君のことを本当に……?
《項》
京都の街は車では走りづらい。
国宝や重文が多く、道路を広げるにも大変らしい。
その上観光バスに通常のバスも行き交う。
洛西に位置する松尾大社の近辺に店を構える嵐山の家族は、基本、洛北に位置する櫻子の実家に向かうのも、のんびりお出掛けである。
そして、しばらくすると、右手に深い森が現れ、さほどせず、立派な塀におおわれた門の前に辿り着く。
「おとうはん。皆下ろしてよろしゅう。駐車場に回るさかいに」
「解った」
ドアが開かれ、嵐山が降りると孫たちを抱き上げて下ろしていく。
そして、さも当然のように櫻子に手を差し出す。
「だんはん、おおきに」
「気を付けな、おおごとになる」
表情がどことなくむずむずする気がすると、嵯峨がこそっと、
「おいはんと櫻子はんは恋愛結婚で、高校時代の先輩後輩だそうです。しかも、おいはんの一目惚れだったとか。その上、結婚したきっかけが賀茂の祭で、おいはんが斎王代に選ばれた櫻子はんに、自分で考えた京菓子を作られて、それをもうじれったいとお母さんが包んで贈ったそうです。あての息子が同じ高校の者で、まだ修行中ですが気持ちですと。すると、櫻子はんは本当に喜んで、お礼に直接『まつのお』に行って、櫻子はんも一目惚れで、とんとん拍子に縁談が決まったそうですよ」
「そうだったんですか‼でも、本当に素敵ですね」
「ではどうぞ、大丈夫ですよ。降りましょうか」
嵯峨にエスコートされ、嵐山たちを追いかける。
「おかえりやす。おにいはん、櫻子はん」
「久しぶり、紅葉」
「紅葉はん‼お久しゅう、それに、まぁ‼えろうべっぴんはんになって……」
小柄な愛らしい女性が迎えてくれるが、腕には赤ん坊がきゃはきゃはと笑っている。
「あら、お久しゅう。嵯峨はん。あぁ、優希と主李はんの主葉どす」
「あぁ‼紅葉はん。主李くんに良く送って貰ってますよ。『あての姫はん』って、いつも優希ちゃんと主葉ちゃんとツーショットで、そこで、どうして自分が抱っこしないのかと聞いたら、『小そうて、落としてまう~‼』だそうです」
「わぁぁ‼嵯峨はん‼言わんといて~‼」
姿を見せたのは二組の夫婦。
女性たちは訪問着、男性は浴衣と、袴姿である。
一人の女性が目をくるくるさせ問いかけた。
「あ、嵯峨はん、奥さん?」
「こら、龍樹。そこはもっと突っ込め‼」
「ん?あ、嵯峨はん。おとうはんに言ってきまひょか?式の予約」
「よし!良く言った‼」
「アホか‼実里。自分が龍樹にプロポーズして、確か数えただけで18回スルーされた癖に」
主李が突っ込むと、実里と呼ばれた青年が、
「うるっさい‼試合行ってこい‼」
「今日は休み。お前こそ仕事だろ?」
「くぅぅ‼じゃぁ、嵯峨はんのこと、おとうはんに言うときます」
靴ではなく草履姿で出ていった青年を見送り、
「実里くんも変わらんなぁ……」
「嵯峨はん。そないなとこで、お上がりやす。お嬢さんも」
紅葉に案内され通されたのは床の間のある畳の部屋。
華やかすぎず、清楚に生けられた花入れが上品である。
「お疲れでっしゃろ?お茶を……」
「あぁ、菓子持ってきとるわ。紫野が持ってくる」
「まぁ。嬉しおす」
「あ、紅葉はん。お久しぶりです。実は……」
「あぁ……」
奥から姿を見せたのは、祐次の両親、寛爾と愛である。
一日会わなかっただけで、二人はかなり憔悴している。
「不知火さん‼愛さん?」
「……‼柚月さん!」
「本当に、本当にすみません‼私が……」
愛が頭を擦り付けるように頭を下げる姿に、
「愛さんが、謝るようなことではありません‼それより体調は大丈夫ですか?顔色が悪くて……」
