也と日向からの提案。二人も向こうで手伝ってくれるから」
「……ウェインは一人でする気なの?」
「と言うか、一平が、『俺は英語も喋れんし、頭も悪いけど、力仕事ならやってやるわ〜』って。ここにの近くのヴィヴィの別荘に住むって、この間から身振り手振りでここの住人たちと遊んでるよ」
「遊んでる?」
「ほら、ここの人ってうちの父もそうだけどがっしりとした筋肉隆々の男が多いんだけど、一平……薪割りとか面白がって、競争して……なんか言葉も通じないのに、何か通じ合ったみたいだよ」
妹には、
「お姉ちゃんも行き当たりばったり、脳みそ筋肉族に移行しつつあるからね」
と言われるが、筋肉で通じる何かに加わりたくはない。
まぁ、突進するが、片言の英語で乗り切れる。
そう言い返すと、もう一人の兄の祐也が、ため息をつく。
「紅も、俺はお前たちや兄貴ほど強くなれんけん、出んかったが、世界的に出場できる選手に最低限必要なんは、マナーと会話やぞ。分かるか?」
と言われたが、ちなみに祐也も日本の武道をいくつか身につけているが、両親と叔母夫婦が話し合い、ある程度のレベルで辞めさせた。
その代わり、紅が弓道、媛が柔道、一平が空手に柔道と教わったが、祐也だけはそれ以外に剣道に父と同じ居合、合気道と様々な武術を習わせていた。
それだけでなく、ボランティア活動にも積極的に参加させ、今では通訳になれるほどの流暢な数カ国語を話せるらしい。
一度聞くと、
「……うーん、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、中国語、ヒンズー語……韓国語は日本語と同じで主語形容詞述語やけん、紅にも楽やな。お習い。英語ができんでも、なんとかなる」
と言われた。
参考書を持って真っ白な紅に、媛は、
「良いやん。うちは英語と中国語よ。後はドイツ語……」
自分より年下の妹の方が数が多いことにショックを受けるが、兄の一平には、祐也も教えることを放棄していた。
無駄なことはしないのが鉄則らしい。
「……蛍の子供が生まれたら、譲れないかなぁ……」
「えっ?」
過去を思い出し、兄のスパルタ教育でハングル語は書くのだけ最低限出来るようになった紅は我に帰る。
「今、蛍ちゃんの子供って……絶対ダメ!ウェイン!蛍ちゃんの子供はうちの甥か姪!こっちには来させん!絶対に!」
紅は食ってかかった。
「祐にいちゃんも、蛍ちゃんも、それに風遊おばさんも一杯一杯傷ついたんだよ!遊びにおいでなら良い!でも、そんな過去を思い出すようなものを押し付けないで!そんなことするなら、ウェインのこと嫌いになるよ!」
「紅……さすが兄妹。一平にも言われたよ」
ウェインは微笑む。
「『祐也は俺の弟で蛍は俺の妹や!そんなもん妹やその子供に押し付けんな!まぁ、紅ならかまん。祐也は傷ついて苦しむ……胸に抱え込むアホタイプや、時々帰ってガス抜いてやらないかん。紅は、誰に似たんか、悩むよりぶっ壊すわ。あいつ貸すわ〜』やって」
「一平兄ちゃん……今度、的に写真を貼るわ!あ、過去の遺物も次々してやる!うちの目標は百発百中!女版那須与一や!」
なぜ流鏑馬と言わなかったか……紅は、祐也のように器用でもなく、野生の勘の一平のように一撃必殺でもなく……馬には乗れるが、同時に弓を引き絞れない。
集中力に欠けるのだ。
代わりに、風に揺れる的を射るのはさほど苦ではない。
一点集中である。
「ねぇ、紅。僕は弱いから、もし立ち止まりたくなるような時は、背中を押してくれる?今日みたいに。一平は蹴り飛ばすって言うんだけど、それはやめてって言っといたんだ」
「けっ……にいちゃん……怖いわ……」
「最初は拳でボコボコに顔殴るって言われたんだよ。ヴィヴィが、『一応これでも商売道具だからやめてあげて』だって……で、蹴り飛ばすになったんだけど」
「ヴィヴィ〜!にいちゃん煽ってどうすんの〜!」
世界的美形俳優トップテン入りする美貌の持ち主に、商売道具はないだろう。
顔だけではなく演技力、声も若いのにすごいと言うのに。
頭を抱えるがすぐに、ウェインを見る。
「じゃぁ、ウェインの背中を押したりしないよ。うちは。英語嫌いとか言ってられない。必死で勉強して、ついでに武術だけじゃなく色々ウェインのお母さんに教わって、ウェインと並んで歩いてあげる。ウェインが躊躇ったら引っ張っていくし、うちが英語嫌いとか言って逃げようとしたら捕まえてよね。そうしてくれたら許す!」
「日本に帰らなくて良いの?」
「時々は帰省するけどさ。ウェインとここを変えていくんなら……お兄ちゃんたちを巻き込まないなら良いよ」
その言葉に、ウェインは紅を抱きしめた。
そして、さほどせず、
『ガウェイン・ルーサー・ウェイン、日本の一般女性と交際』
と言う報道が流れたのだった。
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