導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜
3 - 14 「名乗り」
村に、ガシャガシャと金具がぶつかり合う音が鳴り響く。
月白の大狼が言っていたような旗を掲げる者はいない。
かと言って、敗戦兵という訳でもないようで、全員が武器を片手に村を包囲しようとしていた。
『ふむ、略奪が目的のようだな。正規の部隊か、ただの野盗崩れかは、見ただけでは判断できん』
炎の雄牛が頭の中でそう呟く。
黒塗りに、紫色の線で装飾された防具を見に纏う兵士達は、イシリス兵の格好そのものだ。
彼らは、怖がる村人を広場に追いやりながら、家から金目のものを運び出している。
すると、一際装飾の多い防具を見に纏った男が、村人へ聞こえるように声をあげた。
「抵抗する者は容赦なく斬り殺せ」
「はっ!」
「だが、順従な者には危害を加えるな。丁重に扱ってやれ」
「はっ!」
集められた村人の中には、ティア、ギヌ、ミーニャ、メイリン、ネイト、シロもいる。
ティアとギヌは、毅然とした態度で兵士達を見つめ、その後ろでメイリンが額に汗をかきながら状況を見守っていた。
そのメイリンの横で、ネイトが両肩を抱きながらガタガタと震え、ミーニャはシロと手を繋いで不安そうにキョロキョロと辺りを見回している。
(ん? あいつ……)
明らかに挙動不審なミーニャが、視線をこちらへチラチラと動かしていた。
(バカミーニャ! バレるだろ! 何で視線をこっちに飛ばしてんだよ!!)
葉の多く茂る木に登り、身を隠していたハルトが、しっしっとミーニャの視線を追い払う。
すると、村人を手荒に選別していた兵士の一人が、後方にいたティア達に気が付いた。
「おい! お前達! ここへ来い!」
ティアの顔が強張る。
「そこのお前達だ! ちっ、聞こえないフリしやがって…… どけっ!!」
声を上げていた兵士が、目の前に居た老人を突き飛ばしながらティアの方へと進む。
突き飛ばされた老人が倒れ、近くにいた子供が大声で泣き始めた。
「ええい! 煩い黙れっ! お前! 今すぐその餓鬼を黙らせろ!」
兵士が近くにいた男の胸ぐらを掴み、乱暴に子供の方へ突き飛ばすと、それまで不安気に状況を見守っていた村人達の目つきが変わった。
『まだ仕掛けないつもりか? このままでは、村人達がヤケを起こしかねんぞ?』
(うーん、もう少し様子見たいかなぁ……)
ハルトがまだ様子を伺っていると、炎の雄牛の予想通り、村人達が反抗し始めた。
「金目の物を大人しく引き渡せば手荒な真似はしない約束だっただろ!? あれは嘘だったのか!?」
「出、出て行け! 余所者に村を荒らされてたまるか!」
「そうだ! そうだ! 村から出ていけ!!」
「この村には大精霊使い様がいるのよ!? あなた達の思い通りにはならないわ!!」
「俺たちには大精霊使い様がいる……」
「あの人なら……」
「おお、そうじゃ! あの方なら!」
「そ、そうニャ! イシリス兵なんて師匠の敵じゃニャいニャ!!」
この村には大精霊使い様がいると啖呵を切る村人達。
だが、この状況でその言葉は火に油だろう。
案の定、苛立った兵士達が、騒ぎ始めた村人を黙らせるために実力行使へ出た。
「大精霊使いだと? もっとマシな嘘は付けんのか。目障りだ。二、三人、見せしめに斬り殺せ」
「はっ!」
騒ぐ村人へ、数人の兵士が剣を抜きながら近付いていくと、それまで強気に出ていた村人達が悲鳴をあげながら逃げ惑った。
だが、ティアは相変わらず毅然とした態度で目の前の兵士を見据えている。
「はっ! 貴様は逃げないのか? 逃げても良いんだぞ? ここに逃げ場などないがな!」
男がティアへと近付いていく。
「抵抗するか? 抵抗すれば斬るぞ? 大人しくしていれば優しくしてやらない事もない。貴様らは戦利品だ。俺たちの所有物になるんだからな!」
