リノンくんが世界を滅ぼすまで

ノベルバユーザー200950

第91話

曰く、自然には到達し得ない高みへと“ヒト”という種族を押し上げるための考究。
肉体のみならず精神までをも対象とし、修行や鍛錬では手に入らない強靭なそれらを人工的に生み出す技術こそ、ヴェルフェザー・シュアリングの目指したところなのだ、と。
……そうか、それこそ。
「ゴングが強くなった理由、てことか」
彼は、自らの研究成果をゴングへと提供した。そのおかげで、たかがチンピラに過ぎなかったゴングが急激に力を付け、段違いに大きな勢力だったはずの二つのギャング集団を瞬く間に追い抜き、圧倒するまでに成長した。ハンドベルのリーダーが言っていたように、突如としてネズミがイノシシになったかのような変化も、外的要因による強制的な進化だったとすれば納得できる。
そう言われてみると、やつらは風俗店の戦いの際、確かに錠剤を服用していた。おそらくは能力を時限的に向上ブーストするためのもの。平たく言えば、アレは“近道ドーピング”だったわけだ。
「で、この“ヒトの強化”はアールエンにも施されていた。同じ技術でスケアリーランスまで生み出した。全部、こいつが関わっていたのか……」
ベリオール・ベルに渦巻いていた全ての異常が、吸い込まれるようにして一人の男へと収束していく。
しかし、答えを分かって振り返ってみれば、もっと早くに気付けたこともあったと知る。相対した者が揃って尋常でないと口にするゴングの強さと、明らかに不自然な発達を遂げているアールエンの肉体。錠剤によって超人的な能力を得ながら、その様相に個人差が“有り過ぎた”ゴングの筋肉と、アールエンのそれ。この二つが同じものに由来する非自然の姿ではないのかと、その共通点を見い出すことは十分に可能だった。
むろん、接点に気付き疑ってみたところで、ヴェルフェザーの下に辿り着くまでの道程にそれほどの違いはなかっただろう。ただ、この男への警戒心が増し、真相を聞いた際の衝撃が少し緩和されたぐらいの違いでしかなかったはず。
だが、足りていなかったというのも事実だ。両者を見比べ、つぶさに観察し、じっくりと考察する余裕と能力に欠けていた。
「反省は後に回すとして。……疑問なのは、スケアリーランスを造ったって話の方だ。こいつは、本当に同じ技術なのか?」
ティアフの疑問はもっともである。ここまでの話を聞いて、ゴングやアールエンに施されたとされる“ヒトの強化”が、実は同じ技術だったと言われて納得するのは容易い。が、スケアリーランスと比べると、二つの毛色が違うことは素人目にも明らかであった。
何しろあの化け物は、“二人の人間を掛け合わせて生み出された”個体である。その事実でも単なる“強化”とは言い難い上に、翼に加えて腕が一本余計に備わっていたこと、致命傷という概念を覆す脅威の再生能力、最後に見せた暴走状態にしたってそうだが、頭が二つある姿などは原型から逸脱し、もはや人であること自体を保てていなかった。
ゴングやアールエンに共通して言えるのは、誰もが“まだ人間”だったということ。どんなに力を付けたとて腕は増えず、頭も増えず、普通に死ぬことのできる人間だった。
これとスケアリーランスとを同一と考えるには少し無理があるように思えたが……そうではないのだと、当のヴェルフェザーは不気味に笑い、まるで生徒に言って聞かせる様に続けた。
「アールエン、君は気付いたんだろう。わたしの実験台になって、“その力がどこから来るのか”を」
「……」
「どこからって、……マナだろう? 肉体強化系魔法の、発展系」
「くくく、そうだな。それは一部では正しい。魔法効果を薬にする程度のこと、たいした魔法ぎじゅつではない。腕の良い薬師であれば、一時的な強化ドーピングならそれで充分。わたしの研究がそんなにも単純で平和な技術まほうだったなら、わたしは今も光聖にいただろう。殺されるほどの罰を受けることはなかった」
「違うっていうのか? 大体、死んだだの殺されただの、何を言ってるんだ。おまえはこうしてここに……」