「大丈夫……で……はぁ……はぁ、はぁ」
荒い呼吸を繰り返し、ぐったりとする愛に、
「愛?めぐみ?」
「ちょっと待って下さい‼まずは横に‼それに、酷い過労の場合は救急車が必要です」
柚月の指示に、横たえられた愛の手首に手を置き、腕時計を見つつ脈拍をチェックし、
「脈拍がかなり多いです。それに、まずは過呼吸です。ビニール袋を口に当てて下さい。車でお連れする暇はありません。救急車要請を」
「ですが……‼」
「愛さんは過労とストレスで現在ボロボロです。看護師として私が着いていきます。電話を」
嵯峨がかけると、すぐに柚月がスマホを受けとり、
「もしもし、緊急に救急車をお願いします」
『どなたが、どのような状態でしょうか?』
「女性が倒れました。過労とストレスです。脈拍が多いのと過呼吸、意識は朦朧としています。私は看護師です。傍についていますが、かなりぐったりとしています」
『脈拍数は?』
「えぇ、これ位です。お願いします。すぐに」
『ご住所は?』
「あの、住所……」
「ちょっと貸して下さい……申し訳ありません、住所は……です。どうぞよろしくお願い致します」
嵯峨が説明する。
「すぐに来るでしょう。大丈夫ですか?」
「不知火さん。保険証はありますか?それに、奥さんに持病は?」
柚月の問いかけに寛爾が、慌てて戻っていき、保険証を持ってくる。
「病気ですが……元々不安定です……。柚月さんにお話していませんが、愛は再婚なんです。離婚した前の夫が、生まれた息子を奪い、連絡もとれず、必死に働いて息子を取り戻そうとしていた頃に、愛の兄である安部の義兄を通じて知りあい結婚したんです。私はその子を自分の息子として育てると、だから結婚しようと」
「息子さん……祐次くんですか?」
「いえ、祐次たちを預かってくれた祐也です」
周囲は唖然とする。
いや、嵯峨と嵐山、櫻子は聞いていたらしい。
「祐也は父親に、そして再婚した義理の母親やその子供たちに虐待され、父親が海外を転々とするので、連れ回され、学校にもほとんど行けず、家に閉じ込められていたとか……最後にはオーストラリアで父親の元から逃げ出し、ヒッチハイクして生活していたそうです。丁度、祐次を妊娠していた愛に代わって義兄がオーストラリアに連れ戻しに行った時には行方不明。でも、父親は探そうともせず、義兄が警察と大使館に駆け込んで、見つかったのは首都や大きな町の多い東ではなく西側の町でした。日本語もほとんど喋れず、スラングのきつい英語で喋っていたそうです。連れ戻した義兄は、愛が行方不明だと連絡した時に切迫早産で緊急入院した上に私も柔道で、祐也に可哀想だと、義兄の家に養子に出したんです」
「……そうでしたか……」
「祐也は最初は野生児で、英語とフランス語、ドイツ語しか喋らず引きこもっていたそうですが、義兄の子供たちが『遊ぼう‼』と引っ張り出して、遊ぶようになって、自分のことを理解し、愛を嫌うのではなく、愛を認め、私のことももう一人の父だと思ってくれています……。でも、愛は今でも自分が許せないのです」
項垂れる寛爾。
「今回も自分のせいだと……どんなに違うと言っても……情けない……ここまで思い詰めていたなんて」
「……不知火さんも、思い詰めないで下さい。大丈夫ですよ。愛さんは。まずは診て貰いましょう」
「で、ですが……祐次たちには……」
「いえ、伝えてあげましょう。こちらにはこられないでしょうが、もし、後で聞かされるよりもいいと思います」
「じゃぁ、俺が」
主李が電話を掛ける。
その時に救急車のサイレンが聞こえたのだった。
