君のことを本当に……?

ノベルバユーザー173744

《和解》……お墓参り

「……大原先生」

 柚月ゆづきは声をかける。

「一緒にいきませんか?」
「どこに……」
「……行けば解ります」

 嵯峨さがは、昨日と同じ麒一郎きいちろうに頼み、車に乗り出発する。
 柚月の両親は預けたばかりである。
 運転席は嵯峨、助手席は柚月の為、麒一郎と宇治ひろはるの間に観月みづきが嬉しそうに座っている。

「麒一郎おじいちゃん。今日の晩も見られるかなぁ?」
「そうやなぁ。ここまでは上ってはこれんけど、乱舞は谷の川ではよう見れらぁい。大原さんもみんさいや」
「いやぁ、泊まるところも決めとらんし……」
「家があるわ。それに、もう、皆飲むで?一人も二人も変わらんわ」
「えと……お言葉に甘えて……」

 少々申し訳なさげに頭を下げる。

「あはは!かまんかまん。嵯峨?もう少ししたら上や」
「あ、おじいちゃん!観月多分解る!」

 観月が手を上げる。

「おばあちゃんが言うとったよ。昇り口に湧き水があって、そこを抜けてすぐ左だって。さっきは昨日の道だったからもう少ししたらだよ?」
「おぉ。観月は記憶力がエエなぁ」
「えへへ。昨日、教えて貰ったの。えとね、シィお兄ちゃんが、お父さんはナビゲーションがないと車運転苦手なんだって。お母さんと私が道案内してあげるといいって言ってた」
「シィめ。余計なことを」

 ブツブツと言いつつ、車を運転している嵯峨の頬は赤い。
 しかし観月は、

「でも、私は、お父さんはナビゲーションを使ってまで、色々な場所でお仕事をしているんだから凄いなぁって思ってるの。あのね。私ね?夢が出来ちゃった」
「夢?」
「えへへ……内緒。と言うか、早く弟か妹が欲しいなぁ。ねぇ?おじいちゃんたち!お父さんに似たらかっこいいと思うでしょ?私ね?絶対弟がいいの!」
「エェェ!急に何を」
「お母さん、高齢出産だわ……」

 頬に手を当てて呟く柚月に、麒一郎は、

風遊ふゆは40過ぎても生んだわ。ほたるたちを生んだんは20前で、醍醐だいごとの間に5人娘。もういらん!言うとらぁい。醍醐は男が欲しいて言うとったけどなぁ」
「そう言えば、日向ひなたくんの所には男の子二人ですね。祐也ゆうやくんのところは穐斗あきとくんに女の子二人」
「あはは。風早かざはやはしっかりしとって、穐斗はおっとり。那岐なぎはガキ大将や。穐斗はよう似とるわ。母親に」
「似てますね。本当に」

嵯峨は笑う。

「祐也くんは昨日、ぼやいてましたよ。穐斗は大人しいけど、突然走り出して壁に激突とか、何もないところで転ぶ。スキップしてたら何していたか忘れて『パパァ?穐斗、なわとびしてた?』とか聞いてきて、スキップの練習していただろう?と伝えると、『あ、そうだった~……えーと、スキップってどうやるんだっけ?』と聞かれて、小学校で大丈夫だろうかとか言っていましたよ」
「穐斗はなぁ……」

 麒一郎は噴き出す。

「わの孫やひ孫のなかでも、のんきでおっとりしとるけんなぁ」
「……孫か……夢やったなぁ……」

 呟いた宇治に麒一郎が、示す。

「観月がおろがな」
「えっ?あ、そやった……幾つかいなぁ?」
「高校二年生です。おじいちゃん」
「えろうかいらしいなぁ……おかあはんに似たんやなぁ。えぇこや」
「おじいちゃん。ありがとう」

