リノンくんが世界を滅ぼすまで

ノベルバユーザー200950

第60話

「やれ」
ギリアムが手を下ろす。何十人という彼らが一斉に襲い掛かるわけにもいかず、先陣を切ったのはわずかに三人だった。俺一人の戦いならここで全員とやり合って潰したのだろうが、それではシスターやティアフの下に辿り着くまでに時間がかかり過ぎる。あくまで優先課題はそちら。だとすれば、俺たち二人がこの場で採るべき選択肢は一つだった。
「一点突破だ! 迫に出るぞ!」
飛び掛かる三人を無視し、ステージへと一直線に走るルート。取り囲まれた、ということは、戦力が分散し全体から厚みがなくなることに他ならない。ステージへの道を阻むやつらだけを排除して進む最短ルートなら、ともかくティアフたちに近づける。
ギリアムだって、そういうこちらの魂胆は見抜いているはずだった。もし考え違いを起こしていたとしても、俺たちの最初の一歩で勘付いたに決まっている。だが、ギリアムは頑なに包囲陣系を崩さなかった。確かに、数の力で小数を圧倒し、逃がさず斃し切るには最適な解である。しかし、正面衝突を嫌って一点突破しようとする相手には逆効果、守りを集中できない分だけ不利なのだ。俺たちをステージに近づけたくなかったなら、最善は俺たちとステージとの間に連中をぎゅうぎゅう詰めにしてしまえば良かった。そうなれば、突破は途端に難しくなる。捌かなければならない敵の数が増え、すると時間がかかり、必然的に消耗戦となり、突破できずに終わる可能性が増えただろう。
だが、ギリアムはそうしなかった。もしかすると、自信があったのかも知れない。守ることに全力を傾けるような無様を晒さずとも、たったの数人で俺たちを止められるという自信があって、こちらに合わせて戦い方を変える柔軟、軟弱な発想を良しとしなかった。
しかし、往々にして、つまらないプライドを優先すればつまらない結果がついて来るものだ。包囲を崩さなかったのはやはり悪手、体裁などかなぐり捨てて俺たちの妨害に全力を傾けるべきだった。なぜなら、ギリアムにはむろん、俺にも意外なことに、この突破劇において真価を発揮したのは誰あろう、ここまでやられっぱなしのアールエンだったのだ。
敵の撃破を二の次として突破に注力する彼女を例えるのなら、駆ける要塞。要所に置かれ道を塞ぐ目的のために建てられた重厚な防御の塊が、本来であれば引き換えにして捨てている機動力を得て、これごと敵陣に突撃するようなものだった。そんなものは反則、止めようがない。この上、人の身一つで要塞を体現する彼女には、真正面から攻撃を受け止めばかりではなく、いなしてかわすという戦い方が可能であり、それがまた彼女の硬さを増すのに一役買っていた。要塞を一撃で粉砕せんとする大振りな攻撃は回避することで無力化し、避けられることを嫌って放たれる小粒な攻撃では要塞に傷一つつけられない。元々防御の術に特化する彼女にとって、こうした撃破を目的としない突破、言い換えるのなら“やり過ごすこと”は、十八番なのであった。
味方ながら恐ろしい。崩しようのない突貫。
だが、世の中には“無敵”なんて都合の良い事象は存在しない。一見すれば好都合なアールエンの防御にも、もちろん弱点があった。要塞が駆けるからこそ脅威であるのなら、文字通り足を止めてしまえば無力になる。敵対する彼らが、この簡単なロジックに辿り着くのに時間はいらなかった。
そこでようやく、俺の出番となるわけだ。アールエン一人なら、足止めに専念して飛び掛かって来る数人に捕まらずにいることは不可能だったろうが、これの排除、露払いの役割を俺が担うのなら話は別。二人で一人の攻防一体。アールエンの進撃を邪魔するやつを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。俺に構えばアールエンの歩が進み、アールエンに構えば俺の攻撃を阻止できない。数を以てしても止めるに敵わず、俺たちが迫にまで辿り着くのはすぐだった。
「くそ、役立たずどもが!」
満を持して、壇上から次第を眺めていたギリアムの出陣である。これまでの振る舞いから考えて、彼が彼らのボスであることは疑いようがなかった。ゴングという組織そのものの長であるかどうかは別として、この場の責任者は彼なのだ。
故に、ここで彼を落とせるようなら、今後の戦い、撤退のための戦いがぐっと楽になる。しかし彼、ギリアムこそ、先にセイバーを一撃で沈めた猛者であり、完全に沈黙させようと思えば一筋縄でいかないことは明白だった。ここは気負わずに、足止めと思って戦いに入る。アールエンに手出しをさせないよう立ち回って、彼女にはさっさと二人を救い出してもらうのだ。アールエンより先に前に出た俺と、迫から飛び降りて先制しようとするギリアムとが肉薄する瞬間、割って入る影があった。
