世界を滅ぼせ太郎

極大級マイソン

第10話「さらば納豆、それゆけデスソース!」

 野球経験ゼロのど素人、石垣が率いる新生野球チームはグラウンドへとやって来ていた。
 この高校のグラウンドには、野球部が存在しないのにも関わらず何故かベースゾーンだけが用意されており、誰も使っていないことでひどく有名だった。
 そんな使われていないベースグラウンドに立った皆は、石垣の号令の元に一列に整列していた。
「最初に皆んなのバッティングセンスを見ようと思う! 野球は球にバットが当たらなきゃ話にならないからな。…という訳で、まずはこの俺が皆んなに手本を示してやろう! 佐藤、マウンドに立て!」
「マジかいな…」
 佐藤はやれやれと首を振って、あらかじめ用意していたミットを装着し、マウンドの上へ移動した。
 石垣はバッターボックスに入って金属バットをぶんぶん振っている。
「さあ、どっからでもかかって来い!」
「…その前に、お前のバットの持ち手逆になっているんだけど」
「んっ? そうなのか?」
 石垣は持ち手を正しいように持ち替え、改めてボックスで構えた。
 一方で、捕手に選ばれた邪答院はキャッチャーミットとマスクとガードを付けてボックスの後ろ側に座った。
「じゃあキャッチャーはボクが着きますね」
「なるべくゆっくり投げるから落ち着いて取ってくれ」
「ばっちこーい!!」
「うるさいな…。じゃあ、投げるぞ!」
 そう宣言して、佐藤は胸の所で抱えていたボールをゆっくりとした動作で放った。
「うにゃっ!」
 すると石垣は、ボールがあった位置とはかなり高い位置でバットを振り、呆気なく空を切った。
 佐藤の投げられたボールは、吸い込まれるようにスポッと邪答院のキャッチャーミットに収まった。
『ストラーイクッ!』
 いつの間に立っていたのか、邪答院の後方では内田が野球審判のようにカウントを取っていた。
「くっ、外したか!」
「もう一度投げるか?」
「ドンと来い!」
 再び、佐藤がボールをゆっくりと投げるが、それも石垣は当てることができず、見事に邪答院のミットに収まってしまう。そして3回目のストライクを取り、石垣は三振を取るのだった。
 石垣は凄く悔しがっているようだ。
「くそっ、こんなにバットに当たらないなんておかしい! このバットが壊れているんだ!」
「仮にバットが壊れていても、あんな無茶苦茶なフォームにはならねえよ。何だあのスイングは」
「我ながら非の打ち所がないバッティングだと思うぜ?」
「だったらまず眼を開け、スイング中ずっと眼を瞑ったまんまだったじゃねえか!」
「あれ、そうだったっけ?」
 石垣がハテナと首を傾げているのを無視して、佐藤は彼女に変わりバッターボックスに立った。
「そのバット寄こせ、俺が手本を見してやる」
「え、マジで? 佐藤が手本? ぷぷっ、生物の授業で顕微鏡もまともに使えなかった奴が何言ってるんだか!」
「あれは実験で観察しようと思っていたミジンコが全て納豆菌に変わっていたのが悪かったんだ」
「佐藤が『納豆絶滅ウィルス』なんて訳わかんねーもん作ろうとするからだろう。おかげで逆に納豆菌が繁殖して生物実験室が大変なことになったんだからな」
「ああ、二週間は部屋が納豆臭くなった。幸いデスソースで納豆菌を死滅出来たから良かったが」
「あれはあの後でタバスコ臭くなったから、どっちもどっちだった思うけど…」
「いや、そんな話より今は野球のことだ!」
「分かったよ。じゃあ佐藤の代わりに誰かが投手やらないとな」
「あ、じゃあ俺がやります。野球経験はないですけど、ボールの扱いには長けているんで!」
「なら有本、お前がマウンドに立ってくれ」
 有本が代わりにマウンドに立つと、佐藤は慣れた手つきでバットを持ち直し、真剣な眼差しでボックスで構えた。
 そして佐藤は、有本が投げたボールを見事なスイングで全て打ち返していく。
 生徒たちは呆気に取られていた。
「おぉ~…」
「わぁー! 佐藤先生凄いですね!」
『お見事です、先生』

「……佐藤。お前、やるじゃん」
「見直したか?」
「べ、別に見直してねーし!」
 石垣はそっぽを向いて顔を赤らめた。
 その後方で、マスクを外した邪答院が二人に駆け寄ってきた。
「いやぁ鮮やかなスイングでしたね、感服しました! ひょっとして、佐藤先生は野球の経験があるんですか?」
「ああ、高校までは野球部に入っていた。ポジションは外野だったが…」
「え!?」
 それを聞いた石垣は、驚いた様子で佐藤に掴みかかる。
「おい、何でそれを先に言わなかったんだよ!」
「だって聞かなかったから」
「聞かなかったって、俺が野球チーム作るって言った時点で言うだろう普通!」
 佐藤と石垣の二人は揉みくちゃになっている。
 二人にとって、それはいつものことなのでしばらくそうしていたが、それを他の生徒たち遠目でじっと見つめられていたことに気づいた。
 二人は恥ずかしそう離れる。
『いやー、相変わらずお二人は仲が良いですね』
「揶揄うな」
『はっはっ、まあそう照れずに。あ、知り合いに恋愛成就の神様がいるんですけど良かったら彼の神社にお参り行きますか?』
「お前幽霊になってそんな知り合いまで出来たの!?」
『死んでから、この世ならざる者との交流は増えましたね』
 そうやって、佐藤と内田が楽しく談笑している間、皆は気付かなかった。

 このチームの中に、異様なまでに佐藤を凝視している者の存在を。


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