リノンくんが世界を滅ぼすまで

ノベルバユーザー200950

第24話

設定には最初から無理があった。
フォウリィの屋敷に着いた俺たちを待っていた現実は、その“無理”によって訪れるべくして訪れた結果の一つだった。
フォウリィが実は善いやつだったとか、ティアフは生き残りでも何でもなかったとか、彼女の父親が本当は生きていたとか、果樹園は光聖によって奪われたとか、そんな天地が逆さまになるようなどんでん返しは起きないが、しかし、疑問に思わなくてはいけないことを、俺たちは見逃していた。
いや、盲目的に信じていたのだ。そうではないと信じていたから、そうである可能性をハナから排除し、懸念もせず、調べなかった。
「だって、僕が裏切り者なら、反光聖派の行動は何もかも、フォウリィの側に筒抜けだったってことだからね」
頭がぼうとするほどに色濃い血の臭い。ティアフは石像のように固まって動かない。突きつけられた現実と、一年前の春の日よりも凄惨な現場を見せられて、思考がショートでもしたみたいだった。
今日だけで何度、彼女は理解を超えた景色に遭遇しただろうか。
カナタはいなかった。代わりに、六人のセイバーと、五つの死体が転がっていた。
いや、転がっていた、というのはあまり正しくない。形容しがたいが、あえて表すのなら“散乱していた”、だ。
“何としてでも、反光聖派の全員を生かし、フォウリィを突き崩してやるのだ”……なんて数分前の決意の、今は何と空しいことか。
ニット・ナインデック。
ケスタ・ケイ・メスタ。
ダムズ・ケイ・ベーロウ。
レイ・ユースセット。
ウェイス・テイス。
全員、フォウリィの屋敷に乗り込もうと勇んで向かった、反光聖派のメンバーである。
絞殺され、撲殺され、斬殺され、轢殺され、圧殺され、無残にも人の姿を残さぬ肉塊肉片と成り果て、屋敷の前の広場に転がっていた。
殺したのはセイバーか。微動だにせず屋敷を守るように立つ六人のセイバーに、成す術もなく殺されたのか。
いいや、彼らは返り血の一滴も浴びていない。剣を鞘から抜いてはいても、その刀身には一切の“殺しの痕跡あと”がない。鎧には凹み一つなく、まるで卸したてのようだ。大体、剣でもって斬殺は分かるが、絞めたり圧したりなんてどうしろって言うんだ。
何、絞殺なら、素手でやれば良いって? ばからしい。剣があるのに、わざわざ素手で殺す理由がどこにあるんだ。手間暇かけて反逆者を殺す理由が、どこに?
そうだ。
彼らの死体は一見すると雑だが、非常に念入りに壊されていた。原形を留めぬほどにぐしゃぐしゃにされるよりずっと前に、その人間は死んでいるはずなのである。ただ足を止めたいだけ、命を奪いたいだけなら、ここまで破壊する必要はどこにもない。
初めての殺し合いでハイになって、エストっちとリエッタを何百回と殺すようにミンチにした俺と同じ、ここまでしなくてはならない理性的な理由などこれっぽっちも存在しない。
だからこれは、まともな人間の所業ではないのだ。
広場には、そういう、無残なまともでないモノがいた。生きながら、元の姿を失った怪物だ。
「だってしょうがないじゃないか! アルマリクを救うには光聖が必要だった! 反光聖は邪魔だったんだ!」
死体は五つ。フォウリィの屋敷に乗り込もうと勇んで向かった反光聖派のメンバーは、全部で六人いた。
「メイルク、なのか?」
そう。最後の生き残りの名は、メイルク・ニトーと言った。
広場に散らばった人のものとも判断がつかぬ死体が、彼以外の五人のものだと分かっていたのは、状況からの推察もあったが、しかし何よりもメイルク本人がそう明言したからだった。
「これがニット・ナインデック」
「これがケスタ・ケイ・メスタ」
「これがダムズ・ケイ・ベーロウ」
「これがレイ・ユーセット」
「これがウェイス・テイス」
ケスタの腕が枯れ枝に見えるほど肥大化した右腕には血が滴り、きっと誰かのものだったのだろう、骨が突き刺さっている。
気弱でさえあった顔の右半分は溶けてしまったようにただれ、不気味に変形し、かけていたメガネは顔面に埋まっている。
声は号泣しているようにも憤慨しているようにも歓喜しているようにも聞こえ、また、それらが二重三重になって一度に発せられている。
草原が一面腐ったような、泥沼が底まで焼け付いたような、およそ生物のものではない異臭が放たれている。
一体何がどうしてそんな醜悪な姿になってしまったのかは不明だったが、ともかく、既にメイルクという人間はもはや失われたも同然だった。
「どうして、そんな姿に……」
「これは力だ! 君たちを、いいや、アルマリクを救うための、力なんだよ!」
アレは、メイルクだった肉塊モノ。あるいは、その心を宿した器。彼の言うように、成すべきことを成す力の体現。言ってみれば、粉砕されたニットたちと何ら変わらない、人間として死んだ後の何かだった。
「でも、力があっても、フォウリィは君たちを無理に排除できなかった! そんなことをしてあの人の信用がなくなったら、アルマリクはまた光聖を捨てる! いや、今度はアルマリクが棄てられる! 僕らだけで果樹園は取り返せない! アルマリクは立ち行かなくなるんだ!」
懺悔でもするように、化け物が叫んでいる。
それはティアフが危惧していた事態と、似たような話だった。
反光聖派はフォウリィを崩すための最善手を探して、スパイを送り込み、藪に隠れ機を伺う肉食獣のように丹念に情報を集めていた。
フォウリィは反光聖派の中核をアルマリクの都の外に誘き出して、闇夜で猛禽類がネズミを捕らえていくように音もなく殺し、なかったことにした。
両者がそうまで慎重になっていたのは、そうしなければアルマリクと光聖との関係に終止符を打つことになると知っていたからだ。反光聖派が無理をすれば光聖の撤退を招きアルマリクが死ぬ。フォウリィが無理をすればアルマリクにおける光聖の価値がまたもや地に落ち、成果を上げられなかった自らもまた引きずられるように失墜する。お互いが守るべきもののために、一線を引いて睨み合っていた。
その停滞を打ち破ってフォウリィが先んじたのは、光聖という組織がバックにいたから、という単純な理由でしかなかった。多少強引にでも暗殺を実行し、これを暗に葬るぐらいは何てことなかったのだ。反光聖派との間にある組織の差がうまく機能した。フォウリィ側に落ち度がなくては、とても覆せるものではない力押しだった。
「僕はフォウリィについて、力を失った君たちが暴走しないように見張っていた! 不思議に思わなかったのかい!? 君たちは、自分たちがフォウリィに警戒されていると知っていて、ろくに監視がついていなかったことに! どうして疑わなかったんだい!? フォウリィに寝返った人間がいたとして、そいつが正直に“フォウリィに寝返ったなんて言うわけない”って!」
俺の迎えとして反光聖派が寄越したのは、二度ともティアフだった。彼女は存在自体が反光聖派の切り札だ。故に、屋外はおろか地下室からさえ出すことが疎まれていた最高機密の隠し玉である。
が、これは日中に限った決まりであり、知っての通り夜間はむしろ、彼女がメインとなって外を跳び回っていた。
良く考えればおかしな話である。
光聖の警戒が薄まる夜間とはいえ、そんな大切な人間を護衛もつけず野に放ち、光聖と接触する可能性のある任務にまで就かせていたのだから。
その裏には、小柄で身軽、隠密に向く人材が反光聖派にいなかった人手不足の実情がある。昼間の情報収集を担当していたメイルクと交代で、夜間に光聖に潜り込んだ間者と接触する連絡役は、その手の才能があったティアフにしかできないことだった。
光聖は昼夜を問わず都の内外にセイバーを置いている。間者もまたどちらかに配される以上、昼にしか聞けない話、夜にしか聞けない話があった。万全を期するなら、どちらからも情報を集めておくべきだったのは理解できる。
しかし、そうしたリターンは、捕まってしまえば一巻の終わりであるティアフを危険に晒すリスクを背負ってまで、追い求めるものだったろうか。
否。
本来であれば、反光聖派は昼夜を問わず、ティアフを地下室に軟禁しておくのが道理だった。
「でも、僕が進言した! 光聖は反光聖派を取るに足らないと思ってろくに監視をつけていない! ティアフが外に出ることの危険性はないようなものだ、って!」
父親を殺されたティアフ自身も、証拠としての自分の重要さを承知した上で、それでも自ら無念を晴らしたいという情熱に駆られていた。メイルクの一声は、ティアフのそうした復讐心に火を点けたし、また彼がもたらした情報によって“本当に監視が薄いのだと分かったから”、それ以外のメンバーに反対意見を唱える材料はなかった。
いや、そんな材料は少しだって提供しないようにしたのだ。
「けど、実際にあたしは……捕まらなかった。メイルク、あんたの言っていたことは……!」
「本当だよ、でも理由が違う! フォウリィは反光聖派を見くびってなんていなかった! いつでも気味悪がっていたし、潰す機会を伺ってた! だから、監視はつけていたんだよ! 監視って言ったって、別に家を取り囲んだりする必要はない! そんなことしなくなって、僕がいつだって君たちを監視していたから、それ以外の監視はいらなかっただけなんだ!!!」
フォウリィは、反光聖派の監視役にメイルク一人を起用し、他には一切の監視をつけていなかった。この大胆な采配は、メイルクが信用されていたからこそ……ばかりではない。
「ガス抜きさ! 君たちの! おまえた、ちの!」
ケスタとローの腕試しは、光聖の目を上手くかいくぐって行われたように見える。間者を通してローの外出を見過ごさせ、監視の目が行き届かない果樹園の一角を試験場に使った、完璧な作戦だったように。
けれど、それは幻想だ。二人には“ずっと”監視メイルクがついていたのだから、どこまで行ったって光聖の目からは逃れ得なかった、ということになる。
これが滑稽でなくて、何だと言うのか。
フォウリィたちはそうやって、反光聖派の行動がうまくいっているように思わせるために、わざと締め付けを緩くしていた。

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