 嬉しそうに答える少女に、宇治は、

「……美園みそのは……ばあちゃんは、今のみ、観月みたいにようわろとった。あてが悲しませても、笑って……あのキィ強いひいばあちゃんとつきおうて、嵯峨や伏見ふしみを育てて……あては……じいちゃんは甘えとったんやなぁ……」
「……まぁ。私がかなり喧嘩を吹っ掛けてましたけどね」
「お前は誰に似たんか……美園に似たら優しい穏やかな子に……」
「おじいちゃんだと思う!」
「あてか……それは困るわ……本当に」

本気で困った顔をする宇治に、微妙に頷く嵯峨。

「観月……お父さん、そんなに似てますか?」
「お仕事に一所懸命なところに、優しいところ!お仕事手を抜かない、厳しいところ!そう言うところ、私は好き!」

 鏡越しに親子は視線を合わせる。
 どちらともうっすらと頬が赤いのは、照れ臭いのか嬉しいのか……。

「あ、お父さん、ほら!ここ!麒一郎おじいちゃん、ここだよね?」
「あぁ、よう覚えたなぁ。観月は。嵯峨、ここを曲がって、昨日の道に進むんや」
「えぇ」

 市道らしいが細い道から、ますます細い道に登っていく。
 そして、鬱蒼と繁って視界を閉ざしていた木々が切れたところに、古い墓標、小さい墓石が並ぶなかに、一つ谷を見下ろす場所に新しい墓が建っていた。

「一回奥に行って、車を回します」

 背には何も彫られておらず、しかし、宇治は遠ざかるその墓を見つめていた。
 上から降りてくると、車を停め、

「昨日、墓参りに来たので……何も持ってきてませんが……」

嵯峨は言いながら父を見る。

「こちらです……きっと母さんも伏見も、待っていると思います」
「嵯峨さん。私たちここでいましょうか?」
「いや、来て貰えんかな……嫌やなかったら……」

 宇治は緊張ぎみに告げる。

「わはおるわ。家族でおいきや」

 麒一郎の声に、4人はゆっくりと歩いていく。
 嵯峨は先に歩き、観月と柚月は手を繋いで宇治の後ろをついていく。
 嵯峨は墓の前に手を差し示した。

「ここです……6年前に建てました。それまでは、おかあはんの遺骨は東京の伏見と住んでいた家に……でも、麒一郎おいはんたちが、おかあはんを休ませてあげるといいと、この一角を譲って貰って、建てました。でも、遺骨を納める直前に伏見が倒れました。伏見は勉強、私は忙しく……精密検査した時には、ステージ4でした」
「……ガンやったんか……」
「リンパや肺に転移していたそうです。物言わぬ臓器……すい臓ですね。肝臓も転移していました。何とか手術や抗ガン剤をと手を尽くしましたが、抗ガン剤の副作用が強く、手術しようにも一気に弱り……『医者の不養生てよう言うなぁ』と、時間を見つけては看病に行くと、伏見は笑っていました。『あにさんも働きすぎやわ。ちゃんと人間ドックだけでも、定期的に行くんやで。あては、先に逝ってしまうさかいに……やけど、すぐに後を追って来られたら困るわ。あにさんはちゃんと幸せになり?サキにいはんみたいに』……そういうて、息を引き取りました」
「……27……」

 墓石に彫られた戒名と享年に、宇治は項垂れる。

「……謝罪も出来ん。それに、美園には……」

 左胸の内側のポケットから古びた封筒を取り出す。
 美しい筆跡で、住所と大原宇治様と書かれている。
 封筒は開封されており、そこから取り出されたのは、便箋と離婚届。

「は?それは……」
「亡くなる前日に届いたんや……あの日は手術に救急搬送されてきた患者に付ききりで……夜に戻ったら机におかれとった。頭が真っ白になって……美園に会いにいかなと思たら……翌日、賀茂はんが電話をくれた……遺言やったんやと……思た」
「遺言……?」

