リノンくんが世界を滅ぼすまで

ノベルバユーザー200950

第59話

どお、と頭と両腕を失った巨体が倒れた。三つ断面から恐ろしい量の血液が流れ出てくる。その側に身体を再生して、俺はギリアムの問いに、そう答えるた。驚きを隠してはいないものの、余裕を失ったわけでもないようで、その胆力は虚勢でも大したものだと言える。
それからすれば、アールエンの反応は素直であった。いまいち事態を把握し切れず俺と死体とを見比べている様は、何か不可解なものを発見して困惑する少女のようにいじらしい。もっとも、彼女の場合は事情が複雑で、おそらくはギリアム以上に頭の中がぐしゃぐしゃになっているはずだった。つまりは、俺が死んでいなかったことを喜ぶべきか、喜ぶまいか、どちらに立つのが正しいのかを判断しかねている。
セイバーとしてはむろん、マイナーが生きていたことを喜ぶべきではない。
しかし戦力として数えるなら、俺を失うのは彼女にとっても痛手なのだ。
それに、現状を前向きに捉えるのなら、セイバーである彼女が必要以上に俺と関わってしまった時点で、もはやどちらに転んでも取り繕えないところまで間違ってしまっているのだから関係ない、とも言えた。
何にせよ、気の毒である。セイバーだって最初から気づいていれば、俺だってこれほど近づくこともなかっただろうに。
「答えろ、小娘! アレはなんだ!?」
俺の遠回しな答えが気に入らなかったのか、あるいは悪い予想を否定してもらいたくてか、ギリアムの矛先がティアフに向いた。首を捕まえて引きずりあげ、彼女に俺の正体を問うたのだ。こちらからではティアフの顔が見えないが、彼女が不敵に笑ってギリアムに対していたであろうことは容易に想像がついた。マイナーと関わってしまったモノがどんな未来を迎えるのか、……敵対した彼らがどんな末路を辿るのかを想像すれば、憐れと嘆かずにはいられない。だからティアフは例えるなら、シスターのような慈愛を込めて、こう答えるのだ。
「見た通りだ。運がなかったな」
と。
俺が言ったのと変わらない意味の言葉。だからこそ、ギリアムはこれをまた聞き返すことができなかった。人でなければ、セイバーでもない。かつ、セイバーさえ圧倒する戦闘能力を持った人間の化け物を、抵抗も許さずに圧殺できる。そんな存在は、この世界にはそうそういるものではないのだ。曰く、十いくつしか確認されていない、魔者の中でも異常に強力な個体……とかね。
ギリアムはティアフを離さないまま俺を見て、しかしやはり、かぶりを横に振った。
「ばかな……有り得ん」
「有り得ない? そりゃ、そうでもないぜ。ろくなセイバーがいないこの都になら、マイナーが人間の振りをして入ってくるぐらい何てことない」
「仮にそうだとして、どうしてソレが人間に協力している! どころか、セイバーと手を組んでいるだと!? そんなばかな話が……」
「ない。と、言い切れるほど、おまえはマイナーに詳しいのか?」
信じられない、と唇を噛むギリアム。彼はすっかり動転して、またティアフの方に向き直ると、同じ質問を繰り返した。
だから、ティアフも同じ答えを返している。
ギリアムなら、この場でティアフを殺すぐらい何てこともないだろう。その細い首を握り潰し、へし折ってやれば良いのだ。セイバーと戦えるほどの運動能力などなくたって、子ども一人の命を奪うくらいは簡単なことである。
分かっていて、ティアフは態度を軟化させない。
一歩間違えれば、逆上したギリアムに殺される危険性も十分に有り得た。しかし最後には、俺とティアフとをもう一度睨んだギリアムが、くそ、と悪態をついてティアフを投げ捨てるだけであった。必要以上の暴行には繋がらずに済む。とはいえ、床と鎖で繋がれている以上は迫から落ちる心配は無用だが、ああやって乱暴に扱われていればいずれ大怪我を負わないとも限らなかった。それを待たずして連中の気が変わってしまっても同じこと。さっさと助け出すに越したことはない。
しかし同時に、事態はそこまで急を要するわけではないようだとも、……つまり、彼らの気が変わらない内は事を焦らなくても良いらしいと、俺はティアフやギリアムの様子から推察していた。ティアフやシスターの安全は今のところ、見た目以上に保障されていると言って良さそうである。もしもそうではなく、ハナから生かしておく気がないのなら、もうとっくに手が下されていてもおかしくないからだ。ティアフがああまで強気に出ていられるのも、自分たちの身の安全が確保できているからでなければ筋が通らない。あの娘は無茶をしがちだが、決して死にたがりではないのだ。アルマリクでの勇者との戦闘に割り込んできた時だって、頼りなくとも突破口を見出していたからこそ、わざわざ死線に飛び込むような真似をしたのである。今回も同じことなら、ティアフが挑発的な態度を取れている内は、猶予が残されていると見て良い。