国宝や重文が多く、道路を広げるにも大変らしい。
その上観光バスに通常のバスも行き交う。
洛西に位置する松尾大社の近辺に店を構える嵐山の家族は、基本、洛北に位置する櫻子の実家に向かうのも、のんびりお出掛けである。
そして、しばらくすると、右手に深い森が現れ、さほどせず、立派な塀におおわれた門の前に辿り着く。
「おとうはん。皆下ろしてよろしゅう。駐車場に回るさかいに」
「解った」
ドアが開かれ、嵐山が降りると孫たちを抱き上げて下ろしていく。
そして、さも当然のように櫻子に手を差し出す。
「だんはん、おおきに」
「気を付けな、おおごとになる」
表情がどことなくむずむずする気がすると、嵯峨がこそっと、
「おいはんと櫻子はんは恋愛結婚で、高校時代の先輩後輩だそうです。しかも、おいはんの一目惚れだったとか。その上、結婚したきっかけが賀茂の祭で、おいはんが斎王代に選ばれた櫻子はんに、自分で考えた京菓子を作られて、それをもうじれったいとお母さんが包んで贈ったそうです。あての息子が同じ高校の者で、まだ修行中ですが気持ちですと。すると、櫻子はんは本当に喜んで、お礼に直接『まつのお』に行って、櫻子はんも一目惚れで、とんとん拍子に縁談が決まったそうですよ」
「そうだったんですか‼でも、本当に素敵ですね」
「ではどうぞ、大丈夫ですよ。降りましょうか」
嵯峨にエスコートされ、嵐山たちを追いかける。
「おかえりやす。おにいはん、櫻子はん」
「久しぶり、紅葉」
「紅葉はん‼お久しゅう、それに、まぁ‼えろうべっぴんはんになって……」
小柄な愛らしい女性が迎えてくれるが、腕には赤ん坊がきゃはきゃはと笑っている。
「あら、お久しゅう。嵯峨はん。あぁ、優希と主李はんの主葉どす」
「あぁ‼紅葉はん。主李くんに良く送って貰ってますよ。『あての姫はん』って、いつも優希ちゃんと主葉ちゃんとツーショットで、そこで、どうして自分が抱っこしないのかと聞いたら、『小そうて、落としてまう~‼』だそうです」
「わぁぁ‼嵯峨はん‼言わんといて~‼」
姿を見せたのは二組の夫婦。
女性たちは訪問着、男性は浴衣と、袴姿である。
一人の女性が目をくるくるさせ問いかけた。
「あ、嵯峨はん、奥さん?」
「こら、龍樹。そこはもっと突っ込め‼」
「ん?あ、嵯峨はん。おとうはんに言ってきまひょか?式の予約」
「よし!良く言った‼」
「アホか‼実里。自分が龍樹にプロポーズして、確か数えただけで18回スルーされた癖に」
主李が突っ込むと、実里と呼ばれた青年が、
「うるっさい‼試合行ってこい‼」
「今日は休み。お前こそ仕事だろ?」
「くぅぅ‼じゃぁ、嵯峨はんのこと、おとうはんに言うときます」
靴ではなく草履姿で出ていった青年を見送り、
「実里くんも変わらんなぁ……」
「嵯峨はん。そないなとこで、お上がりやす。お嬢さんも」
紅葉に案内され通されたのは床の間のある畳の部屋。
華やかすぎず、清楚に生けられた花入れが上品である。
「お疲れでっしゃろ?お茶を……」
「あぁ、菓子持ってきとるわ。紫野が持ってくる」
「まぁ。嬉しおす」
「あ、紅葉はん。お久しぶりです。実は……」
「あぁ……」
奥から姿を見せたのは、祐次の両親、寛爾と愛である。
一日会わなかっただけで、二人はかなり憔悴している。
「不知火さん‼愛さん?」
「……‼柚月さん!」
「本当に、本当にすみません‼私が……」
愛が頭を擦り付けるように頭を下げる姿に、
「愛さんが、謝るようなことではありません‼それより体調は大丈夫ですか?顔色が悪くて……」
「大丈夫……で……はぁ……はぁ、はぁ」
荒い呼吸を繰り返し、ぐったりとする愛に、