 嵯峨は初めて知ったことに父を見る。

「……読むか?」

 折り畳まれた便箋を手渡した宇治に、嵯峨は一瞬躊躇い、しかしそっと開き読み始めた。

「『拝啓
 次第に暖かくなり、桜もほころぶことかと思います。如何お過ごしでしょうか?
 嵯峨は20になり、大学で法学部に在籍し、日々勉強に頑張っています。14歳の伏見は少し反抗期でしょうか?少しそっけなくなって母親も必要なくなってきているのかと、寂しくなりつつあります。でも二人とも、貴方の子供だけあって賢く優しく、自慢の息子たちです。これからも見守っていこうと思っています。
 そして、大原家の嫁として仕事に大変な貴方を支えられず、妻としての責任から逃げ出して、本当に申し訳ございませんでした。全て私の責任です。私は貴方の妻として力不足で、おかあはんのおっしゃられていた意味も今更になって解ってきた次第です。
 同封しております離婚届に、署名捺印をよろしくお願いいたします。お手数でしょうが、役所に提出していただけましたら幸いです。
 最後に、宇治様のご多幸と共に、息子たちは立派に育っていること……喜んでいただければ……と思っております。
 美園』
 おとうはんは、署名捺印するつもりだったんですか?」
「……解らない。あの時は……やけ酒を飲んだ。自分の部屋で、殺風景で、でも雑然としていた部屋で、何で、何故だ……どうして……いや、違う。自分が悪いんだ……そう思っていた。美園に苦労も迷惑もかけ続けた……でも、もう一度会って、やり直したいと……目を閉じた。起きたら美園を探そうと……」

 声が震え、掠れる。

「遅かった……遅すぎた……。お前たちにどんな顔をして会えばいいのか……解らなかった。もし……と言う言葉はないと解っているが、もっと美園やお前たちに向き合っていたら、違っていたと思う……美園は無理だったとしても……伏見だけでも……父としてでなくてもいい、医師としてでも……」
「……」

 黙り込む親子に、柚月は声をかける。

「医師としてと言っても、お父さん?すい臓や肝臓、女性ならば子宮は本当にガンが見つけにくい、本人の自覚もなく進行してしまう臓器です。自覚症状もなく、その上お若かった伏見さんです。進行も早かったでしょう。まだ二十代ですし、自分の体力や若さに過信していた事例は多いでしょう……」
「だが……」

 同じ業界……医師と看護師ではあるものの、柚月の指摘は正しい。

「先程、お父さんは私に看護師兼理事として病院に就職をとおっしゃられましたが、私は主に小児科病棟の担当となるでしょう。ですが、もし、嵯峨さんの哀しみ、お父さんの後悔があるのなら、若い人にも人間ドックの大切さや、違和感を覚えたらすぐに診療に来られる体制を整えるなど、考えてはいかがでしょう?」
「病院にか?」
「カウンセラーを常駐させたり相談窓口を設けてみたり、病院は時間がかかるだの、行きにくいと言う固定観念を覆すべきです。それに、嵯峨さんもそうですが、お父さんも働きすぎでしょう?」
「う……」
「目の下のくまは、見てて老けて見えますよ。ね?観月?」

 母親を見て、祖父を振り向いた観月は、

「おじいちゃん。おばあちゃん悲しむよ?伏見おじさんも。おばあちゃん、きっとおじいちゃんが嫌いだから離婚届書いたんじゃないと思う。本当に一杯悩んで……おじいちゃんに仕事を頑張って欲しいから、書いたんだと思う……でも、おじいちゃんは提出しなかったんだから、おばあちゃんはおじいちゃんの奥さんでしょ?」
「……そうだな……観月の言う通りだ」
「だったら、おばあちゃんはきっと喜んでいると思うよ」

その言葉に、宇治は微笑む。

「……観月はどことなく、おばあちゃんに似ているよ……おじいちゃんはビックリした」
「本当?嬉しい!」

 4人は墓に手を合わせ、家族が一つに戻ったことを喜んだのだった。

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