要するに、動くなら今。時間切れになってからでは遅いのだ。
ティアフに八つ当たりをして少しだけ気が晴れたのか、深呼吸をしながらこちらに向き直るギリアムの表情には、少しばかり余裕が戻りつつあった。恐れや戸惑いではなく、敢然とした敵愾心だけを燃やす、髪と同じ紫色の瞳。少なくとも、パニックを起こしてティアフやシスターを思わず害するような不安定な精神状態ではないと伺えた。彼が俺をマイナーだと信じたにせよ、信じていないにせよ、その可能性があると分かった上でなおセイバーでもない自分たちの不利をすっかり認めていない、あらゆる不作為と思惑を潰して見せる自信があると、そういうわけだ。
……うん、良い。そうこなくちゃ。
「おもしろくないもんな」
マイナーという存在、その理不尽な在り方に畏怖し、怯える人間を見るのは楽しい。人々の間を噂が巡る内に恐怖だけが膨れ上がって、こちらを見るだけですくみあがって屈してくれるのは、手間もかからなくて大層楽なのだろう。けれど同じぐらい、意志を萎えさせず、勇ましく立ち向かってくる人間というのまた、非常に魅力的なのだ。今、俺を前にして悲鳴を上げず、膝をつかず、目を逸らさず、こうしている間にも噛みついてきそうなギリアムの殺意は、まるで悪魔に誘われるように蠱惑的だ。
その実力、その真意、試さずにおくべきか。
「始めよう、アールエン」
「ああ……いや、待て、リノン。分かっているとは思うが」
「大丈夫。おまえは二人を助け出すことだけ考えていれば良い。邪魔者は俺に任せてくれれば、それで良いんだ」
闘争には心が躍る。命の奪い合いには血が昂る。しかし、熱に浮かされ囚われて何にも見えなくなるほどに獣じみてもいなかった。故に、アールエンの心配は杞憂。現在の一番の目的はティアフとシスターをこの場から無事に逃がすことであり、付随する戦いはおまけに過ぎなかった。二人を助けに来たらこうして、偶然、偶発的に、おもしろそうな戦いの中に足を踏み入れてしまった、それだけのこと。
目的は確実に果たされなければならない。そうやってアールエンとも約束したし、戦うだけ戦って本来の目的を達せずに終わってしまえば、きっと後味の悪いことだろう。
「分かっているなら、良い」
それ以上の注文はなく、アールエンは一文字に唇を締めて、ギリアムに対峙した。俺たちが並んで戦意を示すと、彼はこれを律儀に待っていたと言わんばかりに、にやりと笑って応えるのだった。
「前向きに受け取ろう。セイバーを超え、マイナーまで超えられれば、もう我々に怖いものはない」
さらと、恐ろしい野望を口にする。こちらに目的があるように、彼らにもまた目的があったようだ。人の身でセイバーを超え、マイナーを超える、そんな壮大な計画が。
だとすれば、この騒動は最初から“セイバーをおびき寄せる舞台を整えるためだけに”起こされたものなのかも知れない。それらを確かめる暇などなく、戦いが始まる。
男が手を挙げて合図をした。迫の上、ティアフたちを守るように立っていた男二人に加え、がらんどうになったホールの中で待機していた黒服の男たちまでもが集まって、一様に俺たちを取り囲んだ。動かなかったのは当のギリアムだけ。黒服の内の数人は、戦闘態勢に入った段階で身体中の筋肉が肥大し、他の巨漢と同じ凶悪な体躯へと変貌した。着やせ、というレベルを超えた異常な肉体強化。なるほど、さっき俺を潰した巨漢も、こうやってカムフラージュしてホールに潜んでいた内の一人だった、というわけだ。
見比べてみると、彼らは三種類に大別された。元から巨漢の戦士。普通の体系から巨漢へと変身する戦士。それから、ギリアムのように体型が普通のまま変わらない戦士。バラエティ豊かで飽きさせない趣向に凝るのは構わないが、しかし考えてみると、同じゴングという組織の中でこうもタイプの違う人間が揃っているというのもおかしな話だった。あまりに統一性に欠けるのではないか。
……まあ、元はチンピラの集まりに過ぎなかったという過去から鑑みれば、高度に組織化されたわけではない彼らのアイデンティティがバラバラなのは理解に難くないとも言える。セイバーを軽々蹴り飛ばせるような常識外れの人間が指揮する連中だという意味でも、一筋縄ではいかない方が彼ららしいには違いなかった。
もし。
もう一歩踏み込んで、彼らの強烈な個性と彼らの裏にいるとされる人間とを関連付けて推理できたのなら、あるいはこの時点で、俺たちは今回の騒動の裏側を垣間見ていたのかも知れない。もっとも、だからといって未来が大きく変わることはなかったのだ。アールエンの心持ちだけは少し、違ったのだろうが。

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