「生きて“いる”か? では問おう。わたしと分かった瞬間に激昂するほど憎んでいた被験者わがむすめが、どうして一目にわたしをわたしと見分けられなかったのかね?」
……そういえば、おかしな話である。
が、それはアールエンだけではなくヴェルフェザーにしても同じことだった。お互いがお互いをすぐ様に認識できていない、という矛盾。聞いているだけでも只ならぬと分かるほどの因縁がありながら、それに気付くまでには空白があったのだ。一方に限った話でないのなら、例えば時間が経って忘れてしまったとか、年月で風貌が変わってしまったとか、理由はいくらでも考えられるが。
「あれからおよそ七年、長い月日には違いない。だが成長期でもあるまいに、わたしという成人の見かけがそう大きく変わると思うかね。いいや、見た目にも分からぬほどの変化はそう起こらない、理由はそこにはないのだよ。ならばなぜか。こちらの方は簡単だ。その時、主となる被験者だけでも三百ほどの数がいたのだから、一人ひとりの顔など覚えているはずもない、というだけの話。故に触れ、近寄らなければ分からなかった。そもそも、アレの被験者は全滅したと思い込んでいたのだ。まさか生きて、この世にいようとは、望んではいながら諦めてもいた嬉しい事実だ。……それで、当の被験者も同じだと考えるかね?」
つまり、“ヴェルフェザーが被験者を覚えていなかったように、被験者もまたヴェルフェザーを覚えていなくても矛盾はしない”か否か。
「実験を主導した人間の数が少ないなら、必ずしも同じじゃない」
「聡明だ」
被験者がどれだけの数だったかはともかく、その“実験”とやらを主導した人間の数はそう多くないはず。下手をすれば、このヴェルフェザーが一人で取り仕切っていた可能性だってある。なら、実行する側の人間が何十何百という被験者の顔をいちいち覚えていないのを当然としても、その逆、“被験者側が何人もいない実行犯の顔を一方的に覚えているのもまた当然”と考えるのは筋だった。
増してや、ヴェルフェザーだと分かった時点で怒りが爆発するほどの相手である。その顔を見たことがあったなら脳裏に刻まれ、忘れることなどできなかったはずだ。
「それでも気付かなかった。わたしは皆の前に堂々と姿を示していたのに。……くく、なぜかね、アールエン。我が娘が最愛の父に気付かぬ理由は何――」
ざく。何の前触れもなく、アールエンの構えていた石棒がヴェルフェザーの右肩を貫通した。ど、と血が溢れ出る。アールエンの表情は硬直し、さながら石を削って作った面を被っているかのようだった。怒りに歪み、今にも慟哭せんとしながらも、これを抑え付けて堪える面。
留まらず、刺し貫かれた石棒が、ヴェルフェザーの寄りかかっていた棚をがりがりと削りながら持ち上げられた。自然、肩から引っ張られる形でヴェルフェザーは立ち上がらせられ、不恰好な標本めいて杭の一本で磔にされたような格好となる。
一方のヴェルフェザーは、肩に穴を開けられ、これを無造作に動かされてなお音を上げなかった。予期していたわけではなく、その反応を見る限りでは完全に不意打ちだったろうに、漏れ出てきたのは「素晴らしい」という称賛であった。
「使いこなしている。その不自然な身体を。ああ、一体どれだけの修練の成せる業か。素晴らしいぞ、我が――」
「口を閉じろ」
アールエンが石棒を傾けた。縦に向かって立ち上がらせる方へ。アルマリクにて、ティアフがフォウリィの足に突き刺したナイフを捻じったのとは程度が違った。風穴を強引に広げ、両断するほどの傷へと発展させようという追撃。肉も骨もなく、切れ味の悪い刃物でぎりぎりと“押し潰そう”としているに等しい。
見ているだけでも、こちらの肩が落ちそうになる凄惨な仕打ちだった。ヴェルフェザーはやはり悲鳴こそ上げなかったが、アールエンの命令を破ってまで口を動かす余裕はさすがに失ったようである。
「は、あ……く、ひひ」
……というのに、笑い声だけが止まらなかった。さながら、悲鳴がそれらに変換されているかのように狂おしい。

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