「愛?めぐみ?」
「ちょっと待って下さい‼まずは横に‼それに、酷い過労の場合は救急車が必要です」
柚月の指示に、横たえられた愛の手首に手を置き、腕時計を見つつ脈拍をチェックし、
「脈拍がかなり多いです。それに、まずは過呼吸です。ビニール袋を口に当てて下さい。車でお連れする暇はありません。救急車要請を」
「ですが……‼」
「愛さんは過労とストレスで現在ボロボロです。看護師として私が着いていきます。電話を」
嵯峨がかけると、すぐに柚月がスマホを受けとり、
「もしもし、緊急に救急車をお願いします」
『どなたが、どのような状態でしょうか?』
「女性が倒れました。過労とストレスです。脈拍が多いのと過呼吸、意識は朦朧としています。私は看護師です。傍についていますが、かなりぐったりとしています」
『脈拍数は?』
「えぇ、これ位です。お願いします。すぐに」
『ご住所は?』
「あの、住所……」
「ちょっと貸して下さい……申し訳ありません、住所は……です。どうぞよろしくお願い致します」
嵯峨が説明する。
「すぐに来るでしょう。大丈夫ですか?」
「不知火さん。保険証はありますか?それに、奥さんに持病は?」
柚月の問いかけに寛爾が、慌てて戻っていき、保険証を持ってくる。
「病気ですが……元々不安定です……。柚月さんにお話していませんが、愛は再婚なんです。離婚した前の夫が、生まれた息子を奪い、連絡もとれず、必死に働いて息子を取り戻そうとしていた頃に、愛の兄である安部の義兄を通じて知りあい結婚したんです。私はその子を自分の息子として育てると、だから結婚しようと」
「息子さん……祐次くんですか?」
「いえ、祐次たちを預かってくれた祐也です」
周囲は唖然とする。
いや、嵯峨と嵐山、櫻子は聞いていたらしい。
「祐也は父親に、そして再婚した義理の母親やその子供たちに虐待され、父親が海外を転々とするので、連れ回され、学校にもほとんど行けず、家に閉じ込められていたとか……最後にはオーストラリアで父親の元から逃げ出し、ヒッチハイクして生活していたそうです。丁度、祐次を妊娠していた愛に代わって義兄がオーストラリアに連れ戻しに行った時には行方不明。でも、父親は探そうともせず、義兄が警察と大使館に駆け込んで、見つかったのは首都や大きな町の多い東ではなく西側の町でした。日本語もほとんど喋れず、スラングのきつい英語で喋っていたそうです。連れ戻した義兄は、愛が行方不明だと連絡した時に切迫早産で緊急入院した上に私も柔道で、祐也に可哀想だと、義兄の家に養子に出したんです」
「……そうでしたか……」
「祐也は最初は野生児で、英語とフランス語、ドイツ語しか喋らず引きこもっていたそうですが、義兄の子供たちが『遊ぼう‼』と引っ張り出して、遊ぶようになって、自分のことを理解し、愛を嫌うのではなく、愛を認め、私のことももう一人の父だと思ってくれています……。でも、愛は今でも自分が許せないのです」
項垂れる寛爾。
「今回も自分のせいだと……どんなに違うと言っても……情けない……ここまで思い詰めていたなんて」
「……不知火さんも、思い詰めないで下さい。大丈夫ですよ。愛さんは。まずは診て貰いましょう」
「で、ですが……祐次たちには……」
「いえ、伝えてあげましょう。こちらにはこられないでしょうが、もし、後で聞かされるよりもいいと思います」
「じゃぁ、俺が」
主李が電話を掛ける。
その時に救急車のサイレンが聞こえたのだった。
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