「くっ!?」
影は俺ではなく、ギリアムを狙って躍り出てきたらしい。その陰の先端……“レイピアの切っ先”がギリアムをかすめる。
ぴいいいいいいいいいいいん。
もはや耳慣れた異音。鼓膜を素通りして脳に直接響いてくるように高く鋭い音。交錯した俺たちを脇にして走り抜けるアールエンが、少しだけこちらに視線を向けるのが見えた。一度ならず二度までも喰らっている音では気になるのも仕方がないが、邪魔にはならなそうだと判断するのも早くて、彼女は向き直ると真っ直線に迫を、シスターとティアフの下を目指した。
それで良い。飛び出してきた影から飛び退いて逃げながら、彼女を見送る。ギリアムもまた跳ね退き、その二人の間に闖入者が立った。それを確認する頃には、彼のレイピアが発するらしい金切り声が消え入って、ぱん、と破裂音が続いた。
俺の身には異常がなく、むろん闖入者のレイピアが爆発したのでもない。彼、……レイピア使いのセイバー、ヴィントの攻撃が捉えたのはギリアムただ一人。爆破されたのも、俺に蹴りを浴びせようとして放ったギリアムの右足だった。
太ももの辺り、ズボンの外側が大きく破れ、かなりの出血となっている。ただレイピアがかすっただけでは、むろんあんな大怪我には繋がりようもなかった。かすった箇所が破裂し、服と肉体とを大きく損傷したのである。たったの一突きで重装備のアールエンを吹き飛ばしたのと同じ、触れたという事実が何倍にも膨れ上がって爆発する不可思議な攻撃が、今度はやつの人体に直接炸裂したわけだ。
いとも簡単に要塞を突き崩す大砲を、生身に受けたようなものである。クリーンヒットしていれば、きっと出血だけでは済まなかったはずだ。
「セイバーを超えるなんてね、ばかげた話だ」
ヴィントがゆっくりと立ち上がると、無防備にも俺に背を向け、ぎりと眉をひそめるギリアムに対峙する格好を取った。どうにも、俺は眼中にないらしい。真意は見えないが、敵が増えないのは有りがたい。こちらも素直に従って、背中からこっそり攻撃するのは止しておくとしよう。
「不意打ちか。正義の味方が聞いて呆れる」
「貴様が正義を説くのか? あはは、意外にピュアなようだ」
腹を蹴られ壁に強く打ち付けられたはずのヴィントだが、いかにもけろっとした様子である。纏う軽鎧の各所にちょっとした擦り傷が見えるものの、大きな怪我や出血は見当たらない。ギリアムを煽るような声も平静、辛苦が少しも伺えない辺り、先の攻撃には全く堪えていないと見える。さすがはセイバー、化け物じみた防御力である。
一方のギリアムも、彼に対抗するようにして涼しい顔をしていたが、こちらはどこまでが本当か疑わしいものだった。ほとんど無傷のヴィントと違い、彼が右足に負った傷は明らかに深手である。くだらない話をしている内にも出血が進み、足元にはどくどくと血だまりが広がりつつあった。実質鉄の塊みたいなアールエンを一突きに弾き飛ばす威力の攻撃を喰らったのだ、運良く足を折られはしなかったものの、太ももを骨の近くまで抉られていても不思議ではない、そういう出血量である。
何とも痛々しい光景だった。立っているだけでも賞賛ものだというのに、ギリアムは痛みを表に出すこともしなかった。彼の表情を歪めているのは、だから痛みなどではなく、憤怒の類なのである。やられたふりと騙し討ち。こちらの手に合わせて策を弄することを良しとしないプライドの持ち主が、そんな安い手に引っかかって大怪我を負ってしまった。間抜けと言わずに何と言おう。
気持ちは分からないでもなかった。が、正面切って戦ったって十分に強いはずのセイバーが息を殺し、ここぞという場面で放ってきた不意打ちが相手では、あまりにも分が悪かった。まともに喰らわなかっただけでも喜ぶべき快挙、無傷で回避しようなんて虫の良い話。これがギリアムではなく彼の部下だったなら、きっと木端微塵にされていたに違いない。
それぐらいに、ヴィントというセイバーはやはり、列記とした、並外れて強い人間の内の一人のようだった。敵の攻撃をまともに喰らいながらダメージらしいダメージを受けていない一方で、放った攻撃はかすっただけで敵の肉体を大きく損壊する。経過と結果がてんで、でたらめだ。常識の内に守られた戦いなら、今、ぴんぴんとして立っているのはギリアムの方だったはずである。
だが、現実は違う。後姿からも分かる十分な余裕、勝利を疑わない自信を乗せて、ヴィントのレイピアがギリアムの背後、迫の方を指すのだった。

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