男がそう言いながらティアへと手を伸ばす。
その時、男の腕を一筋の光が走った。
「へっ?」
男の横には、腕を振り抜いた姿のギヌが。
何かが宙を舞い、男の横へとボトリと落ちた。
「う、うわぁああ!? 腕がぁああ!?」
肘から先が無くなった自分の腕を見た男が悲鳴をあげる。
すると、それを見た隊長格の男が声を荒げた。
「全員剣を取れ! 奴等を鎮圧しろ!!」
「うぉおおお!!」
兵士達がティアとギヌの元へ走る。
(おお、ギヌ容赦ないな。躊躇なく腕を斬り飛ばしたよ)
『お主と違って思い切りはいいようだな』
(いやいや、別に攻めるの躊躇ってる訳じゃないよ? なんて言うか、これをきっかけにどう魔王としてこの世界に君臨しようか考えていただけで)
『ほう、先程から悶々と考えていたのはそれか』
(そう。出来るかどうかは分からないけど…… いや、なんとなく出来そうな気はしている。これがベストな方法かどうかなんて、皆目見当もつかないが)
『心配せずとも、それを実現しようと思う者も、その実現手段をもつ者も、この世界にお主だけだ。悔いの残らぬよう全力でやりきれば良い』
(ああ、そうだね。悔いの残らぬようやりきってみるさ)
ハルトが炎の雄牛と会話している間も、ギヌが鬼神の如き動きで兵士達の攻撃を弾き、容赦なく斬り伏せていく。
「ええい! 女一人に何をしている! 早く捕まえろ!!」
「は、はっ!」
「早く村人も黙らせろ! 全員殺しても構わん!!」
「はっ!!」
命令を受けた他の兵士達が、問答無用で村人を地面へ引き摺り倒すと、村人の胸へ剣先を向け――
「手間掛けさせやがって」
「や、やめてくれ! やめ――」
――ズサッ
剣を突き立てた。
「なっ!?」
だが、その剣は村人の胸の手前で止められていた。
突き刺したと思った剣の先には、太い木の根が。
「な、なんだこれは!?」
次の瞬間には、地から伸びた無数の木の根が、その根を鞭のようにしならせながら勢いよく兵士達へと迫った。
「ぐはっ!?」
「う、うわぁあ!?」
木の根に打たれ、そのまま強引に地面へと引き摺り倒されて悲鳴をあげる兵士達。
『ようやく反撃開始か?』
(そうだね。いっちょ派手にやりますかー! って言っても、俺は隠れて指示するだけだけど)
軽く息を吸い、吐き出す。
これから踏み出す一歩は、もう後には引けなくなる一歩だ。
戦争への介入。
実際のところ、後悔しないなんてことはあり得ない。
何かしら後悔はするはず。
だが、それは人間である以上しかたのないこと。
でも、心の中ではそれをワクワクしている自分もいる。
この力に人が驚き、怖がる様を見るのは、凄く楽しくて、凄く気持ちがスカッとする。
こんなこと、狂気の沙汰だと思うけど、その狂気を抑えなくて良い世界なんて、なんて恐ろしくて、なんて自由で、なんて最高な世界なんだろうかとも同時に思う。
「おぉーし! 森さん、漆黒の巨狼、月白の大狼頼んだ! 取り敢えず全員生け捕り! ただーし! 全員がビビるくらいに派手に演出しろ!」
その言葉に、森が風で揺れる範疇を超えて大きく震えた。
「き、木が!?」
「揺れてる!? いや、なんだよあの動きは!?」
森の動きに兵士が怯み、その歩みを止める。
そして、頭に響く二つの声。
『ガッガッガッ! 承知!!』
『若、お任せください!!』
漆黒の巨狼と月白の大狼が呼びかけに応じると、兵士達の前へ、その大きな姿を現した。
「ひぃ!? ば、バケモノ!?」
「大狼だと!?」
「二匹も!? な、なんて大きさだ!」
「お、おい! 木の根に注意しろ! 引き摺り倒されるぞ!!」
「注意しろって、どうやって注意したらいいんだ!?」
「大精霊使い…… ま、まさか…… 本当に……」
見るからに動揺する兵士達に、漆黒の巨狼と月白の大狼が追い討ちをかける。
――ガウッ! ガウッガウンッ!!
――――ガウガウガウッ! ガウンッ!!
吠える度に、凶悪な牙を剥き出しになり、人を丸呑みできる程の大きさ口が容赦なく兵士達に迫った。
その迫力に、兵士達が腰を抜かして無様に転がる。
「う、うわぁ!?」
「来るな来るなぁ!!」
「逃げ、逃げ……」
だが、逃げ惑う兵士達を、地面から突き出した大量の木の根が邪魔をする。
「や、やめろ! や、やめ……」
「木の根が!? た、助けて!」
「くっ!? なんだこれ!? ぐっ、くそ!!」
部下の兵士が次々と地面に引き倒され、手足を大小様々な植物の根によって地面へと縛り付けられていく姿を見て、隊長格の男が声を荒げる。
「こ、こんな事が…… くっ、早急に本部へ連絡を入れろ!」
「だ、駄目です、隊長……」
「なんだ! 貴様は何を……」
「狼に…… 囲まれています……」
部下の怯える視線の先には、だらし無く舌を出しながらゆっくりと歩いてくる、狼と野犬の姿が。
それも、数匹どころの話ではなく、草陰から次々と、見えているだけで数十、いや、百数十匹は姿を現したのだった。
「ば、馬鹿な……」
絶望する隊長格の男に、木の根が迫り、瞬く間に拘束。
これで全ての兵士が地に縛られた。
この光景に、村人達は安堵し、涙を流して家族や友人の無事を確かめ合った。
「おお、大精霊使い様ぁ! ありがたやぁ」
「た、助かった」
「お、お母ちゃーん!」
「よしよし…… も、もう大丈夫よ。大精霊使い様が助けてくれたわ」
一方で、村人の一人が、引き摺り倒された兵士達へ、その恨みを返し始めた。
「ざまぁ見やがれ! これはさっきお前にやられた分だ!!」
「ぐはっ!」
その村人の行為を見て、他の者も同調し始める。
「良くも俺の奥さんに乱暴してくれたな! こ、この!」
「ぐ、や、やめ、やめろ!!」
 
「もう二度とこの村には来させないよ! この人殺し!」
「き、貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「うるせぇ! 黙れ!」
「ゴハァッ……」
無抵抗の相手を、殴り、蹴る。
『報復が始まったか』
(まぁこれくらいは許してやろう。今だけは、ね)
次の一手を打つために、木の枝から飛び降り、ふわりと着地。
声をかけようと気合いを入れたところで、兵士達へ暴行を加える村人達へ、ティアが先に声をかけた。
(おっと…… タイミングが悪い)
『登場機会を奪われてしまったな』
(まぁいいよ。聞こうじゃないか。ティアが何て言って村人を諌めるのか)
「皆さん、彼らはもう抵抗できません。子供の前でもあります。これ以上の暴力はやめてください」
「で、でもよ、こいつらは俺たちを殺そうとしたんだぜ? こうでもしないと俺たちの気がおさまらないじゃないか……」
「それは理解しています。でも、ここで殺しても意味はありません。あなたの手が血で汚れるだけです。それに、私はこの光景を見た子供達が、大人になって同じことをする姿を見たくはありません」
「ぐっ……」
ティアが真っ直ぐと男を見つめる。
すると、倒れる兵士に馬乗りになっていた男が、振り上げた拳を渋々脇へ下ろした。
そして、そのまま立ち上がると、納得のいかない表情でティアへ訴えた。
「あんた、何もせずにただ見てただけだろ……?」
「……え」
男の言葉に、ティアが息を呑む。
「大精霊使い様は俺たちを助けてくれた。だから、大精霊使い様が言うなら俺も従う。だけど、あんたは何もしてないだろ。何もしなかった奴が、村をむちゃくちゃにされかけた俺たち被害者を止める権利あるのかよ……」
「おい、言い過ぎだ。もう気は晴れただろ」
友人らしき男が止めようとする。
だが、男は聞かなかった。
「うるせぇ! どうせ、すぐこいつらの仲間がここへやってきて、村はお終いなんだ! そんなの馬鹿な俺にだって分かるぜ!? 逃げたって奴らは国が滅ぶまで追いかけてくる! なら、こいつらだけでも殺しておかないと死んでも死に切れねぇだろ!!」
人の殺意を目の当たりにして、気が動転しているのかもしれない。
それは皆同じだ。
だが、その男の言葉は、この後の村の行く末を他の村人達に直視させるには、十分な説得力をもっていた。
「そ、そうじゃ…… こやつらが軍に戻らなければ、他の兵士達が捜しにやってくる。そうなれば、同じことの繰り返しじゃ……」
「それを言うなら、こいつらが戻っても、結局同じことにならないか……?」
「また攻められても、きっと大精霊使い様が!」
「軍が本気になって何千という兵士を送り込んできたら……?」
「さすがに大精霊使い様でも……」
「きっと大丈夫ニャ! 師匠ニャら、何万って兵士が襲ってきても一瞬で返り討ちニャ!」
「そ、そうだな。大精霊使い様なら!」
「俺なら何だって?」
ポケットに両手を入れて、ふわふわと地面から数十センチ上を浮遊しながら近付いていく。
頭には、紅く光るマグマの血脈を張り巡らせた漆黒の大角が二本。
身体からは火花や炎が溢れ、その熱で空気が歪んでいる。
もちろん、意図的に出している演出の一環だ。
「だ、大精霊使い様!」
村人の一人がそう叫ぶと、他の村人達もそれぞれハルトを讃え、跪いて感謝の言葉を口にし始める。
そして、地に貼り付けられた兵士達は、視線だけをハルトへと動かすと、その瞳に恐怖を浮かべた。
「あ、あれが…… 大精霊使い……」
「な、なんでこんな辺鄙な村に……」
「くそ…… ついてねぇ……」
いつの間にか、そこに立っているのは、ハルトの関係者だけになっていた。
俯き、前髪で表情の見えないティア。
血糊のついた剣を片手に、鋭い瞳を向けるギヌ。
大きく手を振るミーニャと、声のした方を振り向き、笑みを浮かべるシロ。
ネイトとメイリンは、腰が抜けたかのように地べたに座り、ネイトは涙で汚れた顔を、メイリンは恐怖で青褪めた顔を向けていた。
「漆黒の巨狼、月白の大狼」
ハルトが呟くと、漆黒の巨狼と月白の大狼が一瞬で両脇へ移動し、遠吠えをあげる。
――ワォオオオーーーーン!!
――――ワォオーーーーーン!!
村を囲む大勢の狼と野犬が、その遠吠えに続く。
その大合唱には、さすがの村人達も顔を青くさせた。
ギヌが口を開く。
「こいつらを生け捕りにして、この後どうするつもりだ? イシリスへ人質交渉でもするつもりか?」
「それは無理があるだろ。兵士数十人のために、戦争をおっぱじめるような国が軍を引かせるとは到底思えない。普通に倍の軍隊を使って蹂躙してくるだけだろうな」
「じゃあどうする。全員吊るし首にして、村の入り口にでも吊り下げるか?」
「それで怖気付いて逃げるのは山賊くらいだって。もしかして、分かってて言ってる? まぁ、敵を挑発する効果はあるかもしれないが」
そう答えると、ギヌが黙り、皆が次の言葉を待った。
だが、これからやることを告げる前に、一つだけ言わなくては気がすまないことがある。
それは――
「村の皆には、先に謝っておく」
「な、なにを…… 謝るだなんて……」
そう答える村人の顔には、薄っすらと恐怖と不安の色が見える。
それもそうだろう。
俺の力は強力過ぎるし、見た目は悪魔に近い。
それに、先程から少しずつ、徐々に纏う炎と周囲に放つ殺気の量を増やしているのだから。
「俺は、大精霊使いなんて優しい存在じゃない」
場に緊張が走る。
皆が次の言葉を静かに、緊張した面持ちで待った。
だが、すぐには答えない。
じっくりと、皆の不安が限界まで高まるのを待つ。
いつの間にか木々の葉を揺らしていた風も止み、場に重い空気だけが流れた。
静寂。
少しして――
言葉を待つ村人達と、少しでも状況を把握しようとする兵士達の瞳が、ゆっくりと、大きく開かれた。
その瞳に――
漆黒に燃え上がる炎が映る。
その視線が集まるハルトの背には、巨大な黒い炎の翼が、陽の光を遮るほどに大きく広げられていた。
「俺は、魔